うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

385 炭火 蔵 IKADA





知人のQ君のお店が、山合いの御岳に先月オープンしました。
太い貫が井桁に交叉する天井の日本の民家の在来工法を上手く取り入れた古民家調の店内、鶏腿肉焼きにおにぎりといったシンプルなメニュー構成のお店です。



B385_01.jpg

 ● 『 炭鳥 蔵 IKADA 』    東京都青梅市御岳2-313  tel, 0428-85-8726

営業時間; 11:00 ~ 16:00 (夏季時間変更あり)
定休日 ; 木曜日(祝日の場合は営業 ※冬季不定休あり)
交通  ; JR御嶽駅から神路橋を渡り徒歩13分
    または、JR御嶽駅前セブンイレブン横バス停<ケーブル下行> → 中野バス停下車 徒歩2分




B385_02.jpg

 ● お店のランドマークともいえる蔵は、昭和のはじめ頃建てられたもの。

数ある候補地の中から、更地の売り地にぽつねんと残された蔵が決め手となった『 炭鳥 蔵 IKADA 』。
蔵が歩んだ長い歴史の中で、幾分改装された痕跡は見られるものの、太い梁には棟上げ式の墨書がしっかりと残されていました。
新設された店舗のほうは、そんな蔵のイメージにうまく合わせた古民家風(写真下左)。
黒い柱に白の漆喰が美しい意匠です。



B385_03.jpg

 ● before - after

建物の外装内装のほとんどは、Q君一人でもってこつこつと造りあげたもの。
叩きのコンクリートも自分で流し打って仕上げる、といったこだわりよう。
いくら器用といえども、彼のようにここまで出来る人は、そうそういないのではないかと思います。
蔵の内部は、後に改造された押入などの余分な箇所を取り去って、建造当初のシンプルな姿に戻し、ギャラリーとして活用されています。
蔵部分はどなたでも自由見学が可能です。




B385_04.jpg

 ● 蔵部分の 1階は、 筏流しの歴史展示。

前職で美術と民俗学の両方を究めた彼らしく、歴史資料や貴重な古写真を組み合わせたパネルでもって、いまでは失われてしまった多摩川の筏流しの様子を子細に伝える展示です。
店舗の背後には多摩川の渓谷があり、岩が多いこんな急峻な流れのなかを、丸木を組んだ筏でもって河口まで流していたかと思うと、まさに身体を張った筏乗り達の技量の深さに感心させられます。



B385_05.jpg

 ● 蔵部分の 2階は、アートギャラリー。

現在は「烏田賢治遺作展」を開催中。
古い蔵の空間に、モダンな作品がしっくりと落ち着いた魅力的な展示でした。



B385_06.jpg

 ● 店舗のあちこちも、よく見るとかなりのこだわりが!

卓の脚には風呂桶が。(上左)
店舗の三方を取り囲む大きなガラスの引き戸は、古い昔ものが嵌められています。(上右)
カウンターの椅子として使われているのは、酒醸民具の暖気樽を改造したもの。(下左)
古風に見える店の看板も、どうやら自製らしい。(下中)
小さな蛇口のひとつまでも、アンティーク調にリペイントされている。(下右)



B385_07.jpg

 ● オリジナルラベルの利尻昆布の販売

食材のひとつひとつまでにも厳選したこだわりが。
産直の利尻昆布のラベルは、浜で作業をされている木版画家でもある漁師さんの作品をアレンジしたもの。
蔵の階段部分に飾られていた木版画もどうやらこの方の作品らしい。
そういえば本日は丁度「冬至」でしたね。
大型で長い一本物の利尻昆布は、一枚一枚袋に入れられ、卸値で店頭販売されている。
オーダーされた昆布汁は飲み放題。
昆布汁はまさに天然の旨味成分がよく抽出されて滋養に満ちている。
薬味として地物の柚が添えられているのも嬉しい。



B385_08.jpg

 ● 店舗内部

店の内部の見所は、なんといっても中央にでーんと置かれている焼き場です。(こちらも自製)
注文と同時にオーブンで焼かれた鶏腿を、各々が炭火でもって更にセルフで焼き上げるスタイル。



B385_09.jpg

 ● お食事メニュー

○ むかし鳥 730円  ※昆布汁付き  <ガツンと固い骨付き鶏モモ焼き>
○ ばくだん 520円  ※昆布汁付き  <北海道鮭、紀州梅干、北海道佃煮昆布、広島海苔、長野産こしひかり、 小さな”ミニばくだん”もある>
○ 昆布汁 100円  ※おかわり自由 <北海道利尻仙法志浜産>
○ 味付け玉子 100円  <青梅川鍋家産>



むかし鶏; 紅く燃え上がる炭火を見つめながら、頃合いを見て串を捌くのも食事の愉しみ、皮もさらにパリパリと仕上がってとてもジューシー。
鶏は青梅・入間の地鶏、よく動き回っていたものらしく、しっかりと締まった噛みごたえのある肉質がたまらない。
腿肉は軽く切れ込みが入り、さらにキッチン鋏も用意はされているけれど、箸に取ってというよりは、やはり素手でもってかぶり食いとなってしまった。
タレと岩塩より好みのほうを選択できる。
岩塩の塩味が、鶏の上質な脂の旨さを更に引き立てる。

ばくだん; とてつもなくデカイおにぎり。具も一個のなかに3種も入っておりとても贅沢。
意外と具同士が喧嘩をせず響きあっていて驚かされる、昆布の佃煮には紀州から苗で取り寄せたブドウ山椒(現在裏山の畑で2年目)のふくやかな辛味が絶妙のハーモニーを生みだしています。
テイクアウト向けには封が出来るコート紙が用いられ、長時間電車に揺られ家に帰ったときも温かさをしっかりと保っていました。
そして海苔も程よく湿っとりと更に美味しくなり、とても上等な海苔が使われているのですね。
にぎり飯の旨さは、確かに海苔がパリパリも良いけれど、やはり湿っとりとした旨さに分があるよなぁ~としみじみ感じさせられました。

味付け玉子; 程よく煮汁でもって馴染んだ煮玉子は、黄身の半熟具合がどんぴしゃでした。



B385_10.jpg

 ● 飲み物メニュー

飲み物は、ビール、ノンアルコール、ワンカップ、コーヒー、ラムネなどがあります。

上は塩山の一升瓶ワイン”ホンジョウワイン・ピンク” (一杯300円)、いわゆるロゼなんですが、敢えてピンクと言っているところが余りに気取りがないというか、土地の方は湯呑茶碗でもってがぶがぶ飲むそうな。
ワインといえばワインながらかなり変わった味で、好みのほうも大きく2分するらしい。
いわゆるワイン通には人気がなく、反面酒好きには結構受けがよいという代物。
残念ながら製造中止となってしまい、現在は在庫限りの希少品。
店のメニューの”むかし鳥”にはめちゃくちゃ合います、お試しはお早めに!
今回はコップ酒ならぬ、地元に倣った茶碗でワイン方式で受け皿までぴったりとサービスしていただきました。

カップ酒は澤乃井(350円)、アテに出されたブドウ山椒が得も云えぬ美味さです。
料理が盛られる経木皿には、一枚一枚焼き印でもって店印を押しています。
そんな手作り感も好感がもてます。
杉葉や笹葉も周囲に自生しており、そのまま一葉を手折り、皿の飾り葉となっていて綺麗です。



B385_11.jpg

 ● 商売繁昌を祝して

藍色の衣裳に身を固め厨房に立つQ君、一国一城の主人としてなかなか様になって見えます。
気温差も都心に比べ数度は異なるという御岳ですが、東京都とは思えない豊かな自然に溢れています。
山肌に規則正しく植林されている杉林、この地で伐られ木場まで下ろし建材に生まれ変わる、かってその一役を買った筏流し師達。
そんな彼らに想いを馳せて、滋味に溢れるこの店の炭焼きを堪能してみて下さい。



 年末年始は、12月28日(木)~30日(土)休業
 31日午前11時~元旦の午後4時<終夜営業>
※ 1月2日より通常営業。
※ 毎週木曜定休日



目指せ御岳山入口の大鳥居<下車する中野バス停で御岳山まで1.4キロ、店には徒歩2分>。
御嶽神社への参詣や、周辺のハイキングやラフティングも楽しめる抜群のロケーションです。



勝手ながら『 炭鳥 蔵 IKADA 』、商売繁昌を願いエールを贈りつつ。 (*^_^*)  



  1. 2017/12/22(金) 17:31:31|
  2. 雑 閑
  3. | コメント:0

384 器飲み





西武狭山線は所沢より西武球場前駅を結ぶ、とても短い路線。
今回はその沿線沿いの、初めて伺うMさん宅での一品持ち寄りのご飯会。
家からですと、そのまま西武線乗り継ぎ乗り継ぎで行けるけど、挫いた足の調子もいまひとつ。
歩くよりは自転車でと、ママチャリで狭山丘陵を抜けてみたけれど、意外にアップダウンが激しい。




B384_01.jpg

 ● Mさん宅こと 「枇杷の木庵」

線路際の二階家、窓からは借景の竹林が美しい。
階段脇にある枇杷の木に因んだ呼称の「枇杷の木庵」。
茶色の産毛の蕾を突き破って咲く白い花。
そっかぁ、枇杷の花ってこんな冬の季節に開花していたのですね。



B384_02.jpg

 ● 4人プラス2疋でのご飯会

宅飲みでのご飯会の醍醐味はなんといっても余所では味合えない料理にあるけれど、ご自宅にある様々な器がいろいろ楽しめるのも魅力です。
古いものから現代のものまで、洋の東西を問わずMさんの審美眼で蒐つめられた器がずらりと勢揃い。



B384_03.jpg

 ● まずはこんな感じでお昼からスタート

ごっついインドの3段弁当箱で持参したのが、
いつもの定番ながら、ピータン豆腐、生春巻き、ライタ、カボチャのカレーの4品と、このところ酒の肴としてすっかりはまっている、鯖の糠漬けヘシコです。

厚揚げでの回鍋肉、黒豆、油揚げの挽肉包み焼き、水キムチ、松前漬、ウォッシュチーズ、乾し杏、タンドリーチキン・・・・・・・・・。



B384_04.jpg

 ● グラスもいろいろ楽しめて嬉しい

ビール、ワイン、グラッパ、日本酒、焼酎・・・と、お酒ごとにグラスを替える楽しみ。
作家物、業務用、大きなものから小さなものまで、注がれたそれぞれの触感を味合いながらお酒が進みます。
同じ切り子のコップといえども、バリエーションがいろいろ楽しめて面白い。



B384_05.jpg

 ● お洒落なカフェのような室内

上; まるで現代絵画のような鉄平石のスレートは、実は英国の屋根瓦。
中; 赤松の一枚板のテーブルに石皿、同じ馬目皿であっても眼の描き方がまるで異なっている。
下; 出窓に並んだティーカップ。




B384_06.jpg

 ● 賑やかな器たち

本棚、箪笥、食器棚、いずれも使い込まれた昔のもの。
さりげなく置かれている小物が、とても良い感じです。
よく見たら、ブリキ缶の作品が知人のものだった。



B384_07.jpg

 ● 狭山湖畔の散歩

この季節、枯れ木の雀もすっかり着膨れの福久良雀状態。



昼から始めて夜よな飲み続けたたのしいご飯会でした。 (*^_^*) 




  1. 2017/12/13(水) 11:53:30|
  2. 雑 閑
  3. | コメント:0

383 ワニぴん





B383_01.jpg

 ● 大泉学園駅前

同じ西武線といえども、池袋線はほとんど利用することがない。
大泉学園、下りたのはいつ以来だろう。
駅前のテラスには、懐かしのアニメのキャラクターの銅像がずらりと並んでいる。
そっかぁ、練馬は日本のアニメの発祥の地だったんだぁ。



B383_02.jpg

 ● 宅飲み

久々に皆で集まっての宅飲み会。
寒いこの季節、チゲ鍋で一杯、お酒もウォッカ、ラム、ピンガと普段は余り縁のない強い蒸留酒が待っていた。

まずはビールで乾杯。
豆腐チゲ、刺身、イカリング、ホタテのホイル蒸し、鶏レバ、ポテサラ、煮豚・・・・・・・。

鶏レバと煮卵には微妙な酸味が効いている、訊くと白ワインに隠し味でウスターソースを使っているという。
自製のポテサラも店では味会えない美味しさです。
肴を盛る、お母上が造ったというタタラ仕上げの土ものの器も、温かみがあって心地よい。



B383_03.jpg

 ● ピンガの飲み比べ

ピンガ(砂糖黍酒)というと、ライムを搾り砂糖を加えた真夏の酒のイメージだけど。
寒いこの季節に熱々の鍋と一緒に、爽やかなピンガという組み合わせもまんざら悪くない。
といっても、度数はかなりのものだから、気付くと割り用のグレープフルーツジュースや炭酸の量もぐっと増えてくる。
用意されたのは2種類のピンガ、ひとつは量産品の”51”。
そして、ブラジル人の友達が一押しという高級品の海老印のピンガは、課税をうまくスルーするために何カ国も経由して、この日のためにはるばる日本に届けられたもの。

まずはお遊びに、琉球グラスの筒コップが用意されてストレートでテースティング。
さて高級品はどっちだ!
片方は酸いたロキシーのような味、そしてもう一方は、甘く円みのある味、何となく黒糖焼酎のような円みのある味が飽きが来なく飲みやすそうで、こちらを選んでみたけど。
結果は大外れ、まったくもって舌もお安く出来ている自分です。

割って呑んでみると、確かに! 海老印のピンガのほうが段然飲みやすくいけます。

ブログ№042 暑さをぶっ飛ばせ 扇風機ピンガを初めて頂いたこの時のものは、空港の免税店で売られていという政府公認の紙箋で封印されていた高級品で、フルーツポンチを作る要領で大きなガラスのボウルにどばどばピンガを入れて、レモンと砂糖もどっさり足して作ったものでした、あのピンガも美味だった。

春に旅してきたという友達のハバナの写真を、カリビアンな音楽と併せてスライドショーで観ながら、キュウバの人民に愛されたカストロの話を聞いての、ピンガで一杯。
気付くとやはり、ついつい飲み過ぎてしまいいけません。



B383_04.jpg

 ● 自前ながら

差し入れとして持参してみたのが、強い酒ピンガに対抗できる肴です。
鯖のへしこ(上左)は、キャベツ大根の薄切りを幾重にも重ね合わせて即席で酢で締めたもの。
押し寿司のように半日ほど押しておけば味も余計馴染んでよかったと反省。

キャベツと大根のライタ(ヨーグルトサラダ 上右)にはいつものドライいちじくと、今回は子供の頃よく食べた膾(なます)に入れられていた柿をイメージして、ざっくりと切った柿を追加 、微妙なマサラの味に呼応して柿の甘味も不思議な味に。

ジャガイモとブロッコリーのタルカリ。

久しぶりに作ってみた生春巻き(下)、具は豚挽肉のそぼろに薄くスライスした長芋。
お土産に頂いたラオスの唐辛子味噌(豚皮入りの激辛)でしっかり餡を炒めてあるのが決め手です。
生春巻きには必然的に合うでしょう。
ラオスの焼酎のラオラオにちなみ、泡盛の43度もクバ巻きの小瓶に移し替えて持参してみました。



B383_05.jpg

 ● まさかの一品。

今回のお題目ピンガにちなみ、最後のサプライズの肴として出された一品。
塩胡椒のみでフライパンでさっと炒めただけのものながら。
淡泊な鶏のささみのような上品な味わいながらも、微妙な噛みごたえ。

やはりピンガといえば○○でしょうという理由で、ネット購入したというその肉は、なんとワニの肉。
さすがに恐竜好きのK君らしい発想です。

昔滞在したネパールの田舎の村(左)で、鶏小屋を襲っていた大きなトカゲが捕まえられて、その日のカレーとして供されたことがありました。
カレーですから味はいまひとつはっきりしないながらも、なんだか鶏肉のような感じ(鶏を食べていたからなのか)でした。

それに対し今回のワニは尻尾の肉ながらも、たよりないトカゲに比べボリュームも充分で、噛みごたえもありとても美味でした。
ワニとピンガこの組み合わせは初めてながら、なかなか合いますね。

いまではまったく旅行をすることすらなくなってしまいましたが、旅行好きの人が集っての宅飲み会は、地球の裏側から自分のまるで知らないような食材が集められたりと、本当に面白さ満載で楽しかった。


美味しい料理に、珍しいお酒。
終電はギリギリ間に合ったものの、駆け上った階段で足を捻って転倒。
強い酒は足にくる。 往きはよいよい帰りは思わぬ片ビッコ。
最後に思わぬ落ちがついた今回の宅飲みでした。



すっかり弾けてしまった楽しい飲み会でしたが、しばらくは自宅で静養かなぁ トホホ (;_;)  



  1. 2017/11/28(火) 20:00:39|
  2. 食品
  3. | コメント:0

382 ぶら歩き





芸術の秋、知人の展覧会をはしごしてみました。<2017年11月24日>
今日のルートは地下鉄都営線沿い、白山→浅草→東銀座。



B382_01.jpg

 ● なんとなく巣鴨で下りて。

白山までは歩けるかなぁと巣鴨で下りてみて。
ひょっとして、院内で家相見などの口上をやっていないだろうかとひらめき、折角だから、久しぶりにとげ抜き地蔵尊<高岩寺>へ寄ってきました。

さすがお年寄りの原宿、巣鴨地蔵通り商店街入口の信号待ち、対面にはずらりとおばあちゃん達の姿が目立ちます。(左上)

高岩寺信徒会館所入口には、なぜか秋田の木地山こけしの灯籠が飾られていた。(右上)

からだの悪いところが治りますようにと、お地蔵さんをごしごし洗います。(中)

参道には、緋色の腰巻きならぬ、赤パンの肌着店が目に付きます。
この季節はなんといっても温いが一番。邪気を祓いお慶でた色の赤が映えます。(左下)

近くの眞性寺には大型の笠地蔵<江戸六地蔵のひとつ>がありました。(右下)



B382_02.jpg

 ● 巣鴨地蔵通り商店街

今日は縁日なのかなぁ、商店街は平日にもかかわらずごったがえすほどの人混みです。
ぶくぶくと着ぶくれしたお婆ちゃんの波をかき分けて進んでいくだけで、一気に若さが吸い取られていくような気分となります。
御利益グッズ、温かな肌着や呉服、お買い得の生活日常品、そして食品の数々、おばあちゃん達が魅力的な商品に惹き付けられて群れています。
商店街をとげぬき地蔵尊まで行って戻ってきただけでしたが、そのパワーに圧巻されました。

「八ツ目や にしむら」は大正時代よりつづく老舗。
大学の生物ゼミの新歓遠足で科博の後は、ここでヤツメウナギでお昼にしたことが懐かしい。
ヤツメウナギは、ウナギとは似ても似つかぬ吸血魚で、初ゼミではどこから手に入れたのか、このヤツメウナギの干物を水で戻したものを資料に、どこか強そうな学名と共にゼミの先輩が篤く語っていたことを思い出しました。
ヤツメウナギの吸盤状の吸い口には、鋸歯の三角歯が取り囲み、これでもってまるでコバンザメのようにターゲットである魚の身体にしっかり噛みつき、吸血します。
子供の頃の川遊びでも、魚掬いのなかに偶然ヤツメウナギが混じっていて、そのぬたりとした動きがとても不気味でした。
眼の後ろに続く七つのエラ穴とあわせて八ツ目に見立て、実際にビタミンAも豊富に含まれており、古くから漢方薬として重宝されて眼にもとてもよく効くというヤツメウナギながら。
そんな滋養食を得てか、実家の食卓に上がったヤツメウナギはゴムのように硬くとても泥臭かった。
子供のころの一度だけの食体験がすっかりトラウマとなって苦手魚の代名詞となってしまっています。
ついでながら、ギュンター・グラスの小説「ブリキの太鼓」をフォルカー・シュレンドルフが撮った映画のシーンにも、バルト海の浜辺に打ち上げられた牛の頭部から、にょろりとウナギが出てくるシーンがあって、それはそれで不気味であり。
子供の頃の誕生日のリクエストは毎回ウナギといっていた知人もいたけれど、自分はどうもそれほどウナギは好きになれない。
とはいえ、にしむらの炭火で焼かれた甘いタレの煙に誘われてほとんど目黒の鰻状態、暖簾越しに店頭を覗いてみるとテイクアウト用の串焼きがずらりと並んでいる。
折角だから、試しに”かぶと焼き”<一等安く1本150円、ほかにウナギ以外に八ツ目串(アラスカ・ユーコン川天然産)500円、八ツ目佃煮300円などあり>を1串頼んでみると、炭火でしっかり焼き直したものが角皿にのせて供される。
甘タレながらもサクサクとした食感で柔らかく、脂もあっさり熱々でととても美味しい。
なんだか近所の店でコロッケを1個買うような感覚だけど、この買い食い感がなんともいえない。
公園でもあれば、すかさずワンカップの肴にしてみたい気分だけど、これから展覧会巡りだからじっと我慢する。
酒を飲む齢となって、見かけよりは飲み気が優先されてしまいいけない気配です。

辻売りでは、日常的によく使う乾物、滋養強壮まむしにスッポンといったちょっとした下手物、飴玉や煎餅、団子などお茶請けにもピッタリな食品までと幅広く並んでいて、その熱気にのせられ、なんだなんだとついつい覗いてしまう市の楽しさです。

干し柿や、杏、サンザシなどの乾し果が山盛りに盛られた箕は、竹編みの竹箕(右上)、西日本のものと思うけども、いったいどこのものでしょうか? 前回の箕サミットの影響でちょっぴり箕モードの入ったままの自分です。



B382_03.jpg

● 「日々、そぞろあるき」      文京区向丘1-9-18、喫茶おとら

昨年のブログ№317 かごと写真にひきづづきとも吉さんの写真展。
一日一枚、この1年分の新たな365枚がファイリングされて、ランチを摂りながら堪能させて頂きました。
同じ機種のコンデジなのに、なんでこんなに美しい写真が撮れるのだろう。
しかも一切トリミングや修正加工がなされていないという。
作者の視点とこころの動き、光りの加減と対象との絶妙な瞬間が、カメラのフレームで見事に切り取られた一日一枚が、絵物語のように連面と紡ぎだされていく。

ランチの魯肉飯(ルーローハン 台湾風煮込み豚肉かけご飯)は自家製ピクルス+ドリンク付 1030円
五香粉の八角の香りがなんとも台湾らしく懐かしい。
紅茶の店なので、セットドリンクには中国茶の選択はないけれど、ニルギリ紅茶はそれなりに合っていたかなぁ。
茶色のうつわはIKEAの中国製磁器、うちでも一回り小さなサイズの色違いを時々使っているけれど、飯碗のように持ち上げて使うのでなければその重さが気にならず、丼鉢のようなこの大きさはそれなりに使い勝手がよいのかもしれない。
店主が常連さんとの旅話しで、台湾行きを話していたから、こんなランチご飯があるのかなぁ。



B382_04.jpg

 ● 書店が気になる

巣鴨から千石へ向かう白山通り、途中にあるのが福音館書店。
よく見ると時計の文字盤に、グリとグラが!(右)

乗りなれない都営線地下鉄、浅草行きは地下深い大江戸線より蔵前で地上乗り換え、やたらに長く感じる乗り換えで地上を歩いてみたら、なんとも昭和風情の渋~い本屋を発見、昭和を思わせる実に素敵な風情です。(左)



B382_05.jpg

 ● 新年を寿ぐ『しめかざり展』      かまわぬ浅草店2F”piece”

先日、武蔵野美術大学で観たしめかざり展 ブログ№380 しめかざり
と同じく、森さんが全国を回って蒐めた『しめかざり』の展示。
和手拭いの老舗「かまわぬ」での展覧会は、やはり和のイメージとして象徴的なしめかざりがなんとも映えて美しい。

ヌーディーなスタイルの注連飾りが、どこか蔵を思わせるような建物の白壁の壁面を覆っている。



B382_06.jpg

 ● 新年を寿ぐ『しめかざり展』  会場の様子

コレクションの注連飾り、ご本人の著作、店舗販売のしめ縄手拭いや、各地の注連飾りなど響きあい、年迎えの寿いだ会場構成となっています。



B382_07.jpg

 ● 新年を寿ぐ『しめかざり展』  会場の様子

30点強ほどの点数のしめかざりが、ほどよく解説付きでまとまっていて、とても観やすい展示です。
「しめかざり探訪」というコーナーでは、しめかざり収集時の、実際にしめかざりが展示されている風景などを撮った写真にコメントが付けられずらりと並んでいて、しめかざりを探しその場に一緒に旅をしているような臨場感が味わえてとても良いです。

右上;福岡県
年末市の露店にて。「神しめ」は神棚用。
ネギや白菜の隣にゆずり葉と裏白があると間違えて鍋に入れちゃいそう。

右下;静岡県賀茂郡
塩でしめたカツオ「潮鰹」は「正月魚」とも呼ばれる。
藁の羽を付けて、正月かざりに変身。

先の美大展示では見られなかったこのような写真が、実は見たかった。

和手拭いの”かまわぬ”は、老舗らしく昔からの定番の伝統的な図柄のほかにも、正月前に向かえるクリスマス商戦に向けたデザインの手拭いが沢山並んでいて面白いです。
ドイツのどこか小さな村で伝統的に作られている、角や木を使った櫛や髪留め、バルト海近辺の国の工芸品や手芸なども同時に販売されており、和のテーストに相まってとても美しい。
木編みのカゴや、箒などにもついつい目が入ってしまった。

しめかざり展は 2017年12月5日(火)まで。



B382_08.jpg

 ● お上りさん気分で浅草寺へ行ってみる。

まるで夏祭りの浴衣のような派手な色合いの着物姿は、よく見るまでもなく全てが全員外国人。
なかには飛びきり着物姿が似合っている人も見かけるけれど、歩き姿がどうみても日本人とはまるで異なっている。
参道の仲見世のウィンドウには、こってこてで日本のイメージのキッチュな土産物がずらりと並んでいる。
OMIYAGE文化を連想させながら、各々の商品を見ていくと、まるで絵に描いたような”観光地”という異国がとても面白い。

浅草寺といえば雷門に五重塔ながらも、ついついスカイツリーを撮ってしまった。



B382_09.jpg

 ● 「水のかたち・森のいろどり」

同郷の知人Hさんの展覧会。
様々な技法を応用して制作した紙の造形作品。
同じ北国の出身らしく、このところ緑や青の軽やかな色彩に落ち着いてきています。
新緑の林を、清んだ水面を思わせるようなパネル作品、風にそよぐ木々を思わせるタペストリー風作品、繭を連想させるどこか内部になにかを宿しているような立体作品、その表現方法も多彩です。
誰かのお部屋のような会場で、その作品もインテリア風に違和感なく納まっていました。
美濃和紙の造形展など、紙の可能性を追求する展覧会にも多数出展しているといいます。
短いながら美味なコーヒーを頂きながらの楽しい一時でした。
ありがとう。



B382_10.jpg

 ● 木版展

同郷の知人Kさんの木版画展
2年毎に田舎から東京の画廊に出て長らく継続している個展。
このところの作品は専ら木版画が中心です。
新作のすごろく風、カード風な彩色木版画も面白いけれど、やはり目を惹くのは、大型な白黒の木版画。
彼女の暮らす北海道の片田舎の素朴な環境を、上空から鳥瞰したパノラマ的な風景画がなんとも趣深い。



B382_11.jpg

 ● 2点の木版画作品とそのディテール

周囲に広がるのは広大な馬場、馬のいる木柵の中にはいつのまに侵入したのやら、カラスやキツネ、鹿などが同居している場面が描かれています。
一昨年前の夏に友達とはるばる訪ねたときにも、ブログ№202 帰省日記 その1これと同じように馬と鹿が並んだままで、きょとんとこちらを見ており、ちょいと不思議な光景でした。


一面が雪で閉ざされた冬景色、画面の真ん中には独り雪原を進む子供の姿が見られます。
確かにここまで田舎じゃないけれど、子供の頃は周囲にどこか似たような景色がありました。

どことなく郷愁さを漂わせるこれらの作品、直ぐにでも物語が展開され絵本となりそうな気配です。

長らく不便なこの地に移住して、廃校となった小学校の教室をアトリエとして制作を続けているKさん。
「1メートル150円、木柵ひとつで300円、木柵塗りのバイトならいくらでもあるよ」と明るく語ってくれたけど、そんな生活の中で生みだされてきたこれらの作品にエールを贈りたいと思います。


東銀座の帰りには京橋まで足を伸ばし、久しぶりに先輩がやっているギャラリーを覗いてきました。
アイヌ関連の新作工芸に強いギャラリーですが、芸術の話しとは一切ならず、先輩のやっている飛騨蕨(わらび)のプロジェクトの話しに始終しました。
昔ながらの手法でもって、現在歩留まり8パーセントという蕨粉製造は、葛粉を作るのより遙かに効率の悪い状況ながらも、飛騨産の蕨粉は、九州や東北の産地の蕨粉のように蒟蒻のように白濁せず、飴色に美しく固まるのだとか。
蕨粉や、御所の造園で用いる蕨縄などについては何となく知識として知ってはいましたが、さすがに古くは蕨糊が表具の裏打ちに使用されていたなんてことは知らずじまい。
京都には有職の表具の家元では依然蕨糊を使用するのだとか、また馬簾の紙貼りにも蕨糊を使用とのこと、ともかく蕨糊は虫が食わないらしいです。
そんな熱い語りを前に、下戸の先輩に合わせウーロン茶で焼き鳥を頂きましたが、酒抜きながらも楽しいご飯の一時を有り難うございました。



ぶらぶらと個展のはしごの一日楽しい一時でした!  (^o^) 



  1. 2017/11/28(火) 19:43:02|
  2. 雑 閑
  3. | コメント:0

381 箕サミット





「箕サミット」!? 
どうやら草編み作家のYさん**ブログ№263 草のちから
経由で送られてきたと思わしき催事手紙。
会場は、上野の国立博物館に隣した独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所”といった、なんとも仰々しい名前が載っている。
それに箕サミットっていったい何なんだろう。
カゴなどの編組品は個人的には、それなりに好きなほうだけども、”箕”とくると全くもっての門外漢。
案内文には「箕の作り手、販売や研究に携わる関係者が一堂に会し、技術の継承や後継者育成に関わる課題を話し合います」とあり。
でも、なんだか面白そうだから、好奇心に釣られ野次馬根性丸出しで参加してみることに。



B381_01.jpg

 ● 『 箕サミット 編み組み細工を語る 』    東京文化財研究所  2017年11月13日

サミットのプログラムは、
第1部; 国の無形民俗文化財指定となっている<太平箕、木積箕、論田・熊無の箕>の実演・解説。
第2部; 上記3箕団体による「箕のこれから」と題したパネルディスカッション。
第3部; 関係者を交えた情報交換会。

といった3部構成で、延々5時間以上に続く催事となる。

各方面の箕の関係者が60人集っての白熱した会場、その片隅で小さくなってと思ってはいたものの、職人さんの実演が大変素晴らしく、気付くと砂糖に群れる蟻のごとく、多くの関係者同様に、かぶりつきでその手技を眺めることになる。

写真は、第2部のパネルディスカッションの様子。
左上; 平成22年度より続いている木積箕の伝承教室の様子。(毎月1回20名ほどが参加する。)
左下; 箕を扱う販売店の立場からの報告。
製品を多くの方によりよく知ってもらうために様々な催事を企画し、同時に現代の暮らしに見合った商品の開発も進めている。
右; 今回実演の3産地のメンバーによる箕交換会。




B381_02.jpg

 ● 太平箕(おいだらみ)      秋田県秋田市
材は、フジ(縦材)、イタヤカエデ(横材)、ネマガリダケ<チシマザサ>(枠木)、カバ<ヤマザクラ樹皮>。


左下; フチツケ(枠付け)の際の仮固定に用いられていたヤットコ、その円みが枠材のネマガリダケをしっかりとらえ離さない。

中下; 箕の側枠の「チン」の部分、フチツケの際に枠木と板箕を離れないように爪折りした箇所。

右下; 箕の折り込みとなる部分(アクド)では、縁はあえて巻かずに残している。
完全に巻いてしまうと「包帯を巻いたよう」に固定されてしまい、箕の柔軟さが相殺されてしまうので、そのための工夫という。


初出としては既に寛政年間に「大平葛籠(オヒタラツヅラ)」<イタヤ細工>の記述がみられる、歴史ある産地。
明治末からの、八森鉱山の鉱石運搬のために相当数のツヅラを産出。
二代(50年)は保ち、水が漏れない、馬が乗っても壊れないとその丈夫さが謳われた。
昭和30~40年代の生産ピーク時<昭和35年;96戸(専業32戸70名、兼業50戸65名)>は、年産5~7万枚を産出し、北東北を中心に、北は樺太・北海道、南は関東、関西にも販路を拡大したが。
高度経済成長期以降の急激な離職が続き現在に至る。<職人数:昭和39年70名→昭和56年65名>
2009年国指定


秋田のイタヤカエデは年輪が細かく、削り整えた表面はきめ細かで白くすべすべとした肌触りで、軽く弾力性に富み柔らかい。
この素材のしなやかさが、穀物を選り分ける際に先が上下にたわみとても使い易い箕となる。
角館では、早い時期から主力品を箕からカゴに切り替えて、「イタヤ細工」といえば角館の民芸品といわれるまでになり、若手の後継者も出てきたが。
太平箕は、製作技術保存会を結成し継承活動を行ってはいたものの、近年会員の高齢化により振るわず、専業職人は田口召平さん (昭和12年生)一人となっている。
山が手入れされなくなってしまった現在では、その材料の調達に難儀している。
製造した箕は本人が直接販売する方式を採り。
新聞の掲載記事なども持参しその製品を理解してもらい、職人の立場でそれに見合った値段で、使い手に値段提示してもらい購入して貰う。
新築祝い、年祝い、梅干し干し、落ち葉掻きなど、現代の使い手の用途も、各々の暮らしに合わせ多岐にわたる。



B381_03.jpg

 ● 木積箕(きづみみ)      千葉県匝瑳市
材は、フジ(縦材)、シノダケ<アズマネザサ>(横材)、モウソウチク(枠木、古くはガマズミやエゴノキを使用)。

左; 板箕作り、フジをヒゲの間に差し込みキタチ(左下)でもって押し込み編み上げる。

右; 仕立ての様子、縁巻き部分に編み込まれるフジは、その箇所だけ強度がある皮フジ(矢印)が使われている。



軽さと丈夫さを兼ね備え、最盛期であった大正期から昭和30年代にかけては、年産8万枚の生産を誇った。
しかし近年は他の箕産地同様に需要が激減し、製作者の高齢化も伴い深刻な状況となっている。
平成21年度の国指定を契機に「木積箕づくり保存会」が結成され、月1の「木積箕伝承教室」を開催し、後継者育成に当たっている。

災害や社会変容の荒波の中で民俗技術をどのように後世に伝えていくか、どういった技術の復興・再現が、民俗技術の手がかりになるのか、その在り方を検討した事業のモデルケースとして、東京文化財研究所・無形文化遺産部では、平成28年度美術館・歴史博物館重点分野推進支援事業の一環として『木積の箕をつくる』を刊行。
6時間におよぶ映像記録と報告書が、東京文化財研究所のHPより閲覧できる。
http://www.tobunken.go.jp/ich/publication/other/kizumi2016

公開映像にはダイジェスト版の短いものから、長時間撮りのものまで数種類のバージョンがあるが。
俯瞰したアングルに併せて、作り手の視線でと2台のカメラを平行させて撮り進め、通常の映像編集ではカットされるような部分を敢えて残しており、その箇所に写り込んだ情報が、むしろ現場の真実を識る貴重な映像となっている。
こうして撮られた映像にざっくりと目を通してみるだけでも、箕づくりには、他の竹細工にはみられないような、竹以外にも山で採集される木や樹皮、蔓などの素材が複合して用いられているのが知れる。
そして、それぞれの素材ごとに採集・調整・加工も方法もまるで異なっており。
それをひとつの箕として製品に仕立て上げるのに、どれほどの経験と労力が必要なのかと、知れば識るほど気が遠くなるような大変な作業である。
その点が、箕作りが数ある編組品のなかでも特別視されてきた、所以といえる。

また素材の採集には、虫が付いたり黴たりしないように、採集時期などは寒場を選んでの作業も多く。
箕作りでは、日本の職人仕事に共通の体勢ともいえる、胡座を組んで手と足を自在に併せて使う長時間の座り作業が続く。
同時に仕立て工程では口(歯)を使う箇所も多く、職人の高齢化に伴い、肉体的にもこれらの作業はとても辛いことだと思う。

木積箕伝承教室の生徒のなかには、この胡座での厳しい姿勢を緩和させるべく、椅子に座って箕を仕上げる方法を考案した方もいるという。
また、大学機関と箕を用いた風選の様子を科学的に実証するなど、箕のもつ可能性をさまざまな点で試みている。

今回の3団体のなかでは、木積箕は伝承教室や保存会での活動が一番盛んで熱心だが、箕そのものの生産は年産10~20枚と少ない。
また、会員の多くの方が既に80歳を越える高齢となっており、その点も深刻な問題ともなっている。
国指定となり、若干の補助金は下りてはいるが、講習中のお茶菓子代や研修旅行の交通費に費やされ、伝承教室は受講無料のため、活動を継続するのに指導者に順当な対価がもたらされていない点が、モチベーションを下げる一因となっているとも聞く。


「木積の箕をつくる」はこれまでに類例のない良くできた技術書であり、同時に映像記録と照らし合わせることによって、箕に関心のある方にとっては、箕作りの工程を通して学べる、これまでにない待望の教科書といえる。

サミットに際し再度テキストに目を通してみたが、やはり頭で識るのと、その場に居合わせ実物に接するのとは大違いである。
作業の工程は事前におさらいはしていたつもりだけれど、手の細やかな動きとその素早さに、目がまるで追いつかない。
今回は、箕作りの仕上げのほんの一部をデモストレーションで見る形式だが、実演を前に得られる情報はやはり比べものにもならないと思った。


職人さんを取り囲む参加者からは様々な質問が投げかけられる。
研究者のなかには、「で、おかあさん、そこ○○なんだ・・・・・・・・・・」などと、あえて素知らぬふりを装いつつ気楽に声をかけ、職人自らにその答えを語ってもらうような質問もあり、その振りのタイミングの巧みさに感心しつつ、同時にその時のちょっとした受け答えが箕を識る上でとてもヒントとなった。
多くの眼で考察していくと、時には自分が想像もつかなかった箕作りの些細な様子が見えてくる。
気付くと、借りてきた猫のように、つい質問している誰かの傍らに、つい寄りついてしまう自分だった。

手の感覚だけでもって、素早く部材を臨機応変に微調整して編み続ける作業をみていくと。職人仕事には、やはり身体で体得する以外には得ることのできない、経験値に頼らなくてはならない要素が多く残されているように思う。
昔のように、若いうちから周囲とともに作業を始め、その反復の中で技術を習得し、次第にその感覚を身体に擦り込んでいくという環境は、現在でどうしても得難い。

木積箕は、腕木に取り付けて箕を立体的に組立る、歯や腕の力を要するのは男の仕事、繊細な板箕作りの編みは女性の仕事と、性差による体力の違いを分担作業とした方式が採られている。
分業化は、産業として拡大すればするほど、その効率のなかで生じる自然の現象ではあるが、さらに各人それぞれ独自のほど良いやり方もあるようで、箕作りはなんとも奥深い。
今回の実演や、記録の映像の中でも主役となって登場する秋葉千枝子さん (昭和10年生、右上)は、木積箕を一人ですべて完成することが出来る随一の職人で、昭和50年代に仕立て職人が減ったために自分で始めたという経緯がある。



B381_04.jpg

 ● 論田・熊無の箕(ろんでん・くまなしのみ)    富山県氷見市
材は、フジ(縦材)、ヤダケ(横材)、ニセアカシア(枠木、かってはヤマウルシ)、カバ(ヤマザクラ皮)


富山県氷見市の論田・熊無地区は、材料の確保から生産出荷まで一連の工程が維持され、箕作りが本来の姿で継承されている貴重な生産地。
大正から昭和初期にかけては、年産9~11万枚を産出。
明治24年に組合が結成され今日まで継承されている。
新たに「論田・熊無藤箕づくり技術保存会」を組織し後世への伝承にチャレンジ、平成25年に国重要無形民俗文化財指定となる。
農業形態の変化により実用箕としての需要は激減してしまったが、昭和50年頃からは、民芸箕といわれる飾り箕の生産が多くなり、昭和の終わりから平成にかけて、徐々に藤箕作りの主流となる。
関西の縁起物の「福箕」の素地としての需要を維持し(年産2500枚ほど)親しまれている。
平成25年で9軒、現在は6・7軒による生産となっている。

論田・熊無の箕は、木積箕などと同じく藤箕であっても、フジの採集時期や加工形態がまるで異なっている。
フジは叩き機で万遍なくつぶされ、更に電動の圧延機にかけて完全に扁平に延ばされ、そのごわごわした風合いは、まるで酒のつまみのイカくんのような感じだ。
山吹色の瑞々しいフジがとても美しい。
叩きつぶしたフジは年輪ごとに綺麗に剥がされ、フジの皮と身をそれぞれ薄く剥がし、幅の広いハバフジと幅の狭いヨセフジを交互に編んで編み目を密にしたり。
ハバフジの裏にさらに薄く剥いだヤダケのヒゴを一緒に編み込んで、両端が中央に寄ろうとするフジの形状を安定させたりと。
ヒラミを編む工程にさまざまな工夫が見られる。
打ち込みには大型の箕太刀 (みだち、左下)を使用、材料であるカキの木は材がすり減らず丈夫で長持ちするが、カキの木は割れが生じやすいため一本の木より5~6本しか得れない希少品。
こうして、ゴザ目編の箕作りを見ていくと、箕は編むというよりは、地機で刀杼で打ちこみ織込んでいくような、織りの技術を一部加工して区体をを組上げた器と識れる。
使用されている鉈は天部にも刃が付いており、飛び出た細かなヒゴ切りの際には、その部分を篦のごとく押し当てて、ヒゴを折り切りするなど、その使い方がとても理に適った形となっている。
箕先は破損し易いため、どの箕にも補強のための工夫がみられるが、論田・熊無の箕はヤマザクラの皮の織込み箇所に、ヤダケのヒゴを増挿して箕先の強度を微妙に高める工夫がされている。(矢印箇所)



B381_05.jpg

 ● 木積箕      千葉県 大利根博物館展示より。

左上; イグサで編まれたボッチ笠を被り、もんぺ姿で農作業に精を出す女性。
箕は簸る以外にも、運搬作業や袋詰めにも使われる。
ここでは唐箕につく漏斗に米を詰め込むのに、箕が使われている。

左下; 昭和20年代の箕の品評会の写真。農業の機械化が進む前のわずかな一時、この時期が道具としての箕が最も輝いていた頃だろうか。箕を選ぶ人のまなざしもどこか真剣である。

右3枚; 調達した素材をさらに細かく調整して部材を作っていく、とても根気の要る作業。



B381_06.jpg

 ●「論田・熊無の藤箕製作技術」より

箕サミットで配布された資料の一部が、この学習会テキスト。
箕作りの歴史、産出枚数の変遷、製造工程、文化庁の調査と指定までの流れの経緯などが、綴られている。
文末に載った締めの言葉が印象的だったので、この場をかりて一部紹介してみる。

今後の保存に向けて
「国の無形文化財に指定されることは、これまで技術を伝えてきた生産者の皆さんにとって、もちろん喜ばしいことに違いない。しかし、どなたの顔にもただただ喜びという表現は見受けられなかった。それは、指定されたことによって、今後絶やさずに伝えていかなければならないという責任の重さを痛感したからにほかならない。現在生産者の皆さんの年齢を伺うと70歳代から90歳代が大半であり、しかもどの家にも後に続く者がいないのが現状である。需要が減少していることや材料採取から製作までの手間が多いこと等もあり、生業として継承していくには並大抵のことではなく、それは生産者の方々が一番良く知っている・・・・・・・・・・」

確かに、今回のパネルディスカッションともなった「箕のこれから」を考えていくと、道具としての、これまでのような箕の需要は終焉を迎え先行きも暗い。


カゴなどの編組品を扱うショップの方の新たな提案があったり。
別府で竹細工を習得し、その後箕に魅せられて、岩手の北上山地へ移住して、その土地に古くから残されている箕作りを真摯に学んでいる若き女性の箕職人の方の話しなど。
箕のこれからに向けて、一縷の希望の光を感じさせる話しもあったけど、
箕にさらなる付加価値をつけて、作り手の技術を伝承していくには、困難な問題が山積みされている。
さて、この度はじまったばかりの箕サミットだけど、今後も草の根的に箕に携わる関係者を巻き込んで機運を高めていくのを願うばかりです。



B381_07.jpg

 ● 縁起物や行事にも箕が用いられる

左写真; もう10年ほど前の関西の十日戎の写真。
西宮神社、柳原エビス、今宮神社など駆け足で巡り、「商売繁昌で笹持って来い♪」のご利益を求め集う関西人パワーに完全に呑まれ、へろへろとなってしまったことがあった。
流石に関東のダルマ市の縁起物では絶対見かけないタイプの、玉島達磨が十日戎で売られているのは印象に残ってはいたものの、福笹、福さらえ、福箕などの縁起物がどのようだったのかは、いまひとつはっきりと記憶していない。
関西の十日エビスの福さらえ(熊手)は、東京の酉の市の熊手と福面の付く面が真逆で、なぜか裏面に付いていた記憶がある。
福箕といえば網代の竹箕ばかりだと思っていたものが、どうやら今回の実演でも作られていた藤箕の氷見箕が多く入っているらしい。
論田・熊無の箕の実演を見ている隣で、いわば箕についての知恵袋役・岩手のOさんが語るには。
本来は宝塚近辺で作られていた藤箕作りが成り立たなくなって、その代用品として氷見箕が参入、兵庫に納められた氷見箕はあえて縁巻きに藤皮を巻かず、当地の箕を模すように現地で縁に藁を増し当て、更に福面飾りをして、当地の福箕として仕立て上げられるとのこと。
なんだか、北欧のクリスマス飾りの麦稈細工が、現在ではほとんど中国製であるのと同じようなグローバルな流れでもあるけど。
今回改めて、十日エビスの写真を見直してたら、竹箕もあるけど確かに藤箕が多く確認できる。
実際に現在の論田・熊無の箕(7軒)の生産数も、北海道向けのジャガイモ箕が年産100枚前後、それとは別にこの兵庫向けの飾り物用の箕が大・中・小併せて2500~3000枚と、いまでも箕製造産地としての生業が続けていけるのも、多分にこの福箕向けの需要があってのことらしく。
今回のサミットの第2部の三産地箕ディスカッションでも、産業として一定の売り上げがあるのはこの氷見箕のみで、それでもその材料採集と手間の面では身に合わない対価となっているらしい。
箕の未来は、農業や産業の形態が、当時に比べすっかり変化してしまった現在、業務用としての需要はほとんど絶滅の危機にあるとも云え、とても深刻な問題だ。


日本人の、日々の糧の主食となる、穀物を簸るという特殊な用途が、道具としての箕に霊性をこもらせるのか、現代でも各地に残る儀礼行事の中には、箕が使われる習俗が多く残る。

右上; 「奥能戸のあえのこと神事」 石川県輪島市
12月、田の神を家に招き入れて風呂に入れて収穫を感謝する。供え物を箕に入れる

右下; 「茶アビ行事」 千葉県長南町
子供が生まれて初めての2月8日に成長の無事を祈って、箕の上に座らせ、頭の上にかざした篩を通し霰(あられ)を注ぐ行事。
                       *習俗写真2点は大利根博物館展示より



B381_08.jpg

 ● 「全国の箕」      御所野縄文博物館「縄文から続く編みの文化」展より 岩手県二戸郡一戸町。

平成20年に開催のこの展覧会では、一戸町の特産品でもある鳥越の竹細工と全国の竹細工、さらに国内では随一ニキョウ(サルナシ)を主材としたこの地域の面岸箕などの民具に、考古遺物として出土した編組品を併せ、「編みの文化」を歴史的にたどる企画であったという。
同時に、展示の面岸箕に関連して、全国の箕ということで、長年のライフワークとしての調査研究で収集されたOさんの箕コレクションの一部20点が出品された。
桶製造の際にでる木屑の片付けの塵集め用に箕を求めてみたら、その箕の余りに精巧な作りにすっかり見せられてしまったのが、箕に興味を持ったきっかけだったというOさん。
Oさんが蒐めた箕は、いずれも製作者名や、箕の素材の採集・加工技術、編組の工程など詳細に記述されている民俗資料としての記録も完璧な1級コレクションである。
この時点で既に60点あったその数も、その後もどんどん増え続けているという。
Oさんの桶作りの作業場には、現在こうして収集された全国の箕が下がり、さながら私設の箕博物館の様相を呈しているという。
関西から移住したOさんの住む岩手の部落は、アイヌ語の独特な響きの地名が付いており、ドキュメンタリー映画にも撮られた、日本で一番最後に電気が通じた地としても有名な場所である。
今回の箕サミットに向けて、草編み作家のYさんの一行も、箕を巡る調査の一環としてOさん宅を訪ねたという。
安易な乗りで辿り着くことの出来ないその場所を、訪れるべき機会に箕と出会える最後の理想郷として、いましばらく楽しみにとっておこうと思う。



B381_09.jpg

 ● 発掘品や古図絵にみられる箕

上; 玉津田中遺跡出土の箕  弥生時代中期     兵庫県神戸市。
箕は古い歴史を持っている、今から2500年ほど前の弥生時代前期の遺跡からも出土し、そのかたちは今の箕と変わらないという。

中; 「福富草子」 室町時代末期  兵庫県立歴史博物館蔵
室町時代を中心に流行した御伽草子。おなら芸で長者となった者と、真似をして失敗した者を対比的に描く滑稽譚。画面では箕で簸る人の姿が確認できる。

下; 竹細工調査のベタ焼写真より   旧日本観光文化研究所蔵
白黒フィルムのコンタクトには、デジタル時代の現代とは異なって、制約されてたコマのなかに、撮影者の興味や視点、行動の瞬間が、時系列に一連のストリートなっていてとても興味深い。
列車内の何気ない一コマもよく目をこらして見ると、行商時の移動の最中なのだろうか、その片隅に、束ねた日置箕らしきものが確認できる。



B381_10.jpg

 ● 「アジアの箕」       千葉県 大利根博物館 「箕の世界」展(2010)より。

右列の箕写真; 上より3点 大韓民国、 下 インド・ハリヤーナ州  いずれも国立民族学博物館蔵

今回の箕サミットで紹介されていた箕は、いずれも東日本のもので、箕床を織上げ肩部分を折り縫いして組み立てる、いわゆる塵取形のゴザ目編箕だった。
これらのゴザ目編箕は全国各地に分布しており素材も様々という。
ほかにも網代編箕があり、それらの多くは近畿・中国・四国地方に集中していて、素材はマダケにかぎられている。
一方、南九州や南西諸島には、円形の浅籠の箕<円箕>が多く、この系統の箕は東南アジアへと連なっている。

円いもの、雫形のもの、羽がついたもの、おなじ片口の塵取形風であってもお馴染みの箕のかたちとは幾分違ったタイプ。
展示に並んでいる箕を見るだけでも、アジアには私たちの知らないタイプの箕がごろごろしているようだ。
それらはいったいどのような使い方をするものだろうか、興味が尽きない。



B381_11.jpg

 ● 円形箕

大利根博物館の「アジアの箕」のコーナーの円形箕は、よく見ると
正円形<ドンファット、 ラオス・ファーパン県 (右)>と、先が若干尖った雫形<ピアルー、 ラオス・ウードムサイ県 (左)>との、2種類の箕が確認できる。
雫形は、箕で簸る屑を飛ばしやすく改良されたタイプといわれる。


左上; タイ北部・パイ近郊。
カレン族の女性(白衣のワンピース型貫頭衣は未婚女性)の朝餉の準備。
背後にある踏み臼で精白ばかりの米を、腰の高さで上下に煽りスナップを効かせ簸いているところ。
使用されているのは正円形の箕。

右上; 中部ベトナム。
同じく正円形の箕を用いているが、こちらでは肩の位置で箕を斜めに傾けて風選作業している。
ミーソンのチャンパ遺跡を観にいった途中にはのどかな水田地帯が一面に広がっており、足踏み脱穀機が現役で使われていた。脱穀作業用に竹編みの大きな衝立のようなものがあてがわれており興味深かった。

左下; 南部ベトナム。
高原の町ダラット近郊の少数民族の開拓村、背負籠を撮った写真の手前にあったのが、この展示でのドンファットと同じ雫形の箕。
網代編ではあるが、石灰(?)で白くなっており編みの細部が確認できなくて残念。



B381_12.jpg

 ● 角形箕

左; 角形箕 インドネシア・スマトラ島  国立民族学博物館蔵
同展示には角形の箕の写真もあった。
筵のように網代で平編みした端に、”口”字に一本の籐を折って縁回しをして固定。
角の2箇所を紐通して強引に引っ張ることにより、歪みによる浅い含みが出来た箕形の区形となる。
簡便ながらも籐の持つ弾力性を上手く活用させた面白い作りだと思う。

右; インドネシア・スマトラ島 コタチャネ近郊。
移動のバスの中からあわてて撮ったスナップ。
この時は雫形の箕を撮ったと記憶していたのだけど、確認してみたら角形箕だった。
写真裏の記述にもしっかりと「角形箕」とあり、記憶のいい加減さを改めて感じさせられた。
箕を頭部へとさらに高く持ち上げ傾けて、米を風選作業している。
風選作業では箕を高く上げる方が、風の影響をより強く受ける。
シンプルな道具の箕であるが、身体の使い方や箕の歪ませ方によって幾通りもの使い分けが可能で面白い。



B381_13.jpg

 ● 箕の部分       武蔵野美術大学民俗資料室蔵

地域ごとに素材が異なり、かたちも異なる箕。
使用に際して、傷みやすい部分をあらかじめ補強したり、壊れた箇所を補修したり、或いは使い込まれ穀箕としての役割を終えてから塵取として下ろしてみたりと、さまざまな要素が箕のそのディテールより確認できる。



今回の箕サミット、第一部の実演を通じて観た3産地の箕作りは、どれもがゴザ目で板箕を編み塵取形に仕上げる形はは共通しておりながらも、3者3様で、その素材の用い方や加工の仕方もこんなにも違うものかと、ただただ驚かされることばかりでした。
また、第2部のパネルディスカッションでは、箕の今後の未来に向けてのあり方や、箕に長年イメージされている箕作りと被差別の関係など、箕という一つの道具を通して、様々な問題や課題が提起されました。
そして、第3部の親睦会では、箕を通じ、現時点でも、これだけ篤い気持ちの方がいるのを知りました。
この度発足した箕サミット、次回に向けてさらなる前進を期待しています!



かちこちに固まったまま参加したサミットでしたが、箕についてなにかと考えさせられた有意義な一時でした! (*^_^*)  



  1. 2017/11/18(土) 12:35:05|
  2. 民具
  3. | コメント:1
前のページ TOPに戻る 次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。