うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

371 お手足堂 再訪





「身のあだも ほどけてのりの 三方山 たが手でゑりし 石の御姿」

8月の最終週は、春に引きつづき三方のお手足堂の資料調査に行ってきました。

前回のものは**ブログ№337 お手足に記載しています。


今回は、先生が引率した実習生も一緒に、大所帯の面々で整備作業に取り込むことになりました。
あれからほぼ半年、今回はまだ厳しい残暑が残るなか、皆との共同作業です。



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 ● 「三方石観世音」    福井県三方上中郡若狭町三方

本尊の秘仏は33年毎に御開帳されるという弘法大師一夜の御作と伝えられる、右手首より先がない片手姿の観世音菩薩<片手観音>。
その御姿は、この本堂の背後に付された大岩(不動岩)に彫られている。
片手観音の霊力にあやかり、古来より手足の不自由な方や諸病にご利益があると伝えられ、遠方からも多くの方が参拝される。
本堂の御宝前に供えられた手足のつくりものを借り受け持ち帰り、「南無大慈悲観世音菩薩」と唱えながらさすることで病が快癒すると云われる。
無事病気が快癒されたあかつきには「願はらし」「願ばらい」として、御手足堂に各人新たな一つを加え奉納するという倍返しの習慣が採られている。
御手足堂は、そのときに返納された手型足型が堆く積み上げられており、その量の多さは観音様の霊力の偉大さを感じさせ圧巻ものだ。
本堂の天井を埋める奉納提灯は、よくみると芸能人や日舞の宗家など各界の著名人の名前も確認でき、その信仰の篤さを物語る。
夜明けを告げる鶏の一鳴により、弘法大師が観音像の右手先を仕上げきれぬまま、未完成でこの場を離れたという。
前庭に続く階段にある鶏の石像にも、お地蔵さんと同じように赤い前掛けが被せられて篤く祀られている。
この鶏の像が乗った大石は妙法石(鶏鳴石)とよばれ、この片手観音譚にあやかる不思議な力が籠もると云われる。



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 ● 「御手足堂」

堂に返納された手足型は、近年の水害でその多くを流失して、従来の半分ほどの量になったといわれるが。
それでも納められた手足型は人丈を超える凄い数の量となっている。
堂の改築後、改らたに納め直された手足型は新旧が入り交じり、その山を掘り進むかたちで手足型の採集作業が繰り返される。
厳しい残暑のなか埃にまみれ、 まさにここ掘れわんわん状態の重作業。
今回自分は汚れ仕事とは一切無縁なデータリング作業が中心だったので、穴掘りさん(採掘担当者の方)にはなんともかたじけない限りです。
この場をかりて恐縮ながらご苦労様でした。
選択し採集された手足型は、記録の前に一度クリーニング工程にまわされる。
ブルーシートに広げられ、湿気を取るためしばし乾燥させる。
つねに大所帯による物量作戦が展開される。
シートごと移動させるシーンでは、なんだか漁師の網引きのようにも見えてしまう。



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 ● 残暑のなか展開される整理作業。

集められた手足型は、その特長毎に形体分類をし記録する。
手足型に交じり乳出し祈願だろうか、乳房の奉納物も結構みられる。
返納された手足型は、実にリアルなものから質朴なものまで様々なものがみられる。
快癒の御礼(願はらし)で返納されたものだから、その造形にはおどろおどろしさは一切感じさせないが、これが善意の奉納物でなかった場合は余りにも怖すぎる。
それにしても、手足のかたちを借りた信仰の、人々のその祈りの篤さには胸を打たれるかぎりだ。
昔に較べ格段に医療技術が格段に進歩した現代にあっても、三方石観世音の参詣者は後をたたない。



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 ● 休息のひととき

事務所の世話役の方が、折にふれお茶請けの飴や煎餅を差し入れして下さる。
その素朴な味の甘味に、蓄積した疲労から一気に開放される。
お昼のお弁当も机の上のスペースをわずかに開けて、お手足とにらめっこ。
弁当の箸包みに印刷された手のマークなんかも、すっかりお手足モードとなってしまい、しげしげと見入ってしまう。
なに不自由なく普通に歩いたり動けることは、普段の日常生活ではほとんど意識しないままだけど、そんなちょっとしたことについ感謝したい気持ちとなる。



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 ● 手型の製作、御朱印書きなど。

かっては各自が自分で作り納めた手足型だが、現代では小絵馬のように既製品(明治期より一定のタイプが確認できる)がつくられ宝前に供えられている。
月に2回、近在の寺の僧侶が訪ね、作られたこれらの手足型を祈念する。
手足型の作業工程では丸鋸や糸鋸、サンダーなどを使い機械化はされているとはいえ、ひとつひとつが事務所の世話役の方々によって、手作りで丁寧に仕上げられている。
手の指の切れ目を入れる丸鋸は、その長さが異なるように4枚の刃のそれぞれを微妙に位置を調整して配列している。
一度差し込めば、この工程を難なく仕上がるように工夫した、ちょっとした治具に感心する。
三方石観世音とその施設の管理は、町の在住者に順番に巡ってくる、年毎の世話役の数名の方々によってすべてが執われる。
朝の8時から夕刻の5時まで、1年365日休み知らずの世話役の方は、三方石観音を訪れる参詣者が快く祈願出来るように、その背後には計り知れない苦労と労力がある。



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 ● 朝の自由時間の散策。

今回は実習ということで先生が学生を引率しているので、前回の調査のときのような宿に持ち帰りの夜なべ仕事が一切なく、実にゆったりとした時間が持ててちょっと嬉しい。
三方五湖近辺は日本でも有数な低湿地帯ということもあり、土器ばかりじゃなく、木製品や編組品、骨器や堅果類など縄文初期の貴重な遺物も奇跡的に残され、鳥浜貝塚など考古学の世界ではつとに有名だが。
若狭地方はまた民俗の盛んな土地柄で、集落や民家のつくりを見ていて実に面白い。
朝食前の散策の一時や、仕事を終えてから宿まで歩いていく道中にも折に触れた発見がある。
前回の時と同様のコースを歩いてみても、春と夏とでみせる植生などの自然の変化は著しく、ここが同じ場所とは思えないようなところもある。
この季節の三方湖は湖面は、ぎっしりと水草がはびこり覆われていたが、春の湖からは想像もつかない有様で驚かされた。
また信仰が生まれる場所には、当然ながら人々の日々の暮らしは無関係ではなく、そんな一辺から調査とは別に学べることも多い。
ある民家の生垣の下に供えられた小さな供え物、なんだろう施餓鬼だろうか?
目を凝らして歩いてみれば、もっといろいろなものが見えてきそうだ。



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 ● 道の駅の年縞展示。

宿の隣りの道の駅に小さな展示があると聞いて見に行く。
年縞(ねんこう)とは初めて聞く言葉だけど、どうやら湖底に沈殿した泥(プランクトンの死骸、黄砂や鉄分)などの堆積物がみせる年輪層らしく、まるで顕微鏡で覗くスライドカバーに納めるサンプルのように、非常に薄くスライスされた縞々の年縞の実物が展示されている。
一見「なんだ、ただのシマシマじゃん」と、しょぼけた展示とあなどるなかれ。
この水月湖の年縞である、湖底のこの縞模様には歴史の謎を解く鍵が秘められている。
季節毎に異なる物が堆積することにより形成された、明暗1対の縞が1年に相当し、その縞には過去の気候変動や自然災害の履歴を知る重要な手がかりが記録されているという。
年縞を解析することで、当時の自然環境(気温、水温、植生など)や自然災害(地震、津波、洪水、火山活動など)に関する精度の高いデーターが得られるという。
係りの方が、ガラスに挟んだ年縞の実物サンプルを見せて頂き、いろいろ詳細に解説して下さった。
水月湖の地形と独特な周辺環境が、世界的にも類例の非常に少ない年縞を形成させる好条件<流れ込む大きな河川のない地形、山々に囲まれた地形、生物のいない湖底、埋まらない湖>を生みだし、その堆積した年縞は7万年(ボーリングにより約73mの年縞を採取)に亘るという、水月湖はまさに奇跡の湖。
また年縞は、放射性炭素年代測定値の較正も出来るほど、より正確な年代測定が可能という。
水月湖年縞は、考古学や地質学における「世界標準のものさし」として年代測定の精度を、従来より飛躍的に高めた。
現在、若狭三方縄文館(そちらにも水月湖の年縞展示がある)の横に水月湖年縞研究展示施設を建設中で、来年度(2018年)オープンする。
この道の駅の年縞展示では、パネル展示のほかにもNHKで放映された年縞のVTR(9分)も常時上映されており、年縞の知識と魅力に触れるとても解りやすい展示となっている。



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 ● 仏像の真似っこ

宿泊していた福井県立若狭青年の家では、偶然ながらも本校の別の団体と鉢合わせになった。
古美術研修でバスを一台チャーターした大団体で、夕食後の食堂で仏像のアトラクションをやるというので見にいってみたら、この写真のように凄いことになっていた。
かなりおバカな仏像ごっこと思いきや、種本をもとに数人一組となり、千手観音や降三世明王なを写し。
その角度や指による印のかたちなど担当教員の適切な指導のもと、当人たちも真剣になりつつも遊び心満載で、結構楽しませてもらった。
持物としては何故か、酒瓶に箒やモップなどで真似て装い、まさかこんなところで箒やモップが使われているとはお掃除おばちゃんも知る由もなし。
調査の延長上という点もあってか、こんなおバカなお遊びにも、トホホ、ついつい手足に目がいって見入ってしまう自分がいて情けない。



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 ● 青少年の家、青年の基準値とは・・・・・・・・!?

清く正しくのイメージの青年の家。
料金体系も年齢により数段階に分かれているようで、宿泊費は26歳以上は更に値段が加算される。
つまり25歳までが”青年”ということらしい。
なんと小学生は一泊280円という安さです。

朝の早くから青パン姿でラジオ体操をこなす小学生の団体に較べ、子ども達が寝静まったあとの夜の大学生(就寝は10時じゃなかったっけ!!)は、なんと乱れているのだろうか。
青年の家で皆と一緒に食事の歌を唱わないばかりか、夜の宴会!?での歌は、はた迷惑な限りだと思うのですが・・・・・・・・・・。

 「福井に乾杯」 調査の最終日、宿で小さくなって喉を潤す。




仕事に、そして遊びも充実した三方での5日間でした!  (^_^)v  




  1. 2017/09/04(月) 08:23:07|
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