うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

369 便利生活への欲望





「必要は発明の母」



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 ● 『 昭和珍道具図鑑 -便利生活への欲望- 』    魚柄仁之助 青弓社 2017

図書館の新着本コーナーに見つけたこの本、タイトルにあるが如くに便利とは謳っているものの、
いまではすっかり忘れ去られたある時代の便利(!?)な珍道具、表紙の珍気な手回し洗濯機の広告イラストにみせられて、借りてみることに。



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 ●  中身はこんな感じ・・・・・・・・・・・・・・。

「便利そうで便利でなかったモノたち」も多数紹介されており、骨董市で珍道具に出くわすのに似た楽しみを感じさせる。

<左上より>
空火鉢冷蔵庫(昭和25年)、
食料品真空保存器(昭和10年)、
電球使用の保温器(昭和21年)、
エンジン付きローラースケート(昭和34年)、
プロペラ・ローラー(昭和24年)、
木登り自転車(昭和3年)、
インドで開発されたサンクッカー(昭和29年)、
電動ウロコとり(昭和35年)、
カセットテープ巻き取り器(昭和55年)、
太陽熱料理器(昭和34年)、
文化櫃(大正15年)、
投げ込み型湯沸かし器(昭和6年)、
湯沸かし器(昭和11年)、



これはちょっとなぁ~と思うものからある程度頷けるものまで珍道具もいろいろだ。

インドのサンクッカーとまったく同じものが、チベットの茶店の湯沸かしで使われていたのを見たことがある。
火力調整が必要な調理ではなく、ヤカンの湯を沸かす程度のことならば、森林資源の少ないチベット高原では、薪やヤクの糞燃料を一切必要とせず湯が沸かせ、とても利便性のある道具と感心した覚えがある。

割烹着姿の主婦が手にする投げ込み型湯沸かし器を極小にしたサイズのボイリングコイルは、旅先ではカップの水を数分で沸かせられ、とても重宝していた。
海外旅行では必須のアイテムのひとつだったが、日本では電圧の関係でまるで湯を沸かせないのが難点だった。
この投げ込み型湯沸かし器で、風呂の湯なんかを沸かすにはどれほどの時間がかかるのだろうか、瞬間湯沸かし器や給湯器などがすっかり定着した今のくらしでは、やはり出番のない珍道具なのだと思う。

右下の湯沸かし器と同じ原理の湯沸かしを、むかし祖父の家で薪や石炭ストーヴを使っていた頃に使っていた。
L字型の煙突の水平部分の筒を若干長めに湯沸かし器に引き込んだ、大型の銅壺で、上部に蓋がつき柄杓でもって給水する式のもの。
冬場の北国では、家人分の湯湯婆のお湯を大量に沸かすことができ、とても便利な代物だった。

防腐飯容器である文化櫃は、容器に寿司簀のような簾をただ乗せただけの道具。
夏の飯櫃にのせる簀蓋(竹編みの蓋)や飯籠など、風通しを良くすることで夏場の食品の腐敗をできるだけ防ぐ工夫は、電気冷蔵庫が普及する以前はくらしの中では、あたりまえの知恵であったし、いまでも食品ネット(蠅帳)などは現役で使われていたりする。

戦前戦後から高度経済成長期頃までの道具を主軸にした本書にあって、随一新しい製品が著者所蔵(当時新品を購入したもの)のカセットテープ高速巻き取り器
複数のギアを仕組んだだけのどーっていうことはない商品ながらも、レコードの様に簡易に曲出し出来るのとは異なり、カセットテープではいちいち、早送りしたり巻き戻したりの作業が必要でこのような道具の需要もあったらしい。
90分テープが数十秒で巻き取れた優れものというが。
後にダブルカセットが登場し、二つのテープを同時に回せるラジカセが普及して、この手の問題は一気に消滅する。
レコードの音盤が醸し出すレトロで情緒ある音質を好むフアンを持つのとは異なり、カセットテープの場合は、ただ音質が悪過ぎるだけで、いまの時代にとってビデオテープなどと等しく、完全に死物メディアなのかもしれない。
知人が高校の語学の授業でカセットテープを持ち込んで、お爺ちゃんみたいと生徒に笑われたと嘆いていた。
自分の場合は、著者のような巻き取り器を購入するまでもなく、カセットテープの穴に鉛筆(この六角形のかたちがぴったりフィット)を突っ込み、楽器のラトルの要領で手のスナップを効かせ巻き取っていた。
時々折り合いが悪く、中のテープが腸のようにはみ出てしまい、惨事となった苦い経験もあった。
ちなみに、この嫌な記憶が残るカセットテープの茶色のテープ部分ながら、「凧のうなりにはこれが一番よ」と、日本凧の会の会員のかたが見せてくれた凧のうなりの弓には、このテープがぴーんと張られていて、思わぬところでカセットテープが活躍しているのだった。



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 ● 靴下を繕う道具とあれこれ。

 左; 靴下つぎ器広告(昭和12年)、
むかし西洋アンティークの骨董屋「アーバンハウス」がまだ荻窪にあった頃、店主の語る蘊蓄話しで、線路のイヌ釘や、英国人と日本人の傘に対する概念の違いなどと共に教えていただいたものが、この靴下継ぎの当て具だった。
赤に白い丸プチ模様(毒キノコのベニテングダケの様)で何だかディズニーの白雪姫に登場する森の小人の世界を思わせるような可愛らしさで、さすがに答えを訊くまでは、まるで想像できない代物だったけど。
一度知ってしまえば、このキノコ型の靴下の継ぎ当て具も、アンティーク・フェアーなどで結構見かける道具なのだった。
この継ぎ当て具のポイントは、踵部分に沿ったその形状と、針の返しをスムーズにさせるその表面の滑らかな加工とにあるらしく、確かに電球をその代用品として使用した世代の年配の御婦人も多かったと聞いたことがあるけど、本書でも著者はその点に触れていて、やはり電球のもつ曲線では、この当て具ほどには靴下にしっくりと馴染まないと書かれている。
用は、もの自体が駄目になると、現在のように新しいものに買い換えるのではなく、繕い直して最後の最後まで大切に使いきるという、そういう時代の生活があり、「もったいない」という概念も、現代用語としていま自分たちが馴染んでいるものとはまた少し違ったニュアンスを含んでいると感じさせられた。
一見シンプルな道具ながらも、道具としての完成度はこの形状に集約されていたのだなぁと、まったくもってあなどれないものなのだった。

 右上; 北京の靴下つぎ器(昭和17年)、こちらはキノコ型継ぎ当て具の中国版。
靴底の形をした一分五厘ほどの薄板に爪先と踵が付いているもの。
広告文には、「北京の人たちは、これを使って靴下の新しいうちに、一番いたみやすい爪先の上下と踵に、寫眞のやうに表から布をあてゝしまひます。それで生活學校の生徒は一年に二足あれば少しも困らないのですごせるといつてゐます。小さな子供たちもどんなに家が貧しくても靴下だけは決して穴のあいたものをはいてゐません。支那の人は、終日靴をぬがないので、白や水色や、時には花模様などの好みの布を丁度かざりのようにきれいにあてゝいます。」とある。

 右中; ハンドルーム<靴下の繕ひ器>(大正11年)、
何気に、見過ごしていたこの広告、よく画を見てみると、掌大のこれとまったく同じものが骨董市で売られていたのを思い出した。
木の板に編み機のような金属製の細鉤が多数付き、両端にバネが回されており、店主に訊くも、「編み機のような裁縫具かなぁ!?」と、どのように使うのかまるで要領を得ず、ちんぷんかんぷんの不明な道具だった。
どうやら、衣類の破れた部分をこのハンドルームに乗せ、その上に繕い用のあて布を乗せて動かないように固定する器具らしい。
「廃物同様の破れ靴下も手輕に體裁良よくつくろへる」これを用いると極めて手際よく出来るとある。
刺繍の張り枠のように布地をぴんと張り偏りをなくすための器具だけど、これもさほど勝手のよい道具ではなかったのではと、つい想像してしまう。

 右下; レンケツ靴下の広告(昭和8年)、
傷んだところだけを替えられる画期的なセパレーツ靴下。
「傷んでいない箇所」は残しておく方法がこのレンケツ靴下の売りらしい。

解説書なしでは単純すぎてまるで何なのか分からないもの、そして逆に複雑すぎて混乱をきたすもの、同じ用途の道具でも、こうまでかたちが異なると不思議ながらも面白い。



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 ● 盥(たらい)で洗濯、その姿勢は・・・・・・・。

左上; 巡回洗濯女 『明治大正珍商売往来80年物語』(昭和28年)より
右上; 湖での洗濯風景(中国雲南省 1996年)
左下; 折畳洗濯台(昭和30年)
右下; 昔のドイツの洗濯風景 『明治がらくた博覧会』、林丈二著、晶文社 より


本書の第1章では「冷たいのがイヤ! - 人類と洗濯との戦い」とあり、炊事や洗濯で使うゴム手袋や、湯沸器とともに、その多くが電気洗濯機が普及する以前の、手動式洗濯機のあれこれにスポットが照てられている。


いわゆる洗濯板といえば盥を使った洗濯の、左上図のイメージだけど。
この定着されたイメージの盥と洗濯板での洗濯も、明治に入って石鹸が普及してからのことらしい。

「巡回洗濯女」とはなんとも凄いネーミングながら、当時の、まだクリーニング屋が普及していなかった、東京などの大都市での下宿の学生や単身者の洗濯状況の隙間を埋める商売で面白い。
掃除・洗濯・炊事という家庭での労働のなかでも、やはり水仕事である洗濯がしめる労力は計り知れない。

本書では珍道具と謳っているため、登場する道具類もあえて一般的だった普通のもの(道具)がほとんど載っていない、この洗濯風景も、図ではなくその職能としての特殊性を注視したもの


右上のカラー写真は、モソ人が湖畔で洗濯している様子。
くらしの基本ともいえる洗濯の様子は、地方の旅ではよく見かけたお馴染みの風景のはずだけど、
この写真と、インドのカシーミールでパシュトゥーン族が洗濯している写真以外はスライドには撮られていなかった。
ネパールのバクタプールでは、近郊のティミの町で焼かれた大型の素焼の盥で洗濯していたし、そんな写真も白黒で撮ったはずだけど、まるで見つからない。

旅の移動の最中にあって洗濯は、洗濯物が乾き上がるまで足止めとなり、なにかとやっかいだ。
下着などはシャワーでの身体洗いと一緒に簡易に済ませられるけど、厚物のシャツやズボンは、洗う以上に洗濯物の水をしっかり絞りきる作業が大変だった。
このモソ人の民家には真新しい二層式洗濯機が置かれていたが、水の冷たい季節以外は使用されていない様子だったし、脱水機はそもそも使うこともなく、びしょびしょに濡れたままの洗濯物を、そのまま中庭にあるロープに干していた。
そのまま半日も放置しておけば、洗濯物も自然に乾き上がり、絞らないから衣服の傷みも少なく、彼らのくらしのテンポには最も理に適った方法なのかも知れない。
ともかく手洗いした洗濯物の脱水で、ここの脱水機を借りてとても重宝した。
初期の洗濯機に付いていた手廻しローラーより、遠心分離式へと移行する脱水機能の発展は、洗濯技術における革命的な発明といえそうだ。

洗濯機が登場する以前の洗濯の仕方は、石などに洗濯物を直に叩きつけて洗うもの、韓国などで多くなされていた砧打ちの要領で板で叩くもの、ブラシや洗濯板で擦るなど、その方法は様々だ。
日本の場合は当然ながら図のようにしゃがんだ姿勢で洗濯板を使うけど、洋の東西では姿勢に違いは見られるのだろうか。
椅子の文化の西洋とは異なり、日本人の仕事姿勢では胡座をかいたり、しゃがんだり、正座したりと、ともかく地辺にちかく低く座る姿勢が多く見られる。
中国はある面で椅子の文化の国だけど、アジアの多くの国では地に低い位置で座る、族座り(いわゆるウンチングスタイル)が意外に多い。
以前、道具学会の会員の画家の方が著した『アジアにおけるあの座り方』 (だったか?)という本を読んでみたら。
板きれ一枚や風呂場で使うような小さな椅子に座る、その(族座り)姿勢としての身体の楽さと道具との関係を追求したデーターが豊富に盛り込まれた内容でとても興味深かった。

欧米人は日本人にくらべると、やはり体形的に脛が長いから正座が出来ないのか、或いは慣習的な慣れの問題でしゃがんだり低く座るのが苦手なのか、ドイツの洗濯娘は長椅子に盥を乗せて嵩上げした立ち位置での作業姿だ。
以前観た『アレクセイと泉』本橋成一監督 のチェルノブイリのドキュメンタリー映画では、水場の洗濯場面では、木枠の框に女たちは跪き(ひざまづき)前屈みになって洗濯物を洗っていた。
跪く姿勢は、かってはカトリックなどのミサの典礼では度々繰り替えされる姿勢だったから、彼らにとって日常的に慣れている姿勢だったのか(ちなみに正教会では、立ち姿勢のまま椅子にも座らず典礼を行うというのを最近知った)!?
水面は身体より一段低いから当然ながら前傾姿勢となるのはともかく、盥のどの容器が確保できて、身近に水を寄せる条件が揃ってもしゃがんだりせず、椅子に座った姿勢や、立ち姿勢が楽なようだ。
跪く(ひざまづく)と蹲る(うづくまる)の姿勢のちがい。
跪くような姿勢は、日本人の生活には、あまり馴染みのない恰好なのではないだろうか。

余談ながら、鋸や鉋などの刃物では、西洋や中国のものは、日本のように手前に引いて切るのではなくて、手前に押して切るように使い方が逆になっていて、そんな身体の所作の動きが道具にも反映されている。
穀類を脱穀する農具の唐棹(くるり棒)も、沖縄のものは打撃部分に対して柄が短いため(本土の唐棹はその逆で柄が長く打撃部分は短い)、身体を前傾姿勢で深く折りこみながらの姿勢となり結構辛い作業ながらも、接地面が多いため一回あたりの作業効率は上がるという。
このような類例はアフリカでの鍬の使い方でも、短柄の鍬を極端なまでの屈伸姿勢でもって鍬先を地面に食い込ませ耕す仕方に顕著にみられ、耕す土質の硬さや粘度以外にも身体的に慣れた姿勢が優位に用いられることも多いと思われる。
それがアフリカのひとの体形的な差なのか、慣習的な問題なのか、同じ目的の道具でもその形体や身体の使い方がいろいろあって、見ていて興味が尽きない。

左下; 雑誌「婦人生活」の「婦人の発明」で選ばれたのがこの「たらいを乗せる木製の台」である折畳洗濯台。
本書では、著者は「この程度の発明で入選するなんて・・・・・・・・・・・」と、思わずもらしてしまっている。
三脚は凸凹した不安定な地面での安定が良い点、そして鋭角部分の手前が若干傾斜していて低い仕様が、そこに洗濯板を置いたり(若干高さが増す)、前面に力をいれてゴシゴシ押して洗う分には、力が更に加わるため強度的にも全方向にもたらす力を二点で分散させるその構造は、一応は理に適った作りのようだ。
また簡易収納できる折り畳み機能を取り込んだこともポイントとなっているかも知れない。
更に極端に云ってしまえば、理路整然とした完璧な発明品というよりは、誰もがちょっと考えれば得られる、そんなアイディアがこの手の主婦の雑誌の読者である主婦層に受け入れられ、その点を見越しての採用なのかもしれない。



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 ● 洗濯板いろいろ。

 左上; ガラス製の洗濯板、「海を渡った日本の花嫁」展より、JAICA 2009。
 左下; ネマガリタケ製洗濯板、恵庭市郷土博物館。
 右 : ネットにあった洗濯板。
  


洗濯板については、過去のブログで一度触れました参考下さい。
ブログ№025 「ギザギザが決め手! 洗濯板」





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 ● 『文化洗濯板』 「実用新案出願 6379号」、木製、535×270×18ミリ

こちらは山梨の骨董屋でみつけたデッドストックものの、うちの洗濯板。
三角の黒いギザギザ部分は、タイヤのチューブを加工して挟み込んである。
焼き印による鳩の商標や、全体のフォルムが気に入って、初卸しは気合いを入れて風呂場に洗濯物を持ち込み試してみたが、ゴム部分の当たりが洗濯物に微妙に感じ悪く、これなら普通の木の洗濯板のほうがはるかに道具としてましで、一向に洗濯効果が期待できない代物だった。
多分そのアイディアだけは良かったものの、実用新案もののヘンな道具にはついつい惹かれっぱなしの自分ながらも、結局一回使ったきりでめげてしまい、すっかり外してしまったもの。
洗濯板のその対価も、一時の夢を買わせてもらったに終わってしまった。
ある時代以前の特許品や新案ものは、ネット検索しても記録されていないので、いまだにこの洗濯板が商品化された経緯は依然謎のまま、どなたかご存じの方がいましたら教えて下さい。



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 ● 洗濯用具と洗濯機 『女性教室 せんたく』(昭和26年)。



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 ● 手動式洗濯機のいろいろ

洗濯が、盥+洗濯板から電気洗濯機に移行するまでの、黎明期-過渡期に現れては消えていった洗濯機、そこにはからくり人形的なもの、真空ナントカといった不思議なもの、漬け物桶洗濯機?などいろいろ変わったものが見られる。



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 ● 手動式回転洗濯機 攪拌機能そのルーツは?

上段: 白黒写真は、中部ネパール カリガンダキ(川の名前)筋のボテ(主に漁労に携わる職能カースト)の家に泊まったときのもの。
水牛の乳を攪拌させギー(牛脂)と分離(チャーニング)させているところ。
テキ(容器、脇にかかえて運搬できるように口の部分が細くくびれている)に羽の付いた棒を突っ込み紐掛けし、轆轤(ろくろ)ひきの要領で攪拌させている。
家屋の柱に穴のあいた主軸(素朴ながらも彫刻が施されている)を渡し、そこに羽付き棒を通して支えているだけのいたって単純な構造。
テキに足を当てて座り、身体を突っ張らせて腕を前後に動かすだけで、羽付き棒がぶれずに、実に高速で回転する。


中段; アイスクリーム製造器    調布市郷土博物館にて。
こちらも木桶に羽を突っ込み回転させ攪拌させる方式、左は単純に羽にハンドルを直結させた構造で、左下の手回し洗濯機と同じく、ハンドルを水平にぐるぐる回す方式。
右はそれに歯車の機構を組み込み直角に垂直方向に90度回転させる改良されたハンドルを付けたもの。
コーヒーミルを例にとってみるととても解りやすいけど、水平回転式では肩の運きも同時に加わり上半身を全体的に動かさなくてはならず、それに比べると垂直回転式では手首のスナップを効かせ回せば上半身の身体の負担はそれ程でもない。


下段; 本書で紹介されていた図版。
羽で槽の内部を攪拌させる方法は、アイスクリーム製造器とほぼ同じ構造。
ただ木桶を逆さにしたような裾広がりのかたちに、いずれも造られている。
著者によると、漬け物桶よりの転用ということだけど、残念ながらなぜそういうかたちに造るかは定かではない。
女の子のほうの洗濯機は、ハンドルが余りに長すぎ、これでは槽の周りを回らなくてはならない。
またご婦人の洗濯機では、座り姿勢でもってハンドルを回転させるとどうしても身体が前のめりとなるらしく、図の夫人も足の部分が若干爪先立っているという、なるほどこういったちょっとした著者の観察が、とても参考になる。



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 ● 手動式回転洗濯機

やはり水平回転させるよりは、垂直回転させるほうが身体が楽なのか、こちらの洗濯機はいずれも垂直回転のハンドルが付いたもの。
上段の左右の二つは瓜二つのかたちながら、左の写真のものは洗濯機ではなく実はてバター製造器<恵庭市郷土博物館>。
かなり大型の樽に布ベルトを掛けて動力で回転させる方式。
酪農王国の北海道とはいえ、こんな道具もやはりあったのかと、近ごろ博物館で見つけて一番嬉しかったもの。
一方右の図版の手回し洗濯機(昭和17年)には、横にした槽の内側に回転するドラムが付いているというが、その大きさが不明というもの。
盥(たらい)と洗濯板でもって、ごしごし洗濯するのとことなり、このように槽に洗濯物を溜込んで攪拌させる方式では、洗剤が必要という

まるで、歳末の大売り出しの抽選会で使うガラガラポンのくじ引き機械のような、三角形の手回し洗濯機(左中、大正13年)は、関東大震災直後の広告のもの。
こちらは珍しく立ち位置で作業が出来るように長い脚がついている。
多分、三角形の外側は回転せず固定されていて、中にある羽が回る作りとなっているのではないかと思う。
立ち位置は楽とはいえ、こんな高い位置まで水を注ぎ込まなくてはならない不便さはどうしたものだろう。

日本で電気洗濯機が一般家庭に普及し始めるのは戦後の1950年頃(昭和20年代後半)以降という、まだまだ高価な製品だったから、一人住まいや少人数のお宅では、このようなパーソナル洗濯機(右中、昭和33年)が用いられたかもしれない。

直径二尺ほどの大きさの球形の手回し洗濯機(下段、旭川市立博物館)は、本書の珍道具には紹介されてはいないけど、手回し洗濯機といえば”このかたち”というぐらい、博物館の展示でよく見かける手回し洗濯機です。
一番最初にこの手回し洗濯機を見たのが、実は博物館ではなくて近所の骨董屋のニコニコ堂、特に或る時期の有機的なフォルムの工業製品が好きな自分としては、店主<後に息子が直木賞を受賞して、このオヤジ自身も結構有名人となる>自ら、コックに付いたレバーを開けて中を覗かせてくれて、とぼけた口調でもって、耳元で「いいでしょう~!」と小さく囁かれると、まるで魔法にかかったように怪しい魔力に満たされて、ぐぐっと欲しくなってしまう。
蓋の部分のデザイン、アルミボディーの仕上げ具合、口辺部にはアメリカのパテントナンバーも刻まれておりそんな些細な点にも魅せられて、おもわず財布から五千円札を取り出すところだった。
しかしねぇ~、洗えてもせいぜい下着や靴下程度の容量だし、家の中で場塞ぎになることが確実に見えている。
結局その時はパスしたものの、物欲大権現と化してしまった現在では、あらたに加えてみたいアイテムだ。



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 ● 手動から電動へ

左上; むすめせんたくき 『新式衣類洗濯法全集』(昭和2年)、
関東大震災から復興期に登場したのがこの製品。
構造が進化し、ハンドルを回すと洗濯槽の横っ腹に取り付けられた滑車が回る。
ドラム缶のような筒の内側に一回り小さい洗濯槽穴あきドラム缶が入っていて、滑車の回転を鉄製のギヤで内側の穴あきドラム缶に伝える方式。
つまり今日の「縦型斜めドラム式」洗濯機と同じような動きらしい。
斜め式だから、しゃがまなくてもいい。石鹸や水が少なくてもいい。ハンドルをゆっくり回してもドラムは回転する利点がある。

中上; 手漕ぎ舟(左、舶来品)、電気洗濯機(右、アメリカ製) 『家庭百科重宝辞典』(昭和7年)

右上; 機械化坊さんの手作り洗濯機  『家の光』(昭和24年)、
写真には「電気せんたく機も、映画機のモーターを利用して作ったおかげで、奥さんは大喜び」とある。
弔うだけが僧侶じゃない、穢れを落とし修復するのが業である・・・・・・合掌 という著者の言葉におもわず爆笑。

左下; 電気洗濯機 北海道博物館(旧北海道開拓記念館)にて
中下; 電気洗濯機 八王子市立郷土博物館にて
右下; 電気洗濯機 恵庭市郷土博物館にて

初期の電気洗濯機も、こうして並べてみると時代とともに微妙にかたちやデザインが変化していてなかなか面白い。
子供の頃のはかない記憶にある洗濯機は、祖母の団地で使われていた、右下のような洗濯機で、お手伝いと称して洗濯物をローラーに挟み、ぐるぐるハンドルを回して遊んだ記憶がある。
タイの屋台でスルメを買うと、食べやすいようにローラーで伸してくれるのだけど、その伸したイカがローラーから現れる様子を見て、子供の頃のこの洗濯機ごっこを思い出してしまう自分がいる。
この時代の白もの家電の洗濯機のデザインも、色や素材の使い方などで冷蔵庫に共通するものがあり、いずれもなかなか素敵だ。



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 ● 洗濯の変遷展示      八王子市郷土博物館展示より。

アイロンの推移(火熨し、炭火アイロン、電気アイロン)の背後にあるのが、洗濯の推移。
この展示の上に掛けられた小さな写真パネルには、民家の軒先で洗濯に励む母親が写っていた。
写真のキャプションには「たくましい子になっておくれ」とある。
なんだか、これに「わんぱく」をつければ丸大ハンバーグのCMのようなコピーだ。


グルメではなく、庶民の身近な視点で食文化に切り込みをいれる、著者の魚柄仁之助。
本書を読んでいると、珍道具好きにとっては、ますますヘンなオヤジだなぁと、ついつい嬉しくなってしまった。


広告から読む世相史ものでは
ブログ№248 大正時代の身の上相談
があり、そちらにも洗濯板や洗濯機が紹介されています、併せて見ていただければ幸いです。



「古屋の漏れ」実家で屋根のつけかえ工事が発生、8月は盆の帰省と手伝いを兼ねて、このブログも一ヶ月お休みします。今回は洗濯機も取りあげたことですし、ついでながらこころの洗濯もしてくるつもりです!   (*^_^*) 




  1. 2017/08/05(土) 15:03:02|
  2. 洗濯板
  3. | コメント:0
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