うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

360 なんとなく寄ってみたら





先日(2017年6月17日)、三鷹のICUの湯浅八郎記念館の『バンクス植物図譜』展を観た帰り、なんとなく寄ってみたのが、小金井にある東京農工大学科学博物館。

農工大の科学博物館は、この前までは「繊維博物館」の名称で呼ばれ、その前身は明治19年(1886)農商務省の蚕病試験場に設置された「参考品陳列場」にまで遡り。
旧繊維博物館から受け継いだ養蚕関係の資料を中心に、繊維などの素材・道具・機械類や、養蚕・製糸・機織をテーマにする江戸時代から明治時代の錦絵や生糸商標などの展示。
機械展示室には、工学部を持つ大学らしく、明治期から現代にかけての製糸・紡績・織機・編機などの大型機械が展示されていて圧巻される。
機械のほとんどは稼働可能な状態で保存されており、定期的に行われる動態展示が必見です。


通常は見学者もそれほど多くはない館内なのに、この日は随分混んでいる、なんの催しかなぁと思ったらオープンキャンパスでした。
普段は、多分前職が業界出身と思われる渋いお年寄りの解説員の方が、1Fの機械展示室に常駐して機械のメンテナンスにあたっていて。
質うと、場合によっては実際に機械を動かして、とてもマニアックに解説してくれる。
そんな渋い雰囲気が、自分としては結構好きだったわけですが。
さすがに本日はオープンキャンパスで、博物館内も募集生向けのツアー案内はじめ、全学挙げての盛り上がりで、いつもと異なりとても華やいでいました。



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 ● 企画展示室でみたロボットなど。

手仕事の延長線上にあるような、機械機械したものが好きなのですが。
まず今回ここで出会ったのが、このような先端研究のロボットなどでした。

右上; コンプレッサ搭載型飛躍ロボット。
左下; 人間の土踏まずを真似したロボット足装具。凸凹面の歩行が可能。
右下; 人の表情を見て振る舞いを決める。
カメラで撮った顔面像から判断し、ヒトが心地よいと感じる振る舞いができる。




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 ● 教育研究展示室にて

こちらは主に教員の研究テーマを紹介したコーナー。
先で見たロボットの開発などの研究も紹介もみられましたが、やはり目を惹いたのがこの「電卓のあゆみ」のコーナー。
算盤や、計算尺、手回し計算機に並んで、随分とごつい機械が見えます。
まるでスーパーマーケットの会計にある、レジスターのようなその大きさに驚かされます。といっても、当時はこんな大型の電卓でも、この機種では√計算が出来るようになって、なにか特別な計算をする向きで、その高価な価格からみても個人とは全く無縁の代物です。
それがいつしか、懐かしのCM「答え一発カシオミニ♪」でお馴染みの家庭向け電卓が登場しますが、こちらもいま見るとまるで弁当箱のように分厚く大きなサイズです。
パソコンや携帯電話など、日進月歩の進化は目覚ましく、そのボディーはコンパクトに薄く小さくが当たり前の状況ですから、改めてついこの間まではこんなんだったのだなぁとプロトタイプな機械に驚かされます。

 中段; √(ルート)001   1966年   CASIO 435,000円  16.5㎏
世界で初めて平方根(√)の計算機能を持った電卓。
トランジスタと集積回路を併用している。
記憶装置と7桁の定数ダイアルを備えた世界最初の電卓。

 左下; Brunsviga 11S Brunsviga Werker社製  約8㎏
ドイツ製の伝導機械式計算機。機械式計算機の手動ハンドルの代わりに、歯車を電動モーターで回転させることにより計算を行う。

 右下; カシオ7ミニCM-602 1973年  CASIO 12,800円
家庭用小型電卓カシオミニ(1972年発売)のシリーズ3代目。
初代カシオミニの価格を従来の3分の1以下に抑えたことで、個人使用者に受け入れられた。販売台数は1年間で200万台、ここから「電卓戦争」はさらに激化する。




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 ● 蚕の模型など   繊維関係展示室より

野蚕や家蚕など明治時代の図絵、
幼虫模型は上部が蓋状になっていて、外すと内部の様子が確認出来る凝った作り。
糸を吐き繭を作る様子が、どこかモスラを連想させる動きです。



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 ● 古風な展示ケースに収められている世界各地の繭の標本    繊維関係展示室より

蚕病試験場時代の展示室(古い写真)にみる展示標本の一部が、そのまま残されています。
古風な木製ガラスケースが、とても美しいです。
博物館の展示でも、ここが一番のお気に入りコーナーです。
繭のサンプルも、長いもの、まるいものと形もさまざまで、漢字や仮名で書かれた国名や地名のなかに往時の呼称も併せて楽しめます。



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 ● 製糸機など

 糸を繰る/製糸;
蚕の繭から生糸を作ること。長さ1200 ~1500メートルある繭糸をほぐし、数本を挽き揃えながら1本の生糸を作る。

1 乾燥  ; 繭を乾燥させ中の蛹を殺し、保存できる状態にする。
2 選繭  ; 繭の品質を一定にする。色つやや形態別に選別し、不良繭は取り除く。
3 煮繭  ; 繭糸同士の接着を和らげるために、熱湯や蒸気によって繭を煮る。
4 索緒  ; 煮た繭から糸を探して引き出す。
5 揚げ返し; 生糸の固着を防ぐため、巻き取った生糸を周長150㎝の大枠に乾燥させながら巻き返えす。糸が乱れないように数カ所を留め、枠から外して綛(かせ)を作り、20~24本を束ねて出荷する。



数個の繭から糸口を引き出し縒りをかけて一本の生糸に仕上げます。
 左上; 以前「東京シルク展」で見た、昔ながらの手作業での製糸作業の様子。

右上、中段; ニッサンHR型自動製糸機。
見学者を前に、係りの方が熱弁を奮っていたのがこの製糸機。
手作業の職人芸とは異なり、機械としての在り方とノルマがいかに優れているか、この機械には300以上もの特許があるという。
説明のほうは途中からだったので、あまりよく解らなかったけど、実際にこの機械が動いているのを初めてみた。
繭は各々湯がはられた小箱に入り、回転寿司状態でぐるぐると周囲を環っている。
糸がなくなると補給用の爪ががしゃんと飛び出て、繭から糸を一本だけさらっていくという精巧な仕組み。
機械化されて効率は格段に高まったものの、索緒工程では手挽き時代となんら変わらないわらミゴ箒が機械に取付けられていたり、糸通しの箇所は小さな白磁の皿に開いた孔に渡すなど変わらない箇所も見られる。

左下; 御法川式多条繰糸機
作業者が立って繭から生糸を取り出す装置。1火と当たり20~40の口数(条数)を受け持つ、手作業としては画期的な機械。繰糸湯が比較的低温でゆっくりと繰糸することで、ムラのない高級な生糸を作ることが出来た。
この機械の出現により、日本の製糸法は一変し、生糸を中心とする周辺技術を巻き込んで製糸技術が飛躍的に発展した。また。それまでの能率至上主義だった日本の経営姿勢を、品質第一に転換させるきっかけとなった。

右下; シンクの部分が、鉄製のものよりは温度変化による繭の影響がより少ない、陶製シンクが採用された製糸機。



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 ● ミシンの展示

繊維博物館時代には、古い手回しミシンから、一般の家庭にみる新しい電動式ミシンまで、ミシンが一堂にずらりと並んでいてその数に驚かされた覚えがある。
現在は古いタイプのミシンを数を絞り展示している。
「なんでミシンにこんなに模様が付いているんだ・・・・・無駄じゃねぇ」と受験生らしき男子が捨て台詞を放っていたけど。<あらためて、いまはそんな時代だよなと感じさせられた>
確かに昔のミシンはとても高価なものであり、工芸的なまでに美しい装飾を施したものも多く、展示品のなかには貝象嵌の装飾を持つミシンもあり目立っている。
主婦にとっては、欲しいものの代表、三種の神器だった時代もあったのかも。
ミシンも、一時期のテレビのように家具調であるもの、使わないときには専用の掛け布を被せていたりと、一般家庭のなかではその地位が高い家財道具だった。
足踏みミシンの入れ子式の収納構造は優れた構造だったし、ミシンのフレームデザインも各社ごとに異なり目を惹いた。
家の中には、テレビのようにミシンがしっかりと鎮座する場所があり。
既製服が普及する以前の時代では、主婦にとっては自製服作りにかかせない必要な道具であり、また家に居ながらして、内職で一役買う場合もあった。
梃子の動力でで駆動する足踏みミシンの動きは、子供心にとっても興味の対象、踏んで遊んで叱られたり、その足元に入り込んで叱られた経験がある人も多いだろうか。
電動ミシン登場後も、足踏みミシンをすぐに買い換えるというよりは、電動ミシンに改造して引きつづき使うケースも多かった。
鋳物でしっかりとした構造のボディー、複雑な歯車の組み合わせによって駆動するその動き、有機的なシルエットを残すこの時代のミシンはどれもが機械の魅力に溢れていた。
そして現在のコンピューター搭載による電子制御されたミシンも、動力の方式や機能の多様さの面では格段に進歩はしているが、根本的にはこの時代に生まれたミシンとなんら変わらない機構という。


左; 上糸式のみで、一本の糸をうまく絡み合わせながら縫っていくタイプの手回しミシン。
縁止めをしっかりしないと、ひっぱるとそのまま糸がずるずると解けてしまうが、その性質を生かし、簡単に開けることが出来る米袋の口縫いなどに用いられるという。

右; シンガー2本マツイ縫いミシン   シンガーミシン   昭和10年
皮手および厚手の綿シーム・ジャージ・皮手等のアウトシームに使用。
絹糸の光沢を生かした装飾性も兼ねた縫い方ができる。
下糸用のボビンケースがみられる。


シンガー、リッカー、ジュウキ、ブラザー、ジャノメ・・・・・・・・・。
どの会社だったか、小金井にはかってミシン工場があり、確か町の通りにもそんなミシン会社の社名に因む名前が残されていたはず。
小金井市にある農工大が、これほど多くのミシンを所蔵しているのは、そんなミシン会社との関連性もあるのだろうか。


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 ● 原始機(復元)の展示

最も古い方式の手織機で、たて糸や綜絖を取り付ける骨組みではなく、手や腰などの体を使って布を織る。
弥生時代から使われ、たて糸をさばく綜絖、よこ糸の杼、打ち込むための刀杼の3つの道具の集まりを、当館では「原始機」と名付けている。

下; カレン族の機織   
以前、タイのメーホンソン州でみたのがまさしくこの復元機と同じ種類の機。
床面にT字形の竹筒を配し、そこに足を当ててぴーんと踏ん張って身体を調整しながら布を織っている様子が窺える。
壁には車輪形の輪をもつ糸車が確認できる。



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 ●  自動織機


上; 足踏み編機(ウィリアム・リー編機)
1589年に、イギリスの牧師ウィリアム・リーによって発明された世界最古の編物機械。
手編みの針の動きにヒントを得て、針を直線上に並べて編める機械を発明。
ここのものは、19世紀末のイギリス製で、ウィリアム・リー編機の面影を残すもの。
使い込まれた座面の革を、幾度も留め直した痕跡のみられる螺子に注目してしまった。

下; 無停止杼換式豊田自動織機(G型)  昭和2(1923)年 
世界で初の最高性能の完全な無停止杼換式自動織機 。
高速運転中に少しもスピードを落とすことなく杼(ひ)を交換して、よこ糸を自動的に補給する自動杼交換装置をはじめ、24の自動化、保護・安全装置を連動させ、生産性を一躍20倍以上に向上させた。
戦後は、日本の機械の輸出第1号となって、外貨を獲得し、日本の復興に大きく貢献した。
本機には、その名誉に肖るごとく”JAPANESE PATENTS”の特許章が付いていた。


イギリスで蒸気機関による産業革命が興ると、いち早く採用したのが紡績や織機などの繊維関連の分野だった。
織機も、これまでの人力から、機関で動力化することによって、飛躍的な量産が可能となった。



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 ● 組紐台のいろいろ。

いつもは展示されてはいても、何気なく見るだけで通過してしまう組紐コーナーだけど、
今回のように各々の機構について比較解説してもらうと、見ていて俄然興味が湧いてきて面白い。


上; 高台(高麗台)
手織機のような横枠台があり、渡してある板の中央に座って作業をする。
180~200玉も使える台もあり、組ひもの中でも一番複雑なものを組むことができる。

中; 中国雲南省製組紐台
高麗組と同じような 組織。竹枝を糸巻きに利用し、陶器を重りにした日本では見られない珍しい組み台。

下; 籠打台(平籠打台)
組物ではなく、幅の非常に細い織物。手前で織りながら竹のヒゴを織り込んで籠状にし、織り上がった後に抜き取るのが普通の織物と違うところ。男物の羽織紐などを織るのに用いられる。籠打台はほとんど残って織らず貴重なもの。




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 ●  籠打台(平籠打台)を使った織りの様子 。

2015年の秋に、当館企画展示室で開催されていた『東京シルク展』での一場面。
台の背面では、錘を下げて糸をぴんと張っている様子がわかる。
織った後に竹ヒゴを抜き取った部分に、ふくみのある模様が生まれる。

この企画展では、各コーナーで手作業による実演が行われていてとても面白い展示だった。



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 ● 組紐製品と組紐台

展示ケースには組紐見本がずらりと並んでいるが、所蔵総数はこの分量をはるかに凌ぐという。
茶道具などの筥紐として使うシンプルな真田紐から、みえない細部にまで粋を凝らした帯締や、羽織紐まで実に多彩で、現在ではその技術が途絶え復元不可能なものもあるという。

自動組紐機では、糸群の可動箇所が相方に8の字に交叉していくと、本の栞紐のように平紐ができ。
それをさらに複雑に組み合わせる機構を採れば、より立体的な紐を組むことができるという。
右下は、シルクを用いて細い管状の紐をつくる機械で、現在この技術が医療技術分野で人工血管などを作る技術開発として注目されている。
シルクは人工素材と異なり身体との親和性が高く、その特性から体内において、自然とタンパク質などが付着して人体細胞の一部に同化していくという。

このコーナーの担当者による、靴ひものような単純な紐から、最先端の人工血管までと、組紐技術から話しに膨らみを持たせた解説に、見学者は興味津々に聞き入っていた。
若い世代に一見古くさく見えてしまう機械を通じ、工業技術の未来に目を向けさせる、オープンキャンパスらしくとてもよい内容だった。



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 ●  炭素繊維、磁心記憶メモリ、真空管メモリ

 炭素繊維;
炭素繊維とは、普通の繊維を高温で焼いて炭化させた繊維。
高温で熱処理するため、他の元素は消失し炭素のみの繊維となり、性質も大きく変わる。
一般的にCFRP(炭素繊維強化樹脂)の形で使用される。
軽量で強度、弾性率が高いという特長の他、摩擦、摩耗特性、寸法安定性、X線透過性等々に優れ、航空宇宙関連機器、車両、スポーツ、レジャー医療用機器、一般産業用途などに用いられる。


 織物職人の伝統芸で作られた磁心記憶メモリ;
磁心記憶メモリとは、小さなドーナツ状フェライトコアを磁化させることによって情報を記録する装置。フェライトコアには描き込みようの2本の撃動線と、読み込みようの1本のセンス線が通り、それぞれ電源を渡すことによってフェライトコアを磁化する。
製造は基本的に手作業で行われていた。
1953年に発明され、1960年代に最盛期を迎えたが、半導体のメモリの台頭によって1970年代初頭に衰退した。

 真空管メモリ;
真空管とは、ガラス管内部を真空にして電極を封入した管である。
電極に流れる電子流を調整することで、スイッチのように電流を流したり流さなかったりというON/OFFを制御出来る。
そのため、電流が流れるか流れないかで真空管1本あたり1bitを記録できる。
1940年代~1950年代の初期のコンピューターで使われたが、当時の真空管は消費電力が大きく、信頼性も低かった。


人工的な素材の化学繊維は、被服以外にも、その強度と加工により様々なジャンルで用いられている。
また織りの技術を利用して記憶メモリとして使われていた時代もあった。
最先端技術と、需要がなくなり途絶えてしまった技術、そんな技術史の変遷を比較できる点もこの館の素晴らしいところです。



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 ● 組紐の錘       鉄・木製     径35×42ミリ。
   羽織紐        絹製       幅10×170ミリ。
   製糸機の糸通し部品  白磁       径20×6ミリ。
   杼          木製       幅88×55×厚み25ミリ。


うちにあるガラクタの中にも、そのかたちに惹かれてか、今回みたようなものが若干ある。
その物自体がなんなのかまるで読めなかったのが、小さな釦のような白磁の部品。
小孔があるので繊維関連のものだとは聞いてはいたけれど、実際に製糸機のなかにそれが使われているのを発見したときは、妙に納得して結構嬉しかった記憶がある。

角形の杼は、確か銀糸用のものと聞き。
それには小さなガラス製の環が付き、バネで伸びるような仕組みとなっているけど、原理のほうはまるで想像できない。
滑りが良いように滑面には動物の骨のような素材が用いられている。
はて、この杼を用いる織機の実物に出会うことがあるだろうか、そんな機会が巡ってくることを密かに期待している。



今回もまた新たな発見に出会え面白い見学となりました! (*^_^*)





  1. 2017/06/20(火) 14:28:48|
  2. 雑 閑
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