うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

356 「土偶のリアル」





今回、図書館で手にしてみたのがこの本。



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 ● 『土偶のリアル』    誉田亜紀子 著     山川出版社  2017年

サブタイトルには「発見・発掘から 蒐集・国宝誕生まで」とある。
カバー写真は、例の高名な国宝土偶「縄文のビーナス」の出土シーン。
以前住んでいた八ヶ岳南麓の山梨の町は、長野との県境だった。
おとなりの信濃境(原村)には、井戸尻考古館があり、縄文土器がずらりとならび、その量と意匠の豊富さに思わず感心させられた。
茅野へも一度だけ、本書の表紙を飾る「縄文のビーナス」に逢いに尖石考古館へ行ったことがある。
土偶も、博物館の考古展示で時々見かけたけど、これまで特に意識するようなこともなく、また知識もないまま、なんとなく感性に任せ一連の流れとして観てきた。

本書は、いわゆる学者による専門書の類ではなく、土偶の造形の素晴らしさに魅せられた著者によるレポート本で、章立ての面白さとサブタイトルにひかれ、借りてみることにした。
「まずは好きが、始めの第一歩なり」、自分の好きなものを探求し、縄文に対する土偶の世界観を徐々に拡げ、深めていく著者の様子が手に取るように解り共感がもてる。
土偶の写真と図も豊富に載せられ、土偶を派生したタイプや地域・時代区分で分類し、そのポイントを正確に押さえつつ、誰もが楽しく読める明解な内容となっている点もよい。
土偶を知る興味の一歩を踏み出すのに、最適な本といえる。




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 ● 草創期の土偶、首無し土偶、動物ものまでといろいろ載っている。

左上; 動物形土製品   縄文後期   栃木県・藤岡神社遺跡
右上; 相谷熊原土偶   縄文草創期  滋賀県東近江市・相谷熊原遺跡
中左; イノシシの土製品        能満上小貝塚
中右; 動物形土製品   縄文晩期   北海道函館市・日ノ浜遺跡
左下; 土偶       縄文後期   秋田県・藤林遺跡
右下; 人骨出土状況   縄文晩期   秋田県・藤林遺跡

縄文人はどのような人たちだったのだろう。
現代人の目からは、一見可愛らしくみえる土偶のような小さな人形(にんぎょう)も、
どうやら、彼らにとっては、人形<ひとがた>であり愛玩というには別物で、敢えて割って壊し捨てることによって、祓いをしたり、再蘇を願ったり、祈願をして目的を叶えるための、人間に代わっての雛形の呪術的側面が強そうだ。

縄文人に関わりのあった動物なども、ときどき動物を象った土製品として土偶のなかにみられる。
東日本、特に東北地方において、縄文後期から晩期にかけて作られている。
見つかる土製品は、土偶に較べてはるかに少ないながら、バラエティに富む。
哺乳類、昆虫類、貝類、その他という分類がなされ。
イノシシが一番多く、クマ、サル、イヌの順に見つかっている。
不思議なことに、イノシシを越えて、彼らにとっては動物食料の筆頭とされる、一番身近な動物であったシカは、土製品にはほとんどなっていない。
これはいったいなぜなのだろうか。

土偶は、顔を作らなかった草創期、早期、前期を経て、縄文人たちの中で意識になんらかの変化が起こり、中期には顔が作られるようになる。
秋田県藤林遺跡出土・縄文後期の土偶は、最初から頭部を作っていない首なし土偶。
縄文中期以降の土偶にはすべて頭部があるなか、なぜかここの土偶に限り、頭部表現がないという不思議なもの。
時代は下がるが、同遺跡より出土した焼葬の様子がみられる人骨にも、頭部は確認できず。
どうやらこちらも、首無しの状態の人体を埋葬したものと推測されている。



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 ● 土器の一部となった人形(ひとがた)、遮光器土偶の変遷。

人体土器            縄文中期   福島県・和台遺跡
人体模様付有孔鍔付土器と展開図 縄文中期   山梨県・鋳物師屋遺跡
遮光器土偶(左)        縄文晩期   岩手県下閉伊郡田野畑村・岩浜泉Ⅱ遺跡
遮光器土偶の変遷図
遮光器土偶(右)        縄文晩期   宮城県大崎市・恵比須田遺跡


現代では土器に描かれた複雑な文様も、肉眼を通して見たまま(立体的に)の印象と異なり、展開図(平面)へと加工することにより、より連続した文様として土器の持つ情報を相対的に認知できるようになった。

縄文時代(10,000年以上続く)の各時代区分を一口に括っても、紀元後から現代までよりはるかに長いスパンだ。
この間、それぞれの地域で独自の感性をもった人々が出現し、彼ら独自の感性でもって、小さな人形である土偶に祈りを込めて、様々なかたちを生みだしてきた。
そのかたちや文様の意味するところは、現代人にとっては想像の域を越えないが。
それでも土偶には、縄文人のこだわりや、考え方が収斂されているようで、見ていてとても面白い。

土偶のイメージとして誰もが思い浮かべる、まるで宇宙人のような独特の姿をした遮光器土偶は。
長い縄文時代のわずか数百年、亀ヶ岡文化が栄えた北海道渡島半島から東北一円、中でも東北地方北部を中心に作られた土偶である。
イヌイットなどが雪原で目の防護用に着ける遮光器(雪めがね)に拠った呼称は有名だが。
遮光器土偶は、一体の土偶を指す言葉ではなく形式を表す分類であって、作られる時代によって顔や身体の表現が異なる。
特に大きく変化していくのが大きな目であり、その目を中心に顔の作りも微妙に変化していく。
初期のアーモンド形から盛期の全面目玉形を経て、遮光器土偶にもいろいろあるのが分かる。


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 ● 国宝「縄文のビ-ナス」 縄文中期 長野県茅野市、棚畑遺跡 茅野市尖石縄文考古館蔵

国宝土偶の第1号(1995年)が、出土当初から 「ビーナス」 と称されたこの大型の土偶だ。
遮光器土偶とともに土偶界を牽引している人気者の土偶だ。
発掘当初、この土偶は土の圧力によって、左足が外れていたものの<本書のカバー写真>、そのほかは完形で当時の状態を保っていた。
墓と考えられる土抗にあり、その墓の副葬品と考えられている。
冠帽状で模様がみられる頭部に見える顔面は、ハート形の輪郭の中に、つり上がった目、上を向く鼻、ぽかんと開いた口をしており。
この顔の表現はこの地域ならびに同時期の土偶や土器に付く顔面などに一般的にみられる様式だ。
腕を真横に開き真っ直ぐ立ち、扁平な胸部に膨らんだ腹部と安産形のデンと突き出た尻を持ち「出尻(でっちり)土偶」とも呼ばれる。
模様は頭部にしかないものの、下腹部には粘土の削り出しによる女性表現を設けている。
膨らんだ腹部は妊娠状態を示すという。
ふくよかでなめらかに仕上げられたその表面は、金雲母を練り込んだ粘土によるもので、全体を丁寧に磨き上げている。
ビーナスは発掘後、コンピューター断層撮影装置を使いX線写真を撮影している。
その結果、単純に粘土の塊を寄り合わせたり繋いでいく、一般的な技法ではないことが判明した。
まずはビーナスをイメージした骨組みを作り、それを軸に頭、両腕、腹、左右の尻、両脚の八つのパーツに分けて肉付けしたことが判った。



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 ● 上; 国宝「合掌土偶」    縄文後期  青森県八戸市・風張(I)遺跡  八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館蔵
   下; 国宝「中空土偶、茅空」  縄文後期  北海道函館市・著保内遺跡  函館市教育委員会蔵



<合掌土偶>
脚の様子から屈折土偶とも蹲踞<そんきょ:うずくまること>土偶ともいわれる、主に東北地方で作られた土偶の様式がある。
両手をがっしり組み合わせ、三角座りのように膝を立てて座り、「合従土偶」の愛称を持つ風張(Ⅰ)遺跡出土の、この屈折土偶もそのひとつだ。
仮面を着けているいるようにもみえる、少し上向きの顔には、赤く塗られた痕跡がみられ。
股は開き、その間からは女性器がのぞき肛門まで作られている。
土偶は割れた状態で発見されたが、組み合わせることで完体となる。
四つの断面には、あらかじめアスファルトが塗られた痕跡があり、当時の人がなんらかの事情でもって、割れた土偶を補修した証しが残されている。
一般に土偶は、願いを込めて敢えて壊す道具として、バラバラな状態で土器捨て場など住居以外から見つかるケースが多いため。
この合掌土偶の場合は、ほかにも当地では産出されない天然の接着剤であるアスファルトを用いて補修している点や、住居跡の一番奥まった場所の壁際から見つかったことより、特別な存在であったものと類推されている。


<中空土偶、茅空>
考古資料の国の認定方法は、美術工芸品とは異なり、その造形的で美的な見地ばかりではなく、学術的な遺物の発掘データーをまとめた報告書の有無が、重要文化財としての指定・登録、はては国宝の登録への要となる。
同じように歴史的資産であっても、無文字社会の縄文時代にあっては、文字による記録性には一切頼れず、そのため奇跡的にも現代まで残され出土した遺構や遺物を基に、当時の状況を類推し考証する方法しか残されていない。

「どこからどういう状態で出土しているか、その記録があるか」は実は簡単なことではない。
考古学では不時発見と言い、発掘調査で見つかるものばかりでない件も多い。
この「中空土偶、茅空」の場合も、一般の家庭菜園より偶然見つかったもの。

埋蔵文化財は通常、発見後、遺失物法に従い落とし物届けが、発見者か発掘担当者から警察に提出される。
警察から報告を受けた都道府県教育委員が調査し、文化財かどうか判断するが、 6ヶ月が過ぎても持ち主が現れない場合<当然ながら縄文人は現存しないのですが・・・・・>、都道府県から発見者と土地所有者に譲渡されるという法律が定められている。

ジャガイモ畑から偶然現れたこの土偶により、町はその処遇をめぐりちょっとした騒ぎとなった。

復元された土偶は、その大きさ(高さ41.5㎝で中空土偶としては国内最大なもの)や装飾の素晴らしさ、焼きの精度を上げるために両脚を管で繋ぐ工夫など、あらゆる面でこれまで類例のない、目を見張る珍しさで、
ゆくゆくは国の重要文化財指定を受けるため、道教育委員会を通じ文化庁に報告する。
文化庁から派遣された調査官も、その重要性に着目し「保管が万全で、研究に便利な中央に置いたほうが・・・・・・・・・」という買い上げ発言もあったという。
発見が報じられたそばから、土偶を手に入れたいという研究者や興味本位の一般の人々が、発見者のもとに殺到しだす。
発見者による 「私は<土偶を>発見したんじゃない。「当たった」んだ、みんなのために役場にあげたんだ」 という発言のもと、その権利を放棄し、町との合意の上で町の共有財産として移管された。

土偶の発見(1975年)をきっかけに周辺地域の調査(1976年)が徹底的に行われ、国の重要文化財(1979年)となる。

これらの諸事情もあって地元(当時の南茅部町役場)の耐火金庫室に30年以上保管されるという紆余曲折を経て、国指定の気運が高まり、中空土偶を展示する函館市縄文文化交流センターが建設され、そして晴れて北海道初の国宝(2007年)に指定されるという長い道のりを歩むことになる。

中空土偶は共同墓地を構成する墓域で出土しており、一般の土偶のように、安産・食糧確保の成功・病気治癒などの日々の願いを祈願するために作られ(割られ)た道具とは一線を隔し、遺体とともに埋納されたものと考えられている。
顔には赤や黒の顔料で塗られた跡があり、作られた当初は赤漆で塗られていたのかもしれない。
頭の一部と両腕は失われているが、その断面は古く、調査の結果、埋められる前に別の場所で壊されていることも分かっている。
他遺跡の出土遺物の事例により、この土偶も赤く彩色を施すことで、失われた命の蘇生を願ったのではないかと考えられている。
装飾品などの副葬品とは違う意味で、自然の蘇生の循環にあやかり、土偶を被葬者とともに天に送ったものかもしれない。



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 ● 国宝「縄文の女神」 縄文中期 山形県最上郡舟形町・西ノ前遺跡 山形県立博物館蔵
   国宝「仮面の女神」 縄文後期 長野県茅野市・中ッ原遺跡 茅野市尖石縄文考古館蔵


「縄文のスーパースター」というキャッチーなコピーで開催されたのが、
文化庁海外展 大英博物館帰国記念 『国宝 土偶展 ”THE POWER OF DOGU”』(2009-2010年、東京国立博物館)
たぶん土偶のみで構成した単立展示は、この展覧会がはじめてではなかったかと思う。
展覧会ではまた「国宝土偶勢揃い」という売り文句もなされていて。
東博本館一階の会場に一堂に会する土偶をみて、こんな姿の土偶もあったのだと随分驚かされたものだ。
改めてこの展覧会のカタログを開いてみると、この時点での国宝土偶は、先に紹介した「縄文のビーナス」長野県茅野市・棚畑遺跡、「合掌土偶」青森県八戸市・風張1遺跡、「中空土偶」北海道函館市・著保内遺跡、の3点のみとなっており。
その後、新たにこちらの2点の土偶が仲間入りし、現在の国宝土偶は合わせて5点となる。
立像土偶は「縄文の女神」(2012年に国宝)、仮面土偶は「仮面の女神」(2014年に国宝)と各々国宝となり愛称的な呼称が与えられた。

「縄文の女神」 は、この展覧会で初めて観た。
まず驚かされたのがその大きさ(高さ45㎝、現存する日本最大の土偶)と、まるでモビルスーツのような雰囲気のシャープな造形だった。
パンタロンを履いたような裾拡がりの下半身、板状の上半身、鋭利な弧を描く胸部、均整よく括れた腰にきゅっと後ろに突き出たお尻、流れるような側面のライン、腕は省略され肩には小孔があり、頭部には顔の表現はなされず無機質な穴が数個穿いているのみ。
そんな点がどことなくロボットっぽくもあり、これまで持っていたどこかとぼけた柔らかな造形の土偶のイメージに反し、まるで現代の造形作家が作った彫刻のようにすらみえた。
土偶としては特徴的な造形の、へそから上にみられる「正中線」があり、腰回りの複雑な刺突文などから、これも間違いなく縄文人が作った土偶であると識れるのだが。
この土偶を含め国宝となっている土偶に共通する点は、これらの土偶は、単体でしっかりした作りでありサイズも大きく、いわゆる祈りを込めて予め割る目的で作られる類の土偶とは、どうやら異なる役割の土偶ということ。

この土偶の意味するところの目的は知れないが、たとえば集落規模の存続などのように、大きな願い事の儀礼用として、このような大きな土偶を焼きあげたのかもしれない。


「仮面の女神」 は墓抗から出土し死者に副葬された土偶で、この土偶も縄文の女神と同じく、どこか人離れした宇宙人的なフォルムがみられる。
逆三角形のキャッチャー・マスクのような仮面がその異形さを強調する。
茅野の尖石考古館で初めて観て、同館所蔵の国宝の縄文のビーナス以上に、それまで見たことのない仮面土偶の造形にすっかり魅了された。
中空の土偶で、体には前面背面と渦巻き文が描かれ、精緻な研磨が全体になされ黒光りしている。
少し膨らんだ腹部と、前面の中央の同心円の下には女性器が表現され、脚部は上体に較べ太く、鉢型土器を逆さにした形状をしている。
その製作では、放射線透過により、頭部、首部、腕部、胴部、脚部が別々に作られた後、接合されたことが分かった。
中空であるため、焼き上げる時に内部の空気が膨張して破裂しないための工夫なのか、脚の下、股の間、首に穴が開けてある。
縄文人の焼き物の技術に対する知識の高さが伺い知れ興味深い。



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 ● 国宝土偶勢揃い

いずれも国宝だけあって、造形的にみても、どれもがとても個性的な表情の土偶ばかりです。
国宝土偶、次回一堂に会し観られるのは、いつになるのだろうか。



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 ● 蓑虫山人の描画にみる土偶。

蓑虫山人 (本名;土岐源吾 1836-1900)は、幕末から明治を生きた漂白の画家。
各地を訪ね歩いては絵を描いた。
当時の暮らしを細かに描いた絵は、民俗学の貴重な資料ともいえる。
蓑虫は遺物を愛で、彼の画のなかには遺物を描いたものも多く、土偶も、表だけではなく裏まで描き込み繊細な描写となっている。
また土偶片から想像した復元図(右下段)も見られ、彼がいかに多くの遺物を見てきたかを物語っている。
江戸時代から知られていた亀ヶ岡遺跡の遺物は「亀ヶ岡もの」と教養人に周知された古物だった。
当時の旦那衆の嗜みの一つに茶道があり、茶会のサロンのような機能を持っていた。
その際に、亭主の趣向として古物も扱われ、茶会記の道具見立て記録にも亀ヶ岡ものの記載がみられる。
蓑虫の画には、そのような茶会を描いたものもある。



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 ●  「土器と土偶の密なる関係」

本書で面白く思ったのが、縄文の各々の時代の土器と土偶の流れを解説した、この章。
同時代同地域の土器と土偶は、文様などの類似性も多く見ていて厭きない。
こうしてみると土偶も実に様々だ。
土偶としては今回取りあげていない、十字形土偶、ハート形土偶、筒型土偶、山形土偶、ミミズク形土偶、分銅形土偶、結髪土偶などを併せると、一口に土偶といっても、地域や時代と共にいろいろなタイプがあることが分かる。




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 ● 身近に楽しむ!土偶

東博の平成館が出来るはるか以前、むかしの表慶館の考古コーナーは、いかにも片隅に追いやられたような展示で、とても古くさく地味な内容だった。
当然ながら埴輪とともに、土偶も遮光器土偶など一部は観てはいるはずだが。
薄暗いコーナーに、ただぽつねんと置かれていた印象が残るだけだ。
かっては一般的にはマイナーな存在だった考古展示も、近年では照明などの演示技術が格段に向上し、
更に”かわいい”ブームなども加わって、土偶は一躍脚光を浴びた人気者となる。
美術品として鑑賞するというよりは、土偶の持つ、どことなくとぼけて親しみあるその表情や造形が、近年流行のゆるキャラにも通じ、誰もが単純に愛着を持てるためだと思う。
公園のモニュメントやマスコット、ミュージアムショップのフィギャなど、土偶の進出も益々活気付いている。

フリーペーパーの 『縄文ZINE』 は、展示を観にいった考古館に置かれていたもの。
漫画やコラム、対談などやさしく面白い記事と、囚われることのない自由な発想でもって縄文時代を識り楽しめるという一冊だ。
この冊子のコラムには、本書「土偶のリアル」の著者も寄稿している。
また ”DOGUMO” というコーナーは、読者による土偶のもつポーズの真似っこ写真のシーンで、お子様から大人までこれぞとポーズを決め、かなりおバカさんぽくはあるものの、よくみると微妙に各々の土偶の特徴を捉えていて、ついつい見入ってしまう。
縄文人の心境は理解する術もないが、このような新しい流れを汲むフリーペーパーが、現代の私たちが縄文に親しみを覚える手引き書として、学術的な施設である考古館にも配布されている点が新鮮であり、とてもよいことだと思う。

東博で土偶展を観たときも、あきらかに普段博物館を観に来るような人たちではない、オタクの人も結構見かけた。
土偶のミュージアム・グッズがたくさんあるように、世の中には”土偶命”のファンが、案外多いのかも知れない。



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 ● アルバム写真にしてみたら、結構イケてるかも。

土器の片隅に追いやられたもの、ピンポイントでスポットを照らされたもの、土偶の存在もその場その場で随分と印象が異なる。
最後はおまけで、これまで出遇った土偶をまるで卒業写真のように、正面を向けて一堂に会し並べてみた。
各々の土偶がとても個性的で、豊かな表情をしているのがわかる。
改めて見直してみると結構いろいろなタイプの土偶がある。
いまどきの「かわいい」や「ゆるキャラ」には無縁とばかりに、こころのどこかで抗ってきた自分だったが、かわいいものはやはり見ていて楽もしい。
ついつい土偶のもつ縄文の微笑み(実際には笑った表情の土偶はほとんどないのだとか)にほだされ、こちらも連られて笑ってしまった。

本書のタイトルにもなっている「土偶のリアル」って、いったいなんなんだろう!?
自分としてもリアルな出会いを大切に、今後も身近に土偶に接していけたらと思う。
これからは展示されている土偶に際し、更に一歩深い視点で観れそうな気がする。



土偶をいろいろな側面から紹介したとても面白い本でした!!  (^_^)v 



  1. 2017/06/11(日) 23:50:06|
  2. 雑 閑
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