うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

349 画家と住居





隣町の東大和市に、近代日本画界を代表する画家・吉岡堅二の旧宅があったことは知っていましたが。
この度、国登録有形文化財となり、登録記念特別公開(5月23日(火)~28日(日))しています。
図書館で置いてあったちらしを頼りに見学会に行ってきました。



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 ● 国登録有形文化財「旧吉岡家住宅 登録記念特別公開」    東京都東大和市清水。

初日のこの日は、 (仮称)東大和郷土美術園の文化財登録の、記念式典がありました。
ちなみに東大和市には、戦災建造物「旧日立航空変電所」(市指定文化財)などがありますが、市での国指定の登録文化財としては本件が第一号目。
式典には市長はじめ市会議員、関係者各位が集い、登録プレートの除幕式があり。
式典の後には、文化財ボランティアによる建物解説(公開中は随時開催)となりました。

この度、登録となったのが主屋兼アトリエ・蔵・中門・長屋門の4件。
多摩地区でも数少なくなった明治中期の豪農層の建築物が現存していること、画家が半世紀近く創作活動を行った点が、国から評価されたもの。

敗戦の気配が色濃くなった昭和19(1944)年、来たるべく戦禍を避けるべく、吉岡一家は、当時の保谷町(現;西東京市)東伏見よりこの地に転居します。
志木街道に近い、茅葺屋根に土間のある典型的な武蔵野の農家である、この家屋を買い取り。
昭和37(1962)年には、茅葺き入母屋造の主屋の屋根を、瓦葺きに、東部分はアトリエに改造し。
長屋門を他家の古材により再建移築し。
同時にこれまでの表門は中門として移設します。
昭和42(1967)年、主屋のアトリエや長屋門の一室を使い、法隆寺金堂壁画の模写等が行われました。
この時の復元模写に集った多くの学生が、後に画壇の第一線で活躍し、吉岡とともに携わり、日本美術史上にも重要な意味があるとされています。
この建物には、伝統と革新性の再構築によりる新しさが認められ、画家が暮らした物語が感じられる空間です。
市では、ここを(仮称)東大和郷土美術園として保存し、一般公開する準備(春と秋の年2回)を進めている。



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 ● 昭和37(1962)年に茅葺より浅瓦葺にし、大幅に改造された主屋。

大黒柱や、指鴨居に大材が用いられた豪農風の造り。
屋根は入母屋から切妻に変わり、高さが全体で2メートルほど低くなる。
養蚕の場として使用されていた屋根裏部分の一部に2階を設け。
土間部分をアトリエにし天窓を設け、後に寝室部分を増設。
近代和風建築として民家の興味深い改造例とされる。
座敷欄間の組子には、緻密な意匠が見られるなど、画家ならではの巧妙な工夫が随所に施されている。

座敷の床間に掛けられた軸は、季節の風物紫陽花でした。



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 ● 東大和市郷土博物館での資料展示。

今回の旧吉岡家住宅特別公開に関連し、市立中央図書館と郷土博物館とで、吉岡堅二の描いた素描や草稿等、小作品の展示がされています。
郷土博物館では、2階の常設展示室のワークスペースを、今回の吉岡資料展示に充てています。
主に写真パネルによる画業の紹介ですが、今回の住宅公開では画家の作品は一切展示されておらず、厭くまで建築を見せる趣旨(以前の公開日には、併せて作品も展示されていた)なので、
この展示より、画家自身が、伝統的な日本画の技法に西洋画の思考を取り入れた新しい画風の創造に挑戦し画会を創設したこと、また法隆寺の壁画模写や、東京藝術大学の中世オリエント遺跡の学術調査に参加するなど、多彩な画業の流れを知ることが出来ます。

左中; カッパドキア壁画模写 - 「栄光のキリスト」(昭和41年)    
左下; 東大寺落慶法要の幡の制作風景。
右中; 堅二の姉妹を描いた「草に憩う三人の少女」(昭和7年)
右下; 近年の資料調査にて新たに発見された素描類。



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 ● 主屋の土間部分を改造したアトリエ。

この度の公開で、やはり何といっても圧巻なのが、生前の状態のまま残されている画家のアトリエでしょうか。
天井に設けられた採光窓。
棚にずらりと並んだ瓶入りの岩絵の具と画材。
机上に積み重なった資料の山。
日本画用の乗板や、修復制作で使われたという大型のイーゼル類。
世界各地の工芸品や、絵のモチーフとなるような小物類。
画家自身が小豆に大工仕事をこなしていたそうで、壁には一面工具で覆われています。
使われている工業製品の椅子や机、照明器具などは、その時代を感じさせられるものが多く。
いまは亡き画家の存在を強く意識させる空間です。
いわゆる記念館や美術館での、アトリエや工房の再現コーナーの演出とは異なり、手付けずにそのままという点が、画家の息吹をより身近に感じられ、とても魅力的で貴重に思います。



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 ● 蔵(明治17(1884)年建築)と中門(昭和37(1962)年移設)

蔵; 木造2階建、切妻造、鉄板瓦棒葺置き屋根。
前所有者の池谷藤右衛門が建築し「山藤」の紋章がある。
関東大震災後に外壁をモルタル洗い出しで石蔵風に仕上げる。
出入口と窓の開口部には観音開きの防火戸が納まる。

中門; 木造、切妻造、鉄板葺(棟のみ瓦積み)、間口一間の棟門。
長屋門の移設に伴い、表門を移動して中門とし、奥の坪庭お整備を図り、奥の座敷と庭が一体となった和風住宅を作りだした。


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 ● 長屋門(昭和37(1962)年 移設)

東村山の大工棟梁が保有していたという、他家の長屋門の解体部材を用い、現在地に再建。木造、平屋建、寄棟造、桟瓦葺。
昭和39(1964)年以降に、都電廃止に伴い軌道周りの敷石を入手し長屋門周に敷き詰めている。
この屋敷が農村の環境に溶け込みつつ、名主クラスの風格まで高めるという、画家の意図が反映されている。


戦時中から、終戦後の食糧難時代に、画家は畠のように広いこの庭に、野菜や小麦をつくり、パンを焼く窯もこしらえて、絵描き仲間をうらやましがらせる生活ぶりをみせることもあったという。
また、水道のないここの井戸に、ひねれば水が出る、私設ポンプを取り付けて、妻に一男二女の家族生活を見事に合理化し、山羊や鶏、雉を飼った。

時を経て現在は、長屋門をくぐると目に飛び込むのが、見事なまでに手入れされた贅を尽くした庭の眺めです。
シラガシの大木をはじめ、巨樹が屋敷を取り囲み、近辺の家屋には見られない緑の豊かさに溢れています。
新緑も終わり、木々の緑がすっかり定着した様子が綺麗です。
秋の公開では、色とりどりに紅葉した庭も楽しめそうです。



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 ● 魅力的な小物たち。

和物に混じり、取材や調査などで海外より持ち帰ったものでしょうか、民藝としての器や什器など、居間や玄関にさりげなく飾られており、とても美しい佇まいでした。



* 5月27日(土) 13:30~15:30  には、記念講演会(参加無料)があります。
「旧吉岡家住宅の解説」 講師 鈴木賢次(日本女子大学名誉教授)

また、公開期間中は文化財ボランティアによる建物解説(1時間ほど、随時)もあります。

旧吉岡家住宅、 東大和市清水3-779  西武多摩湖線 武蔵大和駅から徒歩5分。



秋の公開日にも是非訪れてみたい、魅惑的な邸宅です!! (^_^)  




  1. 2017/05/24(水) 20:23:32|
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