うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

334 たば塩+




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 ● 先週に引きつづき、今回もたばこと塩の博物館へ行ってきました。(2017年3月18日)

今日は、展示に関連した講演会の日。
題目は、今回のコレクション展の丸山繁氏による『 絨緞にみる地域性と特徴 - 遊牧民絨緞と都市の絨緞 - 』


まずは都市の絨緞として、ペルシャ絨緞の5大産地(イスファハン、タブリーズ、カシャーン、ナイン、クム)について、それぞれ絨緞の特徴の説明がある。
シルクをもちいるクムの絨緞は、60~70年前の比較的新しいスタイル。
カシャーンの絨緞で使われるのは、マンチェスターキャシャーンとよばれる、英国のメリノール種の羊毛のコルクという胸毛をもちいる。
どこまでも終わりのない天空の世界、モスクの天井を意匠したナインの絨緞は、やはりペルシャ絨緞といえばこのデザインと、日本人には非常に好まれるが、欧米人には生理的に受け入れずまるで人気がない。
イスファハンの絨緞は、宮廷絨緞の流れを汲み、唐草の曲線性を活かした繊細で華麗なデザイン。
イスファハンレッド、セーラフィアンレッドとよばれる、余所ではまねできない独特な色合いで染められた深赤色が魅力となる。
ともかく日本人が思い浮かべるイランの絨緞は、ほぼ都市の絨緞で、おびただしい量の絨緞が日本に入ってくる。

ペルシャ絨緞の製作には立機を使用。
織り手は男性。
絨緞の織り進めに従い、座面も階段状にせり上がっていく構造の巨大なもの。
絨緞は単品で織ることはなく、失敗をしないようにペアを同時並行で織り上げる。
下絵には1ミリ単位の非常に繊細な図柄がデザインされ、使用されるのは1回きり。
こうして仕上げられる、一点ものの高級絨緞の下絵は、完成後に破棄されるが。
現代では古物として流れてアレンジされ、量産用の絨緞のデザインに流用されるケースもめずらしくない。
そうして作られた類似品の絨緞は、オリジナルの完璧さからかけ離れ、どこかちぐはぐとした別物のバランスの悪い製品となる。
下絵のデザイン、染め糸の調整、織りの細やかさ、そのいずれもが完璧なまでの職人芸の融合によって生みだされる、優美にして精緻を極めた美術工芸織物であるペルシャ絨緞。
絨緞のノットは結ぶというよりは、糸を絡めていく感じ。
一枚の絨緞の完成までに、どれほどの数の糸を刺すのだろうか。
その手数を想像すると、まさにカオス的な数値を連想させおそれいる。
クオリティーが、そのまま値段として直に反映しているのも頷けます。
織りの小道具は、刺し針、金櫛(糸詰め用)、鋏、ナイフで、いずれもが鋭く研がれている。


一方で、遊牧民族の絨緞は、女性によって織られる。
使われるのは地機(水平機)で、移動に際して組立る簡素な構造。
厳しい環境下、零細な農業を営んでいた人々や、家畜と共に遊牧生活を送っていた人たちが、自前の羊毛から独自の創作意匠や伝統文様を組み入れた、生活必需品としての自家用のもの。
下絵は用いず、個々の心に描き持つ思いを、一枚の布に自由奔放に織り込む。


写真(左下)は、黒羊の毛で平織物を織っているカシュガイ族の女性。
背後に見える黒テントは、濡れると目が詰まり雨漏りせず、乾燥すると通気性が増し100年は保つという。

ギャベ (毛足の長い絨緞、今回は展示されていない)は、もともとはカシュガイ族などの遊牧民の自前の織物であったが、現代では中国・インド・パキスターンなどで大量にコピーされ市場を拡散している。
(確かに、郷里の田舎町の量品店の絨緞コーナーにも、怪しげなギャベが普通に見られたりする。)
こうして生まれた様々な意匠がみられ、多様性を極めるようになったギャベながらも。
現在のミュージアム・アイテムとしては逆現象で、まったくもって素朴でいったいなんの文様が描かれているのか、これがほんとうに文様といえるのかどうかも判然としないようなものが、プロトタイプな希少品として蒐集の主軸に置かれているらしい。

かって見た『ギャベ』というイラン映画では、織り手がギャベにみる文様に、光、色、草花・・・・・・・・・と心象を綴るシーンがあり、文様にみる生活感に添った感性の豊かさと、遊牧という異文化の世界観に、とても共感したものだけれど。
物流のグローバル化が進んでいる現代では、デザインとしてすっかり形骸化してしまったいまある文様から、その本来が意味するところのものを、素直に汲み取ることはできないのかもしれない。


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 ● 絨緞にみる各種文様    「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

遊牧民の絨緞には、部族が異なっていても共通の文様がある。
それは、「部族文」とは違って生活風習に起因したものと考えられ、
祈りや願い、夢、希望を託す各種文様が織り込まれている。

左上; 絨緞 「南イラン カシュガイ・ルリ族」、
菱形部分の中央には、女性・地母神(幸福・豊穣・多産)。
それを取り囲む鉤状は、鳥頭(水の神)であり、さらに続く大きな鉤は羊の角(富の象徴)、ギュルの外側に狼の足跡・口・牙(防御)の文が散らされている。

左中; 絨緞 「南イラン カシュガイ族(ファース)」、生命の樹(豊穣祈願・成長・幸福)

左下; 絨緞 「南イラン カシュガイ族ハイアットダブデ」、孔雀(イラン神話・水の使者)。


遊牧の生活では、遊牧民の財産ともいえる羊との共生が中心となる。
テントから離れて眠る羊の、一番の脅威は狼であり、悪賢くも身ごもった牝羊を集団で襲うという。
そんな狼からの防御を意味し、遊牧民の絨緞のフィードル内には、尖った鏃のような狼の牙や、肉球のついた狼の足跡を象った幾何文様が散りばめられている。
また狼文様に囲まれた菱形の内には、羊の角文様(豊かさ)や地母神(多産・豊穣)などが配置されたデザインがある。
一枚の絨緞の意匠のなかに、遊牧民の生活空間が濃縮されている。



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 ● 菱形のかたちに籠められる様々な意匠。  「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

左上; 絨緞 南イラン カシュガイ族シェシボリューキ、
生命の樹(生長)、花紋(豊穣・幸福)

右上; 絨緞 南イラン カシュガイ族(ファース)、
生命の樹(生長)、鳥頭(水を神)、花(幸福・家内安全)

左下; キリム(平織物) 南イラン カシュガイ族(ファース)、
大きなメダリオンや、ボーダーの意匠も、すべて古代からの伝承文様で埋めつくされている。

右下; 絨緞 南イラン カシュガイ族(ファース)、
織物としての絨緞の最もオリジナルな原点といえる古い意匠。菱形文の周りの鍵形の錨文様は「鳥の頭」を意味する。その鳥は水を呼ぶ象徴であり、菱形内の無地色部分は水の源・水たまりを表す。乾燥砂漠地帯の厳しい風土、水と生命の尊さを物語る代表文様。


丸山氏がバイヤーとして、従来のオリジナルな価値にちなんだ遊牧民染織品の蒐集を開始しだした頃と、現在とでは、イラン政府による遊牧民族の定住化政策がすっかり定着してしまった。
遊牧民による遊牧という生活自体が極端に減少して、遊牧民族としての今後があやぶまれている。
同時に、町場と同じく現代的な生活へと、生活自体が遊牧から離れてしまったいま、実用品として生活の中で培われてきた、遊牧民独自の染織品も消滅の危機に瀕している。
今回のコレクション展で紹介しているような、オリジナルな古い染織製品は、既にイラン本国においてさえも入手困難な状況という。

ともかく地図を頼りに幾枚も使い果たし、オリジナルな遊牧民の染織を求め、これぞとポイントになる砂漠地帯の辺鄙な集落への車での移動は、運転手も思わず渋顔となるような、過酷以外の旅のなにものでもない。
丸山氏の、遊牧民の染織を巡る一環の行動に一切のぶれはなく、その根底には、常人には追従できない求道者としての強固な信念がうかがわれる。
ともかく丸山氏以外に、実際に自ら現地を訪ねた日本人はいないのかもしれない。
丸山氏は、実際に自分の足で遊牧民を訪ね、身銭を費やし、染めや繊維がどうのといった染色品の専門家以上に、遊牧民が生みだす染色品にみる造形に通じ、その世界観を理解している。
今回の講演会では、遊牧民の生活に充てた話しも多く、スライドに映されるそんな写真のなかに、かれらが織物に織り込む文様の世界への、ヒントになるようなものを感じさせられた。


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 ● 絨緞  西イラン  ルリ・バクティアリ族  1900年頃。   「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

三角形は遊牧民のテント。
その屋根には細長い蛇(多産・富)。
テントの裾から伸びる鉤形の腕は、羊を沢山持つ(力の象徴)。
菱形部分にはテントを守る動物などが描かれている。



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 ● 絨緞  南イラン  カシュガイ・ルリ族  1920年頃。   「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

よくみると、小さなひと形が3人描かれている。
これは織り手の家族である、ちいさな子ども達なのだろうか。
菱形部分の周囲を囲む鍵形の錨文は、鳥の頭(水を運ぶ使者)。
菱形部分の小さな点は、邪視除けの眼。


講演会では、参考資料として上等品とB級品の、ショールのような二枚の布が回された。
上等品の布は、地織り部分もしっかり紡錘された緻密な綾織りとなっており、軽くしなやかな手触りを感じるだけで、織りの製品としての完成度の高さが窺える。
一方のB級品の布は、使い込まれて色も褪せて、くたくたな状態ながら、実用とされた布としての親しみを覚える。
製品としての良し悪しは一目瞭然ながらも、自分としてはB級品がより魅力的に感じた。

本展カタログには、新たな鑑賞要素(アブラッシュ:色むら・グラデーション)として。天然染料の布は、含まれるその夾雑物により、長らく使われることにより、彩りが微妙に変化して、更に独特の艶感を醸し出す。
近年はそんな自然な色の経年変化を、ヴィンテージの要素として愛でる風潮もある。
<自分も、まずは展示されている絨緞の使用痕跡が一番に目に留まり、その珍しさに注視してしまった>

そんな講演会のはなしを頭の片隅に置いて、最後に展示会場にある作品を再観すると、一枚の染織品がまた別のものとして、ぐっと近しく見えてくる。
遊牧民絨緞は、宮廷文化の流れを汲む美術工芸品でもあるペルシャ絨緞とは、まったく別次元のもので。
実用の具としての親しみやさと、ペルシャ絨緞が見せる職人芸とは異なった、一枚一枚が織り手による一点もので様々な意匠がみられ、その独自性と共に、長らく使用されて伝えられてきたという物語性に満ち、手仕事の魅力にあふれている。

化学染料の伝搬により、安易で均一な着色効果は、優れた利便性と共に、またたくまに遊牧民の染色の世界にも浸透しだす。
現在では、昔ながらの自然染色が見直され、イラン各地に定住した元遊牧民の人たちによって再現される動きもあるという。
染織品として表層的なデザインでまったく同じ再現は可能ではあっても、やはり布として生みだされる、精神的な過程はまるで別物なのかもしれない。
自ら羊の毛を刈り、洗い、紡ぎ、身近にあった自然物を染料として活用し媒染して糸にしていた、織りと生活が同居していたあの頃には、もう二度ともどれない世界。

今回のコレクション展では、そんな遊牧民の生活が生みだした、自製の貴重な染色品が一堂に間近に観られる素晴らしい展覧会です。

最後に、講演会のなかでも触れられていた遊牧民の染色の変遷について、 「現代ではまるで見向きもされない、いまの物(化学染料染め)も、あと20年も経って遊牧の生活が完璧に世の中から消滅してしまったら、注視せざるをおえないアイテムになるかもしれない」 という丸山氏の話しが、今後の染色の世界のありかたを示唆しているようで印象的でした。



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 ● 錦糸町、清澄白河にて

さて、充実した内容の講演会も終わったところで。
墨東まで出てきたついでに、せっかくだから河岸を変え、お湿りタイムに移行することに。
知人と門前仲町で待ち合わせ。
錦糸町までちんたらと歩き、地下鉄は東京メトロから都営線に乗り換えることなく清澄白河で下りて、門前仲町へ向かってみた。
知らない町を無目的に歩くのは面白い。
小名木川など、名前だけは知っていた川に偶然出くわす。
こうしてみると、東京のこの辺りは完全に川の町なのだなぁ。
周囲に対してそこだけ取り残され、まるで時間が止まったままの、昭和のおボロい建物についつい目がいってしまう。
家の前の極小スペースに、めいいっぱい並べられた小さな鉢植えが、生活感まるだしでなんとも愛らしい。


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 ● 「魚三酒場」 不動前店     門前仲町 <営業は4時から10時まで>

場所は、深川不動堂を大通りに挟んだ真向い。
5時半に待ち合わせるも、店前には既に長蛇の列が連っている。
大人気の大衆酒場、結局小一時間待つことになりました。
カウンター担当の名物おばちゃんは、こまねずみのごとくせわしなく動き回り、一人で七面八臂の活躍ぶり。
周囲から一勢に飛び交う酔客の注文に(まるで逆回転寿司状態でカウンター内を周り)、返事なしで無愛想ながらも的確に処理していくその様は、まさしくカウンターの華、大衆酒場の鑑といえる給仕のプロ。
料理を頼んだ客が、どこか注文の仕方がまずかったのか!? おばちゃんに叱られ謝っている場面も度々みらる。
そんなおばちゃんと目がかち合うと、おもわず緊張してしまう。
食べたい肴は数あるけれど、おばちゃん相手にできるだけスムーズに、周囲を見てその間合いを計りながら、そつなく注文するのが結構むずかしい。
この日は土曜とあってか、誘い合わせてやって来た二人連れ客が多く、自分とおなじような一見さんだと、店での決まりごとも知らず、なにかととんちんかんな要求をしてヘマをする。
特にアベックがみせる、いちゃついた知ったかぶりにはご用心。

客; (酒をうかつにこぼし)「すみませ~ん、おしぼり!」

おばちゃん; 「うちにはありません! おしぼりを出すような高級な店ではないからね。必要なら余所の店へ行ってね・・・・・・・・・・。」
(と客に対して軽口のジャブを返しながらも、台拭きでもってささっと手が動き出す働き者。)


おばちゃんの写真にみえる、おばちゃんからみれば孫の世代のような若者が(幾度か飲みに通ったのか、親しみを込めて)「お姉さん」と注文の度に呼びかけていたけれど、
彼の世代での呼びかけでは、素直に問えばせいぜい「お母さん」でよいでしょう。
相手をおもんばかる敬称の遣いかたは微妙なもんで、若年者が目上の人を呼びかける、ちょっとした言葉遣いの場違いな場面も。
生娘の頃は、ひょっとしたら「○○小町」と異名を得たこともあったかもしれない”おばちゃん”ながら?
目の前にするおばちゃんは「おばちゃん」のまんまの呼称で十分で、ぴったりに感じる。
まずは人生の経験者であるおばちゃんに、一献としてコップの酒を飲み干す。
こうしておばちゃんの背を拝みながら、幾人かは、この店(不動前店)の不動な酔客として鍛えあげられていくのだろうか。
「いつまでも健勝に、カウンターを見守りつづけてやって下さい。」と、なぜか勝手にエールをおくってしまった。


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 ● コップ酒(神亀 190円)、シラウオ(260円)、鰊の刺身(380円)、貝ひも(340円)、生白子(430)。

品書きの多くは、500円でおつりがくるという設定となっている。
魚類はとくに種類も多く、刺身・焼き・揚げ物・煮物など調理のバリェーションも完璧でとても充実している。
早くも品切れとなった品書きも結構あり。
廉価ながらも、鮮度・量・味ともども満足で、大衆酒場のクオリティーにすっかり敬服させられる。
これだけ客が並ぶのも当然と頷けるのだった。
イカ下足揚げ・・・・・・、最後に熱々のアラ汁(100円)で終めてみる。
瓶ビール(アサヒ・スーパードライ大瓶 520円)×2、酒×6。
と、二人飲みして、一人頭2,000円強といった勘定。
隣り合わせたカップルからは、鰻肝の串を一本お裾分けいただきました。(ありがとう!)
ふれあいあふれる大衆酒場の醍醐味を味わいつつ、魚を肴に、ついついコップ酒が進すんでしまう至福のひとときです。


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 ● 豊富なメニュー、混み合う店内。

飲み助ごころを魅了する、驚くばかりの品書きの豊富さ。
伝票には、入店時刻と人数が記されている。
一階には、カウンターが二連並び。
平日ならぬ土曜日のこの時間帯(6時半)にして、既に立錐の余地がないほどの賑わいをみせる店内。
大衆酒場の活気あふれる雰囲気も抜群で、ついつい心地よく二時間余りとすっかり長居してしまった。
(小一時間でさらりと飲酒を済ますのが、ここでの流儀のようです。)



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 ● 裏路地にはさらにディープな飲屋街が展開している。  門前仲町。

小さな店がひしめきあった裏路地は、一度足を踏み込むと二度とこちら側の世界に戻れないような怪しげな雰囲気がある。
次回はこのあたりの未知なる世界を、是非開拓したいものです。




荒涼なる環境で質朴にくらす遊牧民に憧れながらも、最後はやはり世俗にまみれ放浪し、大衆酒場の浴酒で終えるという、だめだめなボヘミアンとなりました。 (^^;)  







 
  1. 2017/03/20(月) 16:32:13|
  2. ぬの
  3. | コメント:0
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