うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

330 とんがりハウス





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 ● ポストを開けてみたら、そこには”角つの屋根の建物”の絵葉書が。

今回のシミズ君からのエアメールは、パダン(インドネシア、スマトラ島)撤退宣言でした。

自分の場合、インドネシアへの旅は一度きり。
スマトラをざくりと駆け足で巡ったことがありました。
スマトラのブキティンギ近郊はミナンカバウ族の世界。
マニンジャウ湖や、シンカラン湖周辺のカンポン(小集落)をくまなく歩きました。
ミナンカバウの建物は、”勝利の牛”の角をかたどった独特なかたちの尖塔型屋根で有名です。
絵葉書の写真の建物は、そんな”角つの”が幾重にも連なっています、かってのラジャ(王族)の館でしょうか。
「確か行ったよな、ここ・・・・・・・・・・・・」と、
昔の旅アルバムを探ってみたら、撮ったアングルこそちがいますが、絵葉書の建物とドンぴしゃの紙焼き写真を一枚発見しました。(写真下)


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 ● 王家の館、穀蔵と鐘突き堂。     バトゥサンカール 西スマトラ。

高床式の穀蔵と鐘突き堂も、同じように立派なとんがり屋根です。
葺き材にはどんな植物素材を使っているのか。
スマトラのカロ・バタク族の集落では、屋根材に黒くてコシのあるサトウヤシの幹の鬼毛の繊維が使用されていましたが・・・・・・・・はて。


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 ● 館には歴代の王家のファミリーの写真が。

カメラを持っていたら、一緒に写してと土地の学生が加わりスナップに。


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 ● アルバム写真を、データーベース化してみたものの・・・・・・・・。

一応ネガ番号やコマ割の番号を記して作った、アルバムの紙焼き写真の簡易データー。
スマトラ部分を開いてみる。
当時使っていたのは、パトローネに再詰め替えされた廉価なロールフィルムで、そのためプロスケットの番号の並びもまちまちで、番号の昇順が必ずしも正確に対応しておらず、余計な混乱を招くばかりの代物。
オリジナルのネガやベタ焼きは既に損失して手元になく、いまでは正確な地名や、時系列な情報の一切が記憶から消滅している。
カメラ自体にexif情報やGPS機能が完備された現在のデジタル写真は、写真整理の上でなんて便利なものか。
銀塩写真時代のように、現像や焼き増ししなくても撮った瞬時に写真が判り、コストが一切かからないいまの時代。
写真は撮るものから、メモるものとしての存在となってしまい、いわゆる撮り溜のままの飽和状態。
写真が技術の向上でいくら便利になっても、写真整理の鉄則(撮ったらその場で)はいつの時代も揺るがない。
撮りっぱなしのまんまで、かわらず整理なしの怠け者の自分です。
撮った写真を適当にフォルダーに詰め込むのは、”うちのガラクタ”ものをやみくもに引き出しにぶち込むのと同じ悪癖。
”整理整頓できない派”、ものがありすぎて結局どこにあるのか上手く見つけられない。
データーベースに仕立ててみても、そんなずぼらな性格が招く、悪循環のカオスにどっぷり陥ってもがいています。


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 ● とんがりはどこにある?

ミナンカバウの生活圏、イスラム教モスクの尖塔にも”勝利の牛”をかたどった屋根飾りがみられる。マニンジャウ湖畔にて。(左上写真)
村で見かけた嫁入り行列。 先頭を行く少女の被り物は、牛の角状に両端が尖っている。コトラワンにて。(右上写真)
ミナンカバウの結婚式、パダンにて。(下写真)


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 ● 主流はやはりトタン屋根、  マニンジャウ湖畔にて。

ミナンカバウの伝統的住居も、日本の民家と同じく、現在では屋根の主流は草葺きからトタン屋根へと移行しています。
素材が違っても、鞍状に大きく湾曲した屋根のかたちは変わらない。
写真は、突然の通り雨で駆け込み雨宿りさせていただいた集会所。
トタンに当たる雨音を聴きながら、出していただいたコピ(粉に直にお湯を注ぐお汁粉のようなどんよりとしたローカル・コーヒー)が美味でした。
村の子ども達が「何か?」と物珍しげに覗き込んできました。


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 ● ”THE LIVING HOUSE ”    An Anthropology of Architecture in South-East Asia    Roxana Waterson   ISBN 0 19 58854 6.

本書では200枚を越える豊富な写真や図版を用い、東南アジア各地の独特な民家を多数紹介されています。
上の表紙写真は、人力により家ごとそのまま移動している様子。 西セェラウシ インドネシア。
下は、スマトラ沖南に浮かぶニアス島 バオマタルオの住居。
その姿は船を踏襲していると云われる。広場には2メートルの高さの跳び石があり儀礼に使用される。


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 ● 屋根の形状の挿図。

東南アジアの民家は屋根のかたちも様々です。
なかには日本の神社の屋根につく、”千木”のようなものも見られます。
そのかたちは、どこからかもたらされたものなのか? 或いは同時派生したものなのか?
本書では、日本の伊勢神宮の写真や 家型土偶や銅鐸にみられる文様なども参考資料として併せて紹介しています。


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 ● ミナンカバウの民家も多数収録されています。

久しぶりに頁をめくってみると、ミナンカバウの住居が結構載ってます。
ミナンカバウの古いマドロサ(イスラム学院)の写真(1905年頃)では、屋根の一部にはすでにトタンが採用されています。
当時としては斬新で、とても贅沢なものだったことでしょう。(左上)
頂いた絵葉書とよく似た穀蔵のある写真(左上より二段目)は、リマカウの民家のもので築後100年はたつという建物。
その葺き材は堅牢で、 ”ijuk”or sugar palm fibre と解説されています。
屋根材は、やはりサトウヤシの繊維素材だったのですね。
右下のカラー写真は、民家の階段部分で涼む住人の様子。
こんな日常の何気ない写真の一コマを、巻末につくカラー写真の一群に、あえて組み込んでいます。
従来のままの伝統的な草葺き屋根の民家から、現代のトタン屋根の民家まで、その流れを幅広くとらえ、建物の変遷を紹介している点がよいですね。


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 ● 民家はやはり面白い!

絵葉書の一枚の写真ながら、じっと見ていると、いまではすっかり忘れていた記憶が思い出され、旅の気分をしばし楽しませていただきました。



食文化も好きですし、あらためて訪ねてみたいスマトラです!  !(^^)!  



  1. 2017/03/04(土) 14:17:37|
  2. 雑 閑
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