うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

326 ネパールの紙 その1





ネパールの紙に初めて触れたのはいつだろう。
学生時代、千石にあった「紙舗直」の展示即売会だったはず。
DMの写真には、確かネパールのタマン族の女性の姿が写っていたと思う。
もっとも当時は、ネパールはヒマラヤにある一国、といった知識しか持ち合わせていなかったけど。
手にとったネパールの手漉紙は、これまで目にしたことのない風情があり、和紙などにくらべ余りに質朴で、そんな点にとてもこころ惹かれたものです。

「紙舗直」の店主は、和紙などの手漉紙や、西欧のコットンペーパー(デンマークやイタリアのもの)を含め、およそ素材として流通する紙を、店主自らの独創的な視点でもって新たな紙の世界を模索し紹介してました。
作品の素材としての紙というよりは、紙そのものが作品になっており、紙の可能性を探る面で非常に刺激されたものです。
「紙舗直」では、ドイツ人画家 ホルスト・ヤンセンとの和紙を用いたコラボレート作品展も頻繁に催されており。
ヤンセンが作品に使った和紙を集め、販売セットにしたシリーズ ”PAPER HOLST 21 ”なんかも、自分としてはかなり高価だったけど、無理して購入したりしました。
ネパールの紙は1枚300円だったか。
数枚購入してみたけれど、結局もったいなくて一向に使えず、紙としての風合いを愉しむに始終しました。

王子には、王子製紙がもつ「紙の博物館」 (当時の古い時代の建物)があるのを知り、観にいくと。
これまで見たことがない製紙法でつくられたパピルス紙(当時は珍しかった)があったり、展示されていたススメバチの巣も紙のカテゴリーとして含めるなど。
紙としての概念、その幅の広さに驚かされたものです。
 * 現在は飛鳥山に立派な博物館建っており観ることができます。

しなやかで上品な和紙、美しい包装紙、緩衝材や詰め物として用いられる雑紙、塵紙、反古紙、馬糞紙・・・・・・・・・・。
ぱりっと仕上げられた高級なものから、よれてへたった場末のものまで、紙がみせる様々な表情が好きです。
自分の場合、作品の素材としての紙というよりは、どうやら紙そのものが好きなようで。
旅をするようになってからは、自分へのささやかな贈り物として、塩・茶・紙の三品を土産としていた時期もありました。

まずは近場の埼玉県小川町の細川紙、白石紙、越前和紙の工房や作業場などを見学しました。
アジアの旅では、素焼のやきもの作りなどとともに、紙があれば折に触れ目を向けるようにしました。
タイ北部(チェーンライやチェンマイ郊外)のサー・ペーパー(カジノキ科?)の紙漉き作業。
ミャンマーの竹紙(馬糞紙風のざら紙を鎚で叩き、ワックスペーパーのように紙面をピカピカに加工して、金箔のあかし紙に使用)の叩製工程。
インドネシアのスマトラ沖に浮かぶニアス島では、樹皮布作りに出会いました。
ちょうど砧打ちの作業で、樹の靭皮繊維を叩解して平たく加工しており。
漉紙ではないながらも、それも或る意味、紙作りに関連したながれを汲んでいるように感じたものです。

すっかり長い前おきとなってしまいましたが、今回はネパールの手漉紙です。




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 ● 『ロカタの花咲く ネパールヒマラヤの手漉紙紹介』  伊藤 昭 著  千手千眼工房 1982年

ネーパールの紙漉を取材した伊藤さんによる、手作りの木版画本。
本書の紙には、すべてネパール紙が使われています。
うちにあるのは、日本語版第3刷(1992年) 92/108。

伊藤さんとは数度お会いしただけですが、作務衣姿で猿橋の山の奥から木製の背負子に荷を負って、スーパーカブで東京まで出てくる姿は、あまりに独特でどこか仙人めいていて印象的でした。
表具の仕事もされていた伊藤さんの『千手千眼工房』の名前は千手観音からのもの。
名古屋のお寺の住職を中心に、伊藤さんの旅仲間は、それぞれの念持仏にあやかり銘々をされていたようで。
山梨のときにはよく行っていたカレー屋の、「こんな田んぼばかりの山のなかに店があるのだろうかと」という場所にあったヒマラヤンカリーの『ぼんてんや』というお店もそのひとつ。
こちらの店名は梵天(ブラフマー)で、セルフビルドの店内は調度も素敵で、独創的でボリュームたっぷりの仁香さんが作るカレーのファンでした。
本書の冊数の108という母数も仏教にちなんだ数ですね。

本書は、ネパール紙に刷られた木版画の風合いを味わいながら、実際に頁をめくるのが一番ですが。
折角ですから図版をまとめ、紙漉きの工程ごとに全文をそのまま掲載(今回次回と2回に分けて)することにしましょう。
文章にみる行間から、伊藤さんの温かな視線が見受けられ、味わい深いことと思います。



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 ● 材料の調達と調整。


<1> 紙漉場へ;
霧の中にしゃくなげの林は延々と続き、今を盛りと咲き乱れる花のトンネルの中を、夢見心地でのぼっていった。
しゃくなげの林を抜けると峨々たる岩場に出た。
そこが海抜三千六百米、めざすソロクンブ地方の玄関口、ラムジュラ峠であった。
眼下にはしゃくなげの林ごしに緑うるわしい谷が横たわっていた。
紙漉場のあるタワトール谷である。
私は逗留するジュンベシ村めざして、ふたたびしゃくなげの花のトンネルの中へ突入していった。

<2> ロカタの花咲く;
厳しいヒマラヤの冬が去り、雪どけ水に一段と高くなった渓音がヒマラヤおろしにとって変わると真先に咲きはじめるのがロカタの花である。
ロカタの花がほころびはじめると二組の紙漉職人の家族がタクトールの谷に姿を現わす。
一組はラクパと息子のニマ、姪のダーナマイ、息子のカージー。
共にタマン族の人たちである。
紙漉場は竹の網代と割板掛けの二つの小屋からなり、紙漉きと乾燥する小屋と、打解、煮沸、それから職人たちの寝起きに使われる小屋にわけられる。
仕事は冬の休業中に荒れた紙漉場の手入れからはじまる。
網代を新しく編んで小屋の修理、紙漉き池の清掃をする。
筧かけかえられると清冽な水が紙漉場におどりこんでくる。
若い男たちはさっそくロカタの伐採に山に入り、父親たちは乾燥に使う薪の伐りだし女たちは紙漉用具の手入れにとりかかる。

<3> ロカタの伐採;
紙の原料であるロカタはヒマラヤ山麓の海抜二千から三千米に分布するじんちょうげ科のかん木で、タクトール谷ではしゃくなげ、あせび、ヒマラヤ杉の原生林に混じって生えている。
伐採に適するのは樹齢十年ぐらい、直径七~八糎、高さ二米前後のものである。
紙漉場付近の密林には、いたるところにロカタが自生している。
伐採は伐るとゆうより折り倒すといったほうが正確である。
まず下枝をククリ(刀)ではらい、根元から三十糎ほどのところから幹を折る。
次ぎに折れ株に足をかけて、裂けた皮を根本へへぎ下げひきちぎる。
こうすれば根元の皮が無駄なく採れるからである。
根元の皮は特に肉厚で、七~八糎、巾は十糎近くある。
へし折ったロカタは小枝と梢をはらい幹だけにまとめておく。
二十本ほどまとまれば皮をはぎとる。
皮は非常にはぎやすく、樹液はタケニグサに似た強い臭気を発する。
皮が非常に肉厚なので皮ととった後の白木はみちがえるほど細く見える。
この細い白木を見ると、ロカタが多量のせんいを有しており、紙の原料に適していることがしみじみ納得できる。
はぎとったロカタの皮は黒皮を内側にして二つ折りにしてまとめられる。
白木はそこいらに散らかしたまま束ねたロカタを肩に伐採人は小屋に引きあげる。

<4> 黒皮とりと谷ざらし;
黒皮とりは夜の仕事である。
食べものの煮たきロカタの煮沸に使ういろりの火でひとしきり夜なべをする。
黒皮をとり覗いたロカタの皮は2日ほど天日に干す。
乾いたロカタは天井に保存されたり次の工程にまわされる。
ロカタは煮沸するまえに、谷水に一晩つけておく。
水を充分に含んだロカタを岩に打ちつけ塵を除き、煮沸の効果をあげるためククリで細裂きする。




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 ● 材料の叩解と漉き工程


<5> 煮沸と打解;
煮沸に使う灰汁(アク)とり作業は竹かご(ドコ)とくり抜丸太の槽(ドゥント)を使ってなされ、乾燥炉の灰をかきとってドコに入れ上から水を注ぎ、したたりおちる灰汁をドゥントに貯める。
いろりには半切りのドラム缶がかけられ、細裂きされたロカタと灰汁がいれられる。
煮立ってくれば大きな木のヘラでかきまぜる。
打解は平らな石板と木槌を使う。
煮沸のいろり火を背にうけてロカタを打ちつづけるのは根気のいる仕事である。

<6> 紙漉き;
打解のおわったロカタは丸太をくり抜いた桶(ドウン)に移されフィルケという道具で水を加えよく攪拌した後、小さな水槽に移される。
この工程で、日本ではネリ(のり)を加えるがネパールでは使わない。
紙漉きは丸太と割板製のたたみ一畳ほどの池でおこなう。
谷水は筧で導かれ、丸太に刻まれた落口から流れ出ていく。
紙漉きの方法は”溜漉き”である。
まず金網に張った漉き舟(ターガ)と池に浮かべ手杓でロカタを舟にすくい入れる。
分量は紙の厚さによって異なるがダーナマイは手杓に二杯すくい入れる。
これでやや厚手の紙が漉ける。
舟にすくい入れたロカタを小さなフィルケで均等にひろがるようにかきまぜる。
塵やほぐれていないロカタは手でつまみだす。
次ぎに舟を両手で持ち上げむらのでないように水を切る。
水はせんいの少ないところから流れ出ようとするので薄いところへロカタが集まり自然に厚みが均一化されようとする。
それでも習熟しないとむらなく漉くことはむずかしい。
漉きあがった舟は左手にたてかけられ乾燥にまわされる。



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 ● 『 活きている文化財遺産 デルゲパルカン <チベット大蔵経木版印刷所の歴史と現在> 』  池田巧 / 中西純一 / 山中勝次 著  明石書店  2003年。 より

 * デルゲ (sDe dge <徳挌>)は、中華人民共和国 四川省 甘孜蔵族自治区でチベットのカム地方にある都市の地名。パルカン(parkhang)は印刷所の意味。

こちらはチベット紙の事例。
原料は、ジンチョウゲ科 クサジンチョウゲ属 クサジンチョウゲ。
草の根のいらない部分をそぎ取り、塵を取り除き、1時間煮込み、石臼に入れてどろどろになるまで木槌でたたく。
繊維の分散に、バター茶の攪拌用の木筒を転用しているのも面白い。
水を張った水槽の上で紙の原料をスクリーンに流しこみ、均一になるように上下左右に動かす。
漉いた紙はスクリーンのまま天日干し、日差しに恵まれているので、1日2回は外で紙を干すことができる。


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 ● 『ブータンの花』  中尾佐助・西岡京治共著  朝日新聞社、1984年。「12章ブータンの民族植物」 より

ブータン紙の事例。
ブータンやネパールではミツマタとジンチョウゲから伝統的な紙を作る。
紙の原料となるミツマタは日本のものとそっくりだが、別種とされているガードネリ=ミツマタ(Edgeworthia gardneri)。ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属のほうは数種類ある。
写真はジンチョウゲ。
ブータンの紙は以前はチベットに多く輸出され、ラマ僧院で経文を書く紙になっていた。
ブータンにもトロロアオイの野生種はあるが、ヒマラヤの製紙法では、日本の製紙法のようにネリ(紙漉きのさいに、トロロアオイの根から抽出する粘液を粘着材として添加する)は使われない。
紙を漉くのに竹の簀の子を使うものと木綿を使うものがある。
写真では竹の簀子の上に、ヒョウタンの柄杓でほぐした繊維をのせている。
漉いた紙は簀の子のまま立てかけて乾かすか、剥がして土壁などに張付け乾かす。
紙漉きは谷間のきれいな水の流れに小屋掛けしてつくっているところが多い。
写真では風呂敷のように真四角な大型のサイズの紙が漉かれている。


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 ● ドラカ近郊風景。

2度目のネパールの旅のときに、チャリコット近郊にある、タミーの人たちの村で紙漉きをやっていると聞き、行ってみました。
チャリコットの町より、その昔、チベットへの塩街道に面したネワール族の古い集落 ドラカを通り、シェルパ族の尼僧院があるビグを経て、車の通るバラビセの町までの二泊三日のショート・トレックでした。
唐棹でシコクビエの脱穀をおこなっていたのが、タミーが紙漉きをやっているススパの集落です(左下)。


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 ● 「ススパの紙漉き用具」  メモより。

ススパに着き、川辺りに紙漉きの道具らしきものを発見したものも、紙漉きはやっておらず。
残念ながら取り残されている道具を採寸したにとどまりました。
写真も数枚撮ったはずですが、ベタ焼きのみだったのか紙焼きしたものが残っておらず。
漉き枠に張られていたのは防虫ネット<カトマンドゥ市内で使われていた防虫ネットは金網製でした>だったはずですが、その素材のほうはいまとなってはおぼろで覚えておりません。
メモには攪拌筒に使う樹種の名前など書かれていますが、いまこうして新たに見るとどうもデヴァナガリーとアルファベットの記載に齟齬があり(地元で知り合った青年を案内役として雇ったのが間違いだったのか)、記録としての確証性が保てません。
ネパール紙のなかには、ときどきキラキラと輝く砂粒が混じっているのを見かけましたが。
なるほど、この辺りの川砂には雲母が沢山含まれています。
聞き書きによる面とは別に、その場を直接訪ねてその環境のなかから得る情報も幾分あるようです。
一枚の手漉紙のなかには、その場の環境そのものの世界も同時に漉き込まれています。
予めエリア内のトレッキング・パーミットは入手してはいたものの、まるで観光としてのコースではないため、チェックポストも一切無く。
一時とはいえ、民泊したり寺に泊まったりと、特に目玉はないけれど、そんな辺鄙な村歩きが出来て、これはこれでなかなかよい体験でした。

木槌に石、攪拌筒に棒、漉き舟、漉き枠と、おおむね伊藤さんの本に登場する道具と同じです。


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 ● 紙の乾燥と仕上げ。


<8> 乾燥;
乾燥は漉き場の背後に設けられた炉のまわりでおこなう。
炉は吹き通しの小屋の床に間口七十糎、奥行一米五十糎、深さ二十糎ほどの穴を掘り、その上に太い薪をかけ渡したものである。
炉のまわりには細枝の支柱が十本ぐらいたてられ、これに乾燥する漉き舟をたてかける。
池で漉かれた紙は数枚たまれば炉のまわりに移される。
漉き舟は炉のまわりを左まわりに送られていき、一周するころにはあらかた乾きあがる。
乾けば紙は自然に金網からはがれてくる。
乾き上がった紙は舟からはがし、紙かけ場に収納する。
紙かけ場は右図のように紙をさし通す竹やりと木の又に竹を渡しかけたおさえからなっている。
漉きあがった紙の上部をやり先にさし、紙のしわをのばして、おさえの竹ではさんでおく。
あきになった漉き舟は池の右手に集められ漉き作業にまわされる。
作業が無駄なく流れるように工夫されている。
風の強い日は火の粉が飛び乾いた紙にとび火したり、紙がまくれあがったりするので、油断できない。
ネパールでもバラビシェなどでは天日乾燥をしている。
ソロクンブ地方では谷が深く湿潤で乾燥に適する場所もなく、豊かな原生林より伐りだす薪に頼っているのは自然のなりゆきだろうか。
燃えさかる百年、二百年を経た巨木を見ていると資源の将来がおもいやられ、いたたまれない気持ちになる。
漉き上がった紙は不良品を除き、二十舞いずつまとめられ、これを十束まとめ二百枚で一コオリと呼び取引の単位とされる。
一日に漉く紙の枚数も一コオリが標準である。



紙漉きの火力乾燥による多大な木の伐採によって、自然体系の変化を危惧する、伊藤さんの冷静な視点。
漉き紙に混じっていた雲母同様に、虫喰いのような線香で焼いたような小さな焼き焦げは、なるほど、火力乾燥で飛び散った火の粉の悪戯だったのですね。

現地に滞在しながら、子細に綴られた伊藤さんの紙漉きレポート、次回は仕上がった紙を流通させ製品となるまでの経緯の紹介です。


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 ● ビグ・ゴンパにて。

おまけの写真は、紙漉きトレックの旅で宿泊した、尼僧院のビグ・ゴンパ。
ソリザヤノキの豆の実の莢のなかには、紙のように薄い種子がぎっしり詰まっています。
そんな紙のような種を、奉納用の供物の椀に貼り付けて作りものをつくっているところです。
御幣にさがる紙垂のように、紙のようにひらひらと白く輝くものは、カミを寄せあそばす効力があるのでしょうか。
供物の椀に、まるで花が咲いたような華やかさとなりました。



いろいろな紙の世界があり、なんとも面白い!!   (~o~)  



  1. 2017/02/16(木) 20:55:13|
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