うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

324 端冷



本格的な寒さの冬となりました。

「手の温かい人は、こころがキレイ!」
と、そんなに都合良くはならないようで。
こころ濁りつつも、冬場はいつも指先がアイスノンのように冷たくなってしまう。
単なる末端冷え性の自分です。

部屋で使っている古いヴァーラーの、1インチ芯石油ストーヴ(L207)は、なんといってもブルーフレーム特有の青いクラウン(火冠)に情緒があり、こころなごみますが。
こころの潤いとは裏腹に、部屋がちっとも暖かくなってくれません。

気づくと、怠け者の本性が持ち上がり、ストーヴの火を点けることもままならず、早々に蒲団に潜り込みカメ男となっているこの頃です。

齢とともに冬場の蒲団の友には、ナイトキャップが必須となり、さらに度が増して靴下、手袋と、すっかりエスカレートしてしまいました。

寝ながらの読書は、指無し手袋を用いるも、やはりどうしても指先が冷たくなっていく。
そんな折りに試してみたのが、このなんともへんてこなかたちの手袋です。


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 ● ミトンに人差し指が付いた奇形なかたちの手袋。

秋口に、近所のリサイクルショップの古着の山を漁り、底から現れたのがこの手袋。
「あっひゃ~、指が二つも付いている!? なんとも奇形な」
モスグリーンの国防色で、妙に軍用っぽい。
しばらく考えて、 「あっ、そっか、そういうことだったんだなぁ~」とピンとひらめき、100円出して持ち帰ったもの。

* ちなみに写真下は「インドのデリーの服地屋さん」、よく見ると店のお兄ちゃんの手が妙で、数えてみると小指の外側に6本目の指が確認されました。


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 ● 銃用手袋    毛・ナイロン混紡   280×115ミリ。

ひらめき通りというか、やはり銃の引金用に人差し指が付いた ものでした。
そして手袋の中に取説の紙片を発見、しっかりトリガー(引金)の文字も確認できました。
Mサイズながら、微妙なバランスで、サイズ的にはだいたいよいものの、親指から人差し指の付け根までが異常に長く、どうも自分の手にはしっくりきません。
まぁ、引金を引くわけではないから、よしとしておきましょう。

そういえば、以前骨董市の軍物で、旧日本軍の銃用手袋を見たことがありました。
そちらは、この手袋とほぼ同じようなかたちながら、素材はフエルトっぽい厚織の布地だったはず。
これは、いったいどこの国のものなのかなぁ?

蒲団に寝て読書用に試すも、バランス悪く上手く頁をめくれません。
どうやら人差し指部分をカットして使ったほうが、具合がよさそうです。


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 ● 蚊除け手袋?

骨董市でみかけたデッドストックもの。
やはり軍用らしく、店主に訊くと「蚊除け用」とのこと。
掌面に切れ込みがあり、指が出せる仕様です。
蚊除けの手袋といわれても、どこかしっくりこないかんじですが。
どんな状況下で使われたものか知りたいものです。


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 ● ミトン   スペイン製。

こちらは学生のときの旅で求めた、羊皮製の手袋。
内側に羊毛がきて、もこもこのボア状態。
使用中は暖かくとても重宝したけれど、手袋を外したときに嵩張り、いちいち煩わしかったものです。
ミトン形の手袋は、指先が器用に使えないためもあり、装着頻度が頻繁になるのが難点。
手袋を外しても落ちてなくさないように、小さな子供用のミトンには首に掛けるための長紐で繋がれていたものです。


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 ● 手袋といえば、やはりこのパペット・アニメの2作です。

(上); 「チェブラーシカ」で有名なソ連のロマン・カチャーノフ監督の『ミトン』(ヴァレーシカ) 1967年。
女の子の赤いミトンがずるずると解けていき、手袋が待望の愛らし仔犬に変身するというメルヘン作品。
互いのミトンを繋ぐ長紐(掛け紐)が見られますね。

(下); 『手袋の失われた世界』  イジー・バルタ  チェコ  1982年。
擬人化された手袋がオンパレードで活動するショート・ムービー。
様々な映画の場面のパロディー・シーンがみられるユニークな作品。

『手袋の失われた世界』
https://www.youtube.com/watch?v=I60ZhiMSY9Y
https://www.youtube.com/watch?v=SQt0z3vhLmM


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 ● 蒲団の友にかかせないものとなってしまった毛糸の靴下。

段違いにまだらに編まれた毛糸の靴下は、母の手製。(上、左下)
足首のギャザーの部分が、札幌で求めた私販の手編みの靴下(右下)にくらべ幾分短めです。

自分たちの子どもの頃は、まだまだ親による手編みの自製品が当たり前だった時代。
古くなったセーターなどほどき、枷糸(かせいと)をつくり、薬罐の蒸気で熨して、毛糸玉に巻く。
家には既に自動毛糸玉巻き機なるものもあったけれど、母親が毛糸を巻き、子どもはその手伝いとして、両手を開げ枷糸を垣し跪き、すっかり人間枷せ架となっていたものです。
糸をスムーズに送り出すために、要所要所で微妙に手首の角度を変えるのがコツなのですが。
いつだか観た、トルコの農村を舞台とした映画では、そんな姿で親の毛糸玉巻きを手伝う子どもの場面が忠実にみられ妙に懐かしかった覚えがあります。

こうして作られた毛糸玉は、雪に閉ざされた室内で、子ども達の着る小さなセーター、帽子、マフラー、手袋、脚絆、靴下、そして女の子の毛糸のパンツなどに生まれ変わり。

いま思えば手編みの毛糸の衣類は、親が子をおもう愛情に満ち、とても有り難いものだけど。

再製された、いくつもの毛糸玉を使った衣服は、色味もどこかまだら模様<いまではその点が、自製品の持ち味だけど>となり統一がなく、そこが整った既製品にくらべなんとも野暮ったく、子どもこころに貧乏くさく感じさせ嫌なものでした。
戦後のイタリア映画の名作『鉄道員』にも、主人公の少年の姉が、親が編んだ毛糸の靴下を嫌々するシーンがあったけれど、既製品が標準となりそんな感覚を共有するのもすっかり難しい時代になってしまいました。

雪にまみれ野外で遊んでいた子ども時代。
毛糸の衣料は小さな雪玉が、まるで毛玉のようにまとわりつき、さらなる雪を付着させます。
長靴の隙間、足首、手首と極部を凍り付かせ、膚が切れるような鋭利な冷たさとなり。
雪ですっかり内部を凍らせた長靴は脱ぐのも難儀したけれど、そんな寒さを苦ともせず遊びに暮れていた頃がどこか懐かしいです。


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 ● 手工芸品に親しみを覚えさせる毛糸の手袋と靴下。

手袋; 「東京蚤の市」にて、エストニア、フィンランド。
靴下; 国立民族学博物館展示にて、トルコなど。

編み手の内面を描くような、微妙な編み目のバランスが、やはり編み物としての持ち味でしょうか。
みんぱくのトルコの長靴下は、かなりのよれよれ状態、足首にルーズソックスのような襞をよせ、民族服にとても晴えそうです。


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 ● 「うちの手袋」 2種。

最後におまけながら。
すっかり年季が入ってしまった作業用革手と、新入りのトリガーくん。
ミトンを穿いた(はく:「嵌める」の北海道弁)うちの姉。



この季節、爺臭いながら、なんといっても温いが一番じゃのう!   (-_-)  




  1. 2017/02/08(水) 19:20:13|
  2. 雑具
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