うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

310 Yチェアの秘密




図書館の新刊コーナーで手にした本がこれ。
表紙には背板部分が優美なY字型をした椅子の写真。
そうです、誰もが知っているハンス J. ウェグナーによる北欧(デンマーク)の名作椅子 ”Yチェア”(CH24) です。


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 ● 『Yチェアの秘密』    阪本 茂・西川栄明 著  誠文堂新光社
   / 右写真; 「みんなのへや」展  武蔵野美術大学 美術館 より。

これまでもなにかのデザイン展で、折にふれ見てきたであろうYチェアですが、
本書のタイトル『Yチェアの秘密』の、気になる”秘密”の部分にはいったい何が隠されているのか、とても興味を惹かれます。

ちなみに本書は、 「人気の秘密」、「デザイン・構造の秘密」、「Yチェア誕生の秘密」、「日本でどのように評判になっていったのか」、「Yチェア模倣品を見分ける方法とコピー対策」、「Yチェアの修理とメンテナンス」の6章による構成です。

ちょうど開催されていた「みんなのへや」展の”北欧のへや”コーナーでも、ウェグナー作品が展示されていました。展示の一部も併せ、本書を開いてみることにしましょう。

     ** 写真で「みんなのへや」展のものは”MAUML”としました。


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 ● Yチェアーに座るウェーグナーの写真と、材質・塗装・製造年代が異なるYチェアのヴァリエーション。

自然木の素地を活かし、白から褐色までと様々な表情をみせる椅子、Yチェアです。
椅子の木材には、ビーチ(ブナの仲間)、オーク(ナラの仲間)、アッシュ(トネリコの仲間)、チェリー(サクラの仲間)、ウォルナット(クルミの仲間)、メープル(カエデの仲間)が使われています。
塗装では、ワックス、ソープフィニッシュ、オイル塗装、スモークド・オーク、ラッカーが採られています。
木材と塗装の組み合わせによって、これらのヴァリェーションが生まれます。

聞き慣れない”ソープ・フニッシュ”とは、デンマークでは昔からあった、汚れた床や家具を石鹸で洗うメンテナンス。
毎回繰り返し洗っていくと、木材に徐々に石鹸の脂肪分が蓄積され、汚れが浸みにくくなるという性質を応用した方法で。
石鹸溶液を木材に塗って、乾いたらサンディングするという、塗装のイメージから多少かけ離れたもので、主に白い木材に施されるようです。
Yチェアの、同社の家具の販売によって日本でも馴染みとなったといわれます。

また”スモークド・オーク”とは、オーク材の染色方法で、オーク材に含まれるタンニン分とアンモニアの化学反応によって暗褐色に仕上げる方法です。
木材の表面ばかりか内部まで浸透して染まるので、サンディングしたり傷がついても部材の変化がない利点があります。
2011年からスモークド・オークのオイル仕上げYチェアが販売されています。

Yチェアは、椅子の部品数を減らし簡略化した、熟考の末に生みだされた有機的な形態と、どこか手工芸品的な面を残した、職人によるペーパーコードの手編みの座面の組み合わせです。
また名作のデザイン椅子としては、加工精度を精緻して量産性を計りコスト削減された求めやすい価格設定であり、同時に工業製品のプロセスなかに手工芸的な要素も加味され、様々な居住空間にあっても、どこか温かみがあり親しみを覚える佇まいが人気の秘密となっているようです。


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 ● 熟慮によって生みだされたYチェアの各部材。

アームと背板を無理なく接合するために、3枚の薄い板を積層し2次元成形して、接合部分を短く2ヶ所で組むことにより、背がY字形となり。
Yチェアの背板は成形合板で柔軟性があるためアームに接合しやすく。
旋盤を使った丸棒をつかったデザイン、2次元カーブの採用など、様々な工夫によって量産向きに簡略化された部材が使われています。
強度を損なうことなく、モダンでシンプルな印象を受ける形状。
各部材が有機的に組み合わさって出来上がるYチェアです。


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 ● 各種椅子にみるYチェアとの比較図。

左; 中国の明時代の椅子 ”圏椅”(クァン・イ) からインスピレーションを受けて、 ”チャイニーズ・チェア”(FH4283, 1943) をデザインしたというウェグナー。
それがペーパーコード張り座面の ”チャイニーズ・チェア”(FH1783, 1945)へと進み、更に”Yチェア”(CH24)へと進化していきます。

右; アーム比較、Yチェアのアームを他の椅子のアームに合わせた図。

人は同じ姿勢で座り続けることなく、座っている間はたえず体を動かしています。
U字形のアームは、丸棒をそのままアームに使用すると、背中との接触部分が線で接するため強い圧力がかかり。それを緩和させるため丸棒を斜めに削り取り、接触面積を広くとる工夫がされています。
またU字形アームの先端部分をやや開き気味にして、椅子に斜めに座った場合でも背を支えられるように考慮されています。
圏椅の流れをくむチャイニーズ・チェアは、アームが3次元にカーブしています。
中心部が上に向かって湾曲しているため、背に当たる部分の曲線が緩くなり。
量産を目指し、加工がより簡単でコストダウンできるように、Yチェアのアームでは2次元カーブが採用されています。
Yチェアの座り方では、身体を楽に保つために斜め座りの姿勢となることがよくあるらしく、上述のウェグナーの片膝掛けの座り写真でも、若干斜め気味にYチェアに腰掛けています。


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 ● ウェグナー・デザインの椅子とテーブル。    MAUML  

下左より;  ザ・チェア(pp503. ヨハネス・ハンセン 1949)、ブルチェア(pp518. ヨハネス・ハンセン 1961)、チャイニーズ・チェア(FH4283. フリッツ・ハンセン 1943)、テーブル(CH337. カール・ハンセン&サン ジャパン d1962, p2011 )

「みんなのへや」展では、ウェグナー・デザインのダイニングテーブルを取り囲み、Yチェアを含めたウェグナーの代表的な4つのアームチェアが並んでいます。
座面もYチェア(CH24)のペ-パーコード編み、ブルチェアの籐編み、チャイニーズ・チェアの(平布テープによる)ウェビングにクッションを載せたものなどヴァリエーションもあり、アームや背の形状にも独特の個性があって、各々比較して観れてよかったです。

テーブルの天板を底から覗いてみると、なにやら複雑な桟木が組まれています。
レール状に伸縮する桟木構成で、当初はバタフライ(跳ね上げ)式なのかと思いましたが、どうやらセンター部分の板をそのまま取り外し、小さく畳む(140㎝)ことができる構造のようです。
最伸時(長さ200㎝)のテーブルのセンターに付く脚は、取り外し式となっており、畳時に天板裏に収納されるよう脚受けの円穴部品が付いています。
取り外した天板が、そのまま天板裏に格納できるのかどうか(取り外したままと聞きました)その点が気になるところですが、このような大型のテーブルや椅子を並べられる住環境にあっては、細かな収納は気にする問題ではないのかもしれません。
テーブルは2011年製で、桟木のレールには滑りを良くするためのプラスチック部品や、留め具やネジなどが現代の規格品に代わっていました。

軽くその佇まいも秀逸なYチェアですが、アームの先端部分が食卓に当たり上手く収められない点が日本の狭い住宅環境では不便なことや、アームが横に出ているため日本人的な所作で立ち上がって横に出ると必ずぶつかる点など、使用の上での細かな指摘もあるようですが、どんな空間にあっても映え、飽きがこないデザインがYチェアの一番の人気の秘密ともいえるのかもしれません。
またYチェアは、日本的な食卓椅子として女性が横座りできる最小限のサイズでもあるらしいです。
テーブルの高さ、椅子の高さなど、わずか1~2㎝の違いながらも、身体尺によるスケール感は、使用面での心地よさに多大な違和感を与えます。
欧米向け<高さ76㎝、座高45㎝>に2㎝高いYチェアができたときは、日本のユーザーからは「高いので脚を切ってほしい」という要望が起こり、室内では靴を脱ぐ生活の日本向けにはオリジナルサイズ(高さ74㎝、座高43㎝、1949)のままの生産が続いていましたが、2016年には欧米サイズにすべて規格統一されました。


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 ● デンマークの農家で使われていた椅子。

中国の圏椅から発想されたチャイニーズ・チェアの流れをくむYチェアですが、同時にその座面編みにはヨーロッパの農家の椅子の影響もみられます。
ゴッホが描いた、自室の画で、ベット脇に置かれていた椅子のような草編み座面の素朴な椅子、いわゆるラッシュ(rush)編み のタイプです。
使われるのはガマ(蒲)、フトイ(太藺)、シーグラス(海藻を乾燥させた天然素材)などの天然素材です。
写真の椅子はとてもぼこぼこした座面編みです。
椅子の枠組みさえしっかりしていれば、誰もが身近にあるそれらの素材でもって自前で張り替えることが可能ということもあって、このタイプのペザント・チェアが農村部で広く普及したものと思われます。
天然素材ということで紐に加工しても太さが均一でない点、部材を頻繁に繋ぎ合わせ撚りをかけ編まなくてはいけない点があり、工業製品の製造には向いていません。
そのためYチェアでは、座面張りの煩雑な作業が簡略化でき、かつ、時代のデザインに合う素材としてペーパーコードが採用されています。原料はスウェーデンの針葉樹、張り替えの目安は10~15年といったところ。

右上; 部屋の隅に置いてある背板にハートの透かしが入った椅子は、よく見ると足が三脚です。
植木屋の使う脚立が三脚のように、三脚は、土間のようなでこぼこした平でない地面に置いてもガタつかず設置できる安定性があります。

中下; 木を削りだして加工する作業に使う「削り馬」
日本の職人仕事の地べたに直接座る姿勢とは異なり、欧州の道具には糸車などを含め、作業姿勢に椅子が関わる文化です。


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 ● 雑誌や広告に載るウェグナーの作品。

ウェグナーは、デザインを提供するメーカーによってデザインのテイストを変えています。
単に見た目のイメージだけではなく、工場の設備の生産性の問題を考慮しています。
カール・ハンセン&サン社の場合は、ウィンザー・チェアの脚や背棒などの挽物加工の技術を活かし、Yチェアにも挽物技術を駆使して作られています。


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 ● ソーイング・キャビネット(AT33. アンドレアス・ツック 1950年代)   チェアーズ・ギャラリー(北海道旭川市)にて。

上の家具店の広告写真でCH27の椅子と一緒に掲載されているのがツック社のこのキャビネットです。
天板はバタフライ形、抽斗には細かな仕切が付き裁縫道具が収納でき、さらにその下には着脱可能な編みカゴが設置され、作業途中の裁縫品なども場所をとらず保管できるコンパクトな構造です。
Yチェアの編み座面のように、カゴなどの編組の部材が机と一体化され、工業製品ではありながらも手工業的な温もりを与えてくれる作品です。


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 ● Yチェア  本物とニセモノ(模倣品)の細部の比較。

本書のなかでも特に興味深かったのが、第5章「Yチェアの模倣品を見分ける方法とコピー対策」の項です。
医薬品に因んだ「ジェネリック家具」という造語、「立体商標」、「応用美術」など新しく識る用語も多く。
ネット社会の現代にあっては、製品・販売と本物を巧みに騙った悪質な手段によるニセモノが氾濫し、それを阻止すべく、カール・ハンセン&サン ジャパン 社が、Yチェアの立体商標登録するまでの、法制度に照らし合わせた詳細な取り込みの過程が書かれていました。

右; 座枠やホゾの接合部分の比較。
ニセモノ(右)にはホゾの胴付きをなくし加工を単純化させている。
ホゾ穴が大きく強度的にも不安定な仕上げ。

左; 背板(Yパーツ)。
本物(左)は9㎜厚の成形合板を使用。ねじって組み立てるのに問題のないサイズで柔軟性がある。ニセモノ(右)は無垢板の6㎜、9㎜厚ではねじって組み立てることが出来ず、薄目の部材が採られている。


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 ● Yチェア   ペーパーコードの張り方の様子。

Yチェアの魅力ともいえる、ペーパーコードの座面は、一脚一脚、職人によってペーパーコードが編まれ仕上げられています。
椅子をしっかり固定して、その周囲を職人が自ら回りながら編み進めていきます。
本書では6章の「Yチェアの修理とメンテナンス」の項で、座編みの技を一挙公開しています。
その編み方のパターンは2タイプ4種類あり、ペーパーコードがたるまないようにしっかり均等に巻いていくポイントも要所で語っています。
Y形の背板が組まれる座面の手前にはバックサポートの穴があり、最後的にその中にもコードを通して編んでいき完成です。
座面の縦横比の関係で、座編みは中央部分が(モーエンセンのシェーカー・チェアーのように)しっかりと十字には交差せず、3㎝ほどの幅を残すパターンとなります。


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 ● シェーカー・チエア / ボーエ・モーエンセン (J39. F.D.B. 1944 )
    左; チェアーズ・ギャラリー 、右; MAUML
  

こちらはYチェアに先がけてペーパーコード編みの座面が用いられた、ウェグナーとは朋友でもあったモーエンセンのシェーカー・チェアです。
いち早くペーパーコードが取り入れられた椅子として、北欧ではウェグナーのYチェアよりも、一般の人々にとってはより馴染みの深い椅子のようです。
トラディショナルなかたちの椅子を踏襲したデザインのシンプルなサイドチェアで、自分的にはYチェアよりもより飾り気が無い点、どこかペザント・チェア的な素朴な雰囲気も持ちあわせ、飽きがこなく長らく使えそうで好きな椅子です。
座面部の編みが中央できっちりクロスされ、編みの最後はセンターの真下で部材の端を結んで仕上げています。
左右ともに同じ型番のチャーチ・チェアながら、左の椅子は下のサイドバー部分にさらに4本桟木を増した作りで一風変わっています。(一般的には右のタイプ)
ミサの時に椅子下に荷物など置ける工夫なのでしょうか。
強度も増して、こちらもなかなか綺麗なかたちをしています。


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 ● Yチェア   座編み部分。  MAUML


展示されているYチェアを観ながら、ペーパーコードの巻き方や処理の仕方を真上から真下からと覗いてみます。
手元に本書を持ち、どの方法で仕上げているか編み方のパターンを視るも判然としません。
ただ、前座枠の端は、本書にあるような始めに11周巻きしての釘止め(2ヶ所)が確認できました。

展示されている椅子自体の収蔵年は1970年、バックサポートの裏にはカール・ハンセン&サン社の白い商標ラベルが貼られています。
時代や職人によって若干編みの違いもみられるようですが、端正にきっちり編まれた座面は、どこか日本の畳に通じる清々しさを感じさせます。


本書では、Yチェアを単に視るだけでは観えてこない情報も多く識れ、まさにYチェアの魅力に迫る良書です。


本書と照らして、展示で実物も観れ、Yチェアの魅力を満喫した一時でした! (*^_^*)  



  1. 2016/11/07(月) 15:24:55|
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