うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

297 釣り文化資料館




市ヶ谷の山脇ギャラリーでの『バスケタリー』展を観に行った帰り道。
今回の帰省の際遊ばさせてもらった、釣りモードが高まったままの勢いで、和の釣り道具を観に寄ってみることにしました。

目指すは、「釣り文化資料館」。
曙橋を過ぎ、小さな暗坂(くらやみざか)を上ると、ガルバリウム鋼板とガラスでできたモダンな建物が出現します。


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 ● 釣り文化資料館    新宿区安住町 。  入場無料。

ロゴマークは、継ぎ竿をジグザグに並べた青地に白抜きの、とても洗練されたデザイン。 (株)「週間つりニュース」の建物の1階の一画に、資料館があります。
和竿や魚籠など、散逸の危機にあった名工の伝統的釣り具の保存伝世を目的に、
(株)「週間つりニュース」の船津重人自らが蒐集したコレクションと、全国から寄贈された伝統的釣り具を納め。
日本の釣り文化を顧みながら、名工の技に親しんでいただけるように常時公開しています。
建物の外回りの植え込みのなかに、釣り竿を手にしたちょこんと愛らしいお地蔵さん「釣り地蔵」が置かれいます。
釣りで釣られた魚の魂を救済する意味合いのものなのでしょう、お地蔵さんにはしっかりと供え花されています。
オフィス仕事されている事務の受付で署名を済ますと、担当のかたが開室して下さいます。
真っさらな卸したての芳名帳に一筆するなんて、いつ以来のことでしょう。
ちょっと特殊な博物館ですので、どんな方が見学に来られるのか興味があったのですが・・・・・・・・・・・。
展示室内は、和竿と釣り道具でもって全面埋め尽くされ、その種類と量、そして名人によって生みだされた優美な手技に圧倒されます。


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 ●  釣り文化資料館展示の様子

エントランス・ロビーに置かれている大きな生簀籠。
むかしの「釣の参謀本部地図」に目をこらすと、潮来周辺の釣りポイントが詳細に記載されています。
釣り道具にまざって、釣りや魚に関わる郷土玩具(鯛車、新潟三條)や恵比寿像なども、アクセントとして置かれています。
鳥獣戯画にみる蛙たちのように、釣りを楽しむ姿を自在に模した蛙人形は、擬人化ゆえのキッチュな面白さ。
釣りの、ライブな躍動感に引き込まれてしまうほどのリアルさが凄いです。
こんなおちゃめさも、目休めにはなんとも嬉しい演出です。

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 ● 和竿の展示コーナー

展示パネルは「和竿の種類」「江戸和竿師系図」「江戸和竿系図」があり。

「和竿の種類」では、江戸和竿、京竿、前橋竿、紀州ヘラ竿、庄内竿、郡上竿の解説。

「江戸和竿師系図」では、竿師の系統図。東作、竿忠、竿治、孤舟、源竿師の作風。

そして「江戸和竿系図」では、
江戸前の三大釣りの古典竿 = 青鱚(アオギス)竿、海津(カイズ)竿、鯔(ボラ)竿。
海用竿 = 沙魚(ハゼ)竿、白鱚竿、めじな竿、鰈(カレイ)竿、黒鯛・ヘチ竿、皮剥ぎ竿、シャクリ竿、投げ竿、胴突き竿。
淡水用 = 鮎竿、渓流竿<山女魚竿、岩魚竿、鱒竿>、毛鉤竿(テンカラ竿)、清流竿<ハエ・ヤマベ竿>、真鮒竿、ヘラ鮒竿、タナゴ竿、鯉竿。
を載せ、要所の小キャプションで、それぞれの種類の竿を並べ解説がなされている。

写真は、繊細なヘラ鮒竿と浮子(左上)、象牙や骨製の糸巻きが付いた竿(右上)、海での投げ釣り用のガイドが付いた大竿(左下)、鯔竿の赤い肘当て(右下)。


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 ● 和竿の手元のかたちもいろいろで美しい

籐や糸巻きでもって美しく加飾された握り、根竹のもつ自然な凹凸のかたちを上手く活かしたものなどバランスも絶妙で、いろいろあって見飽きない。



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 ● エントランスには和竿に用いられる竹が植林されている。

 右上; 黒竹<クロチク> イネ科マダケ属
   淡竹(ハチク)の仲間。昔はこの竹がなければと好む人が多かった。磯竿やヘチ、イカダ竿に使われる。
左中; 矢竹<ヤダケ> イネ科マダケ属
   淡水魚用のほかハゼ竿やキス竿にも使用。和弓の材料として用いられていたのでこの名前がある。
右中; 丸節竹<マルブシチク> イネ科メダケ属
   女竹(メダケ)とも呼ばれ、クジラ穂をつけたシャクリ竿やフライロッドに使用される。
左下; 辣韮矢竹<ラッキョウヤダケ> イネ科メダケ属
   茨城県水戸市で発見された。形の面白さから細工に使用され、ヘラ釣りの竿掛けやハリ外しの柄などに使用。
右下; 布袋竹<ホテイチク> イネ科マダケ属
縮んで膨らんだ部分が握りやすく、弾力反発力も強いので、海釣りや磯釣り用に使われる。
 


和竿の主要材としてはほかにも 、 高野竹 <鈴竹とも言う=細く肉厚で、硬さと粘り強さを合わせ持つ。しなやかで手に伝わる独特な魚信にひき込まれるファンが多い。真鮒竿、紀州ヘラ竿の穂持ち(継ぎ竿の先から2番目の部分)、フライ竿の穂先として用いられている>  内竹 などがある。


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 ● 真鮒竿  「竿かづ流石」作(左)/ 「東俊」作(右)。

竹根の節間の自然さを手元に活かし、麗美で凝った小継ぎの真鮒竿。

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 ● タナゴ竿    呂色(総漆)タナゴ竿(上)/ 極小小継ぎタナゴ竿「竿かづ」作(下)。

掌に何匹ものるような小ささで、食べても苦味が強く実益の少ないタナゴながら。
タナゴ釣りはハゼ釣りと並び、”粋”が身上のもっとも江戸っ子らしい釣りのひとつです。
竿も仕掛けも、ことに繊細な釣りのため、その道具立てに粋を凝らしたものが多いです。
明治の末から大正年間あたりから、下町にぽつぽつと釣り会が結成され、釣りの競技会が盛んとなると。
それにともないタナゴ釣りも、舟や筏による釣りから、陸(おか)釣り <自分で積極的に釣り場を探し歩く>に変わり、道具もより小造りにコンパクトにまとめられるようになってきます。

首から吊り下げる形が主流のタナゴ箱や桶なども、どれもが凝っており見ていて一向に飽きません。

上のタナゴ竿は総漆で、意匠としても完璧で、道具というよりは工芸品的な美しさ、完成度も高く実際に使うのが余りにはばかれるような出来映えです。
モバイルなどの家電製品もさることながら、日本人が道具を小さくまとめてしまうのは、どうしてこんなに上手いのでしょう。
下のタナゴ竿はその最たるもの。
竹根の容器にすっぽり収まる小ささは、同時に竿の仕舞の愉しさをもたらす見事なもの。
いずれも職人技の粋を強く感じさせる手仕事です。


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 ● 笛巻竿    笛巻ヤマベ竿「竿忠」作(上)/ 筆巻モロコ竿「釣治」作 1981年(下)。

原竹の表皮を磨きそれを補強する意味合いも含めた笛巻き竿は、京竿と江戸和竿の技術が融合され生まれたもの。
いずれも漆塗り麗しく、工芸品としても申し分のない、一分の隙もない見事な竿です。

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 ● あれれコレって?

整然と並んだ和竿の美しさにすっかり魅了されていたわけですが。
よくみると、あれれ白いブツブツが、ところどころに見られます。
資料館は、見学者がいない時は、しっかりと消灯し鉄扉が閉ざされ空調管理されている模様です。
ロビーに直結した造りでもあり、吹き抜け階段もあり外気の影響を直に受けやすい様相です。
特に冬場の空気の乾燥具合は相当なものがあるのでしょう。
室内には、フィルター型蒸散気化式の加湿器が2台、青いプラスチック製のバケツが2つ置かれていました。
バケツには水道水のカルキのこびりつき跡も薄っすらと確認できます。
和竿が乾燥によって割れてしまっては元も子もありません。
特に漆ものにとっては乾燥は厳禁です。
自然の状態で日々使われてさえいれば、和竿も軽く水拭きと乾拭きし、蔭干しするだけで、ほぼ恒久的に、そのコンディションを保てるはずです。
ただ、ガラスケースの向こう側に和竿が納められてはいても、エアコンの吹き口で流れにさらされているものなどは、空調の面の影響もあるでしょう、調湿管理も結構大変そうな感じです。
逆に空気が一向に動かず澱んだままの状態は、それにともなうデメリットもあり、なんとも難しい問題です。
素木の桶ビクなどは、どうしても使わぬ道具の運命か、タガが一部外れていたりもします。
幸いにも和竿や塗りものの割れ、指物作りの道具の類には、暴れが一切見られませんが。
資料保存上、スポットライトの調光を暗く押さえており、普段は消灯した真っ暗な時間が長くつづくのか、除湿機能を効かせた空調を適宜していいても、安定度が保てず、
時にカビを呼びやすくする要因となるのかも知れません。
晴れた秋日のこの日の館内は、温湿計が指す針は23℃43%でしたが。
これからの乾燥の季節にあっては、管理の面でも大変で厄介なことでしょう。
また、竹、木、漆、金属など多素材の資料が混同しているので、それぞれのコンディションを踏まえ均一に保つという難しさもあります。
釣竿は実用の道具でもありますし、むかしの生活にあったように年に二度ほどの季節に合わせた虫干しなど、どこか自然な方法が採れれば、本当はよいのでしょうが。
これだけ大量の資料を出し入れするだけでも、単純にその労力面で、クリーニングしていく困難さと、同時にコンディションを保つ苦労が偲ばれます。
虫害による薫蒸処理なども考慮すると、保存として博物館資料を管理する大変さを、いまさらながら感じさせる、今回の”白ボツ”現象でした。


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 ● 各種の釣り具


覗きケースのなかには、小さな釣り鉤、錘からなる仕掛けのほかにも、さまざまな釣り道具の小物がみられます。
釣り糸、糸巻き、浮子、仕掛け巻き、道具箱、合切箱、餌箱、鮎の友釣り用の活かし筒、竿仕掛け、玉網、水眼鏡、網ビク、網リュック・・・・・・・・・・・・・。


ずらりと寄せ集められたリールには、オリムピックやダイヤモンド、ダイワなどの国産メ-カーの古いものが多いです。
釣り糸を出すとアナログな数字がカウントする、船釣りの棚とり用の水深メーターなんていう懐かしい代物も、当時は確かにありました。
また、自分たちの少年の頃憧れの的だった、スウェーデンのアブ社のクローズド・フェイス式や、フランスのミッシェル社のインスプール式のルアー・リールも見付けられ、そちらも併せて懐かしく感じさせられました。
いま改めて見ても実に秀逸なデザインのリールで。
塗装の具合や巻手のつまみなどとても良い造りで、国産製品とはまた異なった美しさがあります。

抽斗や箱もの好きの自分としては、興味深かったものが、なんといっても指物である道具箱や餌箱です。
いずれも小さくまとめられていながらも、実に手の込んだ造りで、ついつい手に取って子細に観てみたくなるものばかりです。
また、糸巻き袋や竿袋などには、まるで茶道具さながらに、名工の作に合わせて調和がとれるように、古い和更紗や粋縞の布が使われていました。
そんな脇役的な小物にも、小さなこだわりと遊び心を感じさせる粋な組み合わせ、道具をめぐり愉しめる面白い発見でした。

また鮎のドブ釣り用の毛鉤は、「千曲」「華厳」「初音」などと、ひとつひとつの鉤に充てた和の名前も美しく。
夢枕 獏の小説『鮎師』に登場する毛鉤群のように、毛鉤のそれぞれが、釣り場のどういった条件下、狙いの鮎を誘き寄せるのか、その銘名から想像する夢を与えてくれて素敵でした。

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 ● ずらりと並んだビクの類。

恵比寿さんの姿に代表されるべく、竿とセットになるのがビクです。
木製や金属製の冷蔵箱、指物の箱ビク、結物の桶ビク、そして編み籠のビクです。
資料館の壁の一面はそんなビクの数々で埋め尽くされています。
実用に趣味性も加味され、そのかたちのもいろいろです。
左下は「カゴトラ」作のヤマベ籠

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 ● 奥多摩魚籠(上)、ウナギ胴丸籠(中)、山女魚魚籠「熊谷勝治」作(左下)、角胴丸籠「中島 司」作(右下)

奥多摩魚籠は、渓流でこまめに動き回るのに適した、腰に吸い付くような薄身のビクです。
よく見ると蓋の巻芯には太めの針金が、底の角の引っ張りには細い銅線を輪状に一周させています。

ウナギ胴丸籠の下部はタガ巻きで、さらにこの部分がずれないように籐材で張って固定した丈夫な造りです。
表皮を削り磨きをかけたヒゴ編みで、とても緻密で丁寧な仕事です。
使い込んでいけば、更に飴色に美しいビクに育つことでしょう。

山女魚籠と角胴丸籠は、ともに平成の作。こちらもかっちりとした編みの端正なビクです。


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 ● 釣りに関する書籍のコーナー。

入口の背面は書籍がずらりと並んでいます。
自伝、紀行、技法書、辞典、写真集など、釣り関連の図書が昔のものから現代のものまで幅広く揃えられています。
そんななかでも世代的に懐かしいのは、なんといっても小説家・開高 健の「オーパ!」シリーズの釣り紀行。
世界には、こんなにもいろいろな淡水魚がいるのかと、その写真を見ながら心躍ったものでした。
また11PM出演の服部釣り名人の本らしきものもみられます。

そしてなんといっても、名人肌と呼ばれる江戸和竿師自身が著したという貴重本が、訪館される和竿マニアにとっては、一番ではないでしょうか。
和竿関連の解説ではバイブル的存在となっている、五代目東作著『和竿辞典』 。
空襲により、僅か40歳の若さで才能を開花させるも他界した、三代目竿忠著『竿忠の寝言』 は、存命中に初代竿忠 (漆塗りに専門的な漆工芸を採り入れ、江戸前の継ぎ竿を工芸の域までたかめた)の日記及び口伝をまとめたという貴重本です。

写真は『つりの道』の著者、緒方 昇 。 釣り竿の鈴竹についても言及しており、翁の机にあった二本の鈴竹が展示されていました。
古風なリール竿姿もなかなか決まっていますね。


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 ● ロビーに置かれていた大きな脚立と長い網ビクの正体は?

展示では釣り場を写した写真解説が一枚もなかったので、各魚種対象に作られた和竿も、特に海釣りなど馴染みの薄い釣りにあっては、キャプションにみる解説文だけでは、その背景が読めずピンと来ないものも少なくありませんでした。
そんな資料のひとつがこの脚立。
ロビーには大きな脚立が置かれてはいましたが、特に留意せず素通りしたままでした。
帰ってから、図書館で手にした<「釣具曼陀羅」毎日新聞社 1980年>を開いてみたら、
そんな謎を紐解くべく、写真と解説が見つかりました。
少し長いながら引用してみますね。

「江戸前の海釣りで秋のハゼ釣りと人気を二分していたのが春と秋のキス釣りであった。
<中略>
江戸前のキス釣りには、船釣りと、水の中に入って釣る”たちこみ”釣りとがあるが、
特に青ギスのたちこみ釣りは、春の大潮の頃、下げ潮とともに遠浅の沖へ出て、股の根付けまでに海水に浸かって釣り、満ち潮とともに後ずさりして釣り戻るので、これが進展したのが脚立釣りであった。
たちこみの釣りが人気を呼び始めると、他人より少しでも先に出て釣るために高下駄を履くたちこみ釣りが起こり、この極みが脚立釣りとなったのである。
<中略>
青ギスの脚立釣りは、船で沖へ出て、ポイントに着くと脚立を海中に立てて釣り客をそれぞれ移し、しばらく釣って釣果がなければ、船頭はまた釣り客を脚立とともに船に乗せ、次のポイントへに移動する、という釣りで、脚立から離れている船頭に釣果の有無を知らせるために脚立から長いビクを垂らしたものであった。
つまり、このビクが海中に沈んでいれば釣果があり、海水の上に上がっていれば釣果がなく、別の場所に移せという合図としたのである。このビクが『マエビク』と呼ばれるものである。」

写真(右上)は、昭和14年の青ギスの脚立釣りの様子、どこかプールの監視員のような姿で大脚立に乗る釣り人が等間隔に並び、釣りをしています。
図のほうは『釣客伝』のもの。
高下駄によるたちこみ釣りが、いつのころから脚立釣りとなったかは定かではないですが。
江戸末期にはぼつぼつ始められていたようです。
「八十九日にきすをもう釣りに出る」(柳多留) にあるように、
江戸前のキス釣りは、立春から八十八夜を数え、その翌日からが釣り初めとされていたらしいです。

「釣具曼陀羅」には近世釣風俗図として、浮世絵や和本の図版、明治から戦前までの釣りを楽しむ人々の写真などが紹介されています。
写真(左下)は、桂川で舟釣りする女釣師(昭和初年) です。
美しく着飾った女性たち、釣り師というよりは遊興の一場面でしょうか。
東京の多摩川での鮎釣りも、列車が開通して人々の往き来が便利になると。
川辺に料亭が建てられ、それに併せて遊興の一環として釣り舟を出し、釣った魚を料理に出すという催事が流行ったようです。
この写真と似た、旦那衆とともに着物姿で美しく着飾った女性が同舟し竿を手にした、大正時代の写真を、別の博物館の展示で見たことがあります。
釣り場や釣果を求めると、どうしても孤高になりがちな川釣りですが。
縁はないながらも、もっと気軽に、遊興としてのお大尽な釣りも是非愉しんでみたいものです。
浮世絵には、男女多数入り交じって、川遊びとして釣りを楽しむ姿がみられます。
そんなおおらかな時代の空気を一瞬感じさせた瞬間でした。



まるで知らない伝統的な和釣りの世界でしたが。知れば知るほど奥の深い世界に誘われる「釣りの文化資料館」。釣り好きや竹もの好きにとっては、一見の価値がある博物館です!! (^o^)  



  1. 2016/10/14(金) 22:30:36|
  2. 雑 閑
  3. | コメント:0
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