うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

286 猿島












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 ●  夏の行楽、横須賀沖に浮かぶ小島、東京湾唯一の自然島であり無人島の猿島へ行ってみました。 2016年8月20日 



島には猿がまったくいないながらも、日蓮聖人の白猿譚にちなんで名付けられた猿島。
縄文土器が出土したり、島内の洞窟には弥生時代の住居跡も確認され、古い時代から人の痕跡がうかがえる島なのでした。
そして猿島には、まるで知らなかったけど、帝都東京を死守すべく、国の防衛ラインとして築かれた軍事遺構が残るのだとか。










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 ● 横須賀湾より船でわずか10分のショート・トリップ (往復乗船料1,300円+入島券200円)



廃墟マニアでもあるS先輩共々の訪島。
せめて靴をと言われながらも、Tシャツに短パン、お気楽なサンダル履きの軽装で来てしまい、藪こぎとかあったら蚊にもやられるし大変だろうとビビッてましたが。
同船するは、どれも同じようなラフな恰好の若者のグループばかりです。


桟橋の隣にみえるのは砂浜のリゾート海水浴場、パラソルが並ぶボードデッキに、手ぶらでBBQができる設備も完備され、芋洗い状態で既に若者達で溢れまくっています。










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 ● 明治時代に築かれた要塞の煉瓦造りのトンネルは、フランス積みという珍しい積み方。



要塞の遺構の主要トンネルは、煉瓦造りとしては最古の部類。
いまでは「愛のトンネル」と命名され、ロケ地としても人気のスポットだとか。


遺構内もきれいに舗装され整備されており、海水浴場からそのまま抜け出してきた半裸姿の若者達により、すっかりお気軽なプチ探検、デート・コースと化していました。
「国防」の重きも現人の「愛」の前では勝てず、君たちの爺さんがみたら嘆くほどのアンバランスさが強烈です。


現在残る遺構はほんの一部なのでしょうが、当時を想えば、東京湾の防衛の要衡として築かれた大規模な要塞であり、まったくもって凄いかぎりです。










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 ● 丘の上に現れた小さな展望塔。



木々に覆われた島内のくねくねした小道を進んでいくと、僅かに視界が開け見えだした展望塔。
ここで突然の雨に見舞われ、急遽避難の雨宿り。


小ざっぱりした屋内ながらも、壁の片面は半円形となった曲線が美しく、どこかアール・デコをおもわせる建物できれいです。
そして床面より半端に飛びでた円柱の部分が、丁度スタンドのテーブルの高さでぴったり。
雨が上がるまでの小一時間、喉にもお湿りを与えつつ簡易のバーに変身です。


そうそう、変身ものといえば、この展望塔、初代仮面ライダーのロケにも使われており有名なのだとか。


さすが悪のエージェントのショッカーのこと。史跡の要塞までちゃっかり秘密基地にしてしまうとは、なかなかやりますが。

さっそくスマホで現れた写真。この人数だと、中に詰めたらほとんど立ちん坊状態でかなり窮屈そうです。

ショッカーといえば黒服で白の骨模様に目抜き帽姿が定番の戦闘員。
幼心に初期の戦闘員は覆面無しでベレー帽を被った姿であったと記憶していましたが、こんな青服ヴァージョンもあったとは、意外です。

それにしても「キキーッ、キキーッ」とたくさんいたショッカーの戦闘員。
オーバー・アクションで、ライダーが触れずして飛び退いてしまうほどリアクションも激しかったものの、 「なんであんなに弱かったのだろう」と、ショッカー無きあとの秘密基地を占拠して、雨宿りの与太話が妙に盛り上がるのでした。










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 ● 湾を見おろす崖ぶちにはかっての砲台の跡が。



小ステージのようにみえる円形が砲台部分。
猿島8㎝高角砲、走水27㎝加農砲の高射砲が用いられていた。
コードに端末アクセスすると、ゲーム感覚でこれらの大砲を景色に合成できる解説板がありました。












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 ● トーチカ内の砲台の跡       インドネシア、スマトラにて



今回みた猿島のような日本軍の要塞跡を、かってスマトラを旅したときに見たことがあります。


ブキティンギ近郊のシァノック渓谷(写真上)の断崖の岩盤を蟻の巣のように掘り築いた要塞は、猿島のトンネルのように道幅もありかなりの規模のものでした。


またインドネシアの最西端、スマトラのウェイ島のサバンでは、唐ゆきさんの墓などとともに、島内のあちこちにトーチカを発見できました(写真下)。

砲台跡がしっかり見られるもの、半ば朽ちながらも、コンクリートの側の構造をそのまま活かし、家畜小屋や物置として転用しているケースなど、遺構のありかたもいろいろでした。



この春、日本遺産の構成文化財認定を受け「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴」のように軍事遺産としてその遺構を整備し、次なる世代への橋渡しとし歴史を再認識していく重要性を感じるものの。
同時に既に戦後70年を経て当時を体験的に識る方もほとんどいなくくなってしまう問題もあります。


戦争の遺産は、或る意味負の遺産であり、それと向き合うのに神経を削りますが、今回行った猿島のように観光とうまく結びつけながらも、多くの人を広く受け入れる環境づくりも必要なのかもしれません。










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 ● 再び横須賀に戻る



実は横須賀で降りるのも今回がはじめて。
これまで電車の車窓より、ちらりと覗く戦艦などの姿に驚いていたけど。
さすがに軍港の町だけあって、戦艦や潜水艦など繋留されていたり、東郷元帥の銅像やそれにちなむグッズも多く見かけます。











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 ● ドブ板通りへ



基地の町らしく、看板などの表記も英語が混在。
ときにアメリカンなノリに、”それはないだろう”と呆れるものも多し。
ウィンドウにあった「第7艦隊バーガー」(5,200円+税)なんかが、その代表挌。











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 ● ドブ板通り



陽が沈み暗くなれば、どこか怪しげで多少は隠微な雰囲気を醸し出すのか!?
荒れていた頃の昔と違うのか、想像に反して意外にクリーンな通りでした。











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 ● 最後の締めは”一杯”で いつものお約束



軽くのつもりで入った横須賀のファミレスで、結局飲み過ぎてしまい。
本来予定していた浦賀の花火行事にも間に合わず、最後は久里浜で蛸を肴に飲み直す。
大人げない飲み方、5月の連休以来集ったこの面子がやばいことは承知だけど、美味しかったから良かったことにしよう。








今回の猿島、ショッカーの秘密基地を占拠しての雨宿りが一番だったかな! (^-^)  








  1. 2016/08/22(月) 16:15:01|
  2. 雑 閑
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