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うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

245 箒 その2








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 ● 今回も箒です!!


箒というとそのかたちをイメージするのが、
まず、座敷などで用いる長柄の”座敷箒”。
あるいは、バカボンの漫画に登場するレレレのおじさんが外掃きに用いる”竹箒”でしょうか?
寅さんの映画のなかにも、御前様に遣えるそんなお掃除キャラクターの寺男が登場しますね。

ものごとや作業の始めと締めには、きっちりとした仕事を完遂する証しにも、常にかたづけての掃除が基本!

掃除のひとつとして、”箒で掃く”動作がありますが。
正しい箒の使い方として、やはりそこには、くまなく丁寧にといった、律儀で清浄なイメージがつきまといます。

小学校でのお掃除当番など、日本ではちいさな頃から暮らしの基本をしっかり身につけるような教育がなされています。

余所の国で、ゴミのポイ捨てを当たり前にしているのを見かけ、そのあまりにいい加減な感覚に疑問をもっていたところ、
「日本のそれは小学校でのお掃除の修練による賜物だよ」との知人の弁。
なるほどあたりまえながらも、そんな発想はこれまでもちませんでしたので妙に納得したものです。

国によっては職能として掃除を専門にする階級の人々もいますし、道徳観は場所と時代によってつねに変動するものなので、一概には云えませんが・・・・・・・。



写真の竹箒は、うちの大家のお爺ちゃんが庭掃きに使っているもの。

大正生まれの農家のお爺ちゃん、いつも気付くと敷地内をくまなくお掃除されている。
こんな箒がいったい何本あるのだろう? 

用水の柵に寄せて倒れないように立てかけてありますが、先っちょがバッテンに交差しているのが、なんだか進入禁止の拒否サインを送っているようで意味あり気にみえます。


右上の図は、『通常物図解便覧』(明治九年、1876) にあった箒の図。

この『通常物図解便覧』は、小学教本の類で。
器財、工具、文具、馬具、船具、農具、玩器、建具、布帛、衣服、織物、飲物、食物、居處、武具などの項目に分けて、当時の主要な道具などを簡易に説明してます。

箒では、

箒 はうき〔シウ〕;
「器財の類にして、竹枝(チクシ)藁(ワラ)椶櫚(シュロ)等にて造り、家の内外を掃除するに用ふる具なり」とあります。

描かれているのは、どうやら竹枝で組まれた竹箒でしょうか。



右下の図は、『人倫訓蒙図彙』にみる箒師。

共柄の小箒と、竹の棒を挿した長柄箒がみられます。
現在の座敷箒として、関東一円ではもっとも主流である箒草”ホウキモロコシ(イネ科)”の箒は、江戸も末期になって出はじめたと云いますから。
図では判読出来かねますが、末広がりのこの箒は、江戸では一般的であった棕櫚箒なのかもしれません。







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 ● 『和漢三才圖會』にみる箒の図。


通字の”箒”から竹冠が抜けた字で、”「帚」ははき〔チウ〕、和名「波波木」”とあります。
描かれているのは、棕櫚毛帚、草帚、羽箒、竹帚の4種類。

養蚕では、孵化したばかりの毛蚕(ケゴ)の掃き立てに鳥の羽根を束ねた「羽根箒」がありますが。
この図にある羽箒は、それとは別ものの茶具漆器用です。

道具としてはよく目にするものの、茶席の点前の経験がないので、自分には使われるその状況が上手くつかめません。
素材に使う鳥の羽根の種類などにも(たとえば鷹の羽じゃないといけないとか)格式があったり、決まり事があるものなのでしょうか?

柔らかく、ふわふわした素材。
或いは真逆の硬い素材であっても、ある程度刷毛状に束ねられれば箒として掃く用途は可能ですね。

植物素材が主流のなか、動物素材の箒(筆では主流ですが、箒としては毛足が短すぎるのか・・・・・・・?)は珍しい。


刷毛は、色を置いたり撫でたりして使いますが、もちろん種類によっては微細な埃や塵を払い落としたりすることも出来ます。

毛足の束ね方が平たく保った形状のものが刷毛であるなら、手箒などの小箒との関係も微妙で曖昧ながら、素材やかたち、用途の微細な違いでもって道具としての位置づけを自然に認識しているのかもしれません。



写真の箒は、大田区で使われていたシュロ箒。

箒の元はカバー覆けしてありますが、絵図の棕櫚毛帚と似ています。

ところで、この箒の柄にはラーメンの丼に浮かぶ”なると”のような輪状の模様がみられます。
焼き絵でもって加飾された水紋のような謎のこの意匠。
確かにむかし田舎で使っていた箒にも、こんな模様が付いていたような気がします。

箒の竹の柄は、竹製の和竿のように炭で焙って真っ直ぐに成形するものなのでしょうか?

現在家で使っている棕櫚箒の竹柄にも、炭で焙ってゴマタケ風にした模様がみられます。
また、以前タイで求めた箒の柄にも、幾何学的な焼き絵模様が付いていました。


挿し柄式の箒の場合、その柄は、そのままの素地仕上げ、塗り仕上げ、そして焼き絵がありますが。
それでも、どうも柄そのものに彩色して絵付けされたものは見かけません。


この焼き絵の水紋模様、なんだか余りにも駄さく田舎臭く、自分の生活空間空間には受け入れたくないと嫌否していましたが。
ひょっとして、箒柄成形の際、誰かが何気なく焼き絵を飾したものが、単に流行を呼んだだけかもしれませんが?
ただ、いま一度改めて見直してみると、蛇の目のように、環状に広がりをみせるこの謎の模様には、どこか魔除けのようにも見えてきてとても気になります。


箒は、どこにでも転がっているような日常の道具ですが。
”八百万のカミ”の国である日本のこと。

箒は、数多く描かれた「百鬼夜行図」のごとく、ありふれた道具であっても、普段の道具としての用途だけには限らない、どこか神性を秘めている要素の強い道具のようにおもえます。









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 ● 「高砂」   *図は 『能面図式』 河鍋暁斎筆 より。


掃除ではお馴染みの箒と熊手。

そんな箒と熊手を揃いで持つ「高砂」の翁と姥。
いつの世までも共に寄り添い、末永く長寿を全うする。
そんなおもいにあやかってか、祝いの寿として翁姥を肖った「高砂」人形がみられます。

写真の高砂の陶人形は実家にあったもの。
学生の時に撮った写真が確かアルバムに残っており、 「箒を持つほうが姥だったんだなぁ」と今回判明した次第。


雛人形のように服着せの節句人形などは、細かく散逸しやすい持ち物をまとめて分けて納めますので、新らたに設置の度にどれがどうだったのかと迷う始末です。

自分のなかではこれまで高砂の持ちものは、この人形のように竹の熊手に竹箒としてしっかり定着されていました。



能の『高砂』の絵図に見る箒は、長柄のさきに葉のようなものが束ねられた、こんもりとした形状で一風変った箒です。

姥が持つのが、杉の葉を球形に束ねた「杉箒」というもの。

正月に飾る門松の松のように、杉や檜などの蒼々と尖った先が天に伸びる針葉樹は、カミのヨリシロ的役割があると見なされます。 (欧州のクリスマスツリーの樅の木も、同様の意味合いでしょうか。 現代ではやって来るのはサンタクロースですが、そこにはキリスト教が普及する以前の、原初的な習俗が融合して取り込まれたのではないでしょうか?)

青々とした杉の葉を球状に鞠のように束ねたものは、酒林(杉玉)と呼び、現在でも酒屋の軒先に新酒が醸された合図として、季節になると吊されているのを時々みかけますが。
これなども同じく、カミの供物として神饌である酒の醸成に感謝をあらわすヨリシロといえます。
神社の境内の神木として杉の巨木が多くみられるのも、杉の持つ霊力の現れといえます。

この高砂の絵図でも、箒や熊手を肩に担いで穂先を上(天)に向けた様子に描かれていす。
箒がただの実用の具というよりは、あきらかに呪術的で象徴なトリモノ(採りもの)としての要素が濃い演出です。


ちなみに尉は住吉の神の化身、姥は高砂の神木の化身です。

熊手や箒は、散らばったものや汚いものを掃除する道具ですが。
いいかえれば、掃き清める意味で、美しく清浄なもの、力あるものを掻き寄せ呼び込むことで、象徴的な要素の強い道具にかわります。

老松の下に登場する長寿の象徴としての尉と姥が手にした熊手と箒は、同時にタマ(魂)を掻き寄せているともいえます。




長居する客に、早く帰ってもらうのに”箒を逆さに立てる”という風習は、かっては全国的規模で広くみられたものらしいです。


電気掃除機の使用などにより掃除の形態がすっかりかわってしまった現代、箒のもつこの意思表示のサインを正確に汲みとれる方は、いったいどのくらいいるものなのか・・・・・・・。

掃除機などの家電製品では、いくらその機能が優れてはいても、こういった箒のもつ象徴的な役割を負う道具とはまるで異なります。
同じひとが作った道具であっても、機械のそれにはどうしても箒の代用としては成り得ず無理があります。

大切に用いれられてきた従来の道具は、その使命が尽きても最後には道具への感謝を込めて、塚などに供養するものもみられます。
それに対し、家電製品は現役時代は持てはやされてはいても、一旦壊れてしまえば、ただの役立たずのジャンク品扱いで、すっかり厄介物に成り下がり目もむけられません。


訪客の最中に、おもむろに掃除機を持ち出し掃除をしだしたりしたら、騒音の不愉快さもあって、相手に喧嘩を売るきっかけを与える嫌み以外の何ものでもない。
火のないところに煙を立たせ、敢えて対人関係にヒビをいれるような無節操な行為とみなされてしまうのがおちです。

ただの箒ながらも、そこに潜むしとやかな意思表示を双方で暗に読みとる。
そんな慎ましい、”言わずして”を代弁する物品の意志表示が消えて、久しい時代となりました。



ほかにも箒には、様々な民間習俗がみられます。

箒が折れると縁起が悪い。
箒を踏んだら拝んでおく。
箒をまたぐと罰があたる。
箒を担ぐと雨が降る。(長野)
山の神に箒を立てる。



また箒には、出産と安産のまじないとして密接な関係が強く。

箒で妊婦の腹を撫でる。(神戸)
産婦の足元に箒を逆さに立てる。(長野)
出産の時、産室の隅に箒をたてる。(熊本、山口、長野)

などの風習がみられます。

箒がカミのヨリシロとして豊穣をもたらす点、箒の掃き出す役割が出産に結びついたものと考えられます。










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 ● 「箒売り」      近世風俗誌 『守貞漫稿』より。


『守貞漫稿』の絵図には、棕櫚箒、竹箒、草箒などみられます。


解説には、
棕櫚箒は古箒を解いて棕櫚縄や束子に再生して商う。
江戸では竹箒草箒も扱うが、京阪では棕櫚箒のほかは売られるのが希なこと。
京阪ではわくを用いず箒柄を上にして場に掛ける。とあります。

江戸の箒売りは、天秤棒で荷を振り分けた姿で運ぶ、棒手売りです。
”わく”に箒を柄のほうから逆さに挿しこんでいます。

各家で納めるには、箒の穂先が傷まぬように、床には直接着けず、柄の先に紐をかけて穂先を下向きに吊し下げるのが通常です。

引き売りでは、このスタイルのほうが納まりも良く足場が確保されて、品物をわくごと置いて販売できて理に適っています。

先ほど長居の客に帰ってもらう習俗に箒を逆さに立てると記しましたが、それは通常の箒の姿が上下あべこべに逆転する違和感から生まれたサインともいえます。


以前いた学校では、清掃会社の方が集団で効率よく掃除するようにと、校内のそれぞれの持ち場に多数の掃除用具が置かれていました。

大型のプラスチックのゴミバケツに、竹箒やデッキブラシ、T型ブラシなど、柄先から挿さっていました。

当然ながらこの方式だと、お互いの道具がバケツの中で絡まず引きだし易いといった、当たり前の工夫なのですが。

それでも、竹箒の穂先が、まるで植木のように全面天に向かって一勢に林立している様子は、はじめて目にした時は掃除道具を粗末に管理しているというか、ちょっと野蛮というかかなり驚かされたものです。

ゴミ、塵など汚いものを清掃する、汚れ道具ながらもけっして雑在にしない。
箒に対してもそんな感覚が、自然と組み込まれていたからなのかもしれません。









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 ● 草や枝を束ねただけの簡易な箒の類。


つぎにみるのは、いたって簡単なつくりの箒です。


上; 「酒醸場で使われた箒」      武蔵野美術大学・民俗資料室所蔵。

一番小さなミゴ箒の粉掃きとおもわれるもの以外はいずれも、簡易な自製品でしょうか?
身近に自生している植物の枝や粗朶をまとめ併せて数カ所結び縛っただけの簡易なものが10数点みられます。

専門の職人によって製作される、ホウキモロコシ(イネ科)やシュロなどの素材を用いた座敷用などと手の込んだ箒と異なり、これらの自製箒つくりには特にこれといった技術が必要ありません。

ビニール紐は十分な強度があり簡便に使えますので、ちょっとした箒つくりにはとても向いた補助材といえます。

そしてこんな箒であっても、その用途が土間掃きや外掃きであれば、箒の穂先から常に落ち出るゴミも一向に気になりません。

ホウキグサ(アカザ科)、コウヤボウキ(キク科)、赤モロコシ(イネ科)、ミゴ(稲藁)など、箒の素材で用いる植物はいろいろありますが。
これらの自製箒の素材は不詳です。




下; 「箒」    国立民族学博物館/ 南アジア展示より。

こちらの箒はインドあたりの箒でしょうか。
ススキのような草の上端を1、2箇所簡易に留めたつくりです。

箒の素材であるススキのような草自体にコシがなくゆらゆらしていて、ゴミを寄せてお終いとなるような感じでしょうか?


以前インドの安宿に泊まったときに、時間になると通いでやって来るお掃除おじちゃんが、これと同じような箒を使っていました。

腰を落として手先にこの箒をもってゆらゆらさせながらのアヒル歩き。
大理石の床にある綿埃をさらに部屋中に拡散させるといった、いかにもやる気のなさに呆れながらも早く済まないかと、その掃除の様子を眺めておりましたが、掃除に対する概念も異なれば当然ながら道具も違ってくる。

この手の箒を見ると、どうもそんな勝手なイメージを植え付けられていていけません。


座敷箒でもって、畳みの目に沿って部屋の奥の端っこから丁寧に埃が立たぬように、きっちり掃きあげる。
土間掃きなどでは時には埃が立つのを押さえるのに、湿らせて千切った新聞紙や、使用済みの茶殻を撒いてと配慮する。
箒を使う際は決してまるく掃かない。

そんな心遣いはこの手の草箒からはまったくかんじとれませんが、自分のテリトーリー外に不要なゴミを排除する、この1点に関しては箒としての揺るぎない存在をかんじさせます。


バンコクの路上で清掃専門の方が使っていたのは、竹箒ともかたちがよく似た長箒でした。

穂先に使われているのが砂糖椰子の葉茎で、コシが強く硬い素材のもので。
これでもって手前に押し出すように、路上に散ったゴミ屑をざくざくと掃き出していました。

そしてこれとまったく同じ素材で、さらに小型にしたような箒が近頃ホームセンターで売られています。

一見竹を裂いて束ねたササラ状で、とてもコシが強い素材ですが、よくしたもので、カーペットなどに絡みつく糸屑などを取るのには逆に掛かりが程よく最適な箒です。


縄文時代の遺構からも既にゴミの分別投棄の跡が発掘されており。
多分有史以来、集団で定住化が進んだかなり早い時点から、お掃除的な清掃概念が人々の意識のなかにあったことが窺い知れます。


世の中には、多分掃いて捨てるほど、まだ自分が知らないたくさんの箒の種類や、それらの箒を用いた適所での掃除の仕方があるはずです。
それらを、逐一比較して些細に観ていけば、どこか”掃除すること”の壮大な世界観がみえてきそうです。









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 ● 「箒と製作工程の展示」       埼玉県ふじみ野市/ 上福岡歴史民俗資料館にて、2007年撮影。


関東一円で馴染み深い、職人によるホウキモロコシを用いた座敷箒。

座敷箒製造の一大産地であったこの地域。
地場産の箒のほかにも鹿沼箒など関東一円の地域の箒が併せて観られ、資料館の箒に関する常設展示がとても充実しています。

さすがに職人が作る箒、工夫もそれぞれ異なり、編み模様にはさまざまな型や意匠があって美しいです。

まだ上福岡市であった平成4年には、特別展として『ほうきの文化』展が開催されました。


ホウキモロコシの箒が流通しだすのが江戸末期のこと、それまでは江戸では棕櫚箒が一般的でした。

関東一円では地味が適しているのか、ホウキモロコシは作付けしてから約3ヶ月程で収穫でき、農家での現金収入として盛んに栽培されました。

ホウキモロコシは、素材の調整段階で穂先に付いた穀は脱粒する工程はあるものの。

棕櫚箒のように使、い始めては鬼皮や繊維間からこぼれ落ちる微細な塵がゴミとして出るため、一度土間掃きなどで用いて、それが落ち着いてから座敷に卸すといった手間がかかりません。

また、ホウキモロコシは畳みとの相性もよく、これで掃くと畳みの細かな目に詰まった塵もきれいに取れ、畳みの艶も増す効果があるようです。


新調したばかりの畳のように、卸したての新物の青さの色や、その匂いのなかに清々しさを愛でる日本人としての感覚は、箒にも共通してみられる現象です。

硫黄の燻煙によって青く色出しされていたり、染料でもってより青く染められていたりとその方法はさまざまです。

ときにはその加減の度を超してしまい、 ここぞとド緑色で毒々しいまでの箒(きっと外国製でしょうか?)がホームセンターの売り場の棚に並んでいたりして驚かされます。


ホウキモロコシの箒は、その編み方によって複雑な模様もいろいろとつくれ、その点も箒を選ぶ愉しみの一つとなっています。


自分が就学する前の幼少の頃は、まだ北国の田舎にあっても、箒売りが商品を携え各戸を巡っていたらしく。
一度だけですが、箒売りが自宅にやってきたのを目にした記憶があります。
祖父宅の当時の古く薄寒い貧家にあっては、新調した座敷箒が置かれたそこだけが妙に明るく華やいで見えました。
子ども心にも、このド派手な箒の色彩が記憶の片隅にしっかり焼き付いており(丁度蛍光色のビニール被りの針金や鮮やかなかがり糸などが盛んに受け入れられていた頃とおもわれます) 、いまでも箒にみるあの派手な意匠はちょっと苦手なものとして残っています。


近頃は、自然素材の日常具として、箒もある層に新らたに見直され、生活の必要道具として受け入れられています。
そちらの流行としては、簡素でシンプルな、箒本来の素の美しさを求める傾向となっています。


いまの自分も、箒にもとめる選択肢は、どちらかといえば、やはり飾らぬ道具としての美しさに重きを置きたくおもいます。

そしてこの頃は、電気掃除機が家庭にもたらす三種の神器の一つとしての時代も過ぎており。
家庭のなかでは、既に便利な電気掃除機が参入しだし普及はしていたものの、道具としての箒の地位は依然揺るぎなく、まだまだ実用性の高いものとして大切に扱われていたようにもおもいます。


その当時、箒売りが差し出す箒を、あれこれと数本を並べて手にとっては、真剣に吟味していた祖母の姿をおもい浮かべてみると。
たとえ箒の流行としてそんなけばけばしい装飾がなされてはいても。
そこには当時の人々にとって綺麗なものを所有して、生活の中でどこか潤いを与えるちょっとした慶びが潜んでいたようにかんじられます。

この場に一緒にいた母も、やはり当時の感覚でもって綺麗なものをということで、祖母と同じ箒を良かれとして選んでいたはずです。

箒ひとつをとってみても、この歳にしてやっと表層的な好き嫌いの感覚から離れ、自分のなかで一昔前の人と物との関係が多少は理解できたものとおもいます。









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 ● 「やはり私たち箒派です!」


家電としての掃除機も、近年は機能がますます高度化しており、至れり尽くせりですが。
それでも徹底的というのではなく、片手間にささっと簡易に掃除したい向きには、箒での掃除は気分的やはり快く便利なものです。

箒だと、夜間でも掃除機の立てるような音の心配もしなくて済みますし。
いまの自分の生活においては、ほとんど掃除機を用いず専ら箒に頼った清掃になっています。
箒の掃除に塵取もろくに使わず、サッシの戸やドアをただ開け放して外に掃き出してお終いという、至って簡易なやり方が基本です。

狭い部屋だから日々の生活では大袈裟な清掃をしなくて済むのと、農家である大家の敷地にあるために、家周りが土であることが箒を使った掃き出しに幸いしています。

ただこの箒をつかった掃除の際、いつも一点不便に感じるのがサッシの溝の部分です。
昔の住居のように板戸が載るような浅い敷居とことなり、サッシの深い溝の端には切り込みがあり一応ゴミ出しできる式になってはいますが、どうしてもゴミが溜まりやすく、その点がやっかいです。

なんのことはない、掃除機を使えば一発で難なく解決するはなしなのですが、ときどき気になった時に刷毛を使い楚々しくやって済ませています。



左下写真; 「常盤台写真館」    東京都小金井市/ 江戸東京たてもの園にて。

写真館の一階の中央にあるこの小さな部屋は、お婆さんの隠居部屋で、壁の隅には畳と同じレベルでもって低く小さな「掃き出し窓」がみられます。
箒でもって、そのまま難なく外へゴミを掃き出せるという便利な窓。

写真館でも、この掃き出し窓が付いていたのは老人用のこの部屋だけで、隣りにある子供部屋には確か無かったような気がします。
年寄りにはわざわざ塵取を用い、その際にかかんで片付ける掃除の仕方よりは、単に掃き出し窓へとゴミを寄せて片付ける動きのほうが、身体的にも腰を曲げずに済み楽だったのかもしれません。

ちなみに、この部屋のもう一つの魅力が、箪笥などの大型の箱物家具が、そのまますっぽりと押入部分に組み込まれている点です。
和室として畳部分に余計な家具を置かず、いたってシンプルに開放的に過ごせます。

現代の暮らしのように、一昔前の時代に比べさまざまな用具が置いてある生活では、たとえ掃き出し窓があってもゴミをそこまではもっていけませんし、周囲とのゴミ管理の面での兼ね合いも考慮して無闇なゴミ捨てはできません、防犯性や気密の面でも、建物としての住環境が一変して、この小さな窓が消えていったのも理解できます。
それと、当時の日常生活で出たゴミは、庭先で燃やせたり、自然に土へと還るものが圧倒的に多かった面も掲げられます。

もっとも、掃き出し窓から掃き出されるのは塵や綿ゴミ程度のものだったろうと思います。






左上写真; 「箒売り」      東京都東久留米市にて。2011年撮影。

東久留米市の卸売市場の駐車場でのフリマで見かけた箒売りのおじさんは、成田だったか茨城方面だったか?そちらから自分で編んだ箒を売りに来られていました。
しっかりと編み込まれた、いかにも質実剛健な長柄の座敷箒は1万円ほどの価格だったはず。
もう少ししっかりと箒についてお話しを伺っておけばよかったのですが・・・・・・・。



右写真; 明治の初期に商用で来日した西欧人が持ち帰った竹ものコレクションより。

”BAMBUS”というスイスのバーゼル大学所蔵のこのコレクションの図録には、日本に滞在した一商人が”竹”をキーワードに蒐集した、美術、工芸、写真、生活道具など、さまざまな物品がみられます。
なるほどと驚かされるものも多く混じってみられ、しばしその視点と着想の豊かさに感心させられます。

明治の日本の庶民生活の物品蒐集では、お雇い外国人として来日したE・モースの、ピーポディー博物館所蔵(米国、セーラム)のモース・コレクションに、当時のあらゆるものがみられ有名ですが。

こちらのコレクションでは、”竹”だけに特化はしているものの、蒐集家としての美意識の視点が非常に高く、コンディションの点でも完璧な状態で保管されていてとても貴重です。
写真にある、枝切り用の選定鋏や、四ツ手の砂利掻きなどはその柄が、もし木製であったなら集められることのなかったことでしょう。

日本のどの地域で収集されたものなのでしょうか? 箒は棕櫚箒です。
末広がりのかたちで、先に紹介した『人倫訓蒙図彙』にみる江戸時代の箒師が編む箒とほとんど同じかたちをしています。






   ・・・・・・・とここまで長くなりました。 (^^;) 

    最後に、”うちのガラクタ”箒の紹介です!









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 ● うちの箒 3種


左; 「箒」   中華民国   長さ520×190ミリ。

台北の荒物屋で竹の座椅子や笠と一緒に求めたもの。

台湾独特の竹皮で編まれた山形の笠は、沖縄でお馴染みのクバ笠と外形は瓜二つ。
沖縄の八重山地方では、地理的にも台湾に近く、台湾からの移民も多かったせいもあってか台湾の笠を当たり前にみかけたものです。
荒物屋では台湾のこの笠をそのまま模した、素材がトウモロコシ皮製の笠が並んでいましたが、よくみるとそちらはアルゼンチン製でした。
ほかにもヴェトナムの菅笠など外国製の笠が随分と混じって販売されていました。

箒の原料であるホウキモロコシも、ふるくから台湾をはじめ中国、タイ、インドネシアなどの海外で栽培され、日本に輸入された経緯があります。
また現在、日本のホームセンターなどでみられる安価な箒のほとんどが、これらの地域で作られた輸入品です。

竹箒や熊手、笊、籠など、こんなに安価で作り手に利潤があるのだろうか?という製品がグローバル化によって日常的に溢れています。

ただ台北収集のこの箒は、多分台湾の国産製でないかとおもいます。

箒につかわれている素材はススキでしょうか?
稈のまま組んで柄としている”共柄”型の箒です

このススキのような草素材では、使う度にいつまでも微細な繊維が塵として落ちてくるので、室内での清掃にはまるで向きません。
土間箒? 或いは靴脱ぎしない文化では屋内でも十分に使えたこととおもいます。
素材のせいかおそろしく軽いです。

また稈の表皮がすべすべしているので、束ねた稈材が一箇所抜けると、引き続きどんどん抜け落ちる難点があります。

そしてふわふわとしていてコシがないため、掃くというには余りにも抵抗がなく、撫でるというかさらうかんじの頼りのなさです。

当初は三角形のきれいなかたちのものが、使っているうちにこんなに無惨にちびてしまいました。



中; 「箒」    ホウキモロコシ  長さ725×300ミリ。

こちらが普段日常使いしている箒です。


むかし、建築家として独立したての先輩の、小さなアパートの部屋を訪ねたとき。
これと同じような箒(とても上等な編みのものでした)が、壁に三本きれいに並べて掛けられていました。

「この三本の箒を順ぐりと使い回せば一生もの」との先輩の弁。

自分もそれ以来先輩を少し見習い、これまで頻用していた掃除機から箒中心の掃除へと移行しました。

・・・・・・・といっても、 「ますは箒だな」とおもっていたときに訪れた、合掌造り集落で有名な富山県五箇山の相倉集落。

そこの土産物屋で売られていたものです。価格はたったの500円。
中国辺りでつくられたとおもわれる、とても粗雑なつくりの箒です。

編み糸は強靱な色付きのナイロン糸。共柄の握りも適度に太く、長さも重さもありとても使い易い箒です。

ホウキモロコシの材は、やはり安価な外国製のため、殻が少し残っていたり、ミゴ先も結構まちまちでバラついています。
この箒でもって力を込めてザッザッとあおり、カーペットに執拗に絡みついた糸ゴミなどを、そのまま雑多に外へと掃き出すにはコシも強く、とても按配がよい粗さなのです。


これまで箒について偉そうに語ってきてのこの有体。箒愛好家の皆さまからは叱責は免れませんが。
それはともかく自分の暮らしの中では実に使いよい箒です。


さすがにナイロン素材の派手な括り糸はいただけませんが、なんと20年来使っていてもいまだに堅牢でいっこうにくたびれず重宝しています。



右; 「座敷箒」   棕櫚    長さ750×230ミリ。

土産物屋で買った「さすがに安価な500円箒は、ちょっとどうなのよ?」と、ある日意を改めて、京橋にある老舗の箒専門店で求めたのがこの箒です。

和歌山あたりの鬼皮五連繋ぎの棕櫚箒。
「まずは座敷に卸す前に、土間掃きなどでしばらく使って、毛からこぼれ落ちる塵が納まった後、丁寧にぬるま湯で洗ってしっかり乾燥させてお使い下さい」と、店主から丁寧な説明を受けました。

とても佳い箒ではあるのですが、自分の箒をつかった清掃の動体動作には、どうもしっくりときません。
畳部屋や床の塵掃きには効力を発揮するのでしょうが? やはりカーペットに絡んだ糸ゴミは上手くさらえません。

それ以前に、使い手である自分の清掃の仕方に問題があるのは十分承知ながら、しっかり二軍堕ちして、情けないはなし靴脱ぎ場専用にそのポジションを守っています。

それでもこの箒、さすがにかっちりとした日本の職人仕事です。
しっかり括られた銅線の巻き具合も美しく、けっして出番は多くはないながらも箒を持つことの喜びを滋養として充分に与えてくれました。

箒を代えると、掃除の仕方までも変わり面白いものです。







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 ● 小箒   3種。


左より; 長さ123×85ミリ、 長さ300×120ミリ、 長さ345×190ミリ。

ホウキモロコシ製の小さな箒(中、右)は、手箒とか荒神箒と呼ばれるもの。
卓上やちょっとした埃払いがその用途。いずれも輸入品の量産品で安価な箒です。



中)の箒は、穂もしっかり詰まっていてコシもありとても使い佳い小箒です。

この箒を求めたのが、以前から随分と気になっていた小川駅前にあった小さな荒物屋。
昭和のまんまの店内は、置かれてある木製の商品棚があまりに美しく、しばし見とれてしまいました。
声を掛けると、なかから腰を曲げたお婆さんが現れて、箒を手にしたまま小一時間ほどの立ち話し。
お店のことやお婆さんの人生話しをいろいろ伺えた、とても充実した一時でした。

その後お婆さんが亡くなって、家の片付けにいらしていた息子さんから、お婆さんがきっと俎板にしようとして試みたと思われる? 包丁跡が若干みられる板材を譲り受けました。
残念ながらも昭和の味のある建物が消え失せて、健在は駅前駐輪場となっています。

小箒は、当初の青々しさも落ち着いてよい色味に育っています。



右)大きいほうの小箒は、一昨年前の夏、青梅の農協販売所に売られていた中国製で、500円を割る価格でした。

こちらの箒は材料も幾分すかすかしたかんじで、コシも弱めです。
当初はどぎついほどの青い染色で、この間ながらく陽に晒していて、色味も近頃やっと落ち着いてきたかんじです。
大は小を兼ねず、それほど出番がありません。



左) これは箒と呼ぶにはどうなのかといった掃き刷毛です。

埼玉県浦和市、月宮の骨董市で、100円コーナーに無造作に放かされていたデッド・ストック品。

亀の子束子と同じ椰子繊維の素材です。元受け部分は金属カバーが被され小釘折り曲げて簡易止めされています。

自分の幼少の頃は、まだ石炭ストーヴや、薪ストーヴが現役だった時代。
そんなストーヴを設置した台の周りには、これとまったく同じ刷毛が置かれていて、灰出しの際に落ちる塵を片付けていました。
その後石油ストーヴの時代を迎えると、ストーヴ周りも塵で悩まされることが一切なくなって、必然的にこういった刷毛も消えていったような気がします。

なんとなくそんな時代を懐かしく想い、安易に持ち帰った刷毛ですが。
サッシに溜まる埃の掃除にはもってこいで! こまかい掃除では、なにかと頻繁に活躍しています。



おまけ) 「塵取」     自製品      幅230×長さ350×50ミリ。

骨董市でみつけた、このヘンな塵取。
団扇の先端を平たく切って縁囲を簡易につけたもの。
長野の茅野あたりの工場から出たという、団扇を転用した自製品。
勝手ながら、かっては養蚕が盛んだった地域、忙しさの最中、こんなあり合わせのもので作られた塵取が使われていてもおかしくなかったのではないかとおもいます。

座敷などで使う、小箕に渋紙を貼った張箕と同様、ともかく軽く当たりが優しい。
当初は薄汚れた紙が貼られたままでしたが、汚れもよんで室内で使うには勝手が悪い。
薄紙を覆い張りして更に柿渋を塗って、自製品の雰囲気を維持するように手を加えてみました。

箒と共に、うちの室内でのレギュラーメンバーとなっています。





   尚、箒の習俗については;

 『 藁の力 -民具の心と形- 』 佐藤健一郎・田村善次郎著、淡交社 1996年。
を参照としました。








私情だらけの長い箒語りとなり失礼しました。   (^_^;)    







  1. 2016/01/16(土) 13:24:09|
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