うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

419 先端





”NICT”オープンハウスのちらしを手にする。
そういえば小金井のサレジオ通りにある、なにやら国の大きな機関のあれかぁ。
まえまえから少し気になっていたのですね、あの建物。
ということで行ってきました。(2018年6月30日)



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● 国立研究開発法人 情報研究機構 ”NICT”     東京都小金井市

近所のバザーに行くように、お気軽にサンダル履きで行ってみたら。
どうやらオープンハウスといえども、一般市民に比べ圧倒的にスーツ姿の業界関係者が多い。
受付で「御名刺を頂戴しております・・・・・・・・・・・」といきなり云われ、場違いな出で立ちで来てしまいすっかりひいてしまう。

なんとも聞き慣れないこの情報研究機構。
その発端は意外に古く、明治29年の逓信省電気試験所の無線電信研究に遡る。
以降、逓信総合研究所(CRT)、通信・放送機構(TAO)が統合され、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が発足(2004年。2015年には国立研究開発法に名称改正)
小金井のNICT本部のほかにも、全国にこの機構の諸施設がある。
耐災害ICT研究センター(宮城)、おおたかどや山標準電波送信所(福島)、鹿島宇宙技術センター(茨城)、イノベーションセンター(東京)、ワイヤレスネットワーク総合研究センター(神奈川)、北陸StarBED技術センター(石川)、ユニバーサルコミュニケーション研究所先進的音声翻訳研究開発推進センター(京都)、脳情報通信融合研究センター(大阪)、未来ICT研究所(兵庫)、はがね山標準電波送信所(佐賀)、沖縄電波技術センター(沖縄)など。
字面よりなんとなく想像できるセンターもあれば、まるでなんのことやらまったく判らないセクションがほとんどながら。
どうやら、通信・放送・ネットワーク・サイバーセキュリティー・知能科学開発などを軸に展開している機構のようだ。



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● 日本標準時を決定・維持・供給する日本標準時グループ

見学順路に従い階上に現れたのがこの部屋。
モニターにはデジタルで時刻が刻々と示されている。
NICTには18台の原子時計があり、それぞれの時計がつくりだした時刻を合成して日本標準時がつくられる。
原子時計はセシウムの一定量振動数を1秒に定め、その誤差は数十万年で1秒という精度さ。
しかしながら原子時計(原子時)の1秒と不規則な地球回転による時刻(世界時)の1秒の差が0.9秒を超えないように、うるう秒が実施される。
1958年から2017年までに27回実施され、これにより原子時と世界時の差は37秒となり、平均すると約1.5年に1秒遅くなっている。
NICTでは、日本標準時(JST)を生成する協定世界UTC(NICT)と協定世界時(UTC)との差が±10ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒)以内を目標として調整管理している。

本部であるこの建物の正面にはどデカなデジタル時計が表示されていて、この通りを通る度につい時刻確認してしまっていたけれど、この時計こそが日本標準時の本元だったのですね。
時刻もほかの度量衡などのように正確に標準化を計らなくてはと、それに向けての複雑な手順を知らずとも妙に納得。
㎏原器をテーマに『1000グラム計り知れないこと』といったコメディー映画があり、先日の国立科学博物館の常設展示に映画と同じようなガラスのケースに入った㎏原器を見つけて妙に嬉しかったけど。
となり町にあるこの機構が日本標準時を供給していたという発見もどこか新鮮で得した気分。



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 ● 電波、レーダー、光通信、ドローンなど様々な先端技術が紹介されている。

研究紹介ブースはB全パネルの解説ボードで覆い尽くされている。
最新鋭の技術・機器、内容を読むも専門用語ばかりで一向に頭に入ってこない。
それぞれに専門職の解説員が配置されており、初心者でもとても解りやすく説明下さるのがとても良い。
これらの通信技術などの恩恵は、少なからず誰しもが受けている面も多いはずだけど。
日頃ネットに依存しない生活を信条としている身としては、ただただ現代の技術よりガラパゴス空間に放り投げ出された感を強くかんじてしまう。
原理はまるで解らないながらも、並んでいる普段馴染みのない機械類をみるのが楽しい。



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 ● 講演会、企業開発のブースなど。

今回の2日間にわたるオープンハウスでは、研究者講演会、サイエンストーク、学生によるポスターセッション、ラボツアーなどの様々な催しがある。
ラボツアーは事前予約制のため参加できなかったけど、大型望遠鏡を覗いたり、クリンルームに入るコースがあったりと面白そうだった。
スマホ所持が前提となっている現代では、それぞれの解説パネルのQRコードより詳細データーをダウンロードする設定となっているけど。
この時代にしていまだにガラケー所持の身としてはその恩恵とは一切無縁のため、解説を聞く度にどこか肩身が狭くなる一方だ。
それでもNICTのAI・脳情報通信研究群での音声翻訳・対話システム高度化技術が開発したVoiceTraのスマートフォン用多言語音声翻訳アプリ(左中・右中)がとても興味深かった。
この無料アプリは、翻訳出来る言語が31言語(音声入力は17言語)対応という優れもの。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて10カ国語(日、英、中、韓、泰、越、尼、西、仏、緬)を対象に、旅行、医療、防災等の生活分野に対応した音声対応化を目指している。

デモストレーションで係りの方が、端末を手に取り実際に日本語で音声入力してタイ語やネパール語翻訳して下さったけど、想像以上に勝手がよく面白い。

体験もできますよということで、パーテーションで仕切られたコーナーで実践してみる。
まずは片耳に小型のイヤーフォンを装着、この機械が相手方言語の音声を拾い日本語訳してくれるものらしい。
ブースには中国人の若いお姉ちゃんがいて(どことなく嘘くさい民族衣装風の格好)、「ニーハオ」→「コンニチワ」。
中国のお菓子が並んでいて「オヒトツイカガデスカ」と手渡される。
菓子の包みには果物の絵が印刷されておりその名前が中国語で記されていたので。
試しに指で指しながら「これは何ですか」と訊いてみる。
それは「ライチ」、「パイナップル」、「サンザシ」、「イチゴ」と正解。
さらに包みにあった「餅」という文字を指し。
「日本語の餅(モチ)と中国のピン(餅)では字のかたちが同じ餅で一緒だけど、食品の加工方法や素材自体が異なっていると思うのですが、中国では餅はどのようなものなのですか?」と訊いてみる。
日本のモチと異なって中国の餅は小麦粉の練り物の総称だったはず。
他にも菓子包みにいろいろな食品の文字がみられたのでそれぞれの加工法や違いを知りたく訊いてみたけど、どうもちんぷんかんぷんな言葉が返ってくる。
翻訳にはタイムラグがあるため多少まどろっこしい。
さらに畳みかけて質問するも、途中からまるで言葉にならないごったまぜの日本語「■◇☆◎◎☆▲●★……」がイヤーフォンから聞こえてくる。
「ひょっとしてこれって自分が発した日本語が相手が聞いている言葉!?」
お姉ちゃんの表情が次第に険しくなって、憮然として突然菓子包みを破ったかと思うと、中味を出して「ダカラコレガ”モチ”!」と目の前に突き出す。
「うわぁ、怖わぁ~!」
菓子を渡されれば「美味しいですね」というようなシチュエーションを期待した対応なのに、余りにもマニアックな食文化の質問をしたためか、翻訳システムが上手く作動せず完全に決裂。
係員の苦笑のなか、飴玉を1個渡されその場を後にした気まずい瞬間であった。
言葉というのは人それぞれで、ともかく難しいと実感する。

先端技術が満載、ともかく世の中こんなに進歩していたのかとすっかり浦島太郎状態になってしまった、情報通信研究機構のオープンハウスなのだった。

オープンハウスの帰り道、わが町の鈴木遺跡資料館へ寄ってみる。
前を通るたび、プレハブ造りの建物が開いているのかいなにのかいつも疑問におもっていたけれど。
最近開館していると知り、今回が初めての見学となる。



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 ● 小平市鈴木遺跡資料館       東京都小平市鈴木町。

資料館のドアは閉じられてはいるものの「開館中」とプレートが掛かっていて恐る恐る開けてみる。
壁面中央に資料を並べた部屋がひとつに、解説員の方と見学者が一人いた。

石神井川の最上流部に位置していたここ鈴木遺跡は、1974年に江戸時代の水車が見つかったことに端をなし、掘り進めていったら旧石器時代の遺物がたくさん出土した。
大型の縄文時代の落とし罠の展示品など別室にしまい込んでいるために、縄文土器1点以外がすべて旧石器時代の遺物のみの展示となっていた。

壁面一面には近年地層剥脱した地層断面が覆っている(右上)
中央にあるごろごろとした石の集まりは、炉跡や焼き石を用い調理した跡で、熱により半割れとなったり黒く焦げたものが混っている。

壁面ケースには時代区分された旧石器時代の石器がずらりと並ぶ。



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 ● 目玉は入口脇に展示している文化層(右)

考古展示の時代区分展示ではかならず最初部分に登場するような石器がずらりと並んでいる。
いわゆるナイフ状だったりスクレッパーだったり斧の刃先だったりはするものの、旧石器時代ではまだ鏃(やじり)のような複雑なかたちのものは出てこない。
これまで余所の考古展示でも、この部分はすっかり飛ばしていてまるで興味がなかったので、この展示室も10分でもう見学十分な感じだったけど。
受付の解説員の方の説明がとても面白く、これまで注目すらしてなかった石器の石質の話しなど伺っていたら結局2時間も過ごしてしまった。

これまた地味な剥脱した文化層(人の暮らしの痕跡がある層)ながら、ここでは12枚(多くは2~3枚)も見つかっている。



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 ● 解説パネルや石器など

どれもが同じただの石器と一色単に見えるけど、よく見ると用途ごとに形が微妙に異なっており面白い。
石斧、スクレブラ、磨石、ハンマーストーン、礫器、スクレイパー、グレイバー、ナイフ形石器、ポイント、細石刃、石槍などがある。
特にⅨ~Ⅹ層で発見された石器のうち石斧(斧形石器)は、打製のもので打製石斧と呼ばれるが、その中には刃の部分を砥石で磨いて鋭くしたものがあり、これを局部磨製石器と呼ぶ。
それまでは磨製の技術は新石器時代とされていたので、発見当初は世界最古の磨製石器とも呼ばれた(現在では日本だけでこの時期の局部磨製石器は100点以上見つかっている)。

また石器に使われている石材も、チャートなど6種ほど確認できて。
なかでもガラスに似た黒曜石が目を惹く。
当地では黒曜石は産出されないため余所からもたらされたものであるが。
現代では蛍光照射分析による正確な産地同定も可能となり、鈴木遺跡の黒曜石は現代の長野県和田峠や神奈川県箱根、神津島からもたらされたものらしい。
割れ口がガラスのように鋭い黒曜石は勝手がよく一番人気で、遠くから運んでくるだけの価値のあったことが窺える。

ナイフ形石器はその握り部分は両面一緒の形ではなく、その多くは右手持ちに合わせて加工してある。

小さな石片をまるで鋸歯のように周囲に埋め込んで道具を作る細石刃は、道具を軽量化させる技法で、これはロシア方面の技術が承来されたものという。

一見単調に思える石器の世界ではあるが、蓋を開けて子細に観察すれば、質材・加工技術・使用勝手などどんどん拡がる世界に一変してとても面白い。



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 ● 北海道は黒曜石王国         北海道埋蔵文化財センターにて

北海道から九州まで幅広く産地を有する黒曜石ながら、とりたて北海道のものはその埋蔵量が群を抜いている。
北海道埋蔵文化財センターの入口には黒曜石の巨大な原石が置かれ(左上)、中庭には北海道各地の黒曜石が地域ごとにディスプレイされて美しい模様を成していた(左中)
また当センターでは、黒曜石の剥離片を加工前の元の形に戻す修復作業もなされており興味深い(下)
実家の本棚にも十勝石(道内での黒曜石の呼称)の原石が飾ってあったから、重そうだけど今度帰省した際にでも持ち帰ろうか。



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 ● 壁一面の地層展示(左)、礫群(右下)

展示室半分に及ぶ天井面には細長い色テープで鈴木遺跡が歩んできた日本の時代の長さを示している。
1年1㎜換算で平成はわずかに3㎝という短さ、それに比べて石器時代は全体の3分の2を占める膨大な時間となっている。


今日は情報の最先端ということで 政府研究機関の情報研究機構に触れ、そして時代の発端ということで鈴木遺跡の旧石器時代の石器に触れてみたけれど。
まるでキューブリックの映画『2001年宇宙の旅』のオープニングシーンでの、骨を道具に用いた猿が人類へと繋がっていく流れを見ているような時間軸のはなはだしさながらも。
技術は時代と共に塗り替えられていく点を踏まえ、情報研究機構の最先端の技術も旧石器時代に生きた人にみる石器の技術も、時間軸での先端という面では同質だったのではないかとどこか不思議に感じさせられた一日となりました。



普段はあまり使わない脳の一部が刺激された面白い見学でした。 !(^^)!




  1. 2018/07/02(月) 18:07:52|
  2. 雑 閑
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418 看板建築




建造物のオーナメントを見るのが好きです。
丁度開催されていた『看板建築展』を見に久しぶりに江戸東京たてもの園へ行ってみました(2018年6月22日)



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 ● 『東京150年記念 看板建築展』       小金井公園 / 江戸東京たてもの園

小金井公園の一角を占める江戸東京たてもの園は、むかしの建物を復元した野外博物館で、江戸時代から昭和の建物が30軒ほど見られる。
茅葺きの民家をはじめ、個人の邸宅、町屋、文化住宅、別荘、商屋、店蔵、銭湯、旅館、写真館、交番、高倉、霊屋など、戦後の昭和のある時代までに見られた様々な建物を、各々の考証に基づき復元保存している。
幅ある時代の様々な建物が一堂にならび、現代にあってちょっとした異空間へとタイムスリップ。
よくある民家園と異なりバリエーションある建物が見られる点も見ていて楽しい。
特に商屋などの町屋を集中的に寄せ集めた東ゾーンの中心には下町通りが設置され、左右に立ち並ぶ商店には独自の装飾豊かな看板建築(6軒)が見られる。
映画『ピストルオペラ』鈴木清順監督作品 でもこの通りをメインにロケしたシーンがあり、現代ものの時代劇として印象的な撮り方をしていた記憶がある。

さて「看板建築」といえば、関東大震災(大正12年)以降の区画整理事業に則した間口が狭く奥行きのある、平坦なその正面を銅板やタイル、モルタルなど仕上げて加飾した、木造の商店建築の一群を指すが。
この「看板建築」という言葉の命名は意外や新しく、1975年の日本建築学会で採られた用語とのこと。
今回の展示の英訳では”Signboard Architecture”と”看板”+”建築”そのものとなっている。

「関東大震災」→「復興建築」→ 木造建築の”顔”部分をモダンに装飾

通りに面するファサード”顔”が、まさに看板的に装飾された張りぼて風ながらも、鋼板やモルタルなどの素材を自由奔放な職人技でもってゴージャスに装飾しており。
これらの看板建築は見ればみるほど時代的にも建設当時はいかにハイカラで斬新であったかと唸らされる。
和の職人技による擬似的な和洋折会様式とでも云うのだろうか、写真で見る限り当時の東京の町のサイズにぴったり納まり町並みを美しく飾っている。

東京で初めて出会った看板建築は、確かに田舎の町でみる同時代のふるい建物には見られない要素がとても多く、ともかく新鮮に感じられた覚えがある。





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 ● 展示会場より

会場は5部構成
1.関東大震災 ~焼け野原の東京 
2.バラックの町並み 
3.看板建築の誕生 
4.看板建築の伝播 
5.看板建築の今

建築図面・模型・写真、パネルを中心に一部建造物のオーナメントなどがならんでいる。

関東大震災で焼けた皿 大正12年 (左中); 当時の火災の壮絶さを示すごとく皿の梱包材の敷き藁がそのまま火襷模様となって残された。
村岡精華堂の柱頭飾り(右中); 左官職人による疑似欧風<イオニア式柱頭>オーナメント。
きびやファサード銅板部材 昭和初期 (左下) ; ふるくから日本の社殿にみる飾り金具職人の技術が、そのまま銅板職人の技に応用されてか、精緻な欧風打ち出し模様が美しい
おもちゃやのトレードマークだったダルマ 昭和 (右下); 蔵の鏝絵を思わせる漆喰仕上げ。玩具店がまだまだ子ども達の夢を繋いでいた時代だったのか、ダルマのどこかとぼけた表情が愛らしい。



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 ● 関東大震災の記録映像

会場にはVTRとして関東大震災の無声記録映像が2本上映されていた。
「関東大震災記録映像 震災後之日本」 大正13年
「関東大震災記録映像 復興の東京」 昭和初期


特に『復興の東京』は11分とじっくり注視してみるには若干長い無声映像ながら。
それぞれの章題 「最近の東京 それはバラックの都である飛行機上より見れそれはトタンの巷である」などのテロップにある通り、画像から読み取れる情報量が半端でなく、震災数年後にしてまだまだ困難な復興期を撮ったもので、その震災の規模の悲惨さには畏れ入る状況で、近年の311のケースと共にとてもインパクトがあり考えさせられる映像であった。

カメラのカットで切り取られた一枚物の記録写真とは異なり、やはりこのような動画により改めて震災の大きさの規模も一目瞭然に触れることができて、今回の看板建築展の導入部分ではあったが、その希少ゆえ一番印象に残ったコーナーだった。



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 ● 関東大震災の関連展示     東京都復興記念館

こちらは東京慰霊堂と同じ公園内にある復興記念館の展示より(2013年撮影)
いわば負の遺産とされるこのような無効力な大災害ながら、当時を正確に記録保存している点で、とても歴史的価値のある一度は観ておきたい資料館である。
関東大震災の被災写真・遺物、復興期の活動記録の資料が所狭しと展示されている。
また世界各国からの救援の状況・資料も展示されており興味深い。



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 ● 震災後のバラック建築

被災後に応急的な措置として焼け跡に仮設させられた、いわゆる「バラック建築」
「考現学」の創始者としても知られる今和次郎(こんわじろう)は、これらをスケッチに残し、数人の仲間と共に「バラック装飾社」を立ち上げバラックを美しくする活動を興こす。
今和次郎の描く細部の隅々まで子細に記録した素描が興味深い。
一方大通り沿いの繁華街では建築家のデザインにより意匠を凝らした仮設店舗が出現する。
このようなバラックをめぐる様々な動きが、看板建築の誕生に大きな影響を与えていく。



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 ● たてもの園の看板建築

たてもの園には6軒の看板建築がみられる。

上段; 「武居三省堂」(文具店) 昭和2年 : 前面がタイル貼りとなっており屋根の形に特長がある。一階の店舗部分の壁面を覆う戸棚や抽斗も見事。

中段; 「花市生花店」 昭和2年 : 前面が花屋らしくデザインされている。和の切り花を主体にしていた昭和30年の店内を再現。

左下; 「植村邸」 昭和2年(手前) : 外見は全体に洋風にまとめるも2階部分は和風のつくり。最上階は屋根裏に見せるギャンブレル屋根(腰折れ屋根)。戸袋、雨戸、刎高欄など鋼で包む被覆建築。

左下; 「大和屋本店」(乾物屋) 昭和2年(奥) : 木造3階建て。3階の軒下を伝統的な<出桁造り>とする。間口に対して背が高い看板のようなプロポーション。

右下; 「村上精花堂」 (小間物屋) 昭和3年 : 正面は人造石洗い出しで、イオニア式柱を持つモダンな造り。

左上; 「丸二商店」 (荒物屋) 昭和初期 (奥) : 小さい銅板片を巧みに組み合わせ模様を作り正面を飾る。昭和10年代の様子を再現。



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 ● 解説パネルなど

左; 普段は建物の一階の店舗部分しか覗けないこれらの看板建築を、各々建築模型やパネル解説でもって細かに解明されている。
幾度も訪れているたてもの園ながら、この企画展で看板建築の各々の建物の要素をおさらいしたあと、実際に園内の看板建築をボランティアの方のお話しなど訊きながら見直してみると、そのディテールを鮮明に確認できてとても解りやすかった。

右; 誕生より90年ほど経つ看板建築は、近年では風雨による劣化が目立ってきた。
平成28年度に「丸二商店修繕工事」がなされ、傷んだ木材を根継ぎ・矧継ぎしたり、鋼板の穴埋め処置がなされた。
今回の工事では、「ガリバリウム鋼板」という亜鉛合金メッキ鋼板を用い屋根を葺き直した。



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 ● 看板建築の推移


震災後に進められた帝都復興事業は、1930年(昭和5)に完成を見る。
震災から6年半、街中に鉄筋コンクリート造の建物が次々に建てられ、東京は震災前の江戸の風情を残した街並みから近代な街並みへと一変する。
その中に建物の表面を真っ平らにし鋼板やタイルなどを張りつめた木造の商店建築が多数建てられた。

上段; 絵葉書 看板建築の町並み(神田小川町より神保町方面) 拡大してみると大通りに面して装飾豊かな看板建築のファサードが確認できる。

中段; 玩具店(解体前はもんじゃ店)のトレードマークだったダルマ 中央区月島
2017年に地域一帯の再開発に伴い解体され漆喰のダルマ部分が館蔵資料となる。

下段; 神田須田町二丁目の街並みの変化   1994年(平成6)頃 → 2017年(平成29)
まだ秋葉原に青果市場があったバブル前の時代には、神田界隈にもこのような古い店舗がところどころ見られた覚えがある。
本展では、この写真に残る煉瓦ファサードの「海老原商店」のファサードデザイン画や新店舗設計図などの資料が紹介されている。



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 ● 町中に残る看板建築

こちらは自分で撮ったものながら、近郊の看板建築風な建物。
台東区(左上)、田無(左中)、飯能(左下)、川越(右3点)
いずれも小さな二階家ながら、モルタルや銅板装飾など細部は結構凝っている。
きっと建造当時はとてもハイカラで目を惹いた建物だったと思う。
窓をサッシに替えたり、エアコンを設置したりと細かな修繕を重ねながらも、平成のこの時代まで実際に使われてきた様子は、たてもの園にある整備された復元看板建築とはまた異なり、時代・人・暮らしと現状までの変化の推移を感じさせとても興味深い。



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 ● ミュージアムショップ      江戸東京たてもの園

ミュージアムショップで目を惹くのはやはり季節柄か、夏らしいデザインの手拭いやガラスの器。
ガラスの焼酎コップやトタンの米櫃など、その仕上げ具合を家で使っているむかしのものとつい比較してしまう。
ついひと頃前までは当たり前に町の荒物屋に並んでいたような、トタンやブリキ、アルミなどの雑貨も、この売店でディスプレイされるとお洒落で斬新に見えるから不思議だ。
両国にある本館の江戸東京博物園の売店でも、書籍やオリジナルの商品のほかにも、ここと同じように”ちょっと昔”をキーワードに荒物屋にあったカゴ、箒、バケツ、食器などの日常雑貨とおもちゃや駄菓子などを並べたコーナーが一画を占めており人気を握くしていた。
たてもの園で懐かしい昔に触れて、昔使われていたものを改めて現代の暮らしで日常使いしてみるのもよさそうだ。



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 ● 看板建築その魅力的なディテール

日本の左官技術を駆使して腕試し、モルタルによるギリシァ・ローマの柱頭を模した装飾仕上げ。
矢羽根、亀甲、青海波などのタイル目、メダイヨン、デンティル(歯飾り)、ペディメント(櫛型)などの打ち出し模様で様々に加飾し建物のファサードを飾る鋼板仕上げが、時が生みだす緑青の錆びた表情と相益してなんとも美しい。
看板建築の細部には当時の諸々の職人の独自の技が集約されており、見ていて飽きることがない。

お茶を持参で看板建築に触れ、たてもの園でのどかな時間を過ごす一時となりました。




江戸東京たてもの園の『看板建築展』 会期は残すところあとわずか7月8日(日)までです!!  (^^) 



 
  1. 2018/06/27(水) 18:23:52|
  2. 雑 閑
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417 人体のかたち





気になっていた展覧会を観に、久しぶりに科博へ (2018年6月13日)
そろそろ会期も終わりに近づいて、平日の昼前だというのにチケット売り場は長蛇の列で20分待ちという混雑さ。
家族連れ、アベック、老いも若きもと幅広く、あきらかにお隣の東博にみる客層と異なっています。
なんていうのかなぁ、むかし見た『人体の不思議・プラスティネーション』(樹脂充填標本)展と同じような、見世物見物に集う人たちといったお気軽な雰囲気です。
察して知るべく、会場内の混雑さはまさにトコロテン押し式の有り様。
狭い順路の中、なんだか自分が食べものとなって消化器官のなかをゆっくりと移動していくような気分です。



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 ● 『人体』展ちらし(国立科学博物館)と、『解剖手稿A』本(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

展示されている博物史的なむかしの医学標本は自分の好みのツボをしっかり捉えていますが。
ともかく解説パネル、VTR、構造模型など最新鋭の学術情報のてんこ盛りのこの展示。
知識を得るのに骨が折れるというのか、その情報量の多大さにアップアップ、細かな資料も多く一見的にはなかなか手強い展示です。



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 ● 『人体』展会場の様子

体内の臓器の役割や、骨の部位のなど広く人体を一通り学べるという構成です。
圧倒的に解説模型が多いながらも、なかにはダ・ヴィンチの解剖図も数葉きており。
その紙面の小ささと描かれた人体の詳細さに驚異を覚えるものの、一人見の長居は問答無用の状況なのが特に残念でした。

会場出口にあるお決まりのグッズ販売を見るのも結構楽しい。
購買意欲を掻き立てるゆるいグッズの数々にわけもなく見入ってしまった。



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 ● レーウェンフックの顕微鏡と、現代の最新鋭の顕微鏡画像

科博の常設展には、時計などの一群のほか顕微鏡も数多く展示されており。
そのなかには顕微鏡の元祖でもあるレーウェンフックの顕微鏡がありますが、そちらはレプリカ。
今回はオリジナルが出展されていましたが、安全剃刀の刃ほどの大きさのため多くの方が気付く間もなく素通りしていきます。
確かにガラス越しにはあまりに小さすぎてよく見えないのがとても残念でした。
それでも魚の鰭の観察記録など、この顕微鏡で見た画像と、現在の最新鋭の顕微鏡を使った画像など、両者を比較するVTRなどもあり。
レーウェンフックはよくもこんな小さな豆粒大のレンズを通して、生きものの微細な世界を観察し記録していったその凄さに驚かされます。



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 ● 最新顕微鏡画像

展示室との連絡通路にずらりと並べられていた、マウスの内部組織の顕微鏡写真(着彩はイメージらしい)がとても美しかった。
そこには生きものの体内が、あたかも一つの宇宙ともいうべき独自の世界が広がっています。
今回の展示では母体内の胎児の生育状況の模型も展示されていましたが。
以前このブログで載せた、受精から出生までの写真集も、まさにこのマウスの組織写真と同じく美しく、ついこれを見ながらその写真集を連想してしまった。



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 ● 『人体』展ちらしより

アンドレアス・ヴェサリウス 『ファブリカ』1543年 (左上、下中)
心臓の比較 (右上)
脳の神経線維模型 (1893-1910年 左下)
女性の頭部、胴体の解剖模型 (1850-1900年 右下)


古風な標本模型が圧倒的に好きなのですが。
今回感動したのが、日本人の科学者がつきとめた最新鋭のネコのゴルジ体解析の解説図です。
微細な組織を拡大して記録したこの図は、会場で額装展示されており、その繊細な組織情報図はあたかも現代美術の抽象作品をみるような美しさでとても惹かれました。
生物が内包しているミクロコスモスに感動させられます。

臓器などの液漬け標本は展示用にか、すべてボックス型のケースに移し替えられており。
見やすくなるよう工夫する、そんな細やかな配慮にも好感がもてます。



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 ● 『解剖手稿』より 消化管と腎臓、尿管部分(左) 頭部断面、脳と眼の結びつき部分(右)

本展に出品されていた ダ・ヴィンチの「解剖手稿」数葉のうちの一葉。
人体の内部組織を克明に描いている。
ルネサンス時代の万能人の力量に打ちのめされる。
大判のスケッチブックサイズと思いきゃ、用紙サイズはハガキ2枚ほどの大きさと、想像していたものよりはるかに小さい。
さらに蟻のように微小な、ダ・ヴィンチ特有の鏡文字で記述されており、ルーペ持参でないと細部が見えないような細やかさ。
個人的にはこの展覧会では一番興味深い展示物であったけど、観察の滞留時間は押せ押せだったため長居できなかったのが残念。
メモ帳を手に些細な書込をしていた若い女性は、たぶん解剖学方面の研究者なんだろうなぁ。



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 ● レオナルド・ダ・ヴィンチの「解剖手稿A」  マーティン・クレイトン、ロン・フィロ     グラフィック社 2018

本展に併せてというよりは偶然ながら図書館で借りていたダ・ヴィンチの解剖本<「解剖手稿A」1510年>
ポンペオ・レオーニの装丁、ミラノ装 1590-1600年頃(左上)
図にみられるダ・ヴィンチの記述が、図に合わせたままの位置で日本語訳されている。
骨や筋肉など克明な画と、些細な考察は、彼と同時代の解剖図譜のなかでも群を抜いているのではないかと思う。
美術的な素描としてもとても美しい。



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 ● 日本各地の頭骨(上) エナメル質減形成が認められる江戸時代人男性頭骨

こちらは科博の平常展示。
これまではまるで素通りだったけど、本展を観たあとではこういった頭骨だけずらりと並んでいるだけでも、それぞれの微細な違いをつい観察してしまうので面白い。

エナメル質減形成が認められる江戸時代人男性頭骨(下)では、成長期に病気などのストレスにより歯が線状や小窩状の欠損を示し、骨の状態から推測される健康状態などとても興味深い。



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 ● 港川1号人骨の復元人体(上左、上右)、白保4号人骨(2万7千年前、左下)と頭骨の再現頭部(右中、右下)

こちらは日本館で開催されていた沖縄の石器時代展示より。
今回の特別展の人体展でも近年DNAのヒトの「ゲノム」情報が完全解明されたながれで、北海道の礼文島から出土した3800年前の縄文人の頭骨より顔相を再現して展示されていたけれど。
そこにはゲノム情報によりこの主の頭髪が縮れていた、顔部にシミが多かったなど、そんなに子細な点まで個々の情報が解明されていて驚かされる。
さらに近年の復元技術はめざましく、従来と異なり3Dプリンターなどを用い欠損部位も的確に再現され、顔相などの再現もどんどん変化している。
写真右上の港川人の顔相も、わずか十数年ほどの期間でこれだけ違った再現となっている。



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 ● バンビラプトル(上) デスモスチルス(下)

こちらは常設展の恐竜の化石より。
これまでは恐竜といえば蛇やトカゲなど爬虫類に近い仲間と思われがちだったけど、近年になりどうやら恐竜はトリに近い仲間とされるようになった。
バンビラプトルの再現像も手部の腕にはトリのような羽が生えていて面白い。

これまで余所の館でも幾度か目にしたデスモスチルスには、やはり海苔巻き状というか特徴的な円柱状の歯が確認できます。
デスモスチルスは極端に面長でありながら歯の数は減少しており、現在の哺乳類でルイジするものはまったく存在しなく、この標本はホロタイプに指定されている。



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 ● ジャイアントパンダの手骨(上)、クビワオオコウモリの手骨(左下)、チンパンジーの手骨(右下)

手骨だけ見比べてみても、ヒトとほかの動物ではいろいろ形も異なっていて面白い。



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 ● ヒトの手骨

ダ・ヴィンチの解剖図と並べてみました。
ヒトの手骨が握手しているのはオランウータンの手骨。



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 ● 展覧会の後は一杯飲み屋で

科博の後はそのまま知人の展覧会を観に銀座へ。
描かれている作品の人体をしげしげと、内部の骨格がどうなっているのかなぁと気になり見てしまう。
展覧会の後は新橋ガード下で軽く一杯。
出される焼き鳥の部位の役割などを想像し、科博展がしっかり後を引いているのだった。



久しぶりの科学博物館での人体展、とても面白かった。 (*^_^*) 




   
  1. 2018/06/21(木) 20:53:48|
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414 廃墟のディテール 2





図書館の新着にあった廃墟写真集。
今回は世界の廃墟を撮ったもの。
本書はhorror, cyber, mystery, regret, lonely, wonder と6種にカテゴリー分けした構成です。
前回同様、廃墟には不気味ながらも不思議な美しさがある。
そして、この写真集の副題にも「朽ちてもなお美しさを纏って蘇る廃墟たち」の言葉が。
いつものワンパターンで恐縮ですが、サイコロ状にシャッフルして並べてみますね。




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 ● その1

廃館(ベルギー)、病院(ヨーロッパ)、病院(ラトビア)、精神病院(アメリカ)



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 ● その2

ゴーストタウン(ナミビア)、城(イタリア)、城(イタリア)
廃屋(ポルトガル)、ゴーストタウン(ナミビア)、スタジアムドーム(ミシガン)
邸宅(ポルトガル)、刑務所(テネシー)、鉄道トンネル(オーストリア)



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 ● その3

少年院(フロリダ)、刑務所(テネシー)、官公庁(フランス)
城(ベルギー)、病院(ヨーロッパ)、精神病院(アメリカ)
刑務所(フィラデルフィア)、教会(ベルギー)、廃校(アメリカ)
ホテル(バーミンガム)、ホテル(ドイツ)、赤十字病院(イタリア)



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 ● その4

発電所(チェコ)、軍事施設(サンフランシスコ)、銀行(シカゴ)
精粉所(イタリア)、ゴーストタウン(アメリカ)、トラック墓場(カナダ)
難破船(オレゴン)、廃船(タイ)、サナトリウム(ドイツ)



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 ● その5

精神病院(イタリア)、工場(フランス)、廃屋(オーストリア)
館(ベルギー)、ハンセン病療養所、廃屋(イギリス)
工場(ギリシャ)、廃墟、ブルワリー(イギリス)
別荘(フランス)、コクピット(サンフランシスコ)、劇場(フランス)



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 ● その6

遊園地(ニューオリンズ)、遊園地(ニューオリンズ)、重機(ウクライナ)
軍用機墓場(サンフランシスコ)、レーダー基地(ベルリン)、難破船(ギリシャ)
車の墓場(ドイツ)、工場(ドイツ)、軍用機墓場(サンフランシスコ)


おまけは日本の廃墟2件(MY写真より)




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 ● 要塞跡    神奈川県横須賀市猿島



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 ● 変電所    東京都東大和市



廃墟のディテールは美しい  (^_^) 



  1. 2018/05/31(木) 18:59:11|
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413 トウキョウノミノイチ





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 ● 第13回 東京蚤の市      調布市 東京オーヴァル京王閣

久しぶりに京王閣の東京蚤の市へ行ってきました。
アンティークを求めて集う人・人・人、初日のお昼にしてまったくもって凄い人出です。
前回行ったのは一昨年前の秋の部でした、春の部は今回が初めて。
正午に知人と待ち合わせたのがいけなかったのか、会場はすでに芋洗い状態です。
お宝を探すというよりは、もう完全に人に呑まれた感じでのスタートです。



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 ● 会場はこんな感じ

エントランス、店舗ブース、鍛金のワークショップ、ステージライブ、ハンモック編みワークショップ、手まわしオルガン、沖縄のやきもの、マリメッコの古着販売

アンティーク、グッズ、古書、古着、フラワー、ランプマーケット、リュックサック・バザール、キッズアーケード、フード、東京おやつ通り、台湾小路、ワークショップ、東京北欧市、などのジャンルがみられる『東京蚤の市』は、店舗数が250ほどととてつもない規模で会場をうめつくしています。

近場で開催される定期的な骨董市とは異なり、どの店もとてもお洒落で商品のディスプレイを見るだけでも一見の価値があります。
普段馴染みの薄い西洋アンティークにも触れられるのが嬉しい。
3時間強ほどの滞在時間では、結局アンティーク部門の半分しか見れなく。
お宝を探すというよりは、ざっくりとお祭り気分を味わったという感じでしょうか。
入場料500円、モノを見るというよりはなんだか人を見に行った雰囲気ながら、センス溢れるお洒落さんが集合しており面白かった。

正午丁度に始まった、この日のライブの一回目が『海藻姉妹』。
民謡などをジャジーにアレンジしたオリジナル曲もふくめノリノリでパンチも効いており、見ているこちらも思わず楽しくなる素晴らしい演奏でした。
ジャガート織機のようなパンチカードを用いた手まわしオルガンは、アンティークではなくて現代のもの。
ぐるぐるハンドルを回すだけで温かみのあるオルガンの音色が心地よい。
ストリート大道芸といった感じでエントランスに入ってすぐのコーナーで来客を惹き付けていました。
トントン・トントンと鎚打つ響きが気になります。
見ると真鍮を鍛冶屋のように叩いて楽しむワークショップでした。
自ら作る手作りワークショップは、なんといっても根強い人気があるようです。



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 ● セルロイドの人形、金属皿、北欧の樹皮沓、缶もの、アコーディオン、帆布バック、革製蝿叩き、バスケット、民族人形、本、バスケット、ノベルティー人形

柄にもなく普段は目に留めないような可愛らしい小物に魅せられます。
カゴひとつ取っても、西洋のものと日本のものは異なりますんで、見ていてとても楽しいです。
アンティークだけでなく、現代のクラフトにもなかなか面白い品を発見。



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 ● 中津箒のワークショップ

箒の吉田くんがワークショップをやっているところに出会いました。
天然染料で染めた締め糸、竹や自然木の素朴な持柄などと彼流にアレンジされた箒が美しい。
近年吉田くんの箒の人気も確実に定着した感じです。
やっていたのが、その場で仕上げるミニ箒のワークショップ。
そういえば吉田くんもこのワークショップから入ったのだっけ。
札幌の彼のお店の名刺を貰ったから、いつか帰省の際にでも覗いてみよう。
どんなお店かとても楽しみです。




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 ● 腕時計の文字盤、豆腐籠、リンゴの皮剥き器、幻灯機、ブリキの塵取、キューピー人形、ハンドバック、ワインの栓抜き、逆さランプ、熊の縫いぐるみ、ピューター、イスラム陶器、搾乳缶、西洋の糸車部品、ブリキの洗濯板

この市には普段はあまり見かけない珍品が結構混じっています。
民具であったり、なにかの道具の部品であったりと、自分の写真にみる好みはやはりガラクタ風情のモノばかりです。

どれもが欲しく気になるようなものばかりですが、やはりそういったモノは値段もそれなりに張ります。
悲しい性か、こんな珍しいモノが集うイヴェントでも財布の紐はきっちりと締めたまんまです。



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 ● お気に入りは見つかったかな?

想い思いのお宝探し、小さな子供から大人まで正に一期一会の真剣勝負。

写真左下は、一緒に行った友人の本日のゲット品。
アルミ容器はミリタリーもののバター入れ。
中子は白いプラスチックケースで、蓋には赤のゴムパッキンと軍用らしく機能重視のしっかりした構造です。
35㎜フィルムのパトローネケースはネジ蓋式。
しっかりと締まるモスグリーンの蓋がアクセントとなっており、ピルケースなどの小物入れとして使えそうとの友人の弁。
友人が買ったこの2点も、しっかり手にして見てみた自分ですが、結局この日に求めたのが以下の3品です。



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 ● リキュールグラス     ガラス製   径46×高さ107ミリ

東京北欧市ブースにあった「Salut」にて。
こまものが多く価格的にも比較的良心的なお店です。
今回は珍しく柄物で、エッチングプリントで森に現れた牡鹿の図が三連続したミニグラス。
北欧モノなのかそうでないのかお国は知れず古いものでもなさそうですが、ガラスの味はなかなか良い感じです。600円。
強い蒸留酒をショットで飲むにもほど良い大きさです。
晩酌用に一回使えば元が取れる値段というのも嬉しい。



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 ● キリンビールの栓抜き   鉄製  38×長さ78×厚さ3ミリ  /  挽物木片   木製   径17×高さ43ミリ

「栓抜きはいくつも持っているでしょう」といいながら、200円コーナーの栓抜きの一群から掘り出したもの。
ほかの栓抜きはクロームメッキの新しい時代のものでしたが、この1点のみ古い時代のものが混じっていました。
折角ですので記念買い、うちの卓袱台に付いた栓抜き跡(右下枠内)と、照らし合わせる楽しみも。

白黒と揃うとどうしてもチェスの駒のように見えてしまうこの木片。
ロクロ整形で幾分古びたもの。
先の北欧小物の店「Salut」の、”1個50円”の木片 コーナーより発掘。
この無用の木片ながら。薬罐の蓋のつまみとしてすげ替えてみようかと思います。




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 ● 本日の買物 3品

今回のゲット品も、東京蚤の市ならではのお買い物といった感じがまるでしなくて、いつもの骨董市的な顔ぶれとなってしまいました。
こうやって並ぶとやはり地味線ばかりです。
まあ、らしいといえば自分らしい選択ですが。



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 ● 帰りは秋津で立ち飲み

京王閣を出て南部線の矢野口まで歩く、武蔵野線に乗り換えてさらに一駅分寄り道して新秋津下車。
JRと西武線との連絡として伸びる小路には、地理的にも飲み屋が多く並んでいる。
比較的近場ながらも、昼間からここ「野島」で立ち飲みするのも1年ぶり。
開店後1時間過ぎてしまい店内は既にお客でごった返している。
お洒落さんが集結していた蚤の市のセンス溢れる世界から、一気にセンスの欠けらもまるで感じさせない大衆パワーに溶け込む。
そんなギャップが楽しい。
注文をとる若いお姉さん達のヘンな日本語も微妙な味合いがあり、さらに安酒の酔いを誘う。
黒ホッピー、中味×2、レバー、カシラ、ナンコツ、蕪の漬もの、オニオンスライスと注文して一人頭1250円という安さが嬉しい。
元々は肉屋であったここのレバー串は、つとに大きなことで有名だけど、それにしてもどこまででかいんだ!
小一時間時間を潰しての千ベロ、さらに部屋に戻っての宅飲みが続く。
この間行った若狭で仕入れたヘシコは、蕪のスライスで濃い塩分をなじませしっかりと生春巻きに仕立ててある。
立ち飲みの肉にかわってサラダやおひたしと野菜盛りだくさんの肴も作っておいた。
店飲みとは異なりままごと的に蒐めた器に盛りつけ、手前味噌ながらも友人もアテに満足したことだろう。
帰り際秋津の惣菜屋で買ったうな肝(1串200円)も美味で、今日の蚤の市の話しで盛り上がる。
本日ゲットのグラスはポルト酒でもと思ったけど、気付くと白百合の古酒で飲んでしまう。
今日は缶ビールだったので栓抜きは使わず終いだったけど、次回の楽しみに取っておこう。



蚤の市での人酔いと晩酌の酔いとが微妙に絡み合った一日に大満足! (^^)/~~~  



  1. 2018/05/27(日) 19:33:10|
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