うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

105 桃から生まれて 人形





 早くも明日から三月です。
桃の節句に飾る雛人形はうちには無いけれど。
やはりどこか季節に彩りを添えるものが欲しいということで・・・・・・・
今回は、ぱっかりと二つに割れた桃から生まれた『桃太郎』人形です。




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 ● さがら人形 『桃太郎』 土製  幅70×45×高さ77ミリ。


 山形は米沢の相良人形は、上杉鷹山公時代(1761-1822)の藩財政立て直しに陶器製造(成島焼き)を奨励された時代の流れを汲む、みちのくの古人形です。
六代目時代の昭和18年に至り廃絶となっていましたが 、七代目相良隆により古法を守り着色模様に新工夫を加味し再興され現代に至っています。




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 ● 桃太郎の赤子の頭部には、どこかこけしを思わせる花飾りがみられます。


 自分の場合、おもちゃ自体は、そのむかし仕事で郷土玩具の整理をしていた関係で結構見るのは好きですが。自分で求めたことはありません。
この人形は、偶然寄った吉祥寺の民藝店、机の上にぽつんと一点売れ残っていたのに出逢い、「あっ、相良人形だ・・・・・・・」と懐かしくなり連れて帰りました。

もうほとんど記憶も曖昧ながらも、平成に入いった年、桜前線の撮影のかばん持ちをしたことがあり、郷土玩具好きの先生と一緒に尾花沢の相良隆氏の御家を訪れたことがありました 。




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 ● 元女子寮だった古い建物のなかで「おもちゃの整理」をしていました。

これは質屋で求めた1950年代の二眼レフ・リコーフレックスでテストに撮ったもの。
すべて相良人形です。いろいろ見ていると表情も豊かで実に楽しいものです。


沼田元氣氏などの流れのなかで「こけし」や「マトリョーシカ」などが近年結構話題に上がり流行っているのは知っておりましたが・・・・・・。
そういえば、相良人形が置いてあった吉祥寺の店では丁度「こけしの絵付け」会などをやっていました。

そして先日、図書館の新書コーナーに『ロシアのマトリョーシカ』なる本が入荷されておりました。




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 ● 上; 『ロシアのマトリョーシカ』 スヴェトーラーナ・ゴロジャーニナ著 スペースシャワーブックス 2013年刊
   下; マトリョーシカ「おばあさん」 13ピース 1978年 モスクワ州ザゴルスク市。

    *いずれも『ロシアのマトリョーシカ』より



『ロシアのマトリョーシカ』をながめてみると、日本の「こけし」同様に実にさまざまな「マトリョーシカ」を発見でき、改めてそのヴァリエーションの多さに舌を巻いてしまいます。
「なるほどねぇー」、何となく人気が出てこのようなブームが興ったのもわかる気分になります。





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 ● 上; 「労農赤軍ザゴルスク手工芸産業組合の彩色工場」  写真1930年代。
   下; 「玩具部門の価格表」 手工芸博物館  1910年代。

    *いずれも『ロシアのマトリョーシカ』より


「マトリョーシカ」といえば、そのイメージがひとつの母体の容器のなかから大中小とつぎつぎに瓜二つのかたちの人形が現れるロシアのオリジナルな玩具と一般には思われがちではありますが。
実は、日本のロクロ細工人形の影響を受けて誕生します。




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 ● 上; 「入れ子七福神」 日本。
   下; 「マトリョーシカの絵付け」 ロシア、1990年代。

    *いずれも『ロシアのマトリョーシカ』より




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 ● 上; 「こけし」 三種  日本。
   下; 「マトリョーシカ」 2010年 ニジニ・ノヴゴロド州セミョーノフ市。

    *いずれも『ロシアのマトリョーシカ』より


下のマトリョーシカは通称「マトリョこけし」と云われる、日本とロシアのコラボ作品でしょうか!? 体躯は「マトリョーシカ」型ながらも、やはり「こけし」独特のどことなく日本的なイメージが強いです。




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 ● 『ロシアのマトリョーシカ』には実に愛らしい「マトリョーシカ」で溢れかえっています。
    *いずれも『ロシアのマトリョーシカ』より

多分イームズだったと思うのですが・・・・・・、パペット映画で『マトリオスカ』という、そのままズバリ「マトリョーシカ」を使った作品がありましたが・・・・・・その時に用いられた「マトリョーシカ」は、この写真(下)の「マトリョーシカ」だったと思うのですが!? どなたかご存じありませんか。




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 ● 鎌倉で見つけた「こけし」と「マトリョーシカ」のお店。






 お雛さま、女子ではありませんが、桃の節句に「桃太郎」を飾って祝いましょう (~o~)







  1. 2014/02/28(金) 20:33:01|
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074 オキュパイド ジャパン 玩具







 ブリキやセルロイド製のむかしのおもちゃが勢揃いした、一枚のちらしを手に取りました。







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 ● どこかキッチュで愛らしい、ブリキやセルロイドの”おもちゃ”が勢揃い!



 「 時代が見えてくる! オキュパイド ジャパンのおもちゃたち 」、杉並区郷土資料館分館。
この館はまだ訪れたことがありませんが、地図をみるとJR荻窪駅近辺です。
たまには電車を使わず、「ちんたら青梅街道を自転車で行ってみよう」ということで行ってみました。


 ともかく荻窪までは、青梅街道をひたすらまっすぐ走ります。
余りに単調なコースで休み休み自転車を漕いでいくと、「関のかんかん地蔵」という身丈六尺の大地蔵が現れてきたり、「井草八幡宮」の境内には「頼朝公御手植の松」の碑や、「江戸東京の井荻ウド」のJA(農協)による説明があったりと、意外と新しい発見もあり、道中おもしろかったでした。







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 ● 近年できた「杉並区立郷土博物館分館」、 杉並区天沼公園の閑静な敷地にあります。


 この展覧会では、オキュパイド ジャパン(占領下日本)時代に輸出向けに、日本で製造されたおもちゃたちを主に展示していますが。ほかにも。
明治の開国以来、日本の輸出産業とともにおもちゃが発展を遂げていく様子。
子どもの遊び道具としてのみではなく、教育や啓蒙を目的とした、戦時下のおもちゃ。
敗戦後の占領下時代に「メイドイン オキュパイド ジャパン」と刻印を入れることを義務付けられた輸出向けのおもちゃ。
更には昭和40年代までのおもちゃへと・・・・・・、各時代のおもちゃを通じて、日本の社会の様子を併せて紹介しています。
同時に、少数ながら、時計や絵皿、カメラなど「メイドイン オキュパイド ジャパン」製品も展示されています。







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 ● 展覧会のリーフレットより。
左上; ブリキで出来た猫の太鼓叩き  明治期。
右上; 三輪自転車に乗るセルロイドのキューピー  大正期。
左下; ゼンマイ仕掛けで複雑な動きの玩具、「幸福時代」  昭和初期。
右下; 日米人気キャラクター勢揃い  占領下。




 これまで自分は、「郷土玩具」としての”おもちゃ”に触れる機会は幾分あったのですが。
この展覧会で、同じ時期を歩んできた、ブリキやセルロイドの”おもちゃ”が醸し出す独特な表情に改めて出逢いなかなか新鮮でした。


 いわゆる「郷土玩具」の”おもちゃ”は、主要な素材のほとんどが、土・木・紙といった自然素材で出来ています。
動きがあるものといっても、首振りや、竹バネや、単純な糸からくりなど用いた素朴なものがほとんどです。
鮮やかな色彩ながらも、土人形などの顔の表情は筆でもって簡潔に目鼻を、”ちょこん”とはしょって描いた表現のものが多いかと思います。
簡略に目鼻を描けるということは、量をこなさなくてはならない、熟練工による迷いのない的確な筆捌きと、同時に自然のなかで”モノ”をしっかりと認識して見極める、ふたつの要素があって、はじめて生まれる世界だと思います。
郷土玩具も、古いもののほうが”顔の表情が佳い”ものが多く感じられるのは、多分に”ただの写し”でない点と、当時は「筆の文化の時代」であったからだろうと思います。
のびやかいて、温もりがあり、しかもどこか垢抜けしない。そんな要素が、「郷土玩具」の”おもちゃ”がもつ独特の魅力ではないかと思います。


 いっぽう、ブリキやセルロイド製の”おもちゃ”は、素材的にも型を用いた細かな形態の加工や、彩色が自由におこなえ量産性に優れます。
可働性の面では、ゼンマイ仕掛けでクランクや歯車を多数用いることで、よりリアルで多彩な動きがもたらされるようになりました。
戦後は、新たにモーターやリモコン式も加わり、”おもちゃ”の世界も「弄ぶ(もてあそぶ)」ものから「遊び楽しむ」ものへと代わっていきました。

 セルロイドのおもちゃのピンクや黄色の異様に鮮やかな色彩。
 ぎょっとしたり、どこかとぼけた表情。
 ブリキのおもちゃが古くなった錆び味。
 ギーギー、ジゴジゴ・・・・・と、ぎくしゃくしながらも、ゆるやかな機械仕掛けの動き・・・・・・。

これらの”おもちゃ”にも、「郷土玩具」の”おもちゃ”とは別に、まだまだ手に取って遊んだり眺めたりして楽しむ独特の良さが見いだされます。
子どもは、特におもちゃを買い与えなくても、身近なもので遊び育っていくのかも知れませんが・・・・・・それでも、よい”おもちゃ”との出合いは、その子にとって、豊かに育っていく何かの基となるのかも知れません。







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 ● 上; 展覧会リーフレット。
   下; アポロ11号による人類初、月面着陸  昭和40年代。




 自分の幼少の頃は、土団子を作ったり棒端で遊ぶ、「弄ぶ(もてあそぶ)」遊びの世界が、まだまだ一般的な時代ではありました。
同時に、複雑に完成されたブリキのおもちゃの最盛期の時代でもあり、祖父に電池式の操作ボタンがついた『鉄人28号』を買ってもらい、とても嬉しかった記憶があります。
引火性の高い”セルロイド”自体は、日常的な筆箱、石鹸箱、裁縫箱、下敷などの製品が若干残っていましたが。
既に”おもちゃの世界”では”セルロイド”ものには縁がなく。「ソフビ人形」など、素材もビニールやプラスチックへ移行した後の時代でした。





 会場では、貴重な、「占領下の日本」の映像が2本上映されていました。
うち1本は、占領軍の放出空き缶を再利用してのブリキの玩具製作の映像(約4分)でした。








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 01 占領軍が出す空き缶が日本の復興に一役買っていました。
 02 空き缶などを使ったおもちゃ作りは戦後を代表する産業の一つとなりました。
 03 工場に集積され山積みとなった空き缶。
 04 まずは缶の底を切り抜きます。



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 05 押し切り型の裁断機で缶の側面を切り、板をとります。
 06 延伸機に通して、板を平らに加工します。
 07 ブリキ板を一枚一枚、抜き型プレスに充てます。
 08 型抜きされた自動車の側。



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 09 一同に並べて、スプレーガンで塗装します。
 10 細かな部品を付け足して、”車のおもちゃ”の完成です。
 11 このように日本で作られたおもちゃの多くは_。
 12 日本の子供たちの手にわたることなく海を渡っていきました。








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 ● うちの”ブリキのおもちゃ” (産地時代不詳)。
上; 水鉄砲  長さ75×57×15 ミリ。
下; 呼子   幅20×33×17 ミリ。


 そういえば、「メイドイン オキュパイド ジャパン」もの、うちにも”おもちゃ”じゃないけど”コップ”がありました。







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 ● ”Maid in Occupied Japan”の印があるガラスのコップ。 ”IGK”印  経52×高さ83 ミリ。










 
  1. 2013/09/21(土) 11:39:11|
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012 うちのクマさん 縫いぐるみ


 先日、イギリスのカリスマ料理人の映画『トースト』のVIDEOを観ました。60年代イギリスの室内の調度やファッション、台所周りの小物や道具・食器など目を惹くものが沢山映っていて、映画の内容よりも、むしろそちらに興味を惹かれました。主人公の幼少期のボクが、ベットで寝るときに可愛らしいクマの縫いぐるみを抱いているのも印象的でした。
 またクマといえば、その昔、デパートで開催していた『子ぐまのプーさん』の展示を彼女と観て。周りが女性客ばかりの中、男一人、余りに浮いてしまい「まいったなぁ・・・」と恥ずかしい思いをしたことがありました。いまになると案外、線描で美しく描かれたプーの絵本の挿絵が好きで、改めて原画をじっくり見なおしてみたい気分がします。

 幼少期の絵本の思い出は大人になった現在でも強く、クマというと森のお家で留守番するロシア童話の『森の熊さん』の世界。木の匙と鉢でご飯を食べているイメージが強いです。赤ずきんはドイツ、熊ものはロシアとステレオタイプに勝手に自分のなかで定着しています。 また近年視た日本の戦前期のアニメーションに『三匹の仔ぐまさん』というのがあり、ナレーション・イラスト共々お気に入りです。この手のアニメはまだまだレンタル店には置いてませんが、それでも昔のものも色々と視れる便利な時代になりました。幼少の頃に出会っていたらどんな印象を引きずっていたのかなぁ。

 基本的に自分も既にいい歳したオジサンなので、キュートで可愛らしいもの方面にはさほど興味がありませんが。度が過ぎない程度に自制しつつ、それも悪くないのかも?と、近頃ときどき思います・・・。 実は、人形ものというと部屋の中にも。亡くなった父を祀る祭壇の中に恥ずかしさを隠すためにクマもの3点をぶち込んでしまってあります。普段は扉を閉め切ったままで、ほとんど出番がありません。部屋に遊びに来た友達がたまたま勝手に扉<*祭壇といっても、普通の小戸棚なので>を開けて中を見られたことがあり非常に恥ずかしい思いをしました。せめて、日常的には顧みない亡き父が寂しがらないように守護用の御守り気分で三匹のクマを父の写真と一緒にしているのですが・・・。本日はからりと晴れ、外の空気を吸うべく、久しぶりにこの三匹に登場頂きました。 いいオジサンの悪趣味を笑ってやって下さい!


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 ● 誰かが作ったクマの紙人形
 これは朝鮮もののバラバラになった戸棚から出てきたもの何故こんなものが入っていたのかな? 裏にテープの後が付いています。串人形にして遊んだのかも?  紙製、高さ95ミリ


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 ● 貰いもののクマの縫いぐるみ
 縞々の昔のボタンがキュート。「ふふふ」と笑っています。  縮緬製、高さ 150ミリ


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 ● チェブラーシカの縫いぐるみ
 はじめてチェブラーシュカを知ったのは、雑誌クーネルの写真の中に写っていたもの。その時は「これは絶対クマだ・・・」と思っていたものですが大間違い。「チェブラーシカって何?」とロシアの留学生のヴェロニカに尋ねたところ、やはり『ばったりたおれ屋さん』との返事。初心を信じ、特別にクマの仲間入りとさせていただきました・・・。
ロシアのパペット・アニメの巨匠ロマン・カチャーノフのアニメはレンタル店にも置いてありますので見て下さいね!  
布製、高さ 100ミリ


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 ● うちの秘蔵っこ、三匹の仔ぐまさん。本日御開帳!




  1. 2013/05/18(土) 09:59:26|
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