うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

334 たば塩+




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 ● 先週に引きつづき、今回もたばこと塩の博物館へ行ってきました。(2017年3月18日)

今日は、展示に関連した講演会の日。
題目は、今回のコレクション展の丸山繁氏による『 絨緞にみる地域性と特徴 - 遊牧民絨緞と都市の絨緞 - 』


まずは都市の絨緞として、ペルシャ絨緞の5大産地(イスファハン、タブリーズ、カシャーン、ナイン、クム)について、それぞれ絨緞の特徴の説明がある。
シルクをもちいるクムの絨緞は、60~70年前の比較的新しいスタイル。
カシャーンの絨緞で使われるのは、マンチェスターキャシャーンとよばれる、英国のメリノール種の羊毛のコルクという胸毛をもちいる。
どこまでも終わりのない天空の世界、モスクの天井を意匠したナインの絨緞は、やはりペルシャ絨緞といえばこのデザインと、日本人には非常に好まれるが、欧米人には生理的に受け入れずまるで人気がない。
イスファハンの絨緞は、宮廷絨緞の流れを汲み、唐草の曲線性を活かした繊細で華麗なデザイン。
イスファハンレッド、セーラフィアンレッドとよばれる、余所ではまねできない独特な色合いで染められた深赤色が魅力となる。
ともかく日本人が思い浮かべるイランの絨緞は、ほぼ都市の絨緞で、おびただしい量の絨緞が日本に入ってくる。

ペルシャ絨緞の製作には立機を使用。
織り手は男性。
絨緞の織り進めに従い、座面も階段状にせり上がっていく構造の巨大なもの。
絨緞は単品で織ることはなく、失敗をしないようにペアを同時並行で織り上げる。
下絵には1ミリ単位の非常に繊細な図柄がデザインされ、使用されるのは1回きり。
こうして仕上げられる、一点ものの高級絨緞の下絵は、完成後に破棄されるが。
現代では古物として流れてアレンジされ、量産用の絨緞のデザインに流用されるケースもめずらしくない。
そうして作られた類似品の絨緞は、オリジナルの完璧さからかけ離れ、どこかちぐはぐとした別物のバランスの悪い製品となる。
下絵のデザイン、染め糸の調整、織りの細やかさ、そのいずれもが完璧なまでの職人芸の融合によって生みだされる、優美にして精緻を極めた美術工芸織物であるペルシャ絨緞。
絨緞のノットは結ぶというよりは、糸を絡めていく感じ。
一枚の絨緞の完成までに、どれほどの数の糸を刺すのだろうか。
その手数を想像すると、まさにカオス的な数値を連想させおそれいる。
クオリティーが、そのまま値段として直に反映しているのも頷けます。
織りの小道具は、刺し針、金櫛(糸詰め用)、鋏、ナイフで、いずれもが鋭く研がれている。


一方で、遊牧民族の絨緞は、女性によって織られる。
使われるのは地機(水平機)で、移動に際して組立る簡素な構造。
厳しい環境下、零細な農業を営んでいた人々や、家畜と共に遊牧生活を送っていた人たちが、自前の羊毛から独自の創作意匠や伝統文様を組み入れた、生活必需品としての自家用のもの。
下絵は用いず、個々の心に描き持つ思いを、一枚の布に自由奔放に織り込む。


写真(左下)は、黒羊の毛で平織物を織っているカシュガイ族の女性。
背後に見える黒テントは、濡れると目が詰まり雨漏りせず、乾燥すると通気性が増し100年は保つという。

ギャベ (毛足の長い絨緞、今回は展示されていない)は、もともとはカシュガイ族などの遊牧民の自前の織物であったが、現代では中国・インド・パキスターンなどで大量にコピーされ市場を拡散している。
(確かに、郷里の田舎町の量品店の絨緞コーナーにも、怪しげなギャベが普通に見られたりする。)
こうして生まれた様々な意匠がみられ、多様性を極めるようになったギャベながらも。
現在のミュージアム・アイテムとしては逆現象で、まったくもって素朴でいったいなんの文様が描かれているのか、これがほんとうに文様といえるのかどうかも判然としないようなものが、プロトタイプな希少品として蒐集の主軸に置かれているらしい。

かって見た『ギャベ』というイラン映画では、織り手がギャベにみる文様に、光、色、草花・・・・・・・・・と心象を綴るシーンがあり、文様にみる生活感に添った感性の豊かさと、遊牧という異文化の世界観に、とても共感したものだけれど。
物流のグローバル化が進んでいる現代では、デザインとしてすっかり形骸化してしまったいまある文様から、その本来が意味するところのものを、素直に汲み取ることはできないのかもしれない。


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 ● 絨緞にみる各種文様    「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

遊牧民の絨緞には、部族が異なっていても共通の文様がある。
それは、「部族文」とは違って生活風習に起因したものと考えられ、
祈りや願い、夢、希望を託す各種文様が織り込まれている。

左上; 絨緞 「南イラン カシュガイ・ルリ族」、
菱形部分の中央には、女性・地母神(幸福・豊穣・多産)。
それを取り囲む鉤状は、鳥頭(水の神)であり、さらに続く大きな鉤は羊の角(富の象徴)、ギュルの外側に狼の足跡・口・牙(防御)の文が散らされている。

左中; 絨緞 「南イラン カシュガイ族(ファース)」、生命の樹(豊穣祈願・成長・幸福)

左下; 絨緞 「南イラン カシュガイ族ハイアットダブデ」、孔雀(イラン神話・水の使者)。


遊牧の生活では、遊牧民の財産ともいえる羊との共生が中心となる。
テントから離れて眠る羊の、一番の脅威は狼であり、悪賢くも身ごもった牝羊を集団で襲うという。
そんな狼からの防御を意味し、遊牧民の絨緞のフィードル内には、尖った鏃のような狼の牙や、肉球のついた狼の足跡を象った幾何文様が散りばめられている。
また狼文様に囲まれた菱形の内には、羊の角文様(豊かさ)や地母神(多産・豊穣)などが配置されたデザインがある。
一枚の絨緞の意匠のなかに、遊牧民の生活空間が濃縮されている。



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 ● 菱形のかたちに籠められる様々な意匠。  「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

左上; 絨緞 南イラン カシュガイ族シェシボリューキ、
生命の樹(生長)、花紋(豊穣・幸福)

右上; 絨緞 南イラン カシュガイ族(ファース)、
生命の樹(生長)、鳥頭(水を神)、花(幸福・家内安全)

左下; キリム(平織物) 南イラン カシュガイ族(ファース)、
大きなメダリオンや、ボーダーの意匠も、すべて古代からの伝承文様で埋めつくされている。

右下; 絨緞 南イラン カシュガイ族(ファース)、
織物としての絨緞の最もオリジナルな原点といえる古い意匠。菱形文の周りの鍵形の錨文様は「鳥の頭」を意味する。その鳥は水を呼ぶ象徴であり、菱形内の無地色部分は水の源・水たまりを表す。乾燥砂漠地帯の厳しい風土、水と生命の尊さを物語る代表文様。


丸山氏がバイヤーとして、従来のオリジナルな価値にちなんだ遊牧民染織品の蒐集を開始しだした頃と、現在とでは、イラン政府による遊牧民族の定住化政策がすっかり定着してしまった。
遊牧民による遊牧という生活自体が極端に減少して、遊牧民族としての今後があやぶまれている。
同時に、町場と同じく現代的な生活へと、生活自体が遊牧から離れてしまったいま、実用品として生活の中で培われてきた、遊牧民独自の染織品も消滅の危機に瀕している。
今回のコレクション展で紹介しているような、オリジナルな古い染織製品は、既にイラン本国においてさえも入手困難な状況という。

ともかく地図を頼りに幾枚も使い果たし、オリジナルな遊牧民の染織を求め、これぞとポイントになる砂漠地帯の辺鄙な集落への車での移動は、運転手も思わず渋顔となるような、過酷以外の旅のなにものでもない。
丸山氏の、遊牧民の染織を巡る一環の行動に一切のぶれはなく、その根底には、常人には追従できない求道者としての強固な信念がうかがわれる。
ともかく丸山氏以外に、実際に自ら現地を訪ねた日本人はいないのかもしれない。
丸山氏は、実際に自分の足で遊牧民を訪ね、身銭を費やし、染めや繊維がどうのといった染色品の専門家以上に、遊牧民が生みだす染色品にみる造形に通じ、その世界観を理解している。
今回の講演会では、遊牧民の生活に充てた話しも多く、スライドに映されるそんな写真のなかに、かれらが織物に織り込む文様の世界への、ヒントになるようなものを感じさせられた。


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 ● 絨緞  西イラン  ルリ・バクティアリ族  1900年頃。   「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

三角形は遊牧民のテント。
その屋根には細長い蛇(多産・富)。
テントの裾から伸びる鉤形の腕は、羊を沢山持つ(力の象徴)。
菱形部分にはテントを守る動物などが描かれている。



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 ● 絨緞  南イラン  カシュガイ・ルリ族  1920年頃。   「西アジア遊牧民の染色」展カタログより。

よくみると、小さなひと形が3人描かれている。
これは織り手の家族である、ちいさな子ども達なのだろうか。
菱形部分の周囲を囲む鍵形の錨文は、鳥の頭(水を運ぶ使者)。
菱形部分の小さな点は、邪視除けの眼。


講演会では、参考資料として上等品とB級品の、ショールのような二枚の布が回された。
上等品の布は、地織り部分もしっかり紡錘された緻密な綾織りとなっており、軽くしなやかな手触りを感じるだけで、織りの製品としての完成度の高さが窺える。
一方のB級品の布は、使い込まれて色も褪せて、くたくたな状態ながら、実用とされた布としての親しみを覚える。
製品としての良し悪しは一目瞭然ながらも、自分としてはB級品がより魅力的に感じた。

本展カタログには、新たな鑑賞要素(アブラッシュ:色むら・グラデーション)として。天然染料の布は、含まれるその夾雑物により、長らく使われることにより、彩りが微妙に変化して、更に独特の艶感を醸し出す。
近年はそんな自然な色の経年変化を、ヴィンテージの要素として愛でる風潮もある。
<自分も、まずは展示されている絨緞の使用痕跡が一番に目に留まり、その珍しさに注視してしまった>

そんな講演会のはなしを頭の片隅に置いて、最後に展示会場にある作品を再観すると、一枚の染織品がまた別のものとして、ぐっと近しく見えてくる。
遊牧民絨緞は、宮廷文化の流れを汲む美術工芸品でもあるペルシャ絨緞とは、まったく別次元のもので。
実用の具としての親しみやさと、ペルシャ絨緞が見せる職人芸とは異なった、一枚一枚が織り手による一点もので様々な意匠がみられ、その独自性と共に、長らく使用されて伝えられてきたという物語性に満ち、手仕事の魅力にあふれている。

化学染料の伝搬により、安易で均一な着色効果は、優れた利便性と共に、またたくまに遊牧民の染色の世界にも浸透しだす。
現在では、昔ながらの自然染色が見直され、イラン各地に定住した元遊牧民の人たちによって再現される動きもあるという。
染織品として表層的なデザインでまったく同じ再現は可能ではあっても、やはり布として生みだされる、精神的な過程はまるで別物なのかもしれない。
自ら羊の毛を刈り、洗い、紡ぎ、身近にあった自然物を染料として活用し媒染して糸にしていた、織りと生活が同居していたあの頃には、もう二度ともどれない世界。

今回のコレクション展では、そんな遊牧民の生活が生みだした、自製の貴重な染色品が一堂に間近に観られる素晴らしい展覧会です。

最後に、講演会のなかでも触れられていた遊牧民の染色の変遷について、 「現代ではまるで見向きもされない、いまの物(化学染料染め)も、あと20年も経って遊牧の生活が完璧に世の中から消滅してしまったら、注視せざるをおえないアイテムになるかもしれない」 という丸山氏の話しが、今後の染色の世界のありかたを示唆しているようで印象的でした。



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 ● 錦糸町、清澄白河にて

さて、充実した内容の講演会も終わったところで。
墨東まで出てきたついでに、せっかくだから河岸を変え、お湿りタイムに移行することに。
知人と門前仲町で待ち合わせ。
錦糸町までちんたらと歩き、地下鉄は東京メトロから都営線に乗り換えることなく清澄白河で下りて、門前仲町へ向かってみた。
知らない町を無目的に歩くのは面白い。
小名木川など、名前だけは知っていた川に偶然出くわす。
こうしてみると、東京のこの辺りは完全に川の町なのだなぁ。
周囲に対してそこだけ取り残され、まるで時間が止まったままの、昭和のおボロい建物についつい目がいってしまう。
家の前の極小スペースに、めいいっぱい並べられた小さな鉢植えが、生活感まるだしでなんとも愛らしい。


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 ● 「魚三酒場」 不動前店     門前仲町 <営業は4時から10時まで>

場所は、深川不動堂を大通りに挟んだ真向い。
5時半に待ち合わせるも、店前には既に長蛇の列が連っている。
大人気の大衆酒場、結局小一時間待つことになりました。
カウンター担当の名物おばちゃんは、こまねずみのごとくせわしなく動き回り、一人で七面八臂の活躍ぶり。
周囲から一勢に飛び交う酔客の注文に(まるで逆回転寿司状態でカウンター内を周り)、返事なしで無愛想ながらも的確に処理していくその様は、まさしくカウンターの華、大衆酒場の鑑といえる給仕のプロ。
料理を頼んだ客が、どこか注文の仕方がまずかったのか!? おばちゃんに叱られ謝っている場面も度々みらる。
そんなおばちゃんと目がかち合うと、おもわず緊張してしまう。
食べたい肴は数あるけれど、おばちゃん相手にできるだけスムーズに、周囲を見てその間合いを計りながら、そつなく注文するのが結構むずかしい。
この日は土曜とあってか、誘い合わせてやって来た二人連れ客が多く、自分とおなじような一見さんだと、店での決まりごとも知らず、なにかととんちんかんな要求をしてヘマをする。
特にアベックがみせる、いちゃついた知ったかぶりにはご用心。

客; (酒をうかつにこぼし)「すみませ~ん、おしぼり!」

おばちゃん; 「うちにはありません! おしぼりを出すような高級な店ではないからね。必要なら余所の店へ行ってね・・・・・・・・・・。」
(と客に対して軽口のジャブを返しながらも、台拭きでもってささっと手が動き出す働き者。)


おばちゃんの写真にみえる、おばちゃんからみれば孫の世代のような若者が(幾度か飲みに通ったのか、親しみを込めて)「お姉さん」と注文の度に呼びかけていたけれど、
彼の世代での呼びかけでは、素直に問えばせいぜい「お母さん」でよいでしょう。
相手をおもんばかる敬称の遣いかたは微妙なもんで、若年者が目上の人を呼びかける、ちょっとした言葉遣いの場違いな場面も。
生娘の頃は、ひょっとしたら「○○小町」と異名を得たこともあったかもしれない”おばちゃん”ながら?
目の前にするおばちゃんは「おばちゃん」のまんまの呼称で十分で、ぴったりに感じる。
まずは人生の経験者であるおばちゃんに、一献としてコップの酒を飲み干す。
こうしておばちゃんの背を拝みながら、幾人かは、この店(不動前店)の不動な酔客として鍛えあげられていくのだろうか。
「いつまでも健勝に、カウンターを見守りつづけてやって下さい。」と、なぜか勝手にエールをおくってしまった。


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 ● コップ酒(神亀 190円)、シラウオ(260円)、鰊の刺身(380円)、貝ひも(340円)、生白子(430)。

品書きの多くは、500円でおつりがくるという設定となっている。
魚類はとくに種類も多く、刺身・焼き・揚げ物・煮物など調理のバリェーションも完璧でとても充実している。
早くも品切れとなった品書きも結構あり。
廉価ながらも、鮮度・量・味ともども満足で、大衆酒場のクオリティーにすっかり敬服させられる。
これだけ客が並ぶのも当然と頷けるのだった。
イカ下足揚げ・・・・・・、最後に熱々のアラ汁(100円)で終めてみる。
瓶ビール(アサヒ・スーパードライ大瓶 520円)×2、酒×6。
と、二人飲みして、一人頭2,000円強といった勘定。
隣り合わせたカップルからは、鰻肝の串を一本お裾分けいただきました。(ありがとう!)
ふれあいあふれる大衆酒場の醍醐味を味わいつつ、魚を肴に、ついついコップ酒が進すんでしまう至福のひとときです。


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 ● 豊富なメニュー、混み合う店内。

飲み助ごころを魅了する、驚くばかりの品書きの豊富さ。
伝票には、入店時刻と人数が記されている。
一階には、カウンターが二連並び。
平日ならぬ土曜日のこの時間帯(6時半)にして、既に立錐の余地がないほどの賑わいをみせる店内。
大衆酒場の活気あふれる雰囲気も抜群で、ついつい心地よく二時間余りとすっかり長居してしまった。
(小一時間でさらりと飲酒を済ますのが、ここでの流儀のようです。)



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 ● 裏路地にはさらにディープな飲屋街が展開している。  門前仲町。

小さな店がひしめきあった裏路地は、一度足を踏み込むと二度とこちら側の世界に戻れないような怪しげな雰囲気がある。
次回はこのあたりの未知なる世界を、是非開拓したいものです。




荒涼なる環境で質朴にくらす遊牧民に憧れながらも、最後はやはり世俗にまみれ放浪し、大衆酒場の浴酒で終えるという、だめだめなボヘミアンとなりました。 (^^;)  







 
  1. 2017/03/20(月) 16:32:13|
  2. ぬの
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333 イラン袋もん





前回のブログに引きつづき、今回も布ものです。

イランへ行ったのは一度きり、大手旅行会社主催の、イスファハーンやペルセポリスなどの遺跡を巡るツアーに参加しての、強行の一週間。
そのときに求めたのが、この絨緞本。
今回ひさしぶりに開いてみます。


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 ● ” Masterpieces of Fars Rugs ” Cyrus Parhaam 1996 Soroush Press Tehran.

遊牧民の製作する織物、パイルラグ(絨緞)、ギャベ、ギリム(キリム)が豊富な写真で紹介されています。
ペルシャ語と英語による2カ国語表記。
頁の割付が、左にペルシャ語(アラビア文字とおなじく右から左に向かって書くため)右に英語といった流れ。
しかも本の開きが英字とは逆(和本と同じ開き)のため、よくみると本の頁番号や見開きの章扉、奥付部分などがくい違っています。


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 ● 遊牧民部族分布図や、染織品の起源となる文様の解説。

分布図は、イラン南部のザグロス山脈周辺のエリア、シラーズを中心とした地域。
Qashqa'i, Arab nomad, Basseri, Bahaarlu, Ainaalu, nafar, Lors などの部族名が記されています。

文様解説では、土器の文様との関連性、イスラムの祈祷用の聖窟ミヒラーブや、「生命の樹」などが意匠化して、織物の文様として取り込まれていく流れがよく解り、大変興味深いです。


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 ● 素朴なものから華やかなものまで、様々な文様がみられる。     本書図版より。


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 ● ペルシャ絨緞博物館     テヘラン。

こちらはツアーで行った、テヘランの絨緞博物館。
博物館入り口には、イスラムの指導者であるホメイニの写真額が設置されています。
古いものから、パーレヴィー国王によって蒐められた贅を凝らした新しいものまで、豪華さの極み溢れる華やかなペルシャ絨緞の数々。
巨大なサイズの絨緞は、まさに富と権力の象徴。
一枚仕上げるまで、いったいどれだけの職人の手間と歳月が費やされたのだろうか、想うだけで気が遠くなります。
ペルシャ絨緞用の高機、製作道具、絨緞用下糸の染め工程なども紹介されています。


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 ● 絨緞店にて。    シラーズ。

ツアーで立ち寄った絨緞店。
絨緞織りのデモストレーションと、専門職人による、古い絨緞の修復をやっていました。
職人が、糸入れに使っていたのが、遊牧民のものと思われる独特な文様があしらわれた袋もの(写真両脇)。
豪華な絨緞よりも、どうもそちらが気になって写真を撮らせてもらいました。


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 ● 旅でもとめた袋ものなど。

ツアー旅行内での希少な自由時間。
スーク(バザール)や、町のしょぼけた雑貨店などを駆け足で巡ってみる。
一斗缶を潰して作られた、ド派手なトランクを見つけ、それに無造作に詰め込んで(右中)持ち帰った。


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 ● イランの袋ものなど。

実用品の類から、見るからに断片を仕立て合わせた土産用のものまでランダムに。

旅行に際しての、自分への旅土産は、紙・塩・茶の三柱と課していたこの頃。
この旅でも、岩塩はないかと市場を探してみたけど、うまく見つけられなかった。
結局見られたものが、ターコイズ・ブルーの陶片に大きな塩の結晶がついた魔除けのみでした(右下)。

スークのなかの、整然と並んだ店舗とは裏腹に、スークの裏手は、ごちゃまぜ的な露店がひしめいた世界です。
偶然見かけた鋳掛け屋では、ところ狭しと雑品の山で溢れており、目に付いたアーフ・ターベ(写真中上)と呼ばれる水注を、店の主人に交渉して譲ってもらいました。
この水注は、アッバース・キアロスタミ監督のイラン映画、「オリーブの林をぬけて」でも、田舎の民家を撮った映像のなかでちょこんと登場します。
実は下用で、厠での手洗いに用いるもの。
よくしたもので、軽く傾けるだけで、水が勢いよく飛び出し、お尻を見事に清めます。
いまや、ウォシュレット式にホースにシャワーがついたものが定番ですが。
このアーフ・ターベのかたちをそのまま型取った、プラスチック製の水注も結構見かけました。
素材や技術がいくら現代的に改善されても、昔からある道具を、依然としてかたちのなかで踏襲していく現象は、やはり見ていて面白く興味をそそられます。

町の土産物屋で買った袋もの。
織物の断片を無理矢理、袋に仕立てたようなものもありますが、塩袋(右上、右中)も二つあります。
塩袋の一つは、いかにも少数民族風な文様、そしてもう一方は、明らかに現代の化学染料の染め糸で織られた派手な色合いながらも、結構くたびれていたので実用とされたものと思います。

ツアー旅行の短い自由時間内で、戦利品をゲットして嬉々としたまではよかったのですが。
最後にやって来たのが、思わぬどんでん返し。

出国の際に、例のド派手な一斗缶トランクが、税関の係官に見咎められるという落ちがつきました。
(だって「絨緞を買われた方以外は、一切申請は不要ですから、荷物を置いてそのまま進んで下さい」って添乗員が言うんだもの。)
パッケージツアーのスーツケースの荷物の中、一斗缶製のトランクでは余りに悪目立ちします。

そんな中から現れたのが「厠で使う水注」とあっては、国辱以外のなにものでもなく。
「これと、これ」、しまいにはツアー客全員を前にしての見せしめで、「総て没収」という嫌がらせを受けました。
結局どうあがいても、つむじを曲げてしまった係員の前では埒があかず。
出国間際の忙しい時間の最中、独り別室に送られ取り調べを受けました。

黒いチャドルを被った女性審査官に没収されたのが、水注と袋ものが4点(左上、左中、中央、右上)。
その理由は「アンティーク」という一点張りでした。
自分としては、初めてのパッケージツアー・デビューに際し誓った「集団行動の規律を見出さない」という条項が、旅の最後にして反古にされ、没収品を前に泣き別れするはめになりました。
* <件の没収品は、異例ながらも、同ツアーの旅行会社の好意の交渉によって、二ヶ月後に無事に奪還されました。>

そんないわくつきなものながら、いまとなっては逆に物語性を与えてくれる懐かしい品々です。


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 ● 座布団に仕立て直した2点。

こうして持ち帰った厠の水注や塩袋は、さすがに実用として使うこともないままですが。
袋もののうち、2点はクッションに仕立直して、毎日お尻に敷いています。
長らく使用しているので、縫い取り刺繍の糸の擦り切れや、変色が随分と目立ってきて、すっかり経年変化した貫禄ある布となりました。
一枚の布裂が、極東の片隅でこのような末路を迎えることになるなんて、西アジアの遊牧民も、けっして想像しなかったに違いありません。

染色コレクションにあるような、100年以上も時を経たような貴重な織物は、いかに大切に受け継がれてきたか、うかがい知れます。
この数十年ですっかり減少してしまったという、西アジアの遊牧民。
織物に籠められた民族独自の文様の世界も、生活環境がすっかり変わってしまった現代。
その手技は、どのように次世代へ継承されていくのでしょうか。


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 ● 塩袋  645×480ミリ(左)、 小袋   350×300ミリ(右)

シラーズの町の土産物屋で求めた2点。
シラーズ近郊は、カシュガイ族が優勢な地域ですが、文様から察するに、これはどうやらイラン東部エリアの、バルーチ族のものに似ているようです。
塩袋の側面は、土産物として売るためかか、ミシンによる即席的な直しがあります。
ともに背面は文様なしの簡素な織りで。
身体に接する側の文様を略すのは、実用を考慮した仕上げなのか、ただ単に手間を省いただけなのか、気になります。
実際にこれらの袋の中を覗いてみると、緻密に織られた文様の裏糸が、内部ではかなりがさがさと、出っ張っています。
裏地を付けずに、これでは袋として使うには、あまりにも引っかかりが多く不都合があるようにも感じますが。
そもそも、こういった細かな点を、まるで気にとめないのが遊牧の民の性向なのかは、判然としません。

今回のたばこと塩の博物館の展示で観ていて、どこか気になったのが、塩袋など遊牧民の袋ものに付く房飾りです。
絨緞の裾につくフリンジのように、機織りの糸のほどけを止める製作上の処理加工というわけでもなく、あえて後付けしています。
それらの房は、単なる装飾的なものなのか、それとも虫除けや、落とした時のクッション的な役目も兼ねる実用としての機能なのか。
あるいは魔除けなどの意味合いも含むのか、その点が気になります。


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 ● 袋の文様部分の拡大図。

遊牧の民ではない自分たちが見て伺い知れる点は、たかが知れていますが。
文様に籠められた、その意味するところは正確に把握できないながらも、たとえ民族が異っても、文様が生みだす力強さは十分にこころに伝わり堪能できます。
一経ごとにかたちを増し、緻密に織り上がった精巧な幾何文ながらも、よくみると力尽きてかたちに乱れが生じた箇所もみられます。
やはり手仕事は、人それぞれ。
織り手の、その場の素直な心情が伝わってくるようで、そんなささいな点も含め、手仕事が生みだす製品を愉しでいます。



イランの旅から○○年、じっくり織物めぐりをしてみたいものです。  (^^) 



  1. 2017/03/14(火) 15:55:29|
  2. ぬの
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332 たば塩





「たば塩」 なんとも妙な略称ですが・・・・・・・・・・博物館側のリーフなどにも度々使用されています。


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 ● たばこと塩の博物館     東京都墨田区横川。

渋谷の公園通りにあったときはよく観にいきましたが、現在の東京スカイツリーのお膝元にリニューアル後は、今回が初来館です。

墨田倉庫、JT生産技術センターに隣した、この場所はもともとは専売公社の建物があった場所。
スウェーデンのたばこ屋が、看板として使用していた、入口のシンボルモニュメントは、渋谷時代からのもの。

ゆったりとした、新しいモダンな空間で現在開催中の特別展は 、『 丸山コレクション 西アジアの遊牧民の染色 - 塩袋と旅するじゅうたん - 』
絨緞ものの展示は、これまで他館でも幾度か観たことがあるけれど、今回は塩袋に魅せられて見に来ました。


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 ● 常設展示室「たばこの歴史と文化」 コーナー。

会場も広く明るくなって、細かな展示物も随分見やすくなりました。
江戸時代の刻みたばこの見世、昭和の街角のたばこ屋など、渋谷時代からつづくお馴染みのブースもありました。


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 ● 常設展示室「塩の世界」 コーナー。

目を惹いたのが、岩塩彫刻「聖キンガ像」(左上)。大きな塩の結晶を手にしています。

この日は運よく映画会の日で、 『ひとにぎりの塩』石井かほり監督 2011年 を鑑賞。
現在日本で随一おこなわれている、能登の珠洲の揚げ浜式製塩のドキュメンタリーでした。
この会場にも同じ再現ブースがあり、映画で事前知識を増し、俄然興味深く拝見しました。
大盥に海水を汲み、撒き手がその盥のなかに入って、周囲の砂場に均一に海水を撒き散らします。
そのとき用いる小桶が、ちょうど魚捕りの筌のように、極端に尻すぼみのかたちで。
桶の底を掌に当て、口縁部を持って、遠くへ近くへと自在に海水を飛ばすのに、とても理に適ったかたちをしていました。
また、塩を含んだ砂を集める木槽は、側面が取り外しできる解体式で。
下部のコンクリートの枠に側板を嵌め込んで、側板上部の出っ張りに縄掛けして、簡易に締めて固定するという優れものでした。
濃縮された海水から、塩の結晶を得るための「塩炊き」の加減が、塩づくりの要であり、しっかりとした旨味のある塩を得るのは至難の技だとか。
80分ほどと、かなり長めの映像でしたが、よくまとめられたドキュメントです。
映像からは、やはり博物館の演示物だけでは知り得ない細かな点がみえてきます。
映像のもつ情報量の力を、改めて感じさせられた瞬間でした。


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 ● ミュージアム・ショップでは、特別展にちなんだ遊牧民染色グッズのコーナーが目を惹きます。


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 ● 「西アジアの遊牧民の染色」展 カタログ。


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 ● 遊牧民の分布地図と、染色品にみる文様パターンなど。

カタログには、丸山コレクションの丸山 繁氏による総説「西アジア遊牧民の絨緞」があり。
主にペルシャ(イラン)を中心に、周辺の遊牧民の部族(カシュガイ、シャーサバン、バルーチ、バクティアリ、アフシャール、クルド、ルリ、トルクメンなど)の染色品が紹介されています。
鳥、狼、ラクダ、孔雀、花、果実、生命の木、星、さまざまな幾何文・・・・・・・・・。
遊牧民が生活の中で培った、それぞれの文様が意味するものを識ると、一枚の織物を通じてさらなる世界観が拡がります。
日々の生活での使用跡、経年変化を得て残された染織品は、時の流れを感じさせ、その美しさに魅了されるばかりです。


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 ● 「染織品としての塩袋」

「塩袋から広がる世界」、本館学芸員による解説も面白いです。
塩袋より、役割としての感心と、染色としての感心の二面性を見出し。
館蔵品の塩袋を、遊牧民の実用品としての”使用目的のもの”(左)と、遊牧民が使うというよりは工芸性を重視した”販売目的のもの”(右)に、分類しています。


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 ● 「さらなる塩袋との出会い」

また学芸員自身(塩担当)が、仕事の出先のポーランドの絨緞屋で偶然出会い、手に入れたという塩袋(写真のもの)より。
この塩袋より(館蔵品とは異なりなにせ私物ということで、職業倫理の枠から解き放され)、当人が自由気ままにいじって、染織品としての塩袋を考察しています。
コレクターの眼とは異なり、染色専門ではなくても、学者の世界観で一途に充てたマニアックさが妙に冴え、嬉々としたその状況がなんとも微笑ましい。
あそびながら何気なく接するような、そんなふとした瞬間に、新たにモノはみえてくるのだろうか。


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 ● カタログより一部をクローズ・アップ。

自分は、展覧会での展示物を好き勝手にみた場合、どうしてもモノのかたちにまどわされ、ビジュアル的にというか、感性で安易にみてしまう傾向にある。
観ること、触れること、使うこと・・・・・・・・・・といった互いの反復を繰り返し、さらなる”識ること”に辿り着きたいものです。

本展で展示された遊牧民の絨緞や袋類は、ただながめるだけでは飽きたらず、まず最初に触れてみたくなるような、どれもが素晴らしいものばかりでした。

会期は4月9日(日)まで。
3月18日(土)、25(土)は、午後2時から講演会があります。



「たば塩」おすすめです!!   (^o^)  





 
  1. 2017/03/14(火) 14:41:18|
  2. ぬの
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192 デスク・イメージ










レンタル新作コーナーにあったDVD、パトリス・ルコント『暮れ逢い』。
久しぶりのルコント作品と前世紀初頭の風俗のグラビアに惹かれジャケ借りしてみました。

映画自体は自分としては想ったほどポイントは高くなかったけど、風俗や時代背景の室内調度などはやはり面白かった。

なかでも、館の書斎や子ども部屋などに使われていた壁紙の色味やデザインなどに魅かれました。



自分の部屋の机前の白の殺風景な壁。
映画の壁紙に触発されて、なんちゃって作業ながらイメチェンしてみることにしました。









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 ● 作業前、まずは工具を引き出してきて、腹ごなし。



机の上の白い壁に貼るのに向いた壁紙を特に用意していませんので、今回は簡易にあり合わせの布を鋲止めしてみることに。


カバーするのは6畳間短面、机の上より鴨居の下、柱で2分された1間と半間の空間です。

手頃な大きさの布地はあったかなぁ?

選んでみたのは、むかしバンコクの布地問屋で求めた女性用の腰巻き布2枚。
イサーン(東北地方)あたりの農家のおばさんがはいているようなデザインのもの。
1枚は半分に切ってしまってますが、色味も模様も違うけど程よくカバーできる大きさのはず。







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 ● 絣布   絹製   タイ東北地方







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 ● 絣布   絹製   タイ東北地方


いずれの布も、タイは東北地方の手紡ぎ布。

1枚の布のなかに紬特有の糸だまや、絣の織り具合による合わせずれなどが自然に存在し、どこか手仕事のおおらかさを感じさせられる布です。

色味は黄色を基調の2色染め。

コンケーン周辺を旅行した知人のお土産で、黄金色の蚕の繭を頂いたことがありましたから、
この布もそんな黄金に輝く繭を紡いで染め分けられているのかも知れません。







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 ● デスク・イメージを決めるべく布を張ってみる。


布を仮り張りしてみたら若干足りず・・・・・・・。


柱や桟との境界線、布の幅が足らず机脇に無駄に空いてしまった白い部分(白抜き矢印の箇所)に目が行き気になります。


そこで地味目な色の布を充て、木彫の桟飾りを付けてみることにしました。







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 ● 桟飾り     木彫り    タイ。


こちらの桟飾りもタイ製です。

当時は水上バスで運河を移動していると、タイをおもわせる昔ながらの総木製の民家が若干残っていて。
そんな民家の軒先に、このような木彫りの桟飾りが幾分見られ、半ば風化した寂れ具合がとても美しかったでした。


丘の上をぐるぐる登り参詣するバンコクの寺院プーカオトン。
寺院周辺の運河沿いには、トントンカンカンと槌の音高く作業する家具工場が数軒並び。
そんな小さな工場の一軒で求めたもの。

ラワン?の粗い材を、上身裸姿のおっちゃん達が汗をながし、鑿でもって1枚1枚ガンガン彫って仕上げた粗雑なつくりです。

送る途中で何枚も破損していましたが、残った木彫りを永らく押入にしまい込んでいたものを今回あらたに発掘、無事陽の目をみることになりました。







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 ● ツー・トーン・カラーでどこかちぐはぐながら、どうにか問題箇所も簡易修正されたデスク・イメージとなりました。


  自己評価 → 70点。

布地の絣模様がけっこうごちゃごちゃうるさいです。
しかしながら本立や小抽斗のシルエットが迷彩効果で逆に溶けこみました。

映画の高貴な壁紙空間に倣うつもりでしたが・・・・・・・。
仕上がったのがすっかり別もの、簡素な和空間より暑苦しいアジアンチックな空間となりました。
まあ、このところ続く夏日ゆえ暑さにかまけて良かれと致しましょう!



  反省点

布を仮り張りしたまではよかったものの無精してしまいそのまま壁に向かいアイロン掛けをするはめに・・・・・・・。
アイロンは水平に体重を圧して用いるもの。

ごつく重いアイロンを亜鈴のごとく垂直に押し当てての上下運動。
狭い室内で不自然ながらもよい運動となりましたが、余所からみるとかなりの間抜け者だった点。

道具は正しく使いましょう!








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 ● デスク・イメージ  了






取って付けたようなブログに取って付けたような作業失礼しました。 (^_^)v









  1. 2015/05/15(金) 13:55:05|
  2. ぬの
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164 型紙の美








先日の文化の日、「型紙の美」展を練馬区立石神井公園ふるさと文化館で観てきました。

武蔵大学所蔵の、幕末から明治期に京都府宮津市に栄えた紺屋・朝田家型紙コレクションの展示です。
会場には、小紋型などの型紙をはじめ、型紙製作具、幕末から明治の服飾関係資料など100点余りの展示です。






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 ● 「型紙の美」展   練馬区立石神井公園ふるさと文化館


普段仕立てられた布地の文様に何気なく型染のものは目にしてはいるものの。
改めて、柿渋を塗った和紙に精緻に彫られた斬新な模様の数々を一同にすると、職人の超人的な手技とともに日本の服飾文化の粋を惚れ惚れと感じさせられます。


江戸小紋に鮫小紋などの非常に細かな文様があることは知識としては知っていおりましたが。
今回の展示を観て、特に一見したところちらちらしてはっきりせず、近くでじっくり見つめないと見えてこないような非常に微細な文様が散りばめられた小紋型など、非常に高度なものをさりげなく見せるところの美意識。
その細かな文様のひとつひとつを刀でもって正確に掘り進めていく気の遠くなるような手技にはただただ驚かされるばかりです。
そしてその型紙を得て生まれてくる美しい布地の数々。
機械による量産プリントが可能な現代にあっても、伝統的な技術を維持しながら連綿と伝えられている手技の凄さは正に一見に値しますね。






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 ● 微細な小紋型紙の数々。臼に杵、握り鋏に指貫、鮫小紋青海波、大小通し小紋。


驚くなかれ、これらの型紙の文様も実寸ではいずれもこの写真のサイズよりは小さいものばかりです。






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 ● 流水に蝶・菊、すずしろ(大根)、雪輪に梅・紅葉、木賊縞に蝙蝠・月。


四季折々の風物など巧みに組み合わせた和文様、こころにくい美しさです。






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 ● 練馬区の伝統工芸品にも指定されている「東京染小紋」


解説には「小紋の発生は室町時代にさかのぼります。江戸時代、全国から集まる大名の裃の染めを行うようになり産地形成されました・・・・・・・」とあります。
ヘラで一枚一枚糊置きしていくのですね。






紙モノが好きで、何かの折りに使えるのではと型紙を求めたことがありました。
しばらくそのままだった型紙ですが、家では昔の座型ライティングビュローの欠けた机板の代用に自製した慳貪蓋の装飾用に貼っています。






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 ● 戸板に貼られ二次利用されたうちの「菊文」型紙。





和ものの布モノはほとんど持っておりませんが。
そういえば大柄ながらも藍染めの布裂がありました。





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 ● こちらは型染の「亀菊文夜具地裂」 木綿に藍型染め。


亀の甲羅にも刀で彫られた細かな亀甲文が見られます。








久しぶりに今度は市で小紋布など探してみようかなぁ!  (*^_^*)








  1. 2014/11/04(火) 12:48:01|
  2. ぬの
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