うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

359 錆びた人生






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 ● 紫陽花の綺麗な梅雨時となりました。

毎回ワンパターンながら、今日は第三日曜日ということで、お決まりの高幡不動尊の市へ行ってみる。



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 ● なんとなく折に触れて撮っておく。

ノベルティーものやキャラクターグッズには特に興味はないけれど<本音(^_^)>、写真に組み合わせると意外に画になる。
今日の不動尊は紫陽花祭りで人出は多いものの、骨董市の出店のほうはいつもより閑散としていた。



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 ● アジアものの店で。

アジアものはよく見かけるけれど、この店は置いてあるものは若干毛色が違い、見慣れないものが結構ある。
普段は大和の市に出ているという、浜松からの業者さんだった。



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 ● もろもろのアジアもので溢れている。アクセ類では、特に銀化したトンボ玉飾りが綺麗だった。

「まさか人骨?」首飾りに使われていた骨が気になった。
チベットものだと時にありうるけれど・・・・・・・・・・。
首飾りにはジュズダマ(植物名)のビーズも使われているから、それもありえない。
質うと、「ナガ族」のものでどうやら牛の骨らしい。
「ナガってインドの?」
「そうそう、よく知っているねぇ~」
「いえいえ、ただ地図で場所を知っているだけでして・・・・・・・」 、当然ながらナガランドのような秘境にはまるで縁がない。
グローバル化した現代では、ナガ族の若者も当たり前のごとくスマホを持っていて、世界の情報に触れている。
ナガランドも、かってのように秘境のイメージがなくなりつつあるという。

このおっちゃんは、もともとは旅人上がりの人らしく、気楽な与太話しからはじまって、旅話し、仕入れ話し、民族話しと発展してしまい、気付くと心地よく30分余りも話し込んでしまった。 <これでは すっかり冷やかし客だ>
「ナガの写真もあるけど、見る?」 ということで、更にアルバムを見せてもらう。
いったい何時までいるんだ、自分。



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 ● 「ナガ族」   店主撮影の写真より。

凄いなぁ、この人たち!!
情報量満載! いやはや、とても面白い写真で大満足 (^o^)。 
こんなに楽しませて貰ったのに「勉強になりました」の言葉のみを残し、何も買わずに店を去る。 <かたじけない>

今日は思わぬ骨董市巡りとなりましたが、なんだかとてもラッキーな気分だ。
有り難う、おっちゃん!


本日購入は以下のガラクタ3品です。



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 ● クローバー温度計    幅42×13×高さ255ミリ。   200円

この夏は、部屋でこの温度計の赤印を見ながら、きっと余りの数値の凄さに呆れることとなるのだろうな。
デジタル温度計もよいけれど、自然に温度変化の寒暖を楽しむにはこのようなアナログチックなものを愛でてみたい。



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 ● 錆びた箱       66×80×高さ55ミリ。    300→200円

銀付けの具合がいかにも素人仕事のような錆びたブリキの箱。
大きさがバラバラな錆びた箱が数点あり、一等小さな箱を持ち帰りました。
本来ならば年齢的にいっても、侘び寂びの「寂び」を極めなくてはならないところが。
同じ”サビ”でも、ついはまってしまうのが「錆」のほう。
錆と共にその草臥れ具合も丁度よく、まるで自分の人生を写す鏡のような存在の箱です。
小物の台にしたりなど、使い勝手もなかなかよさそうです。



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 ● スタンプパッド”EXGELSIOR”     98×55×高さ18ミリ。    100円

こちらも錆びてすっかり草臥れています。
よく見ると商標のラクダの顔が結構怖かったりする。
インクパッド部分を外してみたら、どうやら別の空き缶の転用材が使われている模様。
SDカードなど小間物整理に向いていそうです。



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 ● 3品併せてワンコイン。

今回も気弱な子供買いで失礼しました。



どう見てもガラクタにしか見えないものばかりが身近に呼び寄せられる、こうして自分の人生が錆びていく・・・・・・・ 嗚呼無情 (-_-;)  




  1. 2017/06/18(日) 19:06:47|
  2. うつわ
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340 コップ飲み




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 ● 旅友のシミズ君が帰国しました。

スマトラに仕事の口があるということでインドネシアへと向かったシミズ君でしたが。
今回も当地に行ってみると、そんなに上手い話しがあるわけなく、ほとんど「怒りの葡萄」状態となり、無惨にも撤退となったのでした。
という理由で、インドネシアよりその後しばらくはマレーシアに駐留し、そこでの自分用のお買い物荷物が、まったく勝手ながら我が家へと送りつけられてきたのでした。

今日はそんな彼の私物を自転車の荷台に積んで、シミズ邸へとデリバリー。 (どこか間違っているような気がするけど。)

そして、送付されてきたダンボールの箱のなかからぼこぼこ姿を現したのが、これらのコップなのでした。


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 ● コップを見ながら酒を飲む。

天気も良いし、野外の桜もまだまだ見頃。
まずは、自分用の一人花見突入への保険を掛けて、白百合(石垣島泡盛、荒濾過44度)を小瓶に詰め、ショットグラスを持参しての訪問です。
ところがむこうも良くしたもので、宝焼酎のお茶割りで出迎えてくれました。
なぜかイカ下足の煮付けや、カツオの腸の塩辛「酒盗」など、飲み助にはたまんない渋い酒肴も用意されており、彼の父ちゃんも本日は留守ということで、昼前からぐいぐいと二人で飲むことになってしまいました。
一応マレーシアのコーヒーや、なぜかカップヌードルのミーゴレン(インドネシア風焼きそば)なんかも交えて、異国情緒を飽くまでキープした飲みを維持します。


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 ● まる秘の物<ブツ>は、「タイガービール」のコップたち。

ノベルティーグッズにはさほど興味がない自分ながらも。
これだけいろいろなヴァージョンのタイガービールコップを一堂にすると、商標であるロゴの変化やプリントの具合、時代を追ったガラスの成形の様子など、なかなか楽しい世界です。
あーだこーだと、コップを観察しながらの昼間飲み、体内アルコール度も徐々に高められ、二人飲みながらも、気分はますます盛り上がっていくのでした。



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 ● 多民族国家マレーシアらしく文字の表記も様々です。

英領マラヤから独立してマレーシアになった1957年の年号入りコップにはMERDEKA(ムルディカ;独立)のマレー語の文字がみられ(左上)、今回のコップのなかで特に異彩を放っています。
コップ底にみられる製造所の王冠マークも、パターンが幾種類かあり面白いです。
華人も多いマレーシアらしく漢字があったり、なかには南インドのタミル語が書かれたものなど結構なレアものもあります。
そんなビールコップの数々を手にとりながら、ショットグラスでの泡盛一気が至福の一時となりました。


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 ● 今日の留守番役は犬の散歩も兼ねたもの。

酒休めには、なんといっても気分転換の散歩が一番です。
シミズ家の飼い犬、ラブラドールの「ごん」を連れての散歩は、まったくもっての犬まかせ。
犬目線で細い路地に入っていったりと、歩くコースが人間の散歩と異なっていて、結構新鮮でした。

今回のシミズ君のタイガービールコップは、KLやペナン、マラッカのショップやフリマなんかで探し出したものとのこと。
海峡を有した古くからの交易の町マラッカは、確かに多民族の情緒に溢れた、とても趣のある町でした。
折角なので、過去の旅のアルバム写真からおまけながら載せてみますね!


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 ● 旅写真より マラッカ その1

イスラムのモスク、道教の祠堂、運河越しにはキリスト教会の鐘堂の尖塔が覗く。


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 ● 旅写真より マラッカ その2

あまりにもデコラティブな南インドスタイルのヒンドゥー教寺院。
干潮の干潟にはムツゴロウを特大にしたような、背鰭のブルーがとても美しいハゼがあちこちにみられ神秘的でした。
また、夕陽を背に叉手網をたたみ干潟の漁から戻る人の姿がとても印象的でした。


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 ● 本日頂いた旅土産。

小型のタイガービールコップ(径58×高さ85ミリ)は、エッチングプリントの現代のもの。
ごろっとした肉厚で熱湯にもびくともしない丈夫なコップです。

真鍮製の三段弁当箱はアンティークもの、刻まれていたのはグジャラティー文字。
蓋の開け方が、インドでも見ることがない独特な方式とのこと。

あまりに強烈な白檀匂の石鹸<確かに日本にはない石鹸の匂い>は南インドのアユルヴェーディック・ソープ。

マレーシアのローカルコーヒーは、淹れた上澄みをすする飲み方が主流です。
成分をよく見ると、マーガリンなどと一緒に焙煎させ独自の風味を加えています。



お酒もいいけれど、やはりチャイニーズに南インド、マレーやババニョニャ料理など、ヴァリエーション豊富なマレーシアのご飯やデザートが食べたいかな・・・・・・・・・  (^_^)v    





  1. 2017/04/13(木) 21:27:07|
  2. うつわ
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339 コップ





上水沿いの桜を愛でながら、自転車で国分寺へ。(2017年4月5日)


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 ● 「山本萠作品展」  国分寺 くるみギャラリー。  4月10日(月)まで開催。

今回のくるみギャラリーでの個展は例年に比べ幾分期日も早く、まさに桜満開のタイミングでした。
会場には、軸やパネル装の書、カレンダー原画などの絵画の展示にに合わせ、詩集やエッセイ集、オリジナル写真カードなどが置かれています。
詩、書に絵画、どの分野でも多彩な、萠さん独自の世界が展開されています。
特に書の表具は、萠さん自らが選んだ布裂でなされ、毎回ながら、書と布の絶妙なバランスの組み合わせの美しさに、思わず見とれてしまいます。
厳選された詩人や俳人の詩句を、力まずたおやかに、さらりと見事なステップを踏むように記された書は、言葉を、発した音として捉えるのとはまた別の面で、脳裏に深く刻み込まれます。

本日は初日ということもあって、詩のお仲間をはじめ様々な方が来られていました。
自分は門外漢ながらも、そんな皆様と同席し、厳選された器でお茶を喫しながらの、お話しも楽しい一時でした。

昨年度より設けられた、入口扉付近に置かれた「どうぞ御自由にさわって下さい」コーナーは、萠さんが蒐め、家で使っていた小物の即売コーナー。
古い時代の陶片から、現代の作家物や工業製品に類する物まで、新旧問わず、萠さん独自の眼でもって選り抜かれ、実際に暮らしのなかで使われてきて育てられた物が並んでいます。

李朝の粉引碗や、渥美焼きの自然釉碗、江戸初期の有田(伊万里)の蕎麦猪口などといった、骨董としての揺るぎない定番アイテムから、現代のキッチンウェアーの真新しい琺瑯メジャーなんていうものまで、ニコニコと同価値で並ぶ小物たち。

近ごろは小物もまるで買っていなかったけど、花見の時期のこの季節、一度使いとしてもままごと遊び出来るような、コップなどを連れて帰ることにしました。


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 ● 選んでみたのが、コップと漆器。

いずれも日常使いのシンプルなもの。

腰括れで端反りのコップは、昔の石版刷りのビールのポスターにあるようなかたちのもの。
一口サイズのビールコップでしょうか?
片や首にエッチングの細線、それと底部が面取りといった、よく似た規格のコップです。
しかしながら、よく見るとガラスの質の違いか、色味も黄色味、灰色味であり。
素地や底部の厚みも結構異なります。
実際に二つのコップに、同時にビールを注いで(残念ながら缶ビールで)、その感触を試してみることに。
いずれもビール用としては容量が少なすぎる感じです。

自分としては、コップは絵に描いたような、単純な筒型のものが好きですが。
小さな手でもしっくりと馴染むこの手のかたちも、実際に使ってみると、とても良く握れ、それほど悪くないかたちです。


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 ● 台皿    漆器・朱塗     径138×高さ40ミリ。

漆器のほうは高台も高く、酒肴の珍味を少量載せたり、茶菓子受けとして合いそうです。糸底、口端にわずかに覗く下地の黒塗りが、質素ながらアクセントとなっています。
素地がすっかり木痩せしており、径が5ミリほど違うので、結構楕円形となっていますが、そんな点も経年環境の履歴を感じさせ、やきものにはみられない余興となっています。


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 ● コップ   ガラス、エッチング  径59×高さ94ミリ。

線入りのコップは若干素地は厚めながら、底部は薄く、全体の総量も軽く、お酒の容量も余計に入る感じです。
よく見ると素地に、微妙な気泡も封じ込められており、そんな景色を愉しみながら、丁寧に握る感じでしょうか。


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 ● コップ   ガラス、面取  径53×高さ90ミリ。

面取りコップは底部が分厚く、空でも結構な重さを感じさせますが、面取り部分は指の掛かりも良好。
ビールはともかく、焼酎などの蒸留酒をストレートで、ぐいぐい飲むには手頃なサイズで安定感があります。
横に臥しながらの寝酒向きのコップといえましょうか。


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 ● 保存瓶      耐熱ガラス    径115×高さ125ミリ。

こちらは、おまけというか。
展覧会に行きしな通りかかった薬局の「ご自由にお持ち帰り下さい」コーナーにあったもの。
大中小と三個のガラス製の保存瓶(密閉容器)が置いてあったけど。
なんとなく、一番古めかしい中のサイズを頂いたものです。
パッキンがシリコン製のため、最近のものと思っていたのですが、
よく見たらフランスの業務用食器メーカー”DURALEX”社製でしたが、ロゴマークのかたちが現在の製品のものと随分異っています。
案外、どオレンジ色のゴムパッキンが使われていた、旧いものなのかも知れません。
容量は1.5リットルあり、胡瓜を一本、切らずにそのままピクルスに漬けれそうなサイズの容器です。

想わぬ出物で展覧会の最中、ぼっこりとふくらんだ鞄を手にして恥ずかしかったけど、ガラスがガラスを招いて、コップを導いたこととして、良かれといたしましょう。


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 ● 本日の収穫物。 「書」を観にいったはずが・・・・・・・・・すみません!



さて、お花見にはどちらのコップを使おうか!?  (^-^)  




 
  1. 2017/04/06(木) 19:56:21|
  2. うつわ
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335 関口さんのかご






久しぶりに関口さんのバスケタリー作品を観てきました。(2017年3月15日)



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 ● 『 - 自然を飾る - 』 関口千鶴 Basketry 展  2017年3月14日-19日  ギャラリースペース パウゼ  東京都新宿区船河原町



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 ● 会場風景

関口さんといえば、なんといってもシュロの葉を余すことなく編んだ作品です。
今回の個展では、そんなシュロの葉の作品と、様々な素材と要素のかごが混在しており、とても賑やかで楽しい展示でした。



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 ● 「鳥の巣籠」など。

あたかも鳥が作ったような、様々な素材の草木の混合で編まれたかご。
「鳥の巣籠」 (写真下)の中には、鳥の卵に見立て、小石が納められていて、掌に丁度載るような大きさで、とても愛らしいもの。



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 ● 「鳥の巣籠」(左上)、「枝トゲのいのしし」(右上)、「鳥の籠」(中)、「桜ビーズ」(下)

「鳥の籠」 は、シュロ葉を主骨にツヅラフジなどの別材を、もじり編みで編んだ作品。
かごの真ん中を膨らませ両端を締めることにより、かごのかたちもバイキングの船のように船形に反り上がります。
棕櫚の葉は掌形をしているので、葉先のほうだけ締めればよい。
茎髄は鳥の嘴や頭に見立て、葉先は末広がりの鳥の尾となります。
シュロの葉と、異なる素材の組み合わせにより、さまざまな表情の「鳥の籠」が並んでいます。
似たような編みのかごがアフリカにあるといいます。

「桜ビーズ」 はシュロの葉のかごの要所に、桜の小枝皮がビーズ状に通されたかご。
しなやかな桜皮は樺細工や、木製の曲物の綴じ皮として用いられます。
採集するのは、丁度桜の花の開花間近の水揚げの季節がよいらしい。
水分を多量に含んでいるので、小枝の芯を根気よく木槌で叩いていくと、芯の部分がするりと抜けて、外皮がそのまま管状に残り、桜ビーズが生まれます。
関口さんは、花の満開の季節は遠慮して、花が終わった後の材を使用しています。

「枝トゲのいのしし」 (右上)は、ムクゲ(槿)の小枝の皮の一部を剥ぎ組み合わせたものです。

樹木の剪定で、ゴミとして出された小枝なども、時に活用されて新たなかごが生まれていきます。



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 ● 人工物の廃材を素材として編んだかご 「漂着端片」(上)、「キッチンバスケット」(下)。

昨年秋の山脇ギャラリーのバスケタリー展で、久しぶりに接した関口さんの作品は、流木や漂着ロープなどの素材が加味された一風かわったものでした。
ともかく植物自体の自然素材を活用したイメージが強い関口さんの作品にあって、今回の展示でも色鮮やかに結構目立っていたのが、人工素材の廃材をつかったこれらの作品です。

一見プラスチックウールの束子のように見えた作品「漂着端片」 (写真上)は、
よく観ると漁具に用いるナイロンロープの端片と確認できます。
波による自然の力で洗い流され、すっかり解きほぐされて絡み合った繊維はまるでフエルトのようです。
要所をちくちくと縫い合わせてまとめていますが、一本のロープを人為的にほぐした場合は、このような複雑な具合にはならないのだとか。

ところで、これらの人工素材はビーチコミングの対象としては認識されても、素材的にもいつまでも分解されることなく、微細なプラスチックビーズとなり恒久的に残存し、海洋の生態系の複合汚染を引き起こす迷惑な厄介ものです。
キャンディダ・ブラディ監督による『 TRASHED - ゴミ地球の代償 - 』 という環境ドキュメンタリー映画では、プラスチックスープの海が引き起こす絶望的なまでの自然破壊を、緊急問題として警告していましたが。
これらの人工素材を端迷惑なゴミとして吐唾するのではなく、自然がつくった(二次加工した)素材として再度見直している、関口さんのそんな視点が面白いと思いました。

今回の会場に演示的に置かれていた流木片などは、波の作用で独自の滑面が生まれ、確かに誰が見てもきれいに感じられるものの、これらのプラスチック片だけを完璧なゴミとして、ひと絡げに目の敵にしてしまうのは間違っているのかもしれません。

ロープも繊維を綯ってつくる織物と考えれば、この状態に変形した漂着片は、いわばかごの末路といえるものです。
関口さんの作品では、素材を綯ってから一度ばらし、その縒りがついた状態のかたちを活かし、再度組み直し編み込むといったプロセスもみられるので。
一見単純にみえながらも、この作品も再構築プロセスに連らなる一環した制作の流れといえそうです。


ラミネートパックの銀紙をコイリングした作品 「キッチンバスケット」 (写真下)は、藁かごや円座などの民具でもよくみかける巻き上げ編みです。
リングノートから取り去ったようなカラフルな針金を、端の部分ではコンビーフの缶開け金具でもって、更にくるくるとかしめ、仕上げています。
主素材をぐるぐると蜷巻きにする”渦巻きの”巻き  <形態> と、かしめ金具でもって”巻き上げる”巻き  <動作> が呼応していて、よく観ると結構面白いです。

リングノートの針金は、ゴミを分別出しするときの除去で、いつも難儀しており。
強く螺旋状の縒りが残ったままの針金を、再度伸ばして、資材としてわざわざ貯っておくことまではしません。
同様に、コンビーフの缶開け金具の場合も、一回きりの使い捨てで、いつももったいないと思いながらも、金具に巻き付いた缶材片を外し取り置くには、指を切るリスクがあり(実際に幾度か切った)いまはしていません。

食品保存の瓶詰めから、さらなる利便性を追求して誕生した缶詰ですが。
缶詰誕生のころは、専用の缶切りはまだなく、ナイフなどで無理矢理開けていたといいます。
コンビーフの缶開け式着想も、当時としては多大な発明だったわけですが、いまではリングプル式で、缶切りいらずの便利なタイプが広く流通しています。
しかしながらコンビーフ缶は現在でも、コンビーフの食品としての粘性のゆえか、台形の山形であり、例の缶の側面を切り開けて中身をとり出す方式を採用しています。
缶に付く巻き舌を、金具の穴に確実に差し込んで、竹の子巻きとならないように確実に巻き上げて開けるには、このサイズの使い捨ての金具が一番なのでしょうか?

イタリアで買った缶切りのおまけに付いていた、コンビーフ缶開けらしきものは、割りピン形で栓抜きも兼ねた特大のものでした。

**<ブログ№149 缶切り>
http://utinogarakuta.blog.fc2.com/blog-entry-149.html

これだと、巻き取られた片材を、後で引っ張ればすんなり除去出来るのでしょうが、頻度の問題でわざわざ試すことのないままです。


以前、浦和の埼玉近代美術館でアフリカのファイバー・アート作品展を観たことがありました。
巨大なテキスタイル作品は、遠目では布製のカーテンのように見えますが、近づくと総てが空き缶のリングプルや王冠を数珠繋ぎに仕上げられていて、度肝を抜かれました。
それはアートとして作られた作品でしたが、廃材の素材を転用して実用の生活道具に仕上げてしまう流れは、物資の枯渇した地域にあっては日常的にみられる現象といえます。
展覧会では、参考資料として ”みんぱく”(国立民族学博物館) 所蔵の、廃材や人工素材を上手く活用した、アフリカの現代の民具が同時に展示されていました。
かごの世界でも、本来自然素材が使われていたものが、後に新素材に移行してからも、もとのかたちを写す現象がときにみられます。
従来の製品のかたちを出来るだけ踏襲し再製しようとする現象は、同時に、もとからある道具を「大切にしたい」という人の敬意が込められているようで、観ていて実に面白いものです。


自分は、やはり自然素材のものが好みながらも、今回はこのような人工素材のリサイクルユーズを、改めて会場で拝見し面白く感じました。
関口さんの廃材再構成作品に触れ、話しがあらぬ方向に脱線してしまいましたが。
自然素材、人工素材の区別にとらわれることなく、かごの素材を追求し、真摯に向き合う関口さんの姿勢が素敵でした。

バスケタリー作家がとらえる”かごの世界”の発想の自由さと論理は、まずは第一に機能としての役割が足枷となる”実用のかご”とは異なり、かごの世界の可能性をさらに幅広いものとして捉えており、いつも感心させられます。



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 ● 「重なり」 棕櫚の葉5枚。

掌状のシュロの葉の形態を利用して余すことなく編んだ作品。
関口さんの作品というと、やはりこのようなシュロの葉をフルに活用したものが真っ先に思い浮かびます。
平らなままの葉ではなく、螺旋状に縒りをつけた葉を組んでいる。
編み目が安定し強度も増す構造で、自身が思い描くかたちとともに、葉の長さ、硬さなどのシュロの葉自体の特性が要因となり、最終的に作品としてのかたちがまとめられる。

関口さんは、最初から、このような縒りをつけた葉を利用して作品を作ろうと試みたのではなく。
あらかじめ葉を互いに綯っていたものを作っておき、そこからかたちを仕上げようと加工していたものが、ある時偶然解けてしまい。
そのとき残された、螺旋状に縒りがついたまま定着し、もう二度と元には戻らないそのかたちが発想となって、
この要素を利用した、螺旋状に縒りをつけた作品の「よりあとシリーズ」が生まれたといいます。

今回の展示では、作品以外にも植物の種子や流木などの演示小物でさりげない演出がなされており、そちらにもつい目が入ってしまいましたが。
そんななかで置かれていた、 「フジの豆の莢」なんかは、花が終わって結実した若い莢は平たく真っ直ぐなかたちながら、終いには強く螺旋状に捻れていき、その変形に耐えきれなくなって、なかの種を外部へ弾き飛ばします。
強度を増す螺旋のかたちは、植物のなかにもしばし観察できます。

植物素材は、まったく同じ場所の同じ種類であっても、採集時期や保管条件によってまるで違ってきますから、バスケタリー制作でもそれぞれの部材のもつ特性を見極め、かたちに反映していくその工程が、とても興味深く感じます。



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 ● 「籠の穴」(左下)、「よりあと」(右上)。

こちらも同じく、螺旋状に縒りをかけた葉を組んだ作品です。
「籠の穴」では、細竹が輪状に留められています。


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 ● 「葉を組む」

近ごろでは、手の調子が芳しくないという関口さん。
今回の近作では、シュロの葉にあえて縒りをつける加工はせず、平たいままの状態で組んだものです。
シュロの生育状況や、若葉、古い葉など、それぞれの感触がまるで異なっているのだとか。
仕上げの最後、最終的な口(穴)のかたちは、それぞれの葉の特性により大きく左右されます。


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 ● 「葉を組む」

こちらもシュロの葉を平状のまま組んだ作品。
すっと立ち上がったかたちが美しいです。


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 ● 卓上にもかごが。

お茶を出すテーブルの上にも、さりげなくシュロで編まれたかごが置かれていました。
こちらのかごには、蜜柑や糸玉が入れられていたこともあってか、関口さんの作品というよりは、より実用性に依った親しみを覚えました。
同じシュロの葉のかたちを上手く使いながらも、その主軸の方向を変えて編むだけで、まるで異なったかたちに仕上げています。
蜜柑のほうのかごは、オーストラリアあたりによく似た編みの民具のかごがあるらしいです。
糸玉のほうのかごも、ニューギニアの、ヤシの葉を利用して編む簡易かごによく似ています。

シュロの鬼皮は箒にしたり、あるいは一部の地方ではそのまま幾枚も繋ぎ縫い、蓑にします。
鬼毛のほうは繊維を綯ってシュロ縄に加工します。
自分の住む武蔵野の農家の庭先には、シュロの木が植えられているをよく見かけます。
もともとはシュロ縄を得るための移植と聞きました。
鬼皮をほぐすと塵が落ちやすく、シュロ箒は一年ほど土間掃きで用い、後に塵落ちがおさまってから、ぬるま湯で洗い座敷用に下ろします。
沖縄ではシュロとよく似たクロツグの鬼毛(マーニ)で綯った縄を民具に用いていましたが、そちらは強靱ながらもともかく塵が落ちやすく、後伝の塵落ちのより少ないシュロ縄が、食品などを扱うメシカゴなどの吊り縄として定着していったという経緯があります。

利便性の高いシュロながら、葉の活用としては団扇や蠅叩きぐらいしか思いだせません。
蝿叩きは、シュロの葉元を数カ所、紐で締め合わせ仕上げるとても簡素なものですが。
三角形の茎髄をしたシュロの葉は、よくしなりながらも適度な強度があり、蝿叩きの柄としては最適な素材です。
誰もがシュロの葉を手折っただけで、簡単に作れてしまう蝿叩きは、シュロの葉を利用した最も原初的な加工品(かご)といえそうです。


最後に随分と脱線してしまいましたが。
関口さんのシュロの葉でつくる作品が魅力的なのは、シュロの葉のもつ素材の特性を、素直に十分に引き出している点だと思います。
自然界の造形は、実に揺るぎない完成されたかたちをしていますが、そこに更なる手技が加味されることによって、より美しいものとして生みだされた、今回の関口さんのバスケタリー作品でした。


 *<このブログでは民具のかごも一部紹介しています。 よろしければそちらも是非ご覧下さい。 「民具」か「うつわ」 のカテゴリーでブログ内検索して下さい。> 



かごのヒントはあちらこちらに観られます、関口さんのバスケタリー作品に触れた有意義な一日でした。 (^o^)   




  1. 2017/03/21(火) 20:43:49|
  2. うつわ
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298 この日の高幡



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 ● 第三日曜、久しぶりに高幡不動へ行ってみました。

これからの季節、菊祭りの用意でしょうか、仮設のパイプ屋根が設置され。
その枠内にいつものお店がちんまりと納まり、少々窮屈そうでした。


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 ● 竹行李と手籠、菱餅容器、盆景、バラナシ人形。


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 ●  木喰佛、風俗人形、黒いキューピー人形、呑気なとうさんの飴型(大正期)。


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 ●  江戸期の丹波の雑器(5,000円)、糸ひき底。

なんだか、とても土味のよいざくっとしたうつわを発見。
500円は買いだなと思ったけど、よくみると0が一個多い。
訊くと、丹波の雑器とのこと。
向付、蕎麦猪口のような用途か?
ごつく重くそして手に余る大きさです。
ベタ底で江戸期の庶民用の雑器、白釉のものもあったのだとか。
残りの一個ということですが、当然ながら手は出ない。


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 ● 足温器(逓信省、5,800円)、井戸さらえ(8,500円)、練炭型枠。


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 ●  謎のクリップらしきもの!? 3,200円。

いつもの癖でへんてこ道具の写真を撮らせて貰っていたら。
足温器など扱っていたお店の主人が「こんなのもあるよ」と見せてくれたのが、この真鍮製のごついクリップらしきもの。
ネジをまわして口の開き加減を調整するようですが、なんの道具かまるでピンときません。
答えは、”モー”っと牛(北大博物館の模型)も怒っていますが、どうやら「牛の鼻輪」でした。
牛の鼻輪は通常は円輪(なぜかうちの田舎のホームセンターに売られていました)ですが。
円輪の鼻輪の取り付けには、牛の鼻に穴を穿けなくてはならない(つまりピアス式)のですが、
こちらは(イヤリング式なので)穴を穿けなくてもよい、手間いらずな簡便装着式の鼻輪らしい。


     今日の買物は以下3件です。


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 ● 蓋物     磁器に樺細工      74×83×全高60ミリ。

新聞紙の包みから顔をわずかに覗かせていたこのうつわ、 樺細工にしてはちょっと妙な感じです
見せて頂くと、磁器に樺皮を貼った造りでした。
二段の六角重鉢、内は手描きの網目文。
そのたたずまいから想像するに、本来は更にもう一段底が揃った、三段だったのではないかと思います。
側の際にもわずかに網目文の描画のはみ出しが確認できたから、側の隠れた部分にもしっかり網目文が描かれているのかもしれない。
ということは、既製品の転用製品なのか、或いは余興で樺細工と合わせ仕上げたものか、謎です。
幾分厚手の白磁なので、古いものではなさそうです。
家では薬味入れとして使うことにし、云い値の500円で、そのまま購入。


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 ● 蕎麦猪口    磁器         径72×66ミリ。

戦前の大量生産品、白磁銅版コバルト転写プリント。
尻すぼまりで少々厚手の蕎麦猪口。
寝ころびながらだらしなく酒を飲むのに、手にもしっくりと握り易く良さそうです。
プリントも甘く、青色のぼやけ具合や版ずれも、大量生産ものの味といえます。 100円。


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 ● 呼子      ブリキ製           20×25×60ミリ。

金属もの、どこかくたびれた寂びれ具合があるものが好きです。
笛の中に珠は入っておらず、音色は中に仕込まれた羽が回転し調整するようです。
ガラクタの山のなかから、こちらも100円でした。


B298_10.jpg

 ● 今日のガラクタ しめて700円。



小さなものはやはり面白い、またしても「うちの100均」になってしまった。 (^_^;)  



  1. 2016/10/16(日) 20:30:10|
  2. うつわ
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