うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

376 茶々




このところすっかり冷めてしまったガラクタ熱。
たまには運動がてらということで、自転車で入間まで行ってみる。




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 ● 「愛宕神社骨董市」  毎月27日開催   埼玉県入間市。

朝の通勤通学の人を自転車で追い越し、多摩湖狭山湖を抜けて入間まで1時間半。
このところの運動不足でそれなりの運動となったかなぁ。
この市に来たのも、ほぼ一年ぶり、特にお目当てはなかったものの、箱ものを見るとつい欲しくなってしまう。

付板仕上げのモダンな小抽斗は、変わりサイズでいったい何に使ったものなのか? 3500円は買い得値段だけど流石に家に置き場はなし。
ほかは特にアンテナはなびかなかったけど、雑多なこちゃこちゃした小物などをつい見てしまう。

以前農具の雁爪を買った店では、自分も持っている独特のかたちをした銀糸織りの杼があったり、漆塗りの椀を固定するボッチのような軸が売られている。(右上)
いったい、どういった経緯でこんなものが揃うのだろう。
戦時中の軍用食器や、崎陽軒のきゅうちゃんの醤油入れに交じって並んでいた、粗雑な磁器の蓮華はいったいどういったものだろうか? どこか中国っぽくもあって結構気になる。(右中)

アジアものの店で、ネパールの頭上運搬用の頭輪を見せてもらったり、最近仕入れてきたというナガランドの物品を見せてもらう、店主が進める小安貝を加工した首飾り、怪しげなお面などはまるで興味が湧かないけど、薄汚れた織物の男性用前隠しが美しく手にとってみる。

結局、ガラクタ・センサーにぴーんときて引っかかる物は、常にしょぼい物ばかりで、人間がお安く出来ている。
求めたものは、誰が自製したのか竹筒の水入れらしきもの、そしてヒョウタン形の箸置きなど、いずれも100円、骨董市では消費税はかからないので、これでは100均以下の体たらくだ。(文末に掲載)

いつもレトロな音楽がながれている、ラジオの店で、店主にむかしの真空管ラジオについていろいろ話しを伺う。
むかしの学校家具や事務備品と同じく、この時代のラジオの側の木工デザインが結構好きだ。
スピーカーの貼り布や透かし模様、セルロイドのゲージ窓やベークライトのつまみのデザインも各々とても味がある。
この店では現役品として、ラジオ放送がちゃんと聴けるように、経年変化で劣化した布コードなどは新しく現代のもので代用してレストアしている。
日本のマツダ製の球が品質管理の面でアメリカ製の球に比べいかに優れていたかにはじまって、不安定だった当時の日本の電力供給度の話しとなり、球と電力の兼ね合いが招く音事情、ラジオを通じて見る自分の知らない技術史を訊くのは本当に楽しく面白い。
愛宕山で日本のラジオ放送が開始されてから、まだ100年経ていないという。
この間100年を待たずして、すっかりNET社会となってしまったけど。
見えない電波を拾い上げ、むかしのスピーカら流れるくぐもった真空管ラジオの音色は、現代のオーディオ製品とは異なり、どこか温かみのある安心感がある。
SP時代の蓄音機や、ある種の楽器が持つ独特な狭雑音と同じく、このようなノイズのなかにも、人間にとって心地よい何かが結晶化されているのかも知れない。
電気が通じ球が赤く暖まることにより、音が徐々に厚みを帯びて鳴り出すラジオやテレビなどの真空管製品は、どこか生きものにも似た親しみを覚えさせる。



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 ● 被服関連の展示      入間市博物館

骨董市を後に16号を走り、入間の博物館へ寄ってみる。
この館は、市内出土の縄文土器の一部がハンズオン(接触可能展示)ということと、茶所らしく広くお茶の世界を紹介したコーナー展示に特色がある。
平日の午前中ということで、ゆっくりじっくり土器に触れあおうと出向いてみたけれど、
この日は生憎の見学授業が入り、市内の小学生、中学生などの団体で目白押しとなっていた。
そのため考古コーナーは諦め、隣の民具コーナーに移ってみる。
戦時下での生活道具と、かっての基幹産業でもあった養蚕・紡績・織り関連の民具が充実している。
いずれも馴染みのある民具だけれど、改めて細部を注視してみると意外と面白い。
骨董市でも売られていた織機の杼も、糸の出口や転がしの仕様など、ここのバッタン(織機)の上にのっていた杼とは若干異なっている。
糸引きの際、座繰に付くこの小さな繰り車に糸を通すことにより、撰りの効果が一層向上させる仕掛けとなっている。
道具の進化は、常にちょっとした工夫の蓄積の上に成り立っている。
農家単位の家内制の手工業とは別に、入間ではかって大規模なレース工場があり、よく見ると町の歴史のコーナーに、その時代のレース製品が資料としてちょこんと展示されていた。
次回の特別展 『石川組製糸ものがたり』(10月21日~12月30日)は、そんな資料を紹介する展示です。
展示内容が相変わらずの常設展示とはいえ、見学の度に毎回新たな発見があり侮れない。



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 ● 世界の茶文化

お茶の本場中国の茶文化、チベットのバター茶、インドのチャイ、ミャンマーの食べるお茶ラペッ、トルコのチャイ、ロシアのサモワール、英国のアフタヌーン・ティーなど、
お茶コーナーの展示の半分は、中国から派生して世界各地へ広まった独自の茶文化を紹介している。
写真パネル、実物の茶のサンプル、茶器、茶卓の再現など演示効果も高く、世界にはこんなに色々な茶の喫し方があるのかと、見ていてとても楽しい展示です。



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 ● 日本の茶文化

残りの半分が日本の茶文化の展示で、こちらも見所満載です。
まず、茶がいかにして大陸より日本に到来し、伝搬したか、様々な歴史資料を通じての紹介があり。

次いで、日本独自に発展を遂げた各地の名茶や、地方に見られる独自の茶習俗の紹介がある。
(左中);「蛭谷のバタバタ茶」、富山県旭町。
(右中);「白久保のお茶講」、群馬県吾妻郡中之条町白久保。
(左下);「山陰のボテボテ茶」、島根県松江市周辺及び、鳥取県境港市。
(右下);「那覇のブクブク茶」、沖縄県那覇市。

お茶講として茶で占いを立ててみたり。
濃茶じゃないけれど、茶筅でもって茶を泡立て喫す地域があることに驚かされる。
展示ではほかにも、九州地方では結納の品として「御知家」と目録に載った茶壺を構えた豪華な水引飾りが一対飾られていて目を惹く。
茶が良くそまる染料であることや移植のきかない木であるとの言い伝えより、嫁が夫の家の家風に染まり、家を出ることのないようにと願いを込めて、最も出来の悪い茶を壺や箱に入れて贈る習俗があるとされ。
茶が単なる嗜好品の枠に留まらず、茶が見せる社会観の影響力を強く感じさせられる慣習です。

また大成された茶道として、茶室が再現(右上)され、多くの銘器の展示されており、芸道として道具が示す好みや約束事が見れるのも魅力のひとつだ。
そして、最後は入間の地場産業としての茶業のあゆみと製茶道具(左上)の展示などがテーマとなった一画があり、最後に出口があるという流れとなる。



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 ● 狭山茶製茶用具

茶摘鋏、摘籠、平籠、竹筥、木手、蒸籠、釜、青葉蒸し器、焙炉、助炭、こくり板、茶篩、茶箕、茶甕、茶壺、茶箱。
狭山茶の製茶用具として、茶渋ですっかり飴色となった古びた手工業時代の民具が、各工程ごとに簡単に一点ずつ展示されていますが、そのキャプションには国登録の記載があった。
入間以外でも近在の資料館には、製茶道具として同じものを目にする機会はあるけれど。
入間の場合は、このような手工業時代の道具から現代の製造機械まで、幅広い年代にわたり、茶の栽培と加工の各工程で使う道具が網羅的に漏れなく残されている点が、やはり他の茶産地に先駆けて国登録(平成19年に、所蔵資料255点が「狭山茶の生産用具」として国の有形民俗文化財登録)となった決め手といえる。
茶畑に林立するプロペラの防霜ファンなどは、収穫前の遅霜除けとして、製茶の北限地帯に位置するこの土地ならではの用具だろうか。
会場に置かれていた、小冊子『狭山茶の歴史と現在』(館内販売品)には、展示されている手作業での製茶工程とともに機械製造の工程も併せ、現代の狭山茶製造の様子も分かり、とても参考となる。
また簡易綴じの『狭山茶いろは(入間市版)』(無料)は、市の広報の特集記事などの抜き刷り合本で、いろはかるた風に、入間の狭山茶を基礎知識から幅広く楽しく知ることが出来る。
博物館では年間スケジュールで、お茶の講座やイヴェントも盛んに行われており、茶に関連した事項を知るには、他館にない充実した施設といえる。



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 ● 「東京狭山茶」     瑞穂町郷土資料館 けやき館。

入間市博物館でお茶の展示を観てから、気分もすっかりお茶モード、ちゃっちゃと移動で、隣接する東京都瑞穂町の郷土資料館に来た。
ここに来たのも今回で2回目となる。
この館は、もと町の図書館に同室していた郷土資料室を近年移設オープンさせた新しい館で、民俗展示では「東京達磨」や「村山大島紬」などの他に、確か製茶のコーナーもあったはず。

芸能と祭事のコーナーの隣りに見つけました、製茶コーナー!
自治体も変わり、こちらでは「東京狭山茶」とある。
展示してある資料は、入間の製茶用具をさらに縮小させた分量ながら、入間の展示には見られなかった選別用の茶唐箕(*入間の国登録資料リストには茶唐箕も登録されている)が、大きさの面で目を惹く。
茶唐箕をいたずらに触れてしまわないように、手回しハンドル部分を紐で幾重にも固定して縛ってあり、よく見ると鋳物仕上げでとても美しい透かし模様です。



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 ● 「東京狭山茶」の製茶工程    瑞穂町郷土資料館。

パーテーションで囲った小さなコーナーで、余りにも簡潔といえば、そのままの展示ながら。
それでも図化された製茶工程の5枚の展示パネルは、一目瞭然でとても分かりやすくなかなか要領を得た優れものです。
また、展示コーナーの傍らに設置されている解説ファイル「東京狭山茶手揉み製造工程」は、各々の工程を秒・分単位で正確に記しており、こちらもつい見入ってしまう。
限られた、たったこれだけの分量ながらも、百科展示としてとても上手く納まっている。



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  ●  常設展示と特別展「殿ケ谷の神輿」  瑞穂町郷土資料館。

民俗の常設展示では、地場産業である「村山大島紬」(左上)や「東京達磨」(右上)などに重点が置かれている。

町の有形民俗文化財となっている「殿ケ谷の神輿」(慶應2年建造)も、この度の平成の大修理で在りし日の本来の姿に蘇り、完成したぴかぴかの神輿が資料館のエントランスに展示されている。

この特別展では、文化財保護法に則った厳格な修理の工程の様子を実物資料やパネル、VTRなどで分かりやすく解説している。
また、完成記念として冊子(非売品)が置かれており、頁をめくると、ひとつの神輿を構成する細かな部材の多さに驚かされるとともに、今回の大修理に際して実に多くの方々の労力に依っていることを知る。
国の補助金と町の文化財保存事業補助金以外にも、不足分は地区の住民および事業所からの寄付金も調達したとあり、文化財として後世にまで伝え残していくことの大変さが偲ばれる。

瑞穂夏祭は、これまで見たことがないけれど、来夏は是非この神輿が練歩く様子を見てみたいものです。



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 ● 本日の買物2点。 竹筒; 径50×高さ245ミリ、 箸置; 33×66×高さ24ミリ。 

自製らしき竹筒はいったい何に使ったものだろうか、水入れだろうか。
どうやらマダケの一節切らしく、割れがこないように皮タケ部分をあらかじめ削っている。
小さな節片を紐で繋ぎ根付けのようにしているから、腰に下げたものだろうか。
紐通しの箇所だけ僅かに飛び出させ、皮を残している。
越生の業者のガラクタのなかに混じっていたこの筒は、瑞穂からの出ものという。
いつも、どこかの誰かが何となく必要に際し自製したような道具に、ついつい惹かれてしまう。


この瓢箪の箸置きは、どうでもいいような100均のコーナーに転がっていた。
シンプルでありきたりといえば、そのまんまの瓢箪のかたちながら、手にとってみると思いのほか軽く、かちりと堅い材質だ。
底部分は黒漆でしっかり仕上げているから、バランスから考えて素材がプラスチックというわけにもいかない。
印材などに用いる柘材かとも思ったが、いくら子細に眺めても木目らしきものが見られない。
骨材でもないし、印材に用いる人工素材のレジンともやはり違う感じがする。
茎に繋がる口の部分やお尻の穴など、細部は実に細かく彫られているので(実際のサイズは、このクローズアップ写真より更に何分の一の小ささ)、その丁寧な仕上げは、どうやら型抜きの量産品とも若干異なる雰囲気だし、その表面は実物の瓢箪の表皮そのものの様にみえる。
ひょっとして根付職人の作!? その手のものは持っていないので調べようがないけれど。
今回求めた自製品の竹筒とは対極的な細かな仕事で面白い。



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 ● 2個ニコ200円。

相変わらずのガラクタ漁りだけど、秋になって季節柄なのか、それとも爺さん化してきたのか、小者ながらもすっかり枯れ味を増してきた今回の買物でした。
ああ寂寥感、並べた写真もどこか寒い雰囲気となってしまった。



ちゃちゃっと移動しての博物館見学、面白い一日でした。 (^^)   




   
  1. 2017/09/28(木) 23:06:48|
  2. うつわ
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359 錆びた人生






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 ● 紫陽花の綺麗な梅雨時となりました。

毎回ワンパターンながら、今日は第三日曜日ということで、お決まりの高幡不動尊の市へ行ってみる。



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 ● なんとなく折に触れて撮っておく。

ノベルティーものやキャラクターグッズには特に興味はないけれど<本音(^_^)>、写真に組み合わせると意外に画になる。
今日の不動尊は紫陽花祭りで人出は多いものの、骨董市の出店のほうはいつもより閑散としていた。



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 ● アジアものの店で。

アジアものはよく見かけるけれど、この店は置いてあるものは若干毛色が違い、見慣れないものが結構ある。
普段は大和の市に出ているという、浜松からの業者さんだった。



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 ● もろもろのアジアもので溢れている。アクセ類では、特に銀化したトンボ玉飾りが綺麗だった。

「まさか人骨?」首飾りに使われていた骨が気になった。
チベットものだと時にありうるけれど・・・・・・・・・・。
首飾りにはジュズダマ(植物名)のビーズも使われているから、それもありえない。
質うと、「ナガ族」のものでどうやら牛の骨らしい。
「ナガってインドの?」
「そうそう、よく知っているねぇ~」
「いえいえ、ただ地図で場所を知っているだけでして・・・・・・・」 、当然ながらナガランドのような秘境にはまるで縁がない。
グローバル化した現代では、ナガ族の若者も当たり前のごとくスマホを持っていて、世界の情報に触れている。
ナガランドも、かってのように秘境のイメージがなくなりつつあるという。

このおっちゃんは、もともとは旅人上がりの人らしく、気楽な与太話しからはじまって、旅話し、仕入れ話し、民族話しと発展してしまい、気付くと心地よく30分余りも話し込んでしまった。 <これでは すっかり冷やかし客だ>
「ナガの写真もあるけど、見る?」 ということで、更にアルバムを見せてもらう。
いったい何時までいるんだ、自分。



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 ● 「ナガ族」   店主撮影の写真より。

凄いなぁ、この人たち!!
情報量満載! いやはや、とても面白い写真で大満足 (^o^)。 
こんなに楽しませて貰ったのに「勉強になりました」の言葉のみを残し、何も買わずに店を去る。 <かたじけない>

今日は思わぬ骨董市巡りとなりましたが、なんだかとてもラッキーな気分だ。
有り難う、おっちゃん!


本日購入は以下のガラクタ3品です。



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 ● クローバー温度計    幅42×13×高さ255ミリ。   200円

この夏は、部屋でこの温度計の赤印を見ながら、きっと余りの数値の凄さに呆れることとなるのだろうな。
デジタル温度計もよいけれど、自然に温度変化の寒暖を楽しむにはこのようなアナログチックなものを愛でてみたい。



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 ● 錆びた箱       66×80×高さ55ミリ。    300→200円

銀付けの具合がいかにも素人仕事のような錆びたブリキの箱。
大きさがバラバラな錆びた箱が数点あり、一等小さな箱を持ち帰りました。
本来ならば年齢的にいっても、侘び寂びの「寂び」を極めなくてはならないところが。
同じ”サビ”でも、ついはまってしまうのが「錆」のほう。
錆と共にその草臥れ具合も丁度よく、まるで自分の人生を写す鏡のような存在の箱です。
小物の台にしたりなど、使い勝手もなかなかよさそうです。



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 ● スタンプパッド”EXGELSIOR”     98×55×高さ18ミリ。    100円

こちらも錆びてすっかり草臥れています。
よく見ると商標のラクダの顔が結構怖かったりする。
インクパッド部分を外してみたら、どうやら別の空き缶の転用材が使われている模様。
SDカードなど小間物整理に向いていそうです。



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 ● 3品併せてワンコイン。

今回も気弱な子供買いで失礼しました。



どう見てもガラクタにしか見えないものばかりが身近に呼び寄せられる、こうして自分の人生が錆びていく・・・・・・・ 嗚呼無情 (-_-;)  




  1. 2017/06/18(日) 19:06:47|
  2. うつわ
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340 コップ飲み




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 ● 旅友のシミズ君が帰国しました。

スマトラに仕事の口があるということでインドネシアへと向かったシミズ君でしたが。
今回も当地に行ってみると、そんなに上手い話しがあるわけなく、ほとんど「怒りの葡萄」状態となり、無惨にも撤退となったのでした。
という理由で、インドネシアよりその後しばらくはマレーシアに駐留し、そこでの自分用のお買い物荷物が、まったく勝手ながら我が家へと送りつけられてきたのでした。

今日はそんな彼の私物を自転車の荷台に積んで、シミズ邸へとデリバリー。 (どこか間違っているような気がするけど。)

そして、送付されてきたダンボールの箱のなかからぼこぼこ姿を現したのが、これらのコップなのでした。


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 ● コップを見ながら酒を飲む。

天気も良いし、野外の桜もまだまだ見頃。
まずは、自分用の一人花見突入への保険を掛けて、白百合(石垣島泡盛、荒濾過44度)を小瓶に詰め、ショットグラスを持参しての訪問です。
ところがむこうも良くしたもので、宝焼酎のお茶割りで出迎えてくれました。
なぜかイカ下足の煮付けや、カツオの腸の塩辛「酒盗」など、飲み助にはたまんない渋い酒肴も用意されており、彼の父ちゃんも本日は留守ということで、昼前からぐいぐいと二人で飲むことになってしまいました。
一応マレーシアのコーヒーや、なぜかカップヌードルのミーゴレン(インドネシア風焼きそば)なんかも交えて、異国情緒を飽くまでキープした飲みを維持します。


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 ● まる秘の物<ブツ>は、「タイガービール」のコップたち。

ノベルティーグッズにはさほど興味がない自分ながらも。
これだけいろいろなヴァージョンのタイガービールコップを一堂にすると、商標であるロゴの変化やプリントの具合、時代を追ったガラスの成形の様子など、なかなか楽しい世界です。
あーだこーだと、コップを観察しながらの昼間飲み、体内アルコール度も徐々に高められ、二人飲みながらも、気分はますます盛り上がっていくのでした。



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 ● 多民族国家マレーシアらしく文字の表記も様々です。

英領マラヤから独立してマレーシアになった1957年の年号入りコップにはMERDEKA(ムルディカ;独立)のマレー語の文字がみられ(左上)、今回のコップのなかで特に異彩を放っています。
コップ底にみられる製造所の王冠マークも、パターンが幾種類かあり面白いです。
華人も多いマレーシアらしく漢字があったり、なかには南インドのタミル語が書かれたものなど結構なレアものもあります。
そんなビールコップの数々を手にとりながら、ショットグラスでの泡盛一気が至福の一時となりました。


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 ● 今日の留守番役は犬の散歩も兼ねたもの。

酒休めには、なんといっても気分転換の散歩が一番です。
シミズ家の飼い犬、ラブラドールの「ごん」を連れての散歩は、まったくもっての犬まかせ。
犬目線で細い路地に入っていったりと、歩くコースが人間の散歩と異なっていて、結構新鮮でした。

今回のシミズ君のタイガービールコップは、KLやペナン、マラッカのショップやフリマなんかで探し出したものとのこと。
海峡を有した古くからの交易の町マラッカは、確かに多民族の情緒に溢れた、とても趣のある町でした。
折角なので、過去の旅のアルバム写真からおまけながら載せてみますね!


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 ● 旅写真より マラッカ その1

イスラムのモスク、道教の祠堂、運河越しにはキリスト教会の鐘堂の尖塔が覗く。


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 ● 旅写真より マラッカ その2

あまりにもデコラティブな南インドスタイルのヒンドゥー教寺院。
干潮の干潟にはムツゴロウを特大にしたような、背鰭のブルーがとても美しいハゼがあちこちにみられ神秘的でした。
また、夕陽を背に叉手網をたたみ干潟の漁から戻る人の姿がとても印象的でした。


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 ● 本日頂いた旅土産。

小型のタイガービールコップ(径58×高さ85ミリ)は、エッチングプリントの現代のもの。
ごろっとした肉厚で熱湯にもびくともしない丈夫なコップです。

真鍮製の三段弁当箱はアンティークもの、刻まれていたのはグジャラティー文字。
蓋の開け方が、インドでも見ることがない独特な方式とのこと。

あまりに強烈な白檀匂の石鹸<確かに日本にはない石鹸の匂い>は南インドのアユルヴェーディック・ソープ。

マレーシアのローカルコーヒーは、淹れた上澄みをすする飲み方が主流です。
成分をよく見ると、マーガリンなどと一緒に焙煎させ独自の風味を加えています。



お酒もいいけれど、やはりチャイニーズに南インド、マレーやババニョニャ料理など、ヴァリエーション豊富なマレーシアのご飯やデザートが食べたいかな・・・・・・・・・  (^_^)v    





  1. 2017/04/13(木) 21:27:07|
  2. うつわ
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339 コップ





上水沿いの桜を愛でながら、自転車で国分寺へ。(2017年4月5日)


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 ● 「山本萠作品展」  国分寺 くるみギャラリー。  4月10日(月)まで開催。

今回のくるみギャラリーでの個展は例年に比べ幾分期日も早く、まさに桜満開のタイミングでした。
会場には、軸やパネル装の書、カレンダー原画などの絵画の展示にに合わせ、詩集やエッセイ集、オリジナル写真カードなどが置かれています。
詩、書に絵画、どの分野でも多彩な、萠さん独自の世界が展開されています。
特に書の表具は、萠さん自らが選んだ布裂でなされ、毎回ながら、書と布の絶妙なバランスの組み合わせの美しさに、思わず見とれてしまいます。
厳選された詩人や俳人の詩句を、力まずたおやかに、さらりと見事なステップを踏むように記された書は、言葉を、発した音として捉えるのとはまた別の面で、脳裏に深く刻み込まれます。

本日は初日ということもあって、詩のお仲間をはじめ様々な方が来られていました。
自分は門外漢ながらも、そんな皆様と同席し、厳選された器でお茶を喫しながらの、お話しも楽しい一時でした。

昨年度より設けられた、入口扉付近に置かれた「どうぞ御自由にさわって下さい」コーナーは、萠さんが蒐め、家で使っていた小物の即売コーナー。
古い時代の陶片から、現代の作家物や工業製品に類する物まで、新旧問わず、萠さん独自の眼でもって選り抜かれ、実際に暮らしのなかで使われてきて育てられた物が並んでいます。

李朝の粉引碗や、渥美焼きの自然釉碗、江戸初期の有田(伊万里)の蕎麦猪口などといった、骨董としての揺るぎない定番アイテムから、現代のキッチンウェアーの真新しい琺瑯メジャーなんていうものまで、ニコニコと同価値で並ぶ小物たち。

近ごろは小物もまるで買っていなかったけど、花見の時期のこの季節、一度使いとしてもままごと遊び出来るような、コップなどを連れて帰ることにしました。


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 ● 選んでみたのが、コップと漆器。

いずれも日常使いのシンプルなもの。

腰括れで端反りのコップは、昔の石版刷りのビールのポスターにあるようなかたちのもの。
一口サイズのビールコップでしょうか?
片や首にエッチングの細線、それと底部が面取りといった、よく似た規格のコップです。
しかしながら、よく見るとガラスの質の違いか、色味も黄色味、灰色味であり。
素地や底部の厚みも結構異なります。
実際に二つのコップに、同時にビールを注いで(残念ながら缶ビールで)、その感触を試してみることに。
いずれもビール用としては容量が少なすぎる感じです。

自分としては、コップは絵に描いたような、単純な筒型のものが好きですが。
小さな手でもしっくりと馴染むこの手のかたちも、実際に使ってみると、とても良く握れ、それほど悪くないかたちです。


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 ● 台皿    漆器・朱塗     径138×高さ40ミリ。

漆器のほうは高台も高く、酒肴の珍味を少量載せたり、茶菓子受けとして合いそうです。糸底、口端にわずかに覗く下地の黒塗りが、質素ながらアクセントとなっています。
素地がすっかり木痩せしており、径が5ミリほど違うので、結構楕円形となっていますが、そんな点も経年環境の履歴を感じさせ、やきものにはみられない余興となっています。


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 ● コップ   ガラス、エッチング  径59×高さ94ミリ。

線入りのコップは若干素地は厚めながら、底部は薄く、全体の総量も軽く、お酒の容量も余計に入る感じです。
よく見ると素地に、微妙な気泡も封じ込められており、そんな景色を愉しみながら、丁寧に握る感じでしょうか。


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 ● コップ   ガラス、面取  径53×高さ90ミリ。

面取りコップは底部が分厚く、空でも結構な重さを感じさせますが、面取り部分は指の掛かりも良好。
ビールはともかく、焼酎などの蒸留酒をストレートで、ぐいぐい飲むには手頃なサイズで安定感があります。
横に臥しながらの寝酒向きのコップといえましょうか。


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 ● 保存瓶      耐熱ガラス    径115×高さ125ミリ。

こちらは、おまけというか。
展覧会に行きしな通りかかった薬局の「ご自由にお持ち帰り下さい」コーナーにあったもの。
大中小と三個のガラス製の保存瓶(密閉容器)が置いてあったけど。
なんとなく、一番古めかしい中のサイズを頂いたものです。
パッキンがシリコン製のため、最近のものと思っていたのですが、
よく見たらフランスの業務用食器メーカー”DURALEX”社製でしたが、ロゴマークのかたちが現在の製品のものと随分異っています。
案外、どオレンジ色のゴムパッキンが使われていた、旧いものなのかも知れません。
容量は1.5リットルあり、胡瓜を一本、切らずにそのままピクルスに漬けれそうなサイズの容器です。

想わぬ出物で展覧会の最中、ぼっこりとふくらんだ鞄を手にして恥ずかしかったけど、ガラスがガラスを招いて、コップを導いたこととして、良かれといたしましょう。


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 ● 本日の収穫物。 「書」を観にいったはずが・・・・・・・・・すみません!



さて、お花見にはどちらのコップを使おうか!?  (^-^)  




 
  1. 2017/04/06(木) 19:56:21|
  2. うつわ
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335 関口さんのかご






久しぶりに関口さんのバスケタリー作品を観てきました。(2017年3月15日)



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 ● 『 - 自然を飾る - 』 関口千鶴 Basketry 展  2017年3月14日-19日  ギャラリースペース パウゼ  東京都新宿区船河原町



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 ● 会場風景

関口さんといえば、なんといってもシュロの葉を余すことなく編んだ作品です。
今回の個展では、そんなシュロの葉の作品と、様々な素材と要素のかごが混在しており、とても賑やかで楽しい展示でした。



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 ● 「鳥の巣籠」など。

あたかも鳥が作ったような、様々な素材の草木の混合で編まれたかご。
「鳥の巣籠」 (写真下)の中には、鳥の卵に見立て、小石が納められていて、掌に丁度載るような大きさで、とても愛らしいもの。



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 ● 「鳥の巣籠」(左上)、「枝トゲのいのしし」(右上)、「鳥の籠」(中)、「桜ビーズ」(下)

「鳥の籠」 は、シュロ葉を主骨にツヅラフジなどの別材を、もじり編みで編んだ作品。
かごの真ん中を膨らませ両端を締めることにより、かごのかたちもバイキングの船のように船形に反り上がります。
棕櫚の葉は掌形をしているので、葉先のほうだけ締めればよい。
茎髄は鳥の嘴や頭に見立て、葉先は末広がりの鳥の尾となります。
シュロの葉と、異なる素材の組み合わせにより、さまざまな表情の「鳥の籠」が並んでいます。
似たような編みのかごがアフリカにあるといいます。

「桜ビーズ」 はシュロの葉のかごの要所に、桜の小枝皮がビーズ状に通されたかご。
しなやかな桜皮は樺細工や、木製の曲物の綴じ皮として用いられます。
採集するのは、丁度桜の花の開花間近の水揚げの季節がよいらしい。
水分を多量に含んでいるので、小枝の芯を根気よく木槌で叩いていくと、芯の部分がするりと抜けて、外皮がそのまま管状に残り、桜ビーズが生まれます。
関口さんは、花の満開の季節は遠慮して、花が終わった後の材を使用しています。

「枝トゲのいのしし」 (右上)は、ムクゲ(槿)の小枝の皮の一部を剥ぎ組み合わせたものです。

樹木の剪定で、ゴミとして出された小枝なども、時に活用されて新たなかごが生まれていきます。



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 ● 人工物の廃材を素材として編んだかご 「漂着端片」(上)、「キッチンバスケット」(下)。

昨年秋の山脇ギャラリーのバスケタリー展で、久しぶりに接した関口さんの作品は、流木や漂着ロープなどの素材が加味された一風かわったものでした。
ともかく植物自体の自然素材を活用したイメージが強い関口さんの作品にあって、今回の展示でも色鮮やかに結構目立っていたのが、人工素材の廃材をつかったこれらの作品です。

一見プラスチックウールの束子のように見えた作品「漂着端片」 (写真上)は、
よく観ると漁具に用いるナイロンロープの端片と確認できます。
波による自然の力で洗い流され、すっかり解きほぐされて絡み合った繊維はまるでフエルトのようです。
要所をちくちくと縫い合わせてまとめていますが、一本のロープを人為的にほぐした場合は、このような複雑な具合にはならないのだとか。

ところで、これらの人工素材はビーチコミングの対象としては認識されても、素材的にもいつまでも分解されることなく、微細なプラスチックビーズとなり恒久的に残存し、海洋の生態系の複合汚染を引き起こす迷惑な厄介ものです。
キャンディダ・ブラディ監督による『 TRASHED - ゴミ地球の代償 - 』 という環境ドキュメンタリー映画では、プラスチックスープの海が引き起こす絶望的なまでの自然破壊を、緊急問題として警告していましたが。
これらの人工素材を端迷惑なゴミとして吐唾するのではなく、自然がつくった(二次加工した)素材として再度見直している、関口さんのそんな視点が面白いと思いました。

今回の会場に演示的に置かれていた流木片などは、波の作用で独自の滑面が生まれ、確かに誰が見てもきれいに感じられるものの、これらのプラスチック片だけを完璧なゴミとして、ひと絡げに目の敵にしてしまうのは間違っているのかもしれません。

ロープも繊維を綯ってつくる織物と考えれば、この状態に変形した漂着片は、いわばかごの末路といえるものです。
関口さんの作品では、素材を綯ってから一度ばらし、その縒りがついた状態のかたちを活かし、再度組み直し編み込むといったプロセスもみられるので。
一見単純にみえながらも、この作品も再構築プロセスに連らなる一環した制作の流れといえそうです。


ラミネートパックの銀紙をコイリングした作品 「キッチンバスケット」 (写真下)は、藁かごや円座などの民具でもよくみかける巻き上げ編みです。
リングノートから取り去ったようなカラフルな針金を、端の部分ではコンビーフの缶開け金具でもって、更にくるくるとかしめ、仕上げています。
主素材をぐるぐると蜷巻きにする”渦巻きの”巻き  <形態> と、かしめ金具でもって”巻き上げる”巻き  <動作> が呼応していて、よく観ると結構面白いです。

リングノートの針金は、ゴミを分別出しするときの除去で、いつも難儀しており。
強く螺旋状の縒りが残ったままの針金を、再度伸ばして、資材としてわざわざ貯っておくことまではしません。
同様に、コンビーフの缶開け金具の場合も、一回きりの使い捨てで、いつももったいないと思いながらも、金具に巻き付いた缶材片を外し取り置くには、指を切るリスクがあり(実際に幾度か切った)いまはしていません。

食品保存の瓶詰めから、さらなる利便性を追求して誕生した缶詰ですが。
缶詰誕生のころは、専用の缶切りはまだなく、ナイフなどで無理矢理開けていたといいます。
コンビーフの缶開け式着想も、当時としては多大な発明だったわけですが、いまではリングプル式で、缶切りいらずの便利なタイプが広く流通しています。
しかしながらコンビーフ缶は現在でも、コンビーフの食品としての粘性のゆえか、台形の山形であり、例の缶の側面を切り開けて中身をとり出す方式を採用しています。
缶に付く巻き舌を、金具の穴に確実に差し込んで、竹の子巻きとならないように確実に巻き上げて開けるには、このサイズの使い捨ての金具が一番なのでしょうか?

イタリアで買った缶切りのおまけに付いていた、コンビーフ缶開けらしきものは、割りピン形で栓抜きも兼ねた特大のものでした。

**<ブログ№149 缶切り>
http://utinogarakuta.blog.fc2.com/blog-entry-149.html

これだと、巻き取られた片材を、後で引っ張ればすんなり除去出来るのでしょうが、頻度の問題でわざわざ試すことのないままです。


以前、浦和の埼玉近代美術館でアフリカのファイバー・アート作品展を観たことがありました。
巨大なテキスタイル作品は、遠目では布製のカーテンのように見えますが、近づくと総てが空き缶のリングプルや王冠を数珠繋ぎに仕上げられていて、度肝を抜かれました。
それはアートとして作られた作品でしたが、廃材の素材を転用して実用の生活道具に仕上げてしまう流れは、物資の枯渇した地域にあっては日常的にみられる現象といえます。
展覧会では、参考資料として ”みんぱく”(国立民族学博物館) 所蔵の、廃材や人工素材を上手く活用した、アフリカの現代の民具が同時に展示されていました。
かごの世界でも、本来自然素材が使われていたものが、後に新素材に移行してからも、もとのかたちを写す現象がときにみられます。
従来の製品のかたちを出来るだけ踏襲し再製しようとする現象は、同時に、もとからある道具を「大切にしたい」という人の敬意が込められているようで、観ていて実に面白いものです。


自分は、やはり自然素材のものが好みながらも、今回はこのような人工素材のリサイクルユーズを、改めて会場で拝見し面白く感じました。
関口さんの廃材再構成作品に触れ、話しがあらぬ方向に脱線してしまいましたが。
自然素材、人工素材の区別にとらわれることなく、かごの素材を追求し、真摯に向き合う関口さんの姿勢が素敵でした。

バスケタリー作家がとらえる”かごの世界”の発想の自由さと論理は、まずは第一に機能としての役割が足枷となる”実用のかご”とは異なり、かごの世界の可能性をさらに幅広いものとして捉えており、いつも感心させられます。



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 ● 「重なり」 棕櫚の葉5枚。

掌状のシュロの葉の形態を利用して余すことなく編んだ作品。
関口さんの作品というと、やはりこのようなシュロの葉をフルに活用したものが真っ先に思い浮かびます。
平らなままの葉ではなく、螺旋状に縒りをつけた葉を組んでいる。
編み目が安定し強度も増す構造で、自身が思い描くかたちとともに、葉の長さ、硬さなどのシュロの葉自体の特性が要因となり、最終的に作品としてのかたちがまとめられる。

関口さんは、最初から、このような縒りをつけた葉を利用して作品を作ろうと試みたのではなく。
あらかじめ葉を互いに綯っていたものを作っておき、そこからかたちを仕上げようと加工していたものが、ある時偶然解けてしまい。
そのとき残された、螺旋状に縒りがついたまま定着し、もう二度と元には戻らないそのかたちが発想となって、
この要素を利用した、螺旋状に縒りをつけた作品の「よりあとシリーズ」が生まれたといいます。

今回の展示では、作品以外にも植物の種子や流木などの演示小物でさりげない演出がなされており、そちらにもつい目が入ってしまいましたが。
そんななかで置かれていた、 「フジの豆の莢」なんかは、花が終わって結実した若い莢は平たく真っ直ぐなかたちながら、終いには強く螺旋状に捻れていき、その変形に耐えきれなくなって、なかの種を外部へ弾き飛ばします。
強度を増す螺旋のかたちは、植物のなかにもしばし観察できます。

植物素材は、まったく同じ場所の同じ種類であっても、採集時期や保管条件によってまるで違ってきますから、バスケタリー制作でもそれぞれの部材のもつ特性を見極め、かたちに反映していくその工程が、とても興味深く感じます。



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 ● 「籠の穴」(左下)、「よりあと」(右上)。

こちらも同じく、螺旋状に縒りをかけた葉を組んだ作品です。
「籠の穴」では、細竹が輪状に留められています。


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 ● 「葉を組む」

近ごろでは、手の調子が芳しくないという関口さん。
今回の近作では、シュロの葉にあえて縒りをつける加工はせず、平たいままの状態で組んだものです。
シュロの生育状況や、若葉、古い葉など、それぞれの感触がまるで異なっているのだとか。
仕上げの最後、最終的な口(穴)のかたちは、それぞれの葉の特性により大きく左右されます。


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 ● 「葉を組む」

こちらもシュロの葉を平状のまま組んだ作品。
すっと立ち上がったかたちが美しいです。


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 ● 卓上にもかごが。

お茶を出すテーブルの上にも、さりげなくシュロで編まれたかごが置かれていました。
こちらのかごには、蜜柑や糸玉が入れられていたこともあってか、関口さんの作品というよりは、より実用性に依った親しみを覚えました。
同じシュロの葉のかたちを上手く使いながらも、その主軸の方向を変えて編むだけで、まるで異なったかたちに仕上げています。
蜜柑のほうのかごは、オーストラリアあたりによく似た編みの民具のかごがあるらしいです。
糸玉のほうのかごも、ニューギニアの、ヤシの葉を利用して編む簡易かごによく似ています。

シュロの鬼皮は箒にしたり、あるいは一部の地方ではそのまま幾枚も繋ぎ縫い、蓑にします。
鬼毛のほうは繊維を綯ってシュロ縄に加工します。
自分の住む武蔵野の農家の庭先には、シュロの木が植えられているをよく見かけます。
もともとはシュロ縄を得るための移植と聞きました。
鬼皮をほぐすと塵が落ちやすく、シュロ箒は一年ほど土間掃きで用い、後に塵落ちがおさまってから、ぬるま湯で洗い座敷用に下ろします。
沖縄ではシュロとよく似たクロツグの鬼毛(マーニ)で綯った縄を民具に用いていましたが、そちらは強靱ながらもともかく塵が落ちやすく、後伝の塵落ちのより少ないシュロ縄が、食品などを扱うメシカゴなどの吊り縄として定着していったという経緯があります。

利便性の高いシュロながら、葉の活用としては団扇や蠅叩きぐらいしか思いだせません。
蝿叩きは、シュロの葉元を数カ所、紐で締め合わせ仕上げるとても簡素なものですが。
三角形の茎髄をしたシュロの葉は、よくしなりながらも適度な強度があり、蝿叩きの柄としては最適な素材です。
誰もがシュロの葉を手折っただけで、簡単に作れてしまう蝿叩きは、シュロの葉を利用した最も原初的な加工品(かご)といえそうです。


最後に随分と脱線してしまいましたが。
関口さんのシュロの葉でつくる作品が魅力的なのは、シュロの葉のもつ素材の特性を、素直に十分に引き出している点だと思います。
自然界の造形は、実に揺るぎない完成されたかたちをしていますが、そこに更なる手技が加味されることによって、より美しいものとして生みだされた、今回の関口さんのバスケタリー作品でした。


 *<このブログでは民具のかごも一部紹介しています。 よろしければそちらも是非ご覧下さい。 「民具」か「うつわ」 のカテゴリーでブログ内検索して下さい。> 



かごのヒントはあちらこちらに観られます、関口さんのバスケタリー作品に触れた有意義な一日でした。 (^o^)   




  1. 2017/03/21(火) 20:43:49|
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