うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

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390 阿波木偶まわし





松の内は開けてしまいましたが、丁度関西では十日えびす を迎えます。
”十日えびす”といえば、福笹に”えべっさん”。
えびすの芸能では、エビスなどの木偶を手にし祝言を述べて門付けする「三番叟まわし」、「えびすまわし」が徳島県を中心に香川県・愛媛県の一部にみられます、新春の言祝ぎということで選んでみたのが、この阿波木偶まわし です。
今回は昨年10月に、近所の美大の講演会で実演されたものを軸に記述してみますね。



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 ● 『 福を運んだ「でこまわし」 阿波木偶まわし保存会20年のあゆみ - 写真記録を中心として - 』   芝原文化研究所、2016年

人形遣いの芸能といえば、まずはなんといっても一般に思い出されるのは世界遺産にも指定された人形浄瑠璃の『文楽』でしょうか。
阿波の木偶<でこ>まわし は、文楽のように一つの人形を三人遣いするのとは異なり、独りで操るずっとコンパクトな仕様です。
使う人形の一式を簡便に櫃箱に納めて移動するために「箱まわし」とも呼ばれます。
また定まった舞台ばかりでなく「三番叟まわし」のように言祝ぎの芸能として、各家を門付けをして訪ねるのも独自のスタイルといえるかも知れません。

10年ほど前に武蔵野美術大学・民俗資料室展示で『笑うエビス』展(2007年)を観たときに、その関連催事として、阿波木偶の「三番叟まわし」、「えびす舞」を観たのが”でこまわし”をみた最初で、今回は久しぶりの2回目となります。

写真上;
手拭いは、初めの時の講演会記念品としていただいたもの。
「三番叟まわし」の三番叟とエビスの木偶が描かれた手拭いにはまだ「阿波木偶廻しを復活する会」(2001年発足)とありますが、保存会となり既に20年を迎え、今回はこんな立派な刊行物をいただきました。

写真下;
新春にエビスから福を授かる。




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 ● 「十日えびす」      2007年撮影

どこか新春の関西人の熱気に触れたくて、10年ほど前に1度ながら、兵庫の西宮神社、柳原蛭子神社、大阪の今宮戎神社などの「十日えびす」を梯子して観たことがありました。
同じ熊手や箕などの縁起物を扱うといえども、東京辺りの歳末の酉の市に比べ、そのパワーの篤さ (というよりは真にHOTな熱いという感じ) には、すっかり圧倒されてしまいました。

神前には神饌としてずらりと並べられた御神酒や、マグロなどの巨大魚がごろごろ置かれており、そんな魚の表面には、福にあやかるため無数に貼られた硬貨がまるでスパンコール状態だったり、賽銭として寄せ集められた紙幣が山と化していたり・・・・・・と、なんとも派手目。
そしてメインの福笹売りには、まるでアイドルのような烏帽子姿の美人どころの福娘が、互いに競い合うように売り子となって勢揃い<今宮戎神社の福娘の抽選は凄い高倍率らしくタカジェンヌも混ざるという>、現世利益の福を求める人々の熱気に包まれていました。

特に通天閣にほど近い今宮戎神社は凄かった。
いったいどっからこんなに集まるのだろうという人混みで、境内には「商売繁昌で笹持ってこい!♪」のフレーズが低音のビートが効いた独特な現代曲にアレンジされ、エンドレスに流れているし、そんな音楽が呪文のようにサブミリナル効果で煽り購入気分を向上させるし、福娘の数もはんぱじゃない。
なかには金髪碧眼の一団の外人部隊の福娘もいたりして、その手の好みの趣向の人にも完全に対応させるという、ともかくひとつ残らず福で売りつくしてしまえの大阪人の招魂の逞しさを垣間見たひとときでした。

この時は当時大阪で院生していたシミズ君に指南役で案内していただいたのですが、今宮戎神社のあとは彼にとってはお決まりの、線路を1本越えた大阪のDEEP地帯でのドヤ飲みとなって、そちらのコースのインパクトも激しかった。
風邪(深夜バス利用で体力的に完敗)+安酒+不夜城のごとく輝く十日えびすに圧巻されて朦朧、竜宮城で一夜の酒宴を過ごした浦島太郎状態で完璧にフェーイド・アウトしてしまった苦い記憶があります。

それでも一応、えびすの総本山的な西宮神社を筆頭に、近在の十日えびす祭を体感できたのはポイントが高かった。
これまでえびすというと大黒とコンビの二福神や、七福神の中ではインド組・中国組の神様とは異なり随一の国産神といった漠然としたイメージしかなかったでしたが、改めてまだまだ自分の知らないえびすの役割を考えさせるきっかけとなりました。



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 ● 展示に際し”えびす”の木偶(デコ)を見る。   2007年撮影

かしら(頭)に付く握りの胴串には名工「天狗久」の銘が。
胴にかしらを差して人形が完成。
それに衣裳をつけただけで人形の中身は全くの空洞となっている。
一人遣いである木偶の構え方は、左手でかしらを、右手は右腕さばきを、文楽の木偶のような足遣いの仕掛けはなく、両足は衣裳に縫いつけられてぶらぶらと垂れ下がる。



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 ● 阿波木偶「箱まわし」

「三番叟まわし」(右図); 『俗人物ほか』 守住貫魚(1809-1892) 徳島県立博物館蔵。
箱に載せられた人形や鼓に加え、人形の操りのポイントが、人形の手の角度や袖のまくり方まで正確に描かれている。


講演会で配布された資料に、阿波木偶まわしについて簡便に記載されていたので一部記載してみます。
系統的には2種類の木偶まわしがあるようで、一つは祝福芸や信仰神事としての「三番叟まわし」などのタイプで表記としては平仮名で”まわし”と表現。
もう他方は、大衆娯楽としてのもので「箱廻し」と、あえて漢字で廻しと表記して区別されています。

***
木偶操りによる「三番叟まわし」は、徳島県をはじめ香川県愛媛県の正月儀礼として藩政期から長く定着してきた門付けの祝福芸でした。
二つの木箱(木偶櫃)を振り分けにして天秤棒で担ぎ、得意先の家々を会談しました。
前の箱には、千歳、翁、三番叟とエビスの木偶を入れ、後ろの箱には神札や御幣の他、祝儀のカネト米や餅などが入れられていました。
通常、木偶を操る芸人と鼓打ちの二人が一組となって、元旦から春先まで稼働しました。
また、秋のえびす講には村々を廻ったといわれています。
回壇先は、すべて日時や順番を決めており、食事の接待を受ける家や宿泊する家も決まっていました。
「三番叟まわし」を迎える家人は、三番叟で清祓され、エビスから福を受け無病息災、五穀豊穣、商売繁昌を予祝され、正月を迎えました。
また「三番叟まわし」は農業神事の側面を持ち、徳島県の「鍬初め」や愛媛県の「ノバセワラ」の神事を行った記録が各地の史誌で確認できます。
その他、普請の際の地鎮祭を行うなど、庶民の暮らしに根ざした民俗文化(芸能)でした。
***
「箱廻し」は、木偶操りを路傍や庭先で演じた大道芸で、全国各地に出向き稼ぎました。
「三番叟まわし」と同様に、二つの木箱に5・6体の木偶を容れて稼働します。
『絵本太功記』や『傾城阿波の鳴門』など人気外題を語りながら、一人で大ぶりな木偶を操りました。

                       ・・・・・・・・・講演会配布資料より。



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 ● 傀儡(くぐつ)師の像と「百太夫神社」(下)      兵庫県西宮市 西宮神社。  2007年撮影

西宮神社境内に鎮座する「百太夫様」(左下)は、人形遣いの始祖といわれています。
境内には傀儡師の像がみられます。
毎年恒例となった百太夫神社祭では、阿波木偶箱まわしが奉納され、社前の大勢の参詣人が集います。
保存会の「えびす舞」<船に乗ったえびす様が鯛を釣り上げる>を楽しみ、福を授かりたいと手を差しだして、えびす様からの福分けで、人々はえびす顔になるといいます。

「えびす舞」は、美大での最初の講演会(2007年)のときに拝見しましたが、宝船が大きく描かれた染め幕を背に、えびすの鯛釣りの様子は、ほのぼのとしたアドリブもあって、新春の福分けとして最適な出し物で、まさしくおめでたい、えびす顔の言葉の由来もなるほどと納得したものです。



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 ● 門付け    『福を運んだ「でこまわし」』写真より

「えびすまわし」(左下)、「大黒まわし」(右下)  徳島県立文学館蔵 津田幸好資料 より。

木偶を左手に持ち、家の門に立ち祝言を述べて門付けする。
芸人は男性に限らず女性も多く見られたという。
木偶頭は、通常の大きさであるが衣裳は小さく仕立てられており、手は衣裳に縫いつけるなどの特長をもつ(女性でも長時間持てるように工夫されたものか)。



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 ● 「でこまわし」の実演 2017年10月        武蔵野美術大学 東京都小平市 にて

左上; 「えびすまわし」

右上; 「三番叟まわし」

右上3段目; 「お福まわし」

上2段目; 『傾城阿波の鳴門』(けいせいあわのなると) お鶴とお弓

左上3段目、右下; 『日高川入相花王』(ひだかがわいりあいざくら) 妲己

左下; 『絵本太功記』(えほんたいこうき)   光秀と十次郎


木偶まわしの歴史、人形や道具の説明、実演では祝言芸の「三番叟まわし」から始まって、門付けもの、時代物などさまざまな演目のさわりが楽しめた、とても内容の濃い講演会でした。
まるで一人遣いとは思えないような人形の様々な動きにはすっかり魅了されました。
特に道成寺を模した内容の『日高川入相花王』では、女の執念が蛇神となって川を渡り抜くその様の、髪振り乱してのなんともいえないアクロバティックな動きに圧巻されました。
三業一身で人形を遣う文楽に比べ、道具遣いはいたって簡便ながら、とても活き活きしており素晴らしい。
その設えも舞台を構えてといった仰々しさとは異なり、ミニマムな装備と祝言・門付けなどの放浪系の遣いのなかに、どこか民俗芸能としての原初的な流れを感じさせられました。



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 ● 面  妲己(上)、静御前(左下)、十次郎(右下)

能の面(おもて)と同じく、傾ける位置によって、驚くほどその表情が変わる面。
特に「ガブ」という、美女面(上左)が鬼面(上右)へと早変わりする絡繰り仕掛けが醍醐味満点でした。
こうして見ると、日本の木偶の面や絡繰り仕掛けは、ミニマムにして最大効果を引きだすことに一切無駄がなく、本当にとてもよくできた造りとなっています。



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 ● 仕掛け

講演会では、また人形の各部材に使われている伝統素材の特長について解説がなされました。
木偶頭の接着では、幾度も取り外しが可能で直しが効く膠(にかわ)でなければならなく、そして人形に塗られている胡粉は、雨の日には湿度の影響で浮いてしまうため、門付けに出れないといいます。
絡繰り仕掛けのバネとなっているのは、クジラのヒゲが使われており、ひとつの人形を構成する各々の自然素材の繊細さが感じ取れます。

男の人形では5本の指が揃って動く「かせ手」が使われ、指が別々に動く特別な手(右上)を使うことがある。
女の人形では、親指以外の4本の指が揃って動く「もみじ手」 (左中)が使われる。
弓手の構造(左下)

現在使っている木偶のなかには、すでに使われなくなり、打ち捨てられていた人形を収集し、修繕して蘇えらせた人形もあるといいます。

保名修繕前の写真(右下)、頭をバラしたところ、細かな部品によって構築されているのが知れます。 『福を運んだ「でこまわし」』より。



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 ● 「でこまわし」写真     『福を運んだ「でこまわし」』より


左上; 阿波の箱廻しの人形 1932(昭和7年) 徳島県の三好郡書間町にて(久米惣七添書)。

右上; 鳥居龍蔵が1901(明治34年)に撮影したと思われる「箱廻し」の写真。 東京大学総合研究博物館蔵
現在最も古い「箱廻し」の記録写真。(徳島県旧木頭村)

左上2段目; 大塚人形芝居(徳島県安来市大塚)演芸大会後の記念写真。 個人蔵

右上2段目; 三好郡内での門付け風景(吉成正一撮影、1960年代)

左上3段目; 三好郡内での門付け風景(吉成正一撮影)

右上3段目; 「えびすまわし」の門付け風景 津田幸好資料(徳島県文書館蔵)

左下; 家人は三番叟のご利益とえびす様の福をこころ待ちにする。道行く高齢者も手を合わせて福の神の来訪を喜ぶ。三番叟が黒色尉面を着けると痛む頭をさしだす。暮らしに根ざした文化が時代を超えて生きている。

右下; 三好郡内での門付け風景(吉成正一撮影、1960年代)


*本書は写真記録を中心として構成されており、貴重な古写真はじめ現在の保存会での活動の様子、新聞記事等が豊富に記載されています。



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 ● 『福を運んだ「でこまわし」』より

「正月の門付は雪が多い。吐く息も凍る早朝の雪道は、神々の来訪を刻んで行く。舞台では袴姿で演じるが、門付け本番はそうはいかない。防寒着を着こむ肩に行李の紐が食い込む。門付けは、修行そのものである・・・・・・・・ 」

「春神楽「鍬はじめ」は、三次市内の農家において継承されている。年の恵方に向けて祭壇を造り、農・海・山の幸を祭る。新しい鍬や鎌で家主が初鍬を入れた畑を、三番叟が四隅を踏み五穀豊穣を予祝する。近年には、その農業神事もほとんどみられなくなった。」(右中)


保存会により調査研究・伝承の活動が継続され、厳しい寒さのなかまるで修行のごとく行われる門付けは、2003年度時点で600軒。

そして2017年実績では1月1日午前0時から徳島県下6市7町の民家に福を届けした門付けは、旧三好町の師匠の門付け先を受け継いで16年目を迎えました。
門付けは徳島県西部から徳島市阿南市近郊を中心に、この年より那賀市・美波町、香川県の伊吹島、愛媛県東予地方へと展開し、門付け件数は1000軒を超えました。
保存会のHPに詳しい内容が記載されています。
興味のある方は参照下さいませ。

阿波木偶箱まわし保存会
http://wwwa.pikara.ne.jp/ebisu/



今回は、やっと新春にふさわしくえびす様にあやかり、少しばかり福を届ける内容となりました。 (^-^) 




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  1. 2018/01/10(水) 15:53:35|
  2. 信仰
  3. | コメント:0

389 新年散歩





風邪でダウンしたまま寝正月の年明けでしたが、このところ恒例となった新年会、鎌倉のMちゃん宅へ行ってみました。




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 ● 『シネマ・アンシャンテ』    山田宏一・濱田高志 著

「『シェルブールの雨傘』で不動のの人気を獲得した映画監督ジャック・ドゥミと作曲家ミシェル・ルグランのふたりの足跡をそれぞれ交流のある著者が異なる角度からアプローチしたヴィジュアル・ブック。」  帯文より

Mちゃん宅にさりげなく置かれていたのが、このシネマ本。
丁度大晦日に観た映画「ロシュフォールの恋人たち」のカトリーヌ・ドヌープとフランソワーズ・ドルレアック扮する双子の姉妹が踊る有名なシーンが表紙写真となっており、ついつい手に取ってしまいました。

昨年刊行されたこの本の帯文には「ロシュフォールの恋人たち、公開50周年祈念出版」とあります。
そうかぁ、もうそんなにたつのですね。

ドゥミ+ルグラン コンビ映画の、各シーンの写真や刊行物の図版も満載で、時代性やデザイン史を考慮して見ていくと、いま見てもどの図版もとても洒落ており新鮮で興味深いです。
特に、配給された国ごとによって独自に作られたポスターなどの刊行物や、サントラのレコードジャケットにみるデザイン・ワークはヴァリエーションが豊富で、ひとつの映画を映像として観るのとは、また別の面でとても楽しめさせてくれます。

東和の年賀状1967年(上)は、よく見ると『ロシュフォールの若者たち』と書かれています。
その片隅には「70ミリ総天然色」、映像技術も徐々に向上して、いまと違って当時はまだまだ映画が娯楽の王道として揺るぎない地位にあり、観客もこんな最新技術の一文に惹かれ、映画館に足を運んだことでしょうか。
原色のサイケなイラストのルーマニア上映版ポスター(右下)も時代を感じさせるデザインで綺麗です。
山田宏一のシネマ本は、ヌーヴェルヴァーグものやヒッチコック関連など、毎本とても興味深く拝読しているけれど、今回のような共著本も実によいものです。

年が明けて訪れた図書館の新着本コーナーで見つけたのが 、 『映画を聴きましょう』細野晴臣 キネマ旬報社 は、映画を音楽の視点からとらえたキネマ旬報連載のエッセイです。
口絵となっているイラストレータが描いた各映画のシーンには、なかにはう~むと少しためらってしまうカットが強いながらも、ミュージシャンの細野晴臣の滑舌のよい文章と洞察力の深さ、音楽の総てを知り尽くしたこのエッセイを読んでいると、ついつい紹介されている映画を音楽に注意しながら観なくてはという気分にさせられます。
確かに、自分の中でも好きな映画はどの作品も映像と音(音楽)のハーモニーが絶妙なものばかりです。
近年観る映画のなかには、音害というか、どこか音が多すぎて観ていて気になり苦痛となる作品も少なくないので、このエッセイを読んでいて、映画と音楽の関係性になるほどと感心させられてしまいました。

音楽同様に、自分の場合は映画に登場する道具をいろいろな視点から愉しむ傾向が強く。
そういえば、フリマで偶然木靴を手に入れたときには、ジャック・ドゥミが撮った短編ドキュメンタリー『ロワール渓谷の木靴職人』1955を改めて見直してみたものです。

ブログ№214に紹介。

現代では映画自体が劇場で鑑賞する一期一会的なものから、誰もが時と場を一切気にすることなく気楽に自在に観られる時代となりなりましたが。
同時に、細野晴臣もこのエッセイで指摘していますが、映画音楽も鮮明なDVDリマスター盤に比べ、オリジナル版はフィルムに録られたどこかくぐもったものではあるけれど、音質という条件をはるかに越えて体感できる許容量はオリジナル版が歴然と秀でており素晴らしいと語っています。
やはり、映画の心に響く度合いというのは、技術力だけでなく時代との調和性にみられるのかも知れません。
ドゥミの映画も意識して見直して観なくては!



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 ● 新春気分のごはん会

Mちゃんが実家から持ち帰ったというお節のご飯、ごまめ、金団、伊達巻、膾、黒豆、昆布巻、雑煮の御相伴にあやかり、やっとこの寝正月より晴れて正月気分を味合いました。

藤沢に住んでいる、一番古くからの旅友達Sさんも誘ってみたら、仕事を終えてから合流。
前回会ったのが震災の年だったから、本当にロング・スパンの再会が嬉しく、3人で飲むお酒はますます進んでいくのでした。

翌日はタッパーに詰めた弁当を持って海辺でワイン。
この日はずっと曇っていて寒々としていましたが、珍しくこの海岸にして人気がまるでなく、新春の長閑な浜辺を眺めながら再び乾杯です。



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 ● 紙ものが結構可愛い

時にフランス本の翻訳もやっている詩人のMちゃん宅、届いた絵葉書など洒落た小ものも多い。
小型の本型箱のパッケージを開けると、納められていたのはキャラメルとフルーツゼリー。
日本の味にはちょっとないフランス菓子の甘味が美味でした。

詩集の話しから、本の装丁や活字、手書きの文字、手紙などの話しへと広がり。
しまいには、本年の年賀状評(その意匠と文字の特長など)。
友達の年賀状の見知らぬ人の書面やデザインを、あれこれ語り合うというのは、ちょっと悪趣味で変わった趣向ながら、お互い昨年来続いている新春遊びです。

『野草雜記・野鳥雜記』柳田國男 昭和15年の第二刷(16年)の箱入り二冊本は、戦時中の酸性紙ですっかり紙焼しているけれど、それぞれ茶と鶯色のカバーに付箋が貼られたデザインが美しい。
柳田國男といえば、民俗学や世相史ものしか読んでいなかったからこういった本もあったことに驚き、こんな昔の稀覯本を年始にお年玉として頂いてしまい大感謝です。
旧漢字の活字を追いながら、古紙を捲る愉しみは、現代文に改訂された文庫本を読むのとはまた一味異なった喜びです。




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 ● 新春の神社巡り。

稲村ヶ崎より鎌倉までは、普通に歩いておよそ1時間。
今回は途中で小さなお宮さんにお詣りしながらの寄り道です。
社に亘された大きな注連縄、社殿の御神木、本年の干支絵馬など見るべきものも多いです。



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 ● いざ鎌倉

観光地である鎌倉、お洒落なショップや土産物屋も数多く人混みで賑わっていますが、つい目が入ってしまうのは人気のない裏路地や、昔ながらの店舗のウィンドウ、そしてどこかキッチュなものたち。
コケーシカは今回は開店していましたが、さすがにお店の中に入るのはなんとなく恥ずかしくウィンドウ・ディスプレイのみでしたが愉しませていただきました。
こけしもマトリョーシカと併せて若い世代で「かわいい」ブームを呼んで久しいですが、日本の郷土玩具の持つどこか親しみの持てるとぼけた表情が好きです。



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 ● 歴史を感じさせる建物に出会うのもぶら歩きの喜びのひとつ。

和洋を問わず住宅や店舗、屋敷などと魅力的な建造物が随所に残された鎌倉です。
各々の建物の細部を見たり、勝手にこれまで歩んできたであろう建物の歴史を想像しながらの、一人よがりの建築ウォッチングが面白いです。



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 ● 鎌倉歴史文化交流館     鎌倉市扇ガ谷

世界的に著名な建築家ノーマン・フォスター率いるフォスター+パートナーズが設計した個人住宅「Kamakura House」(2004年竣工)が市に移管され、シンプルなそのデザインに配慮しながら改修工事して、昨年春にリニューアルオープンしたのが「鎌倉歴史文化交流館」です。
館内では、鎌倉の歴史・文化を通史的に紹介し、あわせて鎌倉で発掘された出土遺物などが公開されています。
また、広く活用できる施設となるよう、さまざまな教育普及事業や交流事業が開催されています。



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 ● 鎌倉歴史文化交流館 展示の様子

鎌倉歴史文化交流館のオープンに際し、本来はガレージやゲストルーム、リビングや寝室だった部屋が、通史・中世・近世近現代・考古の展示室として新たに生まれ変わりました。

中国から渡ってきた青磁のやきもの。
人寄せで多数用いられた素焼のかわらけを打ち捨てた塊。
墨書が書かれた木簡。
建築の遺構や、人形や玩具などの遺物もとてもよく残されており見応えがあります・・・・・・。
時代ごとに小体にまとめながらも、なかなか内容の濃い展示となっています。
入館料は大人300円。



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 ● 「鎌倉歴史文化交流館」を見晴らす。

この館の建つ谷戸は「無量寺谷戸(むりょうじがやつ)」と呼ばれ、江戸時代には、相州伝の刀工宗の後裔である綱廣の屋敷があったと伝えられ。大正時代には、三菱財閥の岩崎小弥太の母親の別荘が構えていたという由緒ある土地です。

現代の2棟からなる石造近代建築は、谷戸で囲われた壮大な周囲の景観に違和感なく融け込み、谷戸のアーチ状の岩穴もアクセントとなってまるで西洋の野外劇場さながらの雰囲気です。
会議室であった場所のこの交流室は谷戸に面したガラス張り。
元は池があった中庭部分は、近所住民の関係で大きな音は出せないそうですが、朗読会や演奏会、コンテンポラリー・ダンスなどの、野外ステージとして最高のロケーションです。

Mちゃんに付き添い、ここの交流室の借り入れで詩の朗読と踊りの会の申請のため訪れたのですが、改装オープンということで普通によくある町の公民館の一室の様子を思いながらやってきたので、この借景の豪華さに驚かされすっかり魅了されてしまいました。
この空間、ともかく素晴らしいの一言です。
春に開催の企画も上手く運ぶとよいですね。



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 ● のどかな新年散歩となりました。

おまけ写真は、富士山と江ノ島です。
そして、どこかのお宅の書初めです。
昨年は「春の海」と書かれた書道が4幅窓辺に飾られておりましたが、今年は1幅ながらも「明るい未来」 、なにかと重く暗い事件も多い昨今ですので、この書に励まされ良い一年でありたいものですね!



ほのぼのと新年散歩、楽しいひとときでした。 (^_^)v 



 
  1. 2018/01/08(月) 15:56:24|
  2. 雑 閑
  3. | コメント:0

388 マレーの壺





新年おめでとうございます。
早いもので、また新しい一年となりました。
正月をマレーシアで迎えたことがありました。
この壺はその時に旅先で求めたもの。
戸棚の片隅に仕舞われていたのを、そんな旅気分を思い出して久しぶりに引っ張り出してみました。



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 ● 壺   陶器     径165×高さ150ミリ。

ローカルの博物館を覗くと、ときどき面白そうな土地のやきものなどよく見かけるのことがあるのですが。
コタバルで過ごしたときも、観光案内所だったかどこだったかに問い合わせて、ローカル窯があるということで行ってみることにしました。

小壺ながら無骨な肉厚でずっしりと重たい。
裾広形の高台部分は内刳せず、しっぴきでもって簡単に糸切りしただけのものです。
灰釉らしき釉薬はすっかりかせてしまい、あばた状態。
中国系のやきものだと思うのですが、ほとんど見たことのないかたちです。
けっして古い物ではないですが、使い込まれたさびれ具合が結構良い感じです。



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 ● めざすはトゥクドルパ、地元の交通を使って目的地へと向かう。

めざす場所は、トゥクドルパというところ。
コタバルからはどうやって行ったのか、ワカオバルでローカル列車に乗り、さらにバスに乗り継いで、畑の一本路を小一時間は歩いたはず。



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 ● 予定外ではあったけど結果オーライ。

ようやく辿り着いたトゥクドルパは、土地に昔からあるローカル窯などじゃまるでなく、まったく現代風の電気窯の工房(上)で、まったくもっての空振りでした、トホホ。
帰路の足取りはかなり重たいものとなりました、が、周辺の民家を垣根越しに覗く(下)と、素朴なやきものの水壺などが使われています。
ラッキー!
この小壺も使われなくなって軒下に半ば埋もれていたもの。
おばあちゃん相手に身振り手振りを交えて、同じ小壺を二つ譲っていただきました。



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 ● 『ロシュフォールの恋人たち』   ジャック・ドゥミ

年越しの大晦日、特に家でやることもなく映画を観て過ごすことにしました。
先ずはミュージカル。
大通りを行き交う毎に、くるくると踊り過ぎる人の群れ。
写真で選ぶとすればそんな場面が一番の醍醐味であるこの作品ですが。
意外や、ミッシエル・ピコリ扮する店主の楽器店に置かれている楽器が、よく見ると結構凝っていて面白い。
縦方向に弦が張られたジラーフ・ピアノ (上)、マンドリン、マンドーラなどの弦楽器の横にあるのはぐにゅぐにゅとした蛇のような管楽器セルバン (下)です。
それにしても何でこんなマニアックな楽器が置かれているのか。
白黒の楽器写真と図は、ディヴィット・マンロウ著『中世・ルネッサンスの楽器』よりのセルバンです。



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 ● 『2001年宇宙の旅』     スタンリー・キューブリック

真っ黒の一枚板、モノリスの出現により、骨を武器として道具にし始めた原人。
中空に放たれた一本の骨が、次なるシークエンスでは、美しき青きドナウの軽快なワルツのリズムをBGMにスペースシップの機内へと移動。
近年のSFXの技術をさかんに駆使したスペースオペラの映画は、確かに技術的には凝ってはいますが、どこか構成的にも面白みに欠けるものばかりです。
その点ではキューブリックの2001年宇宙の旅は、なんていったって面白い。



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 ● 『2001年宇宙の旅』     スタンリー・キューブリック

21世紀となってしまった現代でも、この映画の映像はとても魅力的なシーンが多い。
しかもアポロが月に行く前の1968年制作というのですから凄いです。
SF映画としては、惑星ソラリスも好きだけど、やはり2001年宇宙の旅も捨てがたい。



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 ● 『鏡』      アンドレイ・タルコフスキー

タルコフスキーの作品は『ローラーとヴァイオリン』以外は、お気軽に観れるような感じのものがなく、観る側もしっかりとしたコンディションを要求されます。
鏡を初めて観た学生の時も、まるで何がなんだか一向に解らなかったけど、映像美の見事さと同時に、解らないながらも強烈なインパクトを受けたものでした。
これまでに幾度か見直してきたけど、今回は久しぶりに鑑賞です。
難しい映画ながらも最も好きな映画のひとつです。
映画に流れるバッハやペルゴレージの音楽も美しい。



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 ● 『鏡』      アンドレイ・タルコフスキー

スペイン内戦、マオイズムの台頭、社会主義としてのソヴィエト連邦の時代、歴史的な背景をよく知らないとなかなか見えてこない内容が多く、かってはタルコフスキー本も随分読んだものだった。
スペインの踊りのシーン辺りで除夜の鐘が聞こえてきて、新年をまたぎ観たのだったけれど、酒が過ぎたのか気付くと最後は眠ってしまった模様、残念。

かってよく利用した名画座のように、この大晦日はこの3本立て映画で楽しみました。



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 ● 懐かしのやきもの旅

宿が同じだったドイツ人のWILLYと一緒に回ったやきもの旅。
彼の持っているのは、中国製の老酒甕。
この小壺も中国辺りの雑器ではあるとは思うけど、産地がどこかはまるで不明。
後に行ったカンボジアのプノンペンのマーケットでも同じ小壺を見かけたから、かなりの広範囲で流通したものと思われます。
いつだかのお正月それにしても若い自分ですヮ。



本年も宜しく御願い致します!!   (^o^) 




  1. 2018/01/01(月) 18:56:21|
  2. うつわ
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387 お犬さん






クリスマスも終わり、新年のお飾りの開始です。



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 ● 土人形 幅30×65×高さ36ミリ。

来年の干支戌にちなみ、選んでみたのがこの犬の土人形。
いつだかフリマで郷土玩具が出されており、堺土人形の駒とともに求めたのがこの人形。ちび犬だったので値段もたっの100円。
腹には鉛筆書きで「伏見」とある、伏見人形には確かにこれと同じ人形型があるけれど、土質や描写の具合などを見てみると、どこか余所の地域の人形ではないかと思います。
しょぼけた雰囲気に合わせ、昭和の一等貧乏な平瓦に乗せてみました。



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 ● 犬の写真額をさがす。

犬モノのアイテムはほとんど皆無、それでもどこかに犬の額があったはず、ごそごそと小額をさがし発見。
京都の知人Kさんが撮った写真ながら、いつだかネガを借りて暗室で紙焼きしたもの。
もこもこの毛足が長い牧羊犬(ベアデッド・コリア)ながら、すっかりきれいに刈られてしまった模様。
現れた身体がこんなに細っそりとしていたことに驚かされる。
額装を替えようと、裏蓋を開けてみたら、中からごそりと他の写真が現れた。
海外の子供の写真はヒトミちゃんの撮ったもの。
むかし旅先で収集した草花をポストカードにした物の、カラーコピーが一緒に同封されていた。



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 ● ヒトミちゃんの子供写真。

<左上より>
ヨルダン ペトラ。
イラン イスファハーン。
パキスタ-イラン国境。
パキスタン フンザ。
インド デリー。
ヨルダン ペトラ、ベドウィン。
イラン イスファハーン。
ヨルダン ペトラ、ベドウィン。



愛くるしい子供の表情がなんともいえずグッド!
子供との距離の親かしさを感じさせる写真にとても感動して、手札サイズのプリントを譲って頂いたのでした。
そうかぁ、当時はこの額に飾っていたものなぁ、お犬さん写真ついでに見つけられてラッキーでした。



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 ● 押し花など。

旅先では石ころや木の実など、一切お金のかからないそんな拾い物が結構嬉しくて、自分の旅の思い出としていた。
小さな草花の押し花も、そんな旅先で出会い旅の手帳に挟んで仕上げたもの。
ポストカードに仕立て、友達に絵葉書として送っていた。
オリジナルは既に無いけれども、カラーコピーとして残っており、今回そんなコピーをスキャンニングしてみた。
いまのようにパソコンがあればこんな作業は訳もないことだけど、当時は全て手作業でした。


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 ● 『アジアの小もの』

「アジアの小もの」と称して、アジアのおもちゃと子供の写真をポストカードに仕立てたことがあった。
おもちゃ・子供の写真をそれぞれ10選し、暗室で一枚一枚手焼きした。
使ったのはイルフォードのマット印画紙で、各バージョン20セット作りフリマに参加してみたけれどほとんど売れなかった。
ケースやラベルも100%の自製品、綴じ紐も風合いを出すためにトウモロコシの皮を紙縒にして随分と手間のかかったものだった。
おもいでついでに押入を探すと、そんな一部があらわれた。ラッキー。



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 ● 『アジアの小もの』 部分

<左上より>
ネパール ナラ、仏教ネワールのイー(七五三)。
カンボジア、弓張り鳥。
ネパール ナラ、仏教ネワールのイー(七五三)。
ネパールの庖丁とミャンマーのお守り。
イランの塵取。
タイの水鉢とミャンマーの鳩笛。
イラン ペルセポリス、母子。
ラオス ナムター。
ミャンマー イェレーパヤー、花売りの母子。
ラオス ウードンサイ、モン族。
タイのスコタイ焼陶片とミャンマーのお守り。
チベット ラサ近郊、母子。




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 ● 額装を替えてみる。

桜三角のありふれた額を微妙な色合いで塗装し直したものだけれど、中のマットがいまひとつ写真と合っていない。
というわけで、コタバル産の使い古されたバティックの端切れを用いてみる。
爺くさい渋めな表具ながら、一応完成(下)。



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 ● before - after

こりゃほとんど変わってませんゎ。
かろうじて及第点の60点というところか。残念。



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 ● 年賀状にも土人形の写真を使用。

ワンパターンのデザインながら、写真のバックには玩具尽くしの縮緬風呂敷を使用。
よくみると独楽やこけしに混ざり、鯛狆や犬張子も確認でき、戌年を高める雰囲気にアレンジしてみました。
四隅に散らした謎の文字は、ベンガル文字の数字で”2018”
賀状が届く方には、ネタバレで恐縮ながらお楽しみに!



地味クリの次は地味正かなぁ~  (^_^;)  



  1. 2017/12/27(水) 19:32:40|
  2. 雑 閑
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386 地味クリ





クリスマスは地味線


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 ● お飾りはこんな具合

額装されているのは、貰いもののカレンダーに使われていた写真。
どうやら神父が纏う際服の一部分のようです。
金糸の刺繍が施された贅沢な意匠です。
子供の頃は実家でも、大降節のこの季節、おひな様のようにピノゼッピオ(クリスマスの人形飾り)が飾られていましたが、さすがにそんなお飾りも部屋にはないので、石膏製の聖母子像をぽつんと飾ってみました。



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 ● 黒い聖母子像

どこの地域の聖母子像を模したものでしょうか。
何故か埃のかかったこんな像も実家にあり持ち帰りました。



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 ● 実家にあったメダイ

クリスマスとはまるで縁のない図柄で、すみません。
右のメダイは聖フランシスコでしょうか。
ミュンヘン近郊にある中世から続く宗教都市フルダから宣教に来ていた、フランシスコ会のドイツ人の神父の透き通るような蒼い瞳が、子供心にとても印象的でした。
フランシスコを描いた映画では、ロッセリーニの「愛の道化師フランチェスコ」もいいけれど、どちらかといえばやはりゼファレッリの「ブラザーサン・シスタームーン」が好きです。
物欲にかまけているいまの自分はさて置いて、現世の冨をすべて破棄したフランシスコの清貧さには常に憧れます。



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 ● ポルト酒で乾杯

聖餅(ホスチア)も、復活祭やクリスマスなどの特別なミサでは、甘いミサ用ワインに浸され供されます。
子供時代の記憶に残る、そんな甘いワインの味が嬉しかった。
到来物のこのポルト酒も、どこかミサ用ワインを思わせる甘味が美味でした。
東方の三博士の来訪、乳香やもつ薬が焚かれたミサの香煙も、香りという記憶でもって自分のなかでしっかり息づいています。
オマール産の乳香があったはず、どこにしまったんだっけ後で焚いてみよう。



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 ● ニアス島での子供のミサ と ヤモリ

スマトラのニアス島を旅したのは津波の前、もう遙かな昔のことです。
インドネシアは云わずと知れたムスリム人口が最大の国ですが、スマトラはところによってはクリスチャンも多い。
このときはクリスマスではないけれど聖パスカル祭で、子ども達のグループの歌競べがなされていました。
「パスカル、パスカル、アレルヤ、アレルヤ~♪♪」元気な声が響き渡っていました。

部屋のなか、いつのまにやら日向ぼっこに現れた小さなヤモリの写真はおまけです。
今年はゴキブリが出なかったけど、ひょっとしてこいつが退治してくれたのかなぁ?
どこか東南アジアのヤモリ、トッケを思い出させる可愛さです。



近ごろはほとんど出歩いていなかったので、世のクリスマスモードとはまったく無縁、部屋のなかで地味クリです! (^^) 



 
  1. 2017/12/25(月) 09:09:36|
  2. 雑 閑
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