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うちのガラクタ

古びたモノが好きです。日常の捕って付けたようなモノ・コトの紹介です。

523 一枚の写真 _008 地機





 ネパールの旅よりタイに戻り、チェンマイよりメーホンソン州エリアの山岳少数民族を巡るショート・トレックで、カレン族、リス族、ラフ族の集落を訪れた。
 夜明けと共に鳴きだす鶏や豚の声、踏み臼での米搗き、箕で簸るといった朝餉のための生活の音が屋外から聞こえてくる。
自然豊かな生活のなかで聴く音は、どうしてこんなにも優しく心地よいのだろうか。

 カレン族の村では、若いお母さんが傍らで赤ちゃんをあやしながら機織りをしていた。木枠を持たないタイプの地機を初めて目にし、随分と新鮮に映ったものだった。
 これまで載せたブログのなかでも、幾度も使い回ししているのが、この織りの様子のを撮った一枚である。





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 ● 地機      タイ メイホンソン州     1989年8月


 柱に経糸(たていと)を渡し、地べたに座り込んで、地に置いたつっぱり棒に足を当て腰帯を用いて身体を伸ばし、糸をびんと張った状態で布を織っている。
いわゆる経糸や綜絖(そうこう)を取り付ける骨組みを必要としない原始的な機で、その織りの調整は手や腰などの体を使って布を織る。
 このような、経糸をさばく綜絖、緯糸の杼(ひ)、打ち込むための刀杼(とうひ)の3つの道具を用いる機は、日本ではすでに弥生時代の遺物として出土している。
 一見単純な構造に見られがちなこのような道具であっても、機そのものと、微妙な動きを必要とする身体機能を併せて考えていかないと、その背景がまるで見えてこないから、道具の世界はなんとも奥が深いかぎりだ。


 機の仕組みを平たく云えば、綜絖を上げ下げすることにより、筬を通した経糸(たていと)が互い違いの隙間をつくりだし、そこに杼に巻いた緯糸(よこいと)をまわし入れ、さらに筬でもって編まれた緯糸を打ち込み、目を詰めていくことによって一枚の布を織りだす。
古い時代より、人類はこのような原理を応用しながら、多様な織物を作ってきた。

 そして世界には、素朴で単純な作りのものから、精緻で複雑なものまでと、じつにさまざまな機が存在する。

 そんな世界各地の機を一堂に紹介した展覧会が『世界の織機と織物』(2012年)で、大阪にある国立民族学博物館へ観に行った。

 展覧会の副題には「織って!みて!織りのカラダヲ大発見」とあり、実物の展示している機に併せ、その機を使って織物を織っているVTRが上映されていて、とても興味深かった。
 織りの細かな仕組みはよくは解らないながらも、手足を巧みに動かし機と一体となりながら、こうした布が次々に織り出されていく様子を見ていくと、まさに目から鱗状態となりとても興奮した。


 となりまちの小金井市にある東京農工大学は、その前身が帝立蚕糸試験場の流れをくむ。
東京農工大学科学博物館は近年リニューアルされるまでは繊維博物館と呼ばれ、繊維や紡績関連の資料がとても多く充実している博物館だ。
以下は、オープンキャンパスのときの博物館の様子をレポートしたもの、1コーナーにこの写真のような地機が再現され、原始機として紹介されていた。

 ↓
№360 なんとなく寄ってみたら



またこちらの過去ログでは、原始機の簡易な図を載せている。

 ↓
№480 優しさに包まれたなら



 この写真を撮った当時は、布にはまるで興味がなかったけれど、
後に旅先で出逢ったKさんの影響で、少なからず布に興味をもつようになった。

そんなわけで、このブログ内にも布関連の記事を幾つか載せています、よろしければブログ内検索で覗いてみて下さい!







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  1. 2020/09/21(月) 18:32:19|
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522 モノがたり_008 はて?







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 ● 容器    アルミ    218×120×高さ45ミリ


 ひな祭りで飾る菱餅を、そのまま真上からぐぃと斜めに押し潰ぶしたようなかたちの、この容器。
側面の一面に穴5つ、容器のなかの汚れは、まんまる跡が並んでいる。

はて?


 答えは → こちら



 ・・・・・・・・・・・・・・ と、つい”なぞなぞ”問いにしてみたが。

 素材はアルミの鋳込み成形。
道具屋のおやじの云うところでは、「昭和30年代」のモノらしい。

 確かに、戦後の新興遊戯とし登場したこの産業も、戦禍を乗り切った多量の板ガラスが残されたがゆえに生まれた、とも聞く。
容器的には通常は木箱で十分なのだろうけど、金属製品はこのように傾斜したかたちも鋳込みで簡単に作り出せる利点があり、あと戦後のジュラルミン製のパン焼き器などにみるように、戦中に使われた戦闘機などの金属素材を再生して道具に充てようという発想なのかも知れない。


 近頃ときどき観るようになった、この30年代を描いた小津安二郎の映画などでも、まだこの新興遊戯であるこの場が、会社員の暇つぶしや、男女のデートの場として登場する。
 たしかに機械のほうも、コンピュータ制御された現在のマシーンとはほど遠く、まだまだ手加減ひとつで長らく楽しめた呑気な時代ともいえる。
各々のブースにはまだ椅子が無く、みな立ち姿で並んで遊んでいるのが新鮮だった。


 度量衡、いろいろモノをはかる道具は本当に面白い。


 映画 『1001グラム ハカりしれない愛のこと』原題; 1001Grams ベント・ハーメル監督 ノルウェー 2014年  も、そんな度量衡の基準器である㎏原器にまつわるラブ・コメディ。
 その独特なおとぼけ感覚がたまらない作品だ、今夜の映画はこいつに決まりだな。






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  1. 2020/09/19(土) 14:12:53|
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521 一枚の写真 _007 回してみる






 柱に向かい座り込んでのエクササイズ。
・・・・・・・・・ と、このおっちゃんはいったい何をしているのだろうか?






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 ● 牛乳の攪拌       ネパール、チエルルン    1989年8月

 はじめてのアジアの旅は、タイ、インドと友人と一緒に巡っていた。
当然、見るもの訊くもの何もが目新しく、新鮮だった。

 その旅の最中で、「ネパールに来るのなら村へ連れてってあげるわょ」と真知子さんに云われ、友人と別れ一人寄ってみたのだった。

 そこはカリガンダキ(川の名前)水系の支流に沿った地域で、漁労を生業にしている人々の住む”ボテ”の村だった。
そんなかれらの集落の、とても簡素な民家に寝泊まりさせていただいた。


  その経緯などは、こんなかんじです
        
   過去ログ 495 じゃんけんポン


 さて、この写真

 柱に押しつけた壷に入れた棒の先端は、羽根が付いたプロペラのようになっている。
その棒を柱に付けた支持具で固定して、2重回しに紐掛けし、前後に轆轤(ろくろ)引きすると、羽根先が頗る回転し立派な攪拌機の誕生となる。
攪拌させることにより、牛乳(ここでは水牛の乳)のなかの脂肪分(ギー)と乳清(ホエー)とに分離させるのだ。
脂肪分は調理油となり、さらに加工処理するとバターやチーズ、ヨーグルトに生まれ変わる。
また乳清は、微発酵させるとモヒという乳酒になる。

 インドなどの映像でみた同じような攪拌作業では、壷に直接羽根の付いた棒(これほど長くない)を入れ、錐のように手でもみで回しているものがあった。
それでもこの写真のように座り込んで、足でもってしっかりと容器を固定し、轆轤引きすると、力の入れ具合も均一に、長時間におよぶ多量の乳の攪拌作業が可能となる。



 ところで、学生時代に受講していた民俗学の先生の、西洋見聞記のコラムで「バター作り機に洗濯物をぶっ込んだのは誰だ」、といった記事を読んだことがある。
衣服の汚れを落とすのに、従来は布を擦りあわせたり叩いたりしていた洗濯方法が、やがて誰かが攪拌させて布を洗うことを思い立つ。
ふるくから牧畜文化の盛んだった西洋では、家畜の乳の加工として攪拌機があり、そんな攪拌機のしくみを転用・発展させて、やがて自動洗濯機なるものが登場する。
洗濯は水仕事であり、冷たい水に長らく手を浸けての作業は、多くの家事の労働のなかでももっとも重労働の一つであったにちがいない。

 そして、このように回転の作用を使う道具は非常に多く、また動力をうまく伝え回転させるための機構が、さまざまに工夫されている点が面白い。

 家事だけでなく、誰しも苦労無き事にこしたことがないから、つねに人はどこか便利なものに憧れ跳びついてしまう。
そんな思いが、ときに珍奇な、エポック・メイキングの道具を創りだす。

 いつだか読んだ 『昭和珍道具図鑑』魚柄仁之助著 の副題には「便利生活への欲望」とあり。
そこには、これがはたして本当に便利なのか、ちょっと首をかしげてしまうような、そんなヘンな道具がたくさん載っていた。
そしてさらに、この攪拌を利用した洗濯機へといたる、さまざまなタイプの洗濯具が紹介されていた。


  ヘンな道具がたくさん載ってます。覗いてみてください!
*** このネパールの牛乳攪拌機の羽根部分の写真も載せています。

             

     過去ログ №369 便利生活への欲望




 それ以来、このような回転させる道具に魅せられてしまい、つい観てしまうのだった。






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  1. 2020/09/19(土) 11:56:10|
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520 モノがたり_007 ちりとり





 そのむかし、中学校での授業では、女子は家庭科、男子は技術と科目が分かれていた。
そんな中学時代の技術の時間に、ブリキ板を一枚わされて、作ったのが塵取だった。
ブリキ板に鉄筆でもって毛書きし、足踏み式の大型な裁断機に差し込み図面通りに切断(同時に指を落としてしまいそうでとても怖かった)。
次いでヤットコで側面を立体的に立ち上げて、鋭い縁の部分を細かく折り畳み処理すれば塵取のできあがり。
 そんな技術の時間に作ったものとよく似たブリキ製の塵取が、むかしは荒物屋の店先などにあたりまえに売られていたものだ。

 箒を使った掃除では、塵取はなんといっても相方であり必携のアイテム。


 ただ塵取としての機能をクリアーするだけなら、100均で売られているような塵取でも充分だろうけど、やはりどこか味気ない。
そもそもうちのボロ部屋では、プラスチック製品は完全に浮いてしまうので、選択肢としては端から問題外だった。

 ブリキの塵取は雰囲気はなかなかながらも、部屋使いでは当たりが硬そうで畳の上では使えない。

 紙製で渋引きのお多福が描かれたような既製品の張り箕があり、そちらも以前買ってみたけど、すぐに飽きてしまった。
福を招くお多福ながら、この絵があまりに強烈で邪魔だった。

 作家物などのクラフト品の塵取は、見た目にお洒落で格好が良いが、なんといっても値が張るし、これまた家では浮いてしまうにちがいない。

 探してみても、どこかこれといったしっくりしたものが見つからない、そんな道具のひとつに塵取があると思うのだけど、さて皆さんどう思われますか?


「求めよさらば与えられん」と、折りに触れ塵取を探していたけど、やはり欲を持っているうちは願いが神に届かない。

  ・・・・・・・・・・と、それからずいぶん時がたち、すっかり忘れたころにこんな塵取に出会うのだった。





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 ● 塵取    紙張り    幅220×350×55ミリ


 さきに紹介済みの木槌同様に、骨董市のジャンクコーナーに埃にまみれて放されていたのが、この塵取。

 値段は300円だったか?
一応ダメもとで、店のオヤジに出所を訊くと、「茅野のあたりの工場だったかな」とのこと。


 よく見ると解るけど、この塵取は団扇の頭部を真一文字に切って、厚紙で簡易に縁を周しただけの自製品。
縁も団扇の本体も埃に浸されすっかり薄汚れていて、部屋で使うにはそれでなくても貧乏臭い生活に、さらなる輪を掛けていきそうで、どうしたものかと迷った。

 ただ長野の茅野あたりは、かっては製糸工場や紡績工場などがあったところ。
蚕の繭を量る枡には、紙製の繭枡なんかもあったりするし、この塵取もたぶんそのような工場で簡易ながらも使われていたにちがいない。

 そう想うと、モノに付随するストリーのほうにより価値を見出してしまい、いつもの”なんともモッタイナイ”精神がむくむくと昂まるのだった。

 ・・・・・ と、いうことで最終的に家に連れ帰り、ネパールの薄手のロカタ紙を貼り増しし、さらに表面に柿渋を塗って対処することにした。
こうしたちょっとした一手間で、ようやく部屋使いの塵取が仕上がった。


  ちなみにネパール紙とはこんな紙です 
         ↓


  過去ログ 326 ネパールの紙 その1




 渋引きしてから早10年、色も完全に落ちついた。
軽く当たりが軟らかいので、室内掃きの塵取として重宝している。


 おまけながら、この春箒職人の吉田くんから贈られた、掃除本です


    過去ログ 494 『掃除道具』








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  1. 2020/09/18(金) 11:59:14|
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519 一枚の写真 _006 カゴのなかに






 数ある生活道具のなかでも、とくにカゴ類が好きだ。
職人が技術を込めて端正に仕上げたカゴ、農民が必要に応じて編んだ自製のカゴ。
質朴なもの、あるいは工芸品やクラフトとしての精緻なものと、カゴにもいろいろある。
そしてカゴには、竹や藁、草や蔓、木質などの自然素材、ほかにもいろいろな素材があり、そこにはさまざまざ編みの技法が駆使されてかたち作られている。

 カゴの世界は広大であり、あえて漢字の”籠”を充てず、この”カゴ”のカタカナをもっぱら使っている。

 うちの部屋にも幾つかのカゴが転がっており、本来の用途である使い方は特に気にせず、勝手気儘に使っている。

 このブログ内でも、これまでも幾つかカゴに関する記事を載せてきた。

  たとえばこんな具合 →  ブログ№347 ザァルとカンゴ


 最近参加しだした日本ブログ村のジャンルでは一応「雑貨ブログ」に登録しているけれど、もしここに”BASKET”のジャンルがあれば、いの一番に乗り換えてみるのもわるくない。
星の数ほどあるブログのなかから、カゴに特化した記事が一堂に集まれば、どれほど魅力的で満たされることだろうか。






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 ● 市場のカゴ屋        インドネシア スマトラ カバンジャヘ   1992年4月21日


 この写真のスマトラ島のカバンジャヘの町は、カロニーズ(カロ・バタック族)の中心都市ブラスタギより、彼らの伝統的な民家が建ち並ぶリンガ村への中継地点。
バス待ちの時間の暇つぶしに、付近の雑多な市場を写したものの一枚。
そこには、市場の物品を入れるような荒物カゴ、背負カゴ、天秤棒で担うタイプのカゴなど見られ、そして自分は、とくに三角屋根のこの不思議なかたちをしたカゴを撮りたかったのだろうと思う。

 角底でゴザ目編み、頭頂部を円錐に締めていきその先に紐が付く、側面にはぱたんと閉じる扉らしきものが目立っている。魚捕りの筌(うけ)のなかに、まれにこのような家形のものもあるけど、それは口が付いてはいるが扉じゃない。ひよこなど入れて持ち運ぶトリカゴか?とはいっても一時的に鶏を持ち帰るだけならもっと簡便なカゴで充分のはずだ。はて??

 そんな家形カゴのとなりに真四角なカゴが写っていた。
つい「ありました!」とビンゴ、いまとなってはこちらのカゴにより興味がある。
ヘタな写真も数撃ちゃ当たる、こういった写真を撮っておいて良かった。


これが何かというと、その答えは → こちら



 このすこし長めの過去ログは、箕(み)を特集したもの。
箕というのは、いわばチリトリ形をした農作業などで使う道具です。
一般的にはこのかたちで想像できる道具ながら、じつは日本でも南の地域に行けば円いかたちをした箕があったりもする。
 さらに世界に目を向ければ、ほかにもさまざまなかたちの箕があることが分かる。

 この過去ログでの写真(最後から2番目のもの)は、バスの車窓から撮ったこの四角形の箕を使っている場面。
場所は同じスマトラ島でも、もっと高原地帯のコタチャネ近郊だった。
 併せて載せたカラー写真のほうは、国立民族学博物館所蔵の四角形の箕(こちらもインドネシア)。

 これを見ると四角く網代編みした縁に籐(とう;ラタン)で当て縁とし、その2隅の部分を強引にたぐり寄せると、平たいかたちが微妙に歪んで変形し、含みをもったチリトリっぽいかたちになることが知れる。
 こうしてみるとこの箕は、あえて手間をかけて立体に編まないような、そんな簡便な工夫が感じられるようで面白い。


 ゴザのようにどこまでも平たいままだと、それはあくまでも織物の世界である。
その織物のかたちをあえて崩していくことにより、立体的に立ち上がりカゴとなる。

 日本でも竹箕と呼ばれる、竹のみを材として編んだものは、竹カゴのように最初から立体的に仕上げるが。
 細竹としなやかな靱皮素材を取り合わせて編むような箕では、まさに最初は平たく編んで出来た織物を、チリトリの角部分のように折り曲げて縫い込んで仕上げるものもある。
 こちらの箕は、いわば織物とのハイブリッド・タイプというか、一見外見がまるで同じチリトリのかたちに見える箕でも、その発想がまるで異なっているのだから、箕の世界もなんとも奥が深い。



 箕サミット後に立ち上げた箕研究会では、この12月に都内で各地の箕を並べた展覧会を開催予定、ゆくゆく追って紹介できたらと思います!






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  1. 2020/09/17(木) 11:56:56|
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